蛆神様

ノベルバユーザー79369

第49話《呪い》-其ノ伍-



私の名前は刑部マチコ。
小島ハツナと名乗る老婆からの電話に対し、なにか不穏な前兆を感じてしまう二六歳の独身女探偵だ。


「小島さん。先にお話させていただきたいのですが、うちは浮気調査や素行調査を専門とする探偵事務所です」


地方の民族伝承の調査なら、しかるべき機関に依頼すべきです。たとえば大学の研究チームとか。そういうところにご相談することをお勧めします。
そう私は彼女に伝えた。


「いえ。刑部さんにお願いしたいのです」


「といいますと?」


「刑部さんの『クチヨセ』が必要だからです」


クチヨセが必要?
それはどういう意味だ?
いや、その前に。


「すみません。失礼ですが、刑部のクチヨセについてどこでご存知になりましたか?」


探偵事務所として、クチヨセのサービスを宣伝した覚えはない。
どこでクチヨセのことを知ったのか。
情報元が気になる。


「テレビの特集で」


やはりな。


「申し訳ありませんが小島さん。あなたは誤解をしています」


数年前、キー局系列の特番で刑部家のクチヨセについて放送された。
テレビの取材陣には、刑部家のクチヨセは民間のカウンセリングだと説明をしたつもりだった。
だが、テレビ映えしないということで、勝手に古代から伝わる霊能力だと脚色されてしまい、ネット界隈や観光客たちから霊媒師集団だと誤解される結果になった。
現状。
番組制作会社に起訴し、裁判を起こしている最中だ。
この老婆が。
どこで私が刑部のクチヨセを継承した人間だと知ったのかわからない。
わからないが、あらためてまた説明しないといけないと思うと、正直、私はうんざりした。


「刑部さん。あたしはテレビの情報を鵜呑みにするほど馬鹿じゃありません。あなた方の『クチヨセ』が、ただのパフォーマンスでないことは知っています」


老婆は固い口調で私にいった。
なら、クチヨセが民間のカウンセリングだということは承知ですか?
そう私が訊ねると、老婆は「ええ」と返した。


「でしたら、病院に行ってください。専門医の方がもっと安く済みますよ」


カウンセリングが必要なら、私ではなくカウンセラーに相談するべきだ。
そして。
理由はわからないが、その蛆神なんちゃらの調査も私立探偵ではなく、別の調査機関に相談するべきだ。
専門外の調査を依頼されても、費用ばかりかかって期待する結果を出すことができるかどうかわからない。
そう、私は老婆に説明した。


「いえ。刑部さんでないとダメなのです」


私はデスクに手を置き、鼻から息を吐いた。
しつこいな。
なぜそこまで私に固執するのだ。
この老婆は。


「小島さん。すみません。民間伝承の調査をするにあたって、どうして刑部の『クチヨセ』が必要なのでしょうか?」


ストレートに私は訊ねた。
何度もいうようだが。
クチヨセは降霊術ではない。
死んだ人間の魂を呼ぶことはできない。あくまでも、死んだ人間の真似ができるだけで、オカルト的なことを期待されても応えることはできない。
わかっているはずなのに。
なぜだ。


「蛆神様を調査するにあたって、刑部さんにある人物を『クチヨセ』をしてもらいたいのです」


ある人物?
誰だ。


「あたしです」


思わず「はぁ?」とあたしは返した。
自分をクチヨセしてほしい?
その蛆神なんちゃらを調べるのに、自分をクチヨセしてほしいとは。
意味がわからない。
何をいってるんだこのばあさん。


「刑部さん。これ以上は直接会ってお話をしたいです。今からお会いすることはできますか?」


老婆はいった。
この老婆。
小島ハツナと名乗ったこの老婆は、一体なんだ。
生きている人間に対してクチヨセを行う。今まで聞いたこともないし、やったこともない。
私に何をさせたいのだ。


「場所はK県C市××区八尾町の×××-×××でお願いします。時間は……」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


まだ会うと約束をしていないのに、老婆は一方的に場所と時間を指定してきた。
咄嗟に、私はデスクのペン立てに挿してあるボールペンを手にとり、老婆の指定する住所をメモする。


「刑部さん」


一呼吸、間を置き、老婆はいった。


「今後とも、どうぞあたしをよろしくお願いします」


通話が切れた。
老婆が私にいった。
蛆神様を調べてほしいと。
それには私の、刑部のクチヨセの技術が必要だ。そういった。
現時点ではさっぱり理解ができない。
呆けた老人が誰にも相手されない寂しさを紛らわすために、イタズラで電話をかけてきたという可能性も捨て切れない。
どうするか。
こちらが引き受けるとは一言もいってない。
だが。
同時に引き受けないともいっていない。
私はかけられた電話番号にかけ直したが、コール音が鳴るばかりで繋がる気配はなかった。
小さな探偵事務所は、いつでも経営難に陥っている。
仕事の数は決して多くない。
少しでも稼ぎになるなら。
どんな依頼も引き受けるつもりだ。
しかし。
今回のような場合、引き受けるかどうか、判断しかねる。
仕方がない。
会いに行くか。
引き受けるかどうかは、直接会ってから判断しよう。
そう考えた私は、デスクの上に置いた車のキーを手に取った。


どんっ。


何かが落ちる音が聞こえた。
なんだ。
事務所の外からだ。
私は事務所のドアに歩み寄り、ドアノブを握る。
嫌な予感がする。
警戒しつつ、私はドアをゆっくり開けた。
鼻に異臭がついた。
腐った肉の臭い。
口の中にまで漂ってくる。


「なに、これ」


蝿がたかって、蛆がわいていた。
腐敗の進行具合から、おそらく死後一週間。
老婆の死体だ。
それが、私の事務所の玄関前に置かれていた。


続く




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