銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第19話 最強の冒険者

「ご苦労さん」
「……ありがとう」

 トルターを倒した後、トルターの遺体が腐らないように血抜き等の防腐処理をアリルに任せ、地面へ仰向けに倒れた姫さんへと近付く。息を整えている姫さんは、汗と血でベタついた髪を気にもせずに目を閉じて脱力している。戦場で気を抜くのは褒められないが、まぁ初めての戦闘が終わったのだ、少しは大目に見ることにしよう。

「分かったか? モンスターを討伐するってことが、どういったことなのか」
「……ええ、わたくしは知らなかっただけなのね。考えてみれば普通のことなのに。わたくし達が生きている術の中に、生き物を殺すということはずっと昔からある。そんなこと小さいことから習っていたはずなのにね」
「そうだな。街の中にも肉屋はある訳だし、案外近くに存在してるんだよ、こういう光景はな。灯台下暗しって奴だ」

 姫さんは眩い空から、目の前の現実から隠すように腕を顔の前に置いて、呟く。

「これからは、食前の祈りも見方が変わりそうだわ。これまでの自分が、何も分かってなかったと思うと情けない」
「なぁに、人ってのはそんなもんだ。いつだって新しいことを知って、以前までの自分を悔やんで、そしてまた新しい自分になる。過去は変えられないんだ、だから今から変われ」
「ええ、そうね。ありがとう、ユード」
「何、俺は大したことしてねぇよ。全部フィーが、姫さんが頑張ったからだ」

 最後の一言はリィナに聞こえないように耳元で。これは今後の王国も安泰だな。姫さんなら現国王のように、国民と共に歩める国を作るだろう。それにしても、一回の戦闘でこれだけ体力を消耗したんだ、明日は身体中が悲鳴を上げるだろうし、残りのトルターは久しぶりに俺が狩るか。

「よし。参考になるかは分からんが、後二体は俺が狩ってみるかな」
「……ユー、やれる? わたしも手を貸す?」

 トルターの防腐処理と、折り畳み式で持ち歩いていた荷台を組み立てて、そこへと遺体を乗せ終えたアリルが俺へと問うてくる。持ち帰った遺体は討伐数を確認する為に街の門、入って直ぐにあるギルドの遺体解体所へ持って行く事になる。そこで遺体を預け、有料で遺体を解体してもらうこともできるし、場所を借りて自ら解体することもできる。そう言った理由もあり、荷台を持ち歩いて遺体を持ち帰る必要があるのだ。

「大分久しぶりではあるが、トルターくらいなら肩慣らしに充分だろ。一人でいいだろ」
「ユーくん、大丈夫だよね?」
「お前らは心配し過ぎだ、とりあえず索敵しよう。フィー、動けるか?」
「ええ、もう大丈夫よ。でも血が気持ち悪いわね、臭うし」
「もっと上手くなれば、返り血を浴びずに戦えるからな。もう少しだけ我慢してくれ、直ぐに終わらせて戻ろう」
「さすがユードくんだ。間近で見れるのは嬉しいな」

 手を取って姫さんを立ち上がらせ、再びトルターを探し始める。今回は姫さんには休んでもらって、俺が先頭で索敵、後ろに姫さんとミルねぇ、両側でアリルとリィナが警戒という列を組んだ。背後はアリルとリィナに任せているので、俺は直ぐにトルター三体がのっそりと歩いているのを見つけることができた。

「三体か、依頼内容より一体越えるけどまぁいいか。それじゃあ姫さん、よく見とけよ?」
「ええ、本当の戦い方を楽しみにしてるわ」

 ある程度の距離を空けた所で皆を待機させ、俺は腰に下げた銃剣を引き抜いて走り出す。敢えて三体のトルターが向かってきている方向へと走り、奴等の視界には俺の姿が収まる。つまりは、奴等も俺に対して敵対行動を取り始める、こちらが後手に回ったということだ。

