蛆神様

ノベルバユーザー79369

第25話《ルール》



あたしの名前は小島ハツナ。
隣町に住む蛆神様について、『ルール』があることを知っている高校一年生だ。
蛆神様のルールは二つ。
ひとつ。
願いは叶えることができる。ただし、一〇〇パーセントの形ではない。
解釈違いがあったり、本人の望むままだったり、その時々で変わることがある。
ふたつ。
一人につき一つしか願うことができない。
一度蛆神様に願った人間は二度と願いを叶えることができないし、同じ理由で同時に二つのことを願うこともできない。
例外として、その願いに付随した内容なら叶えることはできるようだ。(うちのおじいちゃんのように、死んで幽霊になっても特定の誰かにしか姿が視えないように設定するとか)
このルール。
とくにふたつ目のルールについて。
一人につき一つというのは、逆にいえば、自分の納得のいかない願いが叶えられたら、《キャンセルしたい》っていっても叶えることができないということになる。
つまり、やり直しは二度と効かない。
それが絶対条件だ。
それをわかっていて、みんな蛆神様にお願いごとをしているのだろうか。
あたしはたまに疑問に感じる時があったりする。


「うじがまさまうじがみさま……お願いします。もう一度、もう一度お願いを聞いてください」


教室の隅っこで、ぶつぶつと口の中でつぶやきながら合掌する女子がいる。
クラスメイトのニシダさん。
普段大人しい子で、クラスで友達がいない、一人浮いた存在の女子だ。
ニシダの机の上には毛むくじゃらの丸記号が描かれた黄色い蛆神様のポスターが置かれている。
その蛆神様のポスターを中心に妙な形をした石やロザリオみたいな宗教的アイテムが並べられていた。
教室内にいるクラスメイトが、ニシダから距離をとってひそひそと陰口を叩いている。


「ニシダさん。ちょっといい?」


見兼ねたトモミがニシダに声をかけた。
ニシダは振り返らず、ぶつぶつと呪文のようにひとりごとをつぶやき続けている。


「あのさ。シカトしないで。聞いてる? ねぇ、ねぇってば!」


「……なに?」


ニシダはあからさまに「ちっ」と舌打ちした。
トモミの表情が怒りに歪む。


「あんたさ。何やってるかわかってる? こんなところで蛆神様出したら事故が起きたらどうするの?」


「起きるわけないでしょブス」


「あ?」


「ちょっとちょっと、二人とも落ち着いて」


あたしは強引に二人の間に割って入った。
トモミの口元がぴくぴくとひくついている。
それに対して、ニシダはまるで意に介していない様子だ。


「ニシダさん。蛆神様にお願いしたいなら外でやった方がいいよ。そしたらみんな安心できるしさ」


なるだけ優しい口調でいった。
ニシダは「だから?」とつっけんどんに返す。
こいつ……。


「いや、考えればわかるじゃん。ここで誰かがうっかり喋れば事故起きてみんなに迷惑かかるかもじゃない?」


「知らない。あたしには関係ないことだもん」


トモミがあたしの肩を叩き、「先生呼ぼう」と耳打ちしてきた。
いや、まだ大丈夫。
とりあえず、あたしにまかせて。
そうあたしはトモミにいった。


「なにかあったの?」


「この前、蛆神様にお願いごとしたの」


「え、お願いごと?」


「うん。蛆神様には《あたしを美人にしてください》っていったの。そしたらこうなった」


ニシダは自分の顔をあたしに見せる。
目の下のくま。センターに集まった顔のパーツ。愛嬌があれば可愛いと思うけど、美人というほど整った顔ではない。


「微人……だよね?」


ニシダがいった。
あ、なるほど。
そっちね。


「納得しないでよ。結構傷ついてるんだから、こっちは」


「っと……ごめん」


じとっとニシダがあたしを睨む。
トモミは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「自業自得だよ。ざっくりお願いしたあんたが悪い」


