銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~
第12話 幼女と人妻はかく語りき
賑やかな食事を終えた後、俺達は仕事に戻らせたスズを置いて、一つ目の依頼へと向かった。
何故かスズもついてこようとしていたが、厨房から出てきたおやっさんの拳骨で仕事に戻っていった。
去り際に姫さんを再び睨んでいたが、一体姫さんの何がスズにそこまでさせるのか。
そんなこんなで俺達は、依頼書に書かれた住所へと向かっていた。
その道すがらも、俺は姫さんに様々なことを教えていく。
「それじゃあ一件目だ。何処かに逃げてしまったペットのラムスターを探すっていう依頼だな」
「最初はどうするの?」
「まずは依頼者に会って情報を聞き出そう。その後は周辺を聞き込んで、ペットの向かった場所を特定していく形だな」
「分かったわ」
道中では住所と街の歩き方を姫さんに教えていく。
商業区の大きな道には、比較的大きめの店が立ち並んでいることもあって分かりやすいが、区の切り替わりである門を抜けて住宅区に入ればどれも同じような建物ばかりで混乱し易い。
実際、姫さんを先頭で歩かせてみたら直ぐにどの道を行けば分からなくなって、面白い具合にテンパっていた。
笑うなってはたかれたけどな。
「や、やっと着いたわ」
「お疲れ。それじゃあ依頼者の……、ティナさんがいるか確認しよう」
俺は姫さんに持たせてある依頼書を覗き込んで、依頼者の名前を確認した。
初対面の相手だからな、名前を間違えないようにしなければ。
「うっ、ち、近いわよ!」
「ん? ああ、すまん」
箱入り娘だからか、ミルねぇやアリルと密着するのは問題ないが、異性である俺が近付くと緊張するみたいだ。
貴族が婚約するまで異性と触れ合わないっていうのは、本当なのかもしれないな。
……これもミルねぇの愛読書から知ったことだが。
俺が離れると落ち着いたのか姫さんは一つ咳払いをした後、依頼者であるフィナさんの家の扉へと近付く。
「えっと、扉を開ければいいの?」
「そんなことしたら不審者だって騒がれて、巡回中の騎士団に捕まるぞ? 王族の姫さんが騎士団に捕まるとか笑い草だが」
「そ、そんな目になんて遭わないわよ! じゃあ、どうすればいいの?」
ずっと王城で暮らしてきたと言うだけあって、本当に何も知らないんなんだな。
一体国王さんは何をやってるんだ。確り教育しといてもらわないと王国の未来が心配だぞ?
「まずは扉を三回ノックしろ、それでも反応が無かったら相手の名前を呼んだり、もう一度ノックしたりするんだ。もしも反応が無いならば、留守だということで時間を空けて来る他無い」
「そうなると面倒ね。とりあえずやってみるわ」
俺達が後ろで見守っている中、扉の前へと進んだ姫さんは控えめなノックをする。
だがこの街の建物はどれも木と金属で出来ているので、これくらいの強さでも中の人には届くだろう。
「はーい!」
ノックすると直ぐに返事が返ってきたので、扉の前に立ったままの姫さんを下がらせる。
そのままでいたら扉が開いて頭を打つことになりかねんからな。
頭を打って悶絶する姫さんは面白そうだし、見てみたいという気持ちがない訳ではないが、流石にお姫様に怪我させる訳にはいかないよな。
一応俺、護衛だし。
駆けてくる足音の後、その家から出てきたのは九歳くらいの小さな女の子だった。
よかったな姫さん、頭一個分くらいは身長勝ってるぞ。
倍の年齢くらい差があると思うけど。
そんな女の子に姫さんは声を掛ける。
「あ、あなたがこの依頼をした人かしら?」
「うんそうだよ! よかったぁ、優しそうな女の人で!」
「で、それで、えっと」
どうやら何を話せばいいか分からなくなってしまったようなので、俺が代わることにする。
相手が子供ということもあって、膝を着いて目線を合わせて話しかける。
姫さんの場合だとあまり身長が変わらないから、その必要はなかったようだが。
よく見ると将来が期待されそうな顔立ちだ。
緑色の短髪が所々跳ねてはいるが、大きめの瞳と高い鼻が将来は美人になるだろうと予想させる。
……何年か前にもこの子を見たことがあるかもしれない。
何処で見たのかは思い出せないが。
「すまんな、こいつはまだ慣れてないんだ。君がティナちゃんだね。居なくなってしまったペットについてお話を聞かせてくれるか?」
「うん! お兄ちゃんも仲間の冒険者さんなんだね! じゃあ中に入って! お母さんにお茶を用意してもらうから!」
なんだこの子、凄くグイグイくるな。
普段の依頼ではここまでする人はいないし、ぶっきらぼうな人なら一言話すだけで終わるときもある。
「いや、そこまでしなくても」
「おかーさーん! お茶ー!」
「……仕方ない。皆、入るぞ」
俺が拒否しようとしたら既にティナちゃんは家へと入ってしまった。
なんというか、姫さん一発目から大変そうな依頼を引いちまったなぁ。
以前俺がとあるお婆さんのペット探しで訪問した時とか、小一時間くらい話を聞かされたこともあるし。
殆どペットの話じゃなかったし。
まぁ、ここで立ち竦んでいる訳にもいかないか。
人数が多くて迷惑かもしれないが全員でお邪魔することにしよう。
「失礼します」
「お、お邪魔しまーす」
「……失礼する」
「お邪魔いたします」
玄関から真っ直ぐ進めばリビングらしき部屋にティナと、ティナによく似た顔立ちで俺と同じ背丈くらいの女の人が立っていた。
ティナは俺達が来たことに大はしゃぎで、女の人の周りを回っている。
お母さんか誰かだろうか。
その姿は正にティナが成長した姿で女性にしては背が高いが美人だ。
しかし彼女の視線が俺を捉えると、そのまま俺を見つめて固まっていた。
「ティナちゃんが入ってしまわれたので、お邪魔させていただきました。ティナちゃんのお母さんでしょうか?」
「い、いいえ。わ、わたちっ、私は、ティナの、姉ででで、です」
「ん? 大丈夫か?」
何やら緊張しているみたいだな。
人見知りか何かだろうか?