「危ない!?」

 姫さんの叫ぶ通り、三体のトルターは大口を開いて、短い舌に浮かび上がる魔法陣から高圧な水の線を射出してきた。青魔法のレイトルという、中級者くらいの魔法使いなら使いこなせるであろう、人に直撃すれば打撲や骨折になるくらいの威力を持つ魔法だ。真っ直ぐにしか打てないという欠点があり、もっと強いモンスターになると、上位互換の魔法で曲がる水の線を撃ってくることもある。

「よっと」

 トルター達の頭は真っ直ぐ俺の方向へと向いており、どの線上に魔法が放たれるかは簡単に予測がつく。更に魔法陣を舌の上で浮かべてからの発動なので、いつ撃ってくるかも見ていれば分かる。よって、たった一歩でも横へと移動すればこの魔法は当たらない。トルターはこの魔法の発動中動けない為、追尾されることもないから簡単である。

「さぁて、ここで問題だ姫さん! 前方から敵に近付いたとき、どうすれば安全に倒すことができる?」
「も、問題出してる場合なの!?」

 走りながら大声で姫さんへと問い掛けると、驚きを露わにしつつも自分なりの答えを導き出した。

「え、ええっと、姿を一旦隠すとか?」
「残念、惜しいが不正解だ。正解はっ!」

 俺は二射目を放とうとするトルターの目前で、踏み切った。そして曲げた膝を伸ばすと同時に、地面を大きく蹴って身体を捻らせながら奴等のを通りぬける。

「相手が振り向くよりも先に背後に回る、だ」

 姫さんのできるわけないでしょ!? という叫びに笑いながら、空中で捻らせた身体は追い抜いたトルター達へと向いたまま着地する。そして着地の衝撃を吸収を受け流すように、姿勢は低く保ったまま、曲げた膝を伸ばし一体目のトルターへと跳ぶ。流石に俺の剣も甲羅を貫くことはできない。だが、甲羅を利用することはできる。

「そしてこいつらの死角は、俺達人間と似たようなものだ。しかし首を動かすのも遅いトルターに対して一番戦い易い場所は、ここだ」

 俺はトルターの上、甲羅の上へと着地して剣先を下に向けて持ち上げる。そして体重を乗せたまま、トルターの首元へと突き刺す。アスト製の滑らか且つ真っ直ぐな刃と、日々欠かさない手入れによって生まれる切れ味によって、刺した感覚すら殆ど感じないくらいにトルターの首へと吸い込まれる。

「んで、いい剣だと突きで返り血が飛ぶことはない。このまま返り血を浴びずに剣を抜くには、それよりも先に動き立ち去ることが大切になる」

 血を浴びればその分集中力が削がれ、視界が制限される可能性もある。そういった点からも、返り血を浴びないことが重要なことなのだ。俺は全長六十センチの刃の半分程をトルターに突き刺した後、次のトルターに向けて飛びながら身体から剣を抜いた。その傷口からは血が飛び出るが、そこにはもう俺はいない。そして一体目は悲鳴を上げることすらできず、地面に倒れ伏せた。

 姫さんに実際の戦い方を見せる為にも、其々別の戦い方で倒そう。次は先程姫さんにやらせた、全ての足を潰してから止めを刺す方法だ。どちらのトルターもまだ俺を探しているようで、魔法を止めてゆっくりと首を動かしている。その内一体のトルターの後ろに着地して、傍を駆け抜けるようにして左後ろ足を斬る。この際トルターの足の筋である人間でいう膝を、骨と骨の間を縫うように斬ることで確実に行動不能にさせておく。そして皮膚と肉質が柔らかいことを利用して、確りと踏み込み体重を乗せて斬るのではなく、走る速さを剣に乗せて地面を蹴ると同時に斬る。そして斬ると同時に相手の脇を駆け抜け、トルターの血が飛ぶ前に脱出するという動きだ。たったこれだけの動きを、後三回繰り返すだけ。



