銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第01話 なんでも屋と呼ばれる青年

 空に浮かんだ聖玉フレジアと呼ばれる世界を照らす光の基が、この大きな王都を包む外壁の更に向こう、この目から見える地の境界その果てへと沈んでいく頃。

 闇が近付く街の中心に天高くそびえ立つ王城から、あらゆる方向へと伸びる街路を駆け抜ける。
 仕事を終えて、家族が待つであろう家へと戻っていく人の波を掻き分けることすらなく、擦り抜けるようにして駆け抜けていく一人の青年がいた。

 彼の服装は街の中で働くにしては少しばかり妙だった。
 王国に多く存在するショントという動物の毛を使った布で仕立て上げられた長袖長ズボンの服装は、街を歩く住民と似たようなもので、それだけでは特筆すべきものではない。
 だが、そこに加えられた鈍色に光る装備が彼をただの住民ではなく、冒険者という職業に属するものであることをたらしめていた。

 この王国で採れる鉱物の中では比較的軽く、しなりやすい性質を持った『ゴールヴ』という金属を使って造られた、チェスタという胸甲きょうこうから始まり、膝とそこから足首までのすねを前面だけ覆うように形作られたレギントという足甲そっこう、そして肘から手首までの甲側を覆うガントという手甲てっこうを身に着けている。
 それらを布の服の上に装備している彼を見て、ただの一般人だという人間はまずいないだろう。

 極めつけに、腰に挿した銃剣、正式名称はガンブレードと呼ばれる武器。
 ブレードとは片刃かたはの片手剣のことを指し、ガンは爆発力で物や魔法そのものを飛ばすガン魔法という名称からきている。
 これら二つの要素を合成した構造により、近距離での戦闘ではブレードによる剣術を、中距離ではガン魔法を用いての銃撃をすることが出来る汎用性の高い武器だ。
 かつての英雄達もこれを好み、王国の騎士団でも半分以上の騎士が使用しているというかなりメジャーな武器でもある。
 見ていて重たげだが、剣先から柄までとても綺麗に手入れされているこの武器こそ、彼を最も冒険者らしくしていると言えるだろう。

 金属がきしみ、装備の重なり合った部分が騒がしく音を立て、銃剣を差した側とは反対側の腰に固く結びつけてある袋を大きく揺らしていく。
 そうして人混みを走り抜けた彼は、彼ら冒険者を纏める一つの団体が管理・営業をしている建物、通称『冒険者ギルド』と呼ばれる場所へと入っていった。



 ――今日もうじゃうじゃと、ご苦労なこった。

 俺は三階建てで作られた冒険者ギルドの開きっぱなしにされた扉をくぐると、街の外から帰ってきた冒険者達の人混みから発せられている熱気が当たり、顔をしかめた。
 この空気は決して気持ちのいいものでは無いが、この板を換金する必要があるから仕方ねぇ。
 多くの冒険者たちで溢れている中、人混みに雑じることに憂鬱ゆううつな気分になりながら俺は歩き出した。

 ギルド内を歩く俺には、様々な視線が向けられる。
 袋を見て嘲笑あざわらうものだったり、睨みつけるような嫌悪の視線だったり、果てまたこちらを心配そうに見る目だったり、偶に混ざる子供の冒険者の羨望の眼差しだったり。
 果てには俺を見ただけで舌打ちをするような奴もいるもんだから、困ったもんだ。

「おう、ユードじゃねえか。今日はどれだけ稼いだよ?」

 俺は顔見知りの冒険者に声を掛けられると、足を止めて腰に掛けた袋を叩いた。
 何度もこのやり取りをしているので、この動きと音だけで大体伝わる。
 叩いた袋からは小さな木の板がぶつかり合う音が、布越しにくぐもって聞こえた。
 これが数枚のちっぽけな貨幣へと代わるのだ。
 酒場に行こうものなら一食で一気に吹っ飛ぶくらいのちっぽけなものだが、俺にとっては大切な資金だ。

「ご覧の通りいつも通りだな。あんたはどうなんだ?」
「俺達は調子良くてよ、ゴブを十匹の依頼の所を十四匹だぜ? これで嫁さんも食って行かせれるわけよ。てめぇも偶には外で稼いだらどうだ? あねさんも落ち着いてきてんだろ?」

 年齢としては三十くらい、そんな見た目の冒険者三人組。
 彼らが受けたのはゴブを十匹討伐する依頼だったそうだが、討伐数を超過した場合はその分報酬が上乗せされる場合がある。
 そう言った点は依頼を受けたときに聞いているはずなので、より報酬を得るために彼等も頑張ったのだろう。
 他の冒険者は大抵五人から十人ほどの人数で街の外へ出ることが多いため、報酬を人数で割ると一人辺りの取り分が少なくなるのだが、たった三人で山分けなら一日中酒場で酔いつぶれるまで飲めるだろう。
 俺との雲泥うんでいとも言えるこの差に辟易へきえきするよ。