「だだっだだだっ大丈夫です!」
「そう、か? ならいいんだが。それで今日は依頼の」
何故だか顔を真っ赤にしているティナの姉に疑問を抱きつつも、俺は彼女らに依頼の話を切り出しながら近付く。
「ちょ、待っ、きゅー……」
するとティナの姉はバタリと倒れてしまった。
あれ、俺何かしたか?
気絶する程の事は何もしてないと思うんだけどな……。
もしかして人見知りではなく、男嫌いだったとか?
もしもそうだったら悪い事をしたかもしれない。
そう思っていると、お茶を淹れて持ってきた女性が奥の扉から入ってきた。
因みにティナはその間、倒れたお姉さんを指で突いていた。
いや、もっと真剣に心配しろよ。
ティナの姉のスカートが短くて、下手すると見えてしまいそうだから是非とも隠してあげてほしい。
「あらら、リィナちゃんどうしたのー?」
「お姉ちゃん、変なのー!」
扉から出てきたこれまたティナにそっくりな女性は頬に手を当てて、まるで朝起きたら雨が降っていて困ったわぁくらいの調子で言った。
ティナちゃん、そろそろ突くのはやめなさい。
「……ユー、また犠牲者を」
「むぅ、ユーくんは本当に罪づくりなんだから!」
背後から聞こえる俺への非難。
俺のせいって決まった訳じゃないと思うんだが……。
もしかして俺の知らない内に何かやったのだろうか?
というか、倒れたんだから誰でもいいから心配してやれよ。
姫さんでもいいからさ。
「これが本で呼んだ、一目惚れ……ってやつね」
姫さん……。
流石にそれは物語の読みすぎだよ……。
リィナという名前らしい女性を、妹であるティナの先導でアリルによって当人の部屋に運んでもらった後、リビングでお茶を貰いながらやっと依頼の話を始めることができた。
俺の正面に座ったティナが、その隣りに座ったお母さんであるシィナの補足を受けながらも話してくれる。
「昨日、掃除の為に窓を開けていたの! 多分その間にラムちゃんが家出しちゃったの!」
「最後見たのは昨日の晩御飯を作る前かしらー? 昨日は忙しくてご飯も遅かったのよー」
「となると消えたのは昨日の夜か。ラムスターは小さいから見つけ辛いが、その分遠くへは行けていないだろう」
「あのね!ラムちゃんはね! とってもいい子なの! だからきっと家出した理由があるはずなの!」
「昨日のおやつの量を減らしたのが悪かったのかしらー?」
「それはラムちゃんじゃなくても怒るだろ」
「あとね!ラムちゃんには首輪も付けてるの! もしものことがあったらって、名前の書いたタグを付けてるの!」
「この前ラムちゃんの毛を切ったときに、バランスが悪かったのを怒ってるのかしらー?」
「シィナさん思った以上にラムちゃんにやらかしてるな!? ともあれ、名札が付いてるなら俺達が探さなくても、その内誰かが見つけて返してくれるかもしれねぇぞ」
「そんなに人を簡単に信じちゃ駄目だよユードお兄ちゃん!」
「お前が言うのかティナ」
「ラムちゃん、どうかお母さんを許して……!」
「それはラムちゃんがいるときに言ってやってくれ」
といった感じで、非常に会話の速度が早い親子に一々ツッコミを入れながら情報を聞き出した。
殆どいらない情報ではあったが。
ただラムちゃんが