「す、凄い! ユードって、あそこまで強かったの!?」

 わたくしの目の前では、これまで見たことのないような神業と言うべき戦いが繰り広げられていた。さっきわたくしが時間を掛けて倒した相手を、自身の位置を分からせないまま翻弄するように倒していくの。それなのに、ユードには返り血一つ着いていない。

「……間違いなく王国最強はユー。私ではあそこまで速く、綺麗に動けない」
「そうだな。現在ではアリルさんが王国最強と呼ばれているが、四年前まではそうでは無かった。王国最強の血を引く者として、ユードくんこそが最強と言われていたんだ」

 アリルとリィナの言葉を聞いて、わたくしは疑問に思った。ユードは自分のことをなんでも屋と言って、街中の仕事だけを受けているらしい。昨日はその一部を体験させてもらったけど、どれも大変なものだったわ。わたくしが物語で見ていた冒険者とは真逆くらいに違った仕事なのに、でも街の人から沢山声を掛けられて、街中から愛されていた。皆が帰った後、少しだけギルドの受付の中で座らせてもらって聞き耳を立てていたのだけれど、何人もの冒険者がユードの事を、なんでも屋の事を臆病者だと蔑み、口にしては笑っていた。そしてその文句を、誰も止めようとしなかった。

 初めて触れた冒険者が悪く言われているのを聞いて、わたくしは思わず立ち上がって文句を言おうと思ったのだけれど、ラジクという青年が止めたの。そんな彼はこんな言葉を言ったわ。言いたい人には言わせておけばいい、けれど口から出た言葉の数だけ、彼らは自分の首を締めることになるのだから、と。なるほどと思ったわ。見渡してみると冒険者の殆どはそいつらを睨むように見ていたし、ギルドの職員もそんな人達には少し手荒に対応しているように見えた。昨日だけではユードという人物を知ることはできなかったけれど、少なくとも人望と人に愛される優しさを持つ人だと言うことは分かった。そこまでの信頼を得るには、一体どう生きてきたのでしょう。わたくしも、ユードのように生きられるの?

「でも、どうしてそんな人がなんでも屋なんてやってるの?」

 気付くと声に出していた。ユードは街の人やギルド職員、そして冒険者の大半に愛される人。なんでも屋という街中で、戦いとは無縁な場所で依頼を熟すユードと、今目の前で戦っている王国最強のユード。わたくしの頭の中ではその二つのユードが同じ人物ではないような、実にちぐはぐに感じていた。

「それは、ね。私のせいなんだ」

 わたくしの質問に答えたのは、ユードが戦い始めてから今まで口を閉ざしていたミルル。どういう意味なのかしら。でもそれは、わたくしのような部外者が立ち入っていい話なの? それでもわたくしの口は、好奇心と止められずにいた。

「ミルル? それって一体」
「私が、自分の身すらも守れないから」
「……ミル、それについては後で話そう」
「その話は、私も風の噂程度だが聞いたことがある。話をするのなら街に帰ってからの方がいいだろう。その時は、私にも聞かせてもらえるだろうか?」
「うん。フィーちゃんにもリィナちゃんにも、聞いてほしいから。だって」

 今目の前で戦ってるユーくんが、今までで一番楽しそうに笑ってるんだもん。

 その言葉がどんな意味を持つのかはまだ分からないけど、きっとその話の先にわたくしが知りたい答えがある気がする。周辺の警戒に戻ったアリルとリィナを尻目に、まるで舞うように二体目のトルターを討伐したユードを、ミルルは見つめていたの。その表情は泣きそうで、そして何かは分からないけど、力強い意思のようなものが篭っているみたいだった。



「おし、どうだフィー。さっきの戦い方でも、これだけの動きができれば速く、綺麗に倒せる」

 俺は二体目のトルターの首を刈り取って、姫さんの方へと振り返ってこう言った。三体目のトルターがそろそろこちらを見つけるだろうけど、問題はないな。それにしても、さっきの姫さんの戦いを見て昂ぶっちまった。初心者向けのモンスターに酷い蹂躙をしてしまったが、姫さんにとってこれを見たことがいい体験になってくれれば幸いだ。