おっと、いうね。
あんたもざっくり恋人ほしがってたじゃん。
コイ人をね。


「あのさ、ニシダさん。知ってるかわからないけど、蛆神様って『一人につき一つの願いごと』しか聞くことができないんだよ」


だから、気の毒だが一度願いが受理はれたら変更はできないしキャンセルもできない。
叶えられた願いを、ありのまま受け入れるしかないのだ。
納得できない気持ちはわからなくもないけど、それが蛆神様にお願いごとをする代償だ。
と、あたしはニシダに言い聞かせたが、ニシダはまるで納得するどころか、猛反発してきた。


「は? なんであんたにそんなこといわれなくちゃいけないの? 何様のつもり? あんた」


さすがにこの発言はムカついた。
トモミがあたしの手を取った。


「もういいよ。関わんないでおこう」


嫌な気分だが、トモミのいう通りだった。人の忠告を聞かないなら、もうどうすることもできない。
ほっておこう。
そう思った。


「うじがみさまうじがみさま、どうかどうか」


それからニシダは、授業中にも蛆神様にお願いごとをつぶやき続けた。
担任の先生がニシダの蛆神様ポスターを取り上げても翌日から別のポスターを持ってきたり、そのうち自前で描いた蛆神様ポスターを作ったりと、まるで諦める様子がなかった。
それどころか、だんだんと蛆神様に対するお願い行為がエスカレートしてきた印象がある。
ノートや教科書に蛆神様のマークを描いたり、マニュアやスマホのケースにも蛆神様のマークを描くようになった。
やがて。


「蛆神様はあたしが体を捧げていないから、願いを聞き入れてくれないのかも」


そういって、体のあちこちに蛆神様の刺青を彫るようになった。
二週間経った。
ニシダは頭を丸め、スキンヘッドになっていた。
剥き出しの頭皮の上にでかでかと蛆神様の刺青が彫ってあって、制服ではなく、蛆神様がプリントされたタンクトップにショートパンツを着るようになっていた。


「ニシダさん?」


登校時、あたしはニシダに勇気を振り絞って声をかけた。
ニシダはゆっくりとこちらに顔を向けると、虚ろな目であたしを見つめ、にたぁっと不気味に笑った。


「……あたし、わかったよ。蛆神様にお願いする方法……」


翌日。
ニシダは死んだ。
死因は失血死。校庭のど真ん中で、ニシダは大の字になって倒れているのを学校の先生が見つけたそうだ。
自分の首をナイフで掻き切っての自殺。学校のみんなはニシダが死んでどこかホッとしている印象があった。


「ハツナ。これ見た?」


花瓶が置かれたニシダの机。
その隣で、トモミが自分のスマホ画面をあたしに見せてきた。


「きゃはははは! みんな観てる???」


匿名の誰かが違法サイトにアップロードした動画。ニシダは懐中電灯を片手に真っ裸となり、夜の校庭を笑いながら踊っている。


「いいこと教えたげる! 蛆神様は二度目のお願いには生贄が必要なの! だってそうでしょる 神様だよ! ただでお願いを聞いてくれるわけないじゃん!」


カメラを手に持ち、ニシダは狂気で歪んだ自分の顔を映した。
ニシダの顔から校庭にカメラがパンする。
校庭のど真ん中に、石灰の白い粉で巨大な蛆神様のマークが描かれていた。


「蛆神様ばんざい! 蛆神様ばんざーいー! 蛆神様! 蛆神様! 蛆神様! うじがみさまぁ! うじがみさま! うじがみさまぁああああ!」


ニシダは叫びながら、校庭の真ん中を駆けていく。
手には、鍵状のナイフを持っていた。
それから動画の再生は止まった。
トモミは動画を観た後、気分を悪くしたのか、「ごめん、トイレ行ってくるわ」といって席を立った。
あたしはニシダの席に振り返った。
ニシダの机の中に、蛆神様のポスターが収まってあった。




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