「まぁ、気が向いたらな」

 溜め息を吐いて、話しかけてきた冒険者に別れを告げてから再びギルドの中を歩き始める。
 夕暮れということもあり、街の外を闊歩かっぽする化け物たち、通称モンスターたちを狩り終えた多くの冒険者たちが紙を手に受付へと並んでいる。
 その為、あまり広いとも言えないギルドのロビーはごった返しの騒ぎだ。

 彼らが狩りの対象としているモンスターには現在確認されているだけで百以上の種類が存在している。
 大きな翼と堅甲な鱗を持ったドラグと呼ばれるモンスターであったり、先程の冒険者達が言っていた緑の肌を持った人型の狡賢ずるがしこい生物、ゴブというモンスターであったり。
 そいつらから街の住民を守るのが冒険者たちの仕事であり、この街を囲む大きな壁の役割の一つでもあるのだろう。

「おうおう、落ちこぼれのなんでも屋じゃねえか! 今日も爺さん婆さんと楽しくお喋りってか? はっはっは!!」

 ギルドに作られた規則に従って順番待ちの列を形成する冒険者達に混ざり、目算もくさんで比較的いている所へ並ぶと、横の列に並んでいた冒険者が挑発するように声を掛けてきた。
 また溜め息を吐いて、その声の方へと振り向く。
 そいつの顔や装備は見た感じ覚えがないので、最近この街へやってきた冒険者なのだろう。

 こういういやし気な、人の悪い奴等が多いのは、きっと冒険者という職業が多くの報酬を稼げる職業であり、同時に命を賭けた殺し合いをする死と隣り合わせの職業であるからなのかもしれない。

 つまりは、血の気が多い面倒な奴等ばかりだってことだ。

「まぁな。てめぇらみたいな馬鹿相手より全然楽しいぜ?」
「んだと?」

 薄ら笑う俺の安い挑発に、血管を浮き彫りにさせた冒険者。
 自分で煽っておいて、自分が煽られると辛抱堪らねぇのかよ。
 久しぶりに見るような典型的に面倒臭い奴だ。
 握り拳を上げて俺へと近寄ってこようとしていたそいつだが、共に並んでいた仲間らしき冒険者が止めに入ってくる。

「待てって。こいつあれだろ? 剣聖けんせいの。あんまり騒ぎたてるとやばくないか?」
「そうだけどよ、こいつがあの剣聖様の肉親ってのが許せねえんだよなぁ?」
「お前が剣聖を好きなのは分かるけどよ、こんなとこ剣聖に見られたらまずいって」
「……ユー。どうかしたの?」

 噂をすればなんとやら、だ。
 声が聞こえた瞬間に、そそくさと冒険者たちの波へ紛れるように逃げていった奴等の話通り、俺には妹がいる。
 それもとびっきりの、現在の王国最強と呼ばれる『剣聖』の通り名を持った妹が。
 ……それにしてもさっきの奴等、小物臭がすごかったな。

「アリル、今日も怪我は無いな?」
「……大丈夫」

 話しかけると、彼女は無表情のままコクリと小さく頷いた。
 俺の妹であるアリル・ラスターは、目立つ傷の無い全身を覆うような鎧を身に付けている。
 関節部分は伸縮性のあるモンスターの素材を、装甲部分にはとびっきりの金属を身体の形に沿って加工造られており、戦闘中に被るであろうその兜は外して左腕で抱えるように持っている。
 武器の中でも一際大きい両手で操る両刃剣、通称ソードを背負った彼女は王国最強の冒険者と呼ばれている。

 だがじつ、あまり多くを喋らない寡黙かもくな性格に表情も常に真顔で、家では家事の手伝い以外はボーっとしている。
 家の外では最強の冒険者と呼ばれているが、そんなアリルを知る俺としては妙な気分だ。

 今もだが、外で会うとこうして俺の傍へひょこひょことやってきては服の袖を摘まんでくる。
 こういった所は、いつになっても可愛い妹だ。

「そうか、それなら良しだ。メルねぇも帰りを待ち侘びてるだろうし、さっさと報酬貰って帰るか」
「……うん」



 通り名。
 それは誰が決めたのか、人伝に言葉が回し回されて生まれる冒険者の渾名あだな
 戦う姿や、装備や身体的特徴から思い起こされた多種多様な名前が付けられ、まるで示し合わされたかのように冒険者や街の住民達に浸透する。
 冒険者はその通り名に憧れ、自らも通り名を付けてもらえるようにと研鑽けんさんするのだ。

 剣を振るう姿、そして美しく光る真っ白な装備から付けられた、剣聖の通り名を持つ妹のアリル。
 モンスター討伐を全く行わず街中の安全な依頼だけをこなしている、なんでも屋の通り名を持つ俺。
 街の住民からは感謝され、同業者である冒険者達からは嫌悪等の様々な目を向けられる。

 そんな俺は、間違いなくこの王国で一番の。

「――臆病者、か」

 吐き出した、溜息のように小さな呟きは、誰の耳に入ることもなくギルドの喧騒へと消えていった。

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