「え、ええ。本当に強かったのね、ユード」
「まぁな。なんでも屋をやってる姿からは想像できなかったろ? じゃあ最後にこの武器の一番の見どころを見せてやる」
「あ! もしかして!」

 俺は銃剣に取り付けてあるマガジアを一度外し、弾が込められているか確認した。そうしてもう一度銃剣に装着、弾を銃剣へと装填した。

「多分フィーの思ってる通りだよ。これがこの、銃剣の最大の特徴だ」

 ようやっとこちらを見つけた最後のトルター。味方がやられたからか、足を大きく踏み締める姿は怒りを纏っているように思える。そんなトルターを横目に見て、俺は姫さんの方を向いたまま、詠唱を始める。

緋影を映しフリクトバル燃え上がる狩人イェルメルド山と空を駆けスージェンクフカ怯え悲嘆を糧とせよウェンメェンケルト

 詠唱と共に剣は紅く光り、剣先から灯火と灰が空へと浮かび上がる。腕を伸ばしてトルターへと向けた剣先の向こう、舌を出して魔法陣から水を射出しようとするトルターに、火炎を纏う一発の弾丸を。

火と成りて穿てフレゴラレスタ、『緋龍の弾劫ガンナ・ドラグリフ』」

 詠唱の終わりと共に、轟音を立てた俺の剣。その剣先にある筒から、紅く燃え上がる金属の弾がトルター目掛けて撃ち放たれる。トルターの魔法すらも、魔法陣すらも打ち砕いたその火炎の弾丸は、大きく開いたその口へと突き刺さり、固い甲羅の中を激しく燃やしていく。喉を真っ先にやられたトルターは悲鳴すら上げることもできずに、その姿が真っ黒に染まるまで燃え続けるのだ。その身を黒く焦がすまで。

「これが銃剣が持つ、近中距離のガン魔法だ。威力が高い魔法なら、相手の魔法すらも破壊して倒すことができる」
「す、ごい……。耳が痛くなるような大きな音だったけど、なんていうか、とても綺麗だったわ。弾の通った場所が、火が広がっていくようにして飛んでいくんだもの」
「アスト特製の銃剣イガルブだ。こういった武器があるってことも覚えておくといい」

 俺は肩に担いでいた銃剣を見せびらかすように姫さんの前に出す。アストの拘りが詰め込まれたこの剣は、綺麗な刃に高性能なガン魔法の構造を兼ね備えている。これで近接での一撃必殺、姫さんにもやってもらった行動を封じてからの止め、そして銃剣のガン魔法を見せられたと思う。まぁ姫さんが戦うなんてことはないだろうけど、知識としては知っていて損はないはずだ。

「ありがとう、動きが速くて理解できたかと言われれば微妙なところだけれど。その、かっこよかったわ」
「ありがとな。よしメリル、燃え尽きたみたいだからそれも荷台に積んでくれ。血抜きの必要もないだろうから。あ、熱いから気を付けろよ?」
「……分かった」
「見通しもいいし、警戒はユードだけでも充分だろう。私も手伝おう」
「おう頼んだ。……ミルねぇは、なんかあったのか? 俯いて」
「な、何もないよ! ちょっと気分が悪くなっただけだから!」
「そうか? まぁ、モンスターの討伐とか血とかは見慣れないものだろうしな、やばかったら言ってくれ」

 慌てたように答えるミルねぇだったが、そういう仕草をされると逆に怪しんでしまう。少し気にかけておくことしよう。

「うん!」
「じゃ、帰るか。フィー」
「ええ、そろそろ着替えたいわ」
「ははっ、そりゃそうだ!」

 始めの元気は何処へやら、疲れた様子の血濡れた姫さんの前を、俺を先頭にして街へと戻る。帰り道は行きとは違って、会話の少ない道のりだった。

 そうして俺の四年振りの戦いは、幕を降ろした。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品