蛆神様
第54話《呪い》-其ノ十-
わたしの名前は小島ミツコ。
刑部マチコと名乗る謎の女と話し合いをすることになった普通の主婦だ。
先日、マチコはわたしにいった。
「明日以降、お時間ある時にお母さんにお話ししたいことがあります」
名刺を渡され、彼女はそのまま帰った。
いきなりなんだあの人は。
勝手に来たと思ったら、名刺だけ渡してお話があるとかわけのわからないこといって、一体何様だ。
一方的なあの態度が気に入らない。
それ以上に。
ハツナが相談もなにもしてこなかったことが、一番頭にくる。
「ハツナ。どういうことなの?」
わたしはハツナを問い詰めた。
心配だけかけさせておいて、何のお咎めなしは示しがつかない。
どういうことなのか説明しなさい。
そうわたしはきつくハツナにいった。
「お母さん。ごめん」
ハツナはわたしに謝った。
いや、謝る前に、まずどういうことなのか説明してほしいの。こっちは。
「あたし、お母さんに黙っていたけど……殺されそうになったの」
え。
娘の口から、物騒な言葉が聞こえた。
「なにそれ……どういうこと?」
「信じられないことだと思うし、あたしも信じられないって思ってる。だけど」
本当のことなの。
そうハツナはいった。
「マチコさんは、わたしを守ってくれたの」
ハツナはそれ以上、何も語ろうとしなかった。
わたしはもらった名刺にあった携帯番号に電話をかけた。
「いっておきますが、わたしはあなたを信用していません」
喫茶店でわたしは、開口一番牽制をかけた。
マチコは注文したコーヒーを一口飲むと、「そうですか」とつぶやく。
「先日は失礼をしてしまい申し訳ありません。まずはその非礼をお詫びさせてください」
マチコは頭を下げた。
「ここ数日、娘の様子がおかしいことには気づいていました。それがすべてあなたに関係あるかもしれない。わたしはそう思って仕方がありません」
わたしはきつい口調でいった。
マチコはまっすぐこちらを見つめる。
「娘さんはお母さんになんと?」
「殺されそうになった。そういってました」
わたしは刑部を見つめた。
マチコもわたし見つめ返した。
「お母さん。正直に申し上げます。もし、私が娘さんを不幸にしている原因でしたら、娘さんとは二度と会わないようにします」
そうしてもらえると助かります。
わたしはマチコにつげた。
「ですが、そうもいかない事情があります」
「なんですか? その事情とは」
「小島タカノリさんは、お母さんのお父様でしたよね?」
わたしは目をむいた。
どうしてこの人が父のことを?
「私の本業は探偵です。勝手ながら調べさせていただきました」
「父がどうかしたのですか?」
「生前の職業は、大学教授でしたね」
「え? ええ。わたしは……たしか民俗学を専門にしていたと」
「【蛆神様】をお父様からお聞きになったことは?」
うじがみさま?
急になにをいってるんだこの人は。
「ご存知ではないですか?」
わたしはかぶりを振った。
至って冷静な表情でマチコは「そうですか」とつぶやいた。
「単刀直入にいいます。私の依頼人は娘さんです」
え?
ハツナが?
この得体の知れない人を雇った?
どうして?
「あなたのお父様が、以前研究していたことが、今現在、娘さんが狙われている原因となっているんです」
「父の研究が……」
そこまでいわれて、わたしは一旦冷静になった。
なるほど。
そういうことか。
「わかりました。もう結構です」
以前から、この手の輩は後を絶たない。
専業主婦だから世間を知らないと思って、無駄に高いビタミン剤やパワーグッズを売りつけようとする。
今回は、ハツナと父をダシにして商売をかけようとする魂胆か。
「お代はわたしが払います。二度と娘に近づかないでください。これ以上、わたしたち家族に近づけば警察に通報します」
「お母さん」
「気安く声をかけないでください」
わたしは席を立ち上がった。
マチコがわたしの手を取った。
「頭上に注意してください」
そういうと、マチコは立ち上がり、わたしの手を引っ張った。
ふっと頭の上に何かが通り過ぎた。
髪の毛が落ちた。
ぞっと寒気が背中を覆う。
「ぶしゅあああ」
わたしは振り返って、悲鳴を上げた。
男だ。
手に中華包丁を握っている。
その男の顔面は、人間ではなかった。
真っ白い鱗に赤色と黒色のまだら模様。あと口の左右には長い一本髭。
このフォルム。
魚。
それも鯉だ。
「これが噂のコイ人ね」
マチコはいった。
わたしはその場で気を失った。
続く
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