銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第02話 剣聖の妹と揺れる姉

 ――タルダイン王国。およそ三百年程前に建国され、現在に至るまでたった一つの血統によって統治されてきた。
 現在も初代国王の血を引くリドナス・タルダインという国王がおり、国民の殆どに支持されるほどの善政と呼ぶに相応ふさわしい統治を行っている。

 王国の領土はかなり大きいが、歴史上侵略というものは一切行っていない。
 これまで善政に惹かれた小国を吸収合併していった結果として、大陸の南側半分を占めるほどの大きな国へと発展を遂げたらしい。
 その広い領地ゆえ、同じように発展してきた北部の五つの国と隣接しているが、どの国とも友好的な関係を結んでいる。
 これまでも互いに迷惑を掛けることもあったようだが、その度に協力して解決するという、互いに固い絆を隣国とは結べているようだ。
 そんな王国の丁度真ん中辺りにある都市が、俺達が現在も住んでいるここ、ダインという名の王都だ。



「――さて、これで今日の依頼も終わりっと」
「いつもありがとうねぇ、ユードくん」
「構わねぇよ婆さん。また依頼してたら来てやるから、またな」
「わかったわぁ、そうなったときはお願いねぇ。またネックレスの作り方教えてあげるから」
「おう、ありがとな」

 朝に冒険者ギルドで受けた六つの依頼、その最後の依頼主である婆さんの家の屋根を補修する作業を終えて、俺はギルドへと足を向ける。
 それぞれ依頼人から受け取った、木の板が入った袋の口をきちっと閉めてから走り出す。

「おうユードの坊主! また飯食いに来いよ、嬢ちゃんたちも連れてな!」
「また今度な。美味い酒用意しといてくれよ」
「バカヤロー! うちに置いてある酒は全部美味しいっての!」
「ミルねぇもおやっさんのカクテル飲みたいって言ってたからな、近々行くよ」
「待ってるぜ! スズのやつもユードが来ないかってうずうずしてんだ!」
「ああ、近いうちにな」

「ユード! また新しい薬を作ったんだ!今度見に来てくれよ」
「またか? あんまり人を実験台にしないでくれ」
「いいじゃねぇか、ユードならぶっ倒れることもないだろ!」
「そう言って何杯も薬を飲まされた覚えがあるんだが」
「そうだったか?」
「……まぁ、また今度な」
「早く来てくれよ! 新商品がお前を待ってるぜ!」

 街を走っていると擦れ違う人たちのほとんどから声を掛けられていく。
 この王国に住む人で、俺のことを知らない人は少ない。
 その理由わけは、冒険者の俺が『なんでも屋』と呼ばれる存在であることだ。

 その名前の通り俺は犯罪以外の、俺が住んでいる地区から発せられる依頼をなんでも受けている。
 街の掃除だったり、爺さん婆さんたちの手伝いや、路地の見回り、建設現場の手伝いから迷子のペット探しまで。
 普通の冒険者というのは街の外で凶悪なモンスターを狩り、街の安全を守るかっこいい存在。
 そういったイメージを持たれているし、実際の所それを夢見て冒険者になる人が殆どだ。

 だがギルドに寄せられる依頼は、決してモンスターの討伐だけではない。
 報酬をギルドに預けるだけで依頼でき、依頼が達成されなかった場合は全額返金されるという利点から、街の住民たちが街中で解決できるような依頼を持ってくるのだ。
 それこそ、先ほど俺が述べた掃除やら手伝いやら、ペット探しみたいな依頼をだ。
 需要が無いわけではなく、戦いが不得意な者や年齢の低い子供たちなどにも受けてもらえるため、大体一日に二、三十件以上の依頼が毎日寄せられている。

 しかし、命を懸ける必要が無い街中の依頼に高い報酬を出してしまうと、命懸けの冒険者たちがそちらへ流れてしまう可能性が生まれる。
 そこでギルドの処置によって、子供のお小遣い程度の報酬までしか提示することが出来なくなり、現在は受ける人数が減っているのが現状だ。
 弱いモンスターなら人を集めれば狩れるし、子供たちも家の仕事を手伝ったり学校に行ったりと忙しいのだから。

 そんな依頼達を俺は受けている。
 なるべく子供たちが出来る簡単な依頼は取らないようにしているので、体力が必要なものだったり技術が要るものを受けては解決しているが。
 俺は小さい頃から武芸や工芸、舞踊だったり、果てには音楽や商売までもを勉強してきた為、基本的にはなんでも出来る。
 とは言っても全てをこよなくしたわけではない。

 ただ、すぐに飽きるだけだ。



「……ユー、おかえり」

 ギルドへと戻ってきた俺を出迎えたのは、妹のアリルだった。
 討伐の帰りだと言うのに、相変わらず返り血一つ浴びていないその装備は、剣聖と呼ばれるに等しい輝きを保っている。

「早いなアリル。今日はもう終わりか?」
「……うん。さっき終わった」

 壁にもたれてつまらなそうに待っていたアリルは、俺を視界に入れると心なしか嬉しそうに近寄ってきて、俺の服の袖を摘まむ。
 表情は変わらないけれど、何となく雰囲気が嬉しそうなのだ。

 俺が今年で十九歳なので、二個下のアリルは現在十七歳。
 同い年の女の子たちより身長が低めで、センチ・メンタルという学者が書いた、『ジャーニーワールド』にて定めた尺度で言うと百五十五センチくらいらしい。

 髪は俺と同じ色の黒髪で、首元が涼しいストレートショート。
 俺に似て少しツリ目で、胸は綺麗な曲線を描いている。
 バスト・ダガマという学者が書いた『希望おれたち山脈ゆめ』という書物で定めた胸囲の尺度では、ディーというサイズらしい。

 何故俺がそんなことを知っているのかと言うと、何故かは分からないが以前アリルが報告してきたのだ。
 俺はあの時どう反応すればよかったのだろうか。
 無表情が少し崩れて、頬を紅くして恥らうように報告するアリルを褒めるべきだったのだろうか、それともはしたないと叱るべきだったのだろうか。
 お、おう。としか言えなかった俺は何も悪くないはずだ。
 そう言うと詰まらなさそうにしていたが。

 アリルの装備は全身を覆うように造られたアーマーと呼ばれる、重厚且つ見た目に反して軽量な鎧だ。
 オーダーメイドの為、胸部は胸の形に添うように造られているので動きを阻害することもなく、最強と呼ばれる力を存分に発揮できる装備だ。
 使われている金属は『アボーガ』という希少なものだ。
 俺の装備に使っているゴルーヴなんて比べ物にならないほどに硬く、更には受けた衝撃をある程度吸収する性質を持っている上に他の金属よりも軽い為、冒険者の中でも上位に位置する者は必ずと言っていいほどこれを使っている。
 まぁ俺も、少し前まではこの金属の装備を使ってたんだがな。

 アリルの装備は、俺の装備を造ってもらっている女性の鍛冶師に頼んで造ってもらった。
 全ての部位をオーダーメイドで造ってもらった為、アリル個人のお金だけでは足りず家族には内緒で俺が半分程出している。
 オーダーメイドにするのはいいし、俺が金を出すのも別にいいんだが、採寸の時まで俺を連れて行こうとするのは止めて欲しい。お前は無口なだけで、そこまで人見知りって訳じゃないんだからさ。

「じゃあ換金してくるから、ちょっとだけ待ってな」
「……分かった」

 素直に頷いてくれるアリルを少し撫でた後、少し早い時刻によって混雑していない受付へと向かう。
 待ってろと言ったのに、何故かアリルは俺の袖を摘まんだままでついてきている。
 素直とは一体。

「お疲れ様ですユードさん。換金ですか?」
「ああ、頼むわラジク」

 俺が冒険者になってから一番付き合いのあるギルド職員、ラジク・エベドナという男が受付にいた。
 爽やかな金髪で整った顔立ちの彼は、女性に大人気で男からは恨みがましい視線を受けることが多い。
 実際に喋ればとても気さくな奴なので、時々二人で酒を飲みに行ったりする仲だったりする。
 俺から板が入った袋を受け取ったラジクはアリルをチラリと見た後、聞こえないように俺へと耳打ちする。
 遠くにいた女性冒険者のグループがこちらを見て黄色い声を上げたが、何かあったのだろうか。

「アリルさん、本当は一時間前からギルドで待ってたんですよ。本当にいい妹さんを持ちましたね」
「……そうだったのか。まぁ、俺には出来すぎた妹だよな」
「ユードさんも似たようなものだったじゃないですか、そろそろ再開したらどうですか?」
「はは、俺には無理だよ」
「そうですかね? 今じゃ街の人々からすれば、ユードさんはアリルさんよりも有名な存在ですし。それに今王都にいる冒険者達の大半は、昔のユードさんを知っていますから。皆復帰するのを待ってますよ」
「そうかい。まぁ、それは追々考えとくよ」
「はい、お願いします。何はともあれ、アリルさんを労ってあげてくださいね。出来ればアリルさんが換金する際はユードさんが居てくれると嬉しいんですけど」

 きっと無口と無表情は他人にとってはキツイものがあるんだろうな。だがまぁ意思疎通が出来ないって訳でも無いし、そこは頑張ってもらいたいものだ。それに大体の事情を知ってるラジクがいるんだし、大きなトラブルにはなることはないだろう。

 話しながらも手を止めないラジクは、依頼内容が知るされた紙と木の板を並べ、確認していく。
 この木の板は『確認札かくにんふだ』ギルドに依頼をしたとき依頼者に渡されるもので、毎度消去される依頼者情報を登録できる仕組みになっているらしい。
 そして依頼完了を確認したら、木の板に対して依頼完了の念を送る。
 すると木の板に紋章が描かれるので、それをギルドに渡すことで報酬を得ることができるになる。
 他にも様々な魔法が仕込まれており、不正が起きないように最善を尽くしているようだ。

「はい、確認完了しました。こちらが今回の報酬です」
「ありがとよ。じゃあまたな」
「ええ、いつでもまた飲みに誘ってくださいね」
「おう」

 差し出した板の代わりに銅で出来た小さい貨幣、銅銭どうせんが入れられた袋を受け取って、再び腰へと下げる。
 そして未だに袖を摘まんだままのアリルを見る。

「んじゃ、帰るか」
「……うん」

 やはり家に帰るのは嬉しいんだろうな、さっきよりも足取りが軽やかだ。
 ギルドを出ると、摘まんでいた袖から手を離し、アリルは俺の手を取った。
 そうして俺達は仲良く手を繋いだまま、もう一人の家族が待つ家へと帰るのだった。



「お帰りなさい二人共!」
「ただいま、ミルねぇ」
「……ただいま、ミル」

 ギルドから歩いて十分、住宅街の中にある一軒家へと帰った俺達に、玄関まで走ってきた姉が出迎えた。
 ……その大きな胸を存分に揺らしながら。

 走ってきた勢いのまま俺と、俺の左横に立っていたアリルの間に飛び込むように抱きついてくるが、モンスターとの衝突よりは軽いものなのであっさりと受け止める。
 ほぼ毎日やっていることだが、装備を着けたままの俺達に抱きついて痛くないんだろうか。
 その大きなクッションで衝撃を抑えているのかもしれない。計り知れない防御力だ。

 彼女が俺達ラスター家の長女である、ミルル・ラスター。
 シスコンとブラコンをこじらせており、事ある毎に俺達を甘やかそうとしてくる母性溢れる困った姉だ。
 ミルねぇは冒険者ではなく、俺が買ってくる本を読むことが趣味の無職さんだ。
 毎日俺と散歩していた結果、無職のくせに通り名が付いている。
 それも、『なんでも屋のお姉ちゃん』という何とも言えないもの。
 本人はそれを聞いては嬉しそうにしているが。
 実はもう一つある通り名は、ミルねぇには聞かせられないようなものだけれど。
 ……さすがに、『なんでも屋の揺れる人』なんて呼ばれてるなんてな。

 俺とアリルと同じ色の黒髪で、膝辺りまで伸ばした髪が内側へと丸々ような髪型になっている。
 目は俺とアリルとは違い、大人しげなタレ目で、身長は俺より少し下の百七十三センチ。
 因みに俺は百八十センチくらい。
 そしてもう一つの通り名ができた理由である胸部は、とんでもない存在感を放っている。
 例の尺度によればアイという大きさらしいが、時々その谷間には、意識を吸い込む魔法でも掛かっているのではないかと感じる程だ。
 外に出るときはローブを着ているのでまだ大丈夫なのだが、家にいる際は首元が逆三角の形になった服をよく着るので、危うく何かが見えそうになる程だ。

 こう抱きつかれると、腕に当たるその大きな感触が気になってしまうのだが、姉だ姉だと自分に言い聞かせて理性を繋ぎ止める。
 そうしていると、アリルが不機嫌な雰囲気を出して見つめてくる。
 これも毎日繰り返している、いつものことだが。

「……むー」
「はぁ、どうしたんだアリル?」

 俺の質問にミルねぇも抱きつくのを止めて、アリルを見つめる。
 助かったぞアリル。
 でもいつも通りであれば、ここから。

「……えいっ」

 いつも通りに、次はアリルが横から抱きついてきた。
 これも兄妹のスキンシップだろうか、毎日懲りずに行っているんだが。
 きっとそうに違いない。
 とりあえず手甲ガントの無い部分に、鎧の尖った部分が当たってとても痛いので離れてもらいたい。

「じゃあ私も!」

 俺が声を発する間も無く、先ほど離れてくれたはずのミルねぇまでもが抱きついてくる。
 正面から抱きついてきたが、胸甲チェスタによって柔らかい感触からは何とか逃れられたようだ。
 しかし視線を下げるとクッションが潰れたような魔境たにまが広がっているので、大変危険だ。
 左腕にはアリルのアーマーによる圧力が、前からは桃源郷が……じゃねぇ!

「やめんか、うっとおしい!」
「……きゃー」
「わっ、ごめんねユーくん」
「棒読みすぎるぞアリル」
「……ぷいっ」
「はぁ、とりあえず着替えようぜ」

 わたしは知りませんよとばかりにそっぽを向くアリル。
 ワタワタと謝るミルねぇ。
 この二人に今は仕事で出かけているもう一人を足して、俺が守るべき大切な家族たちだ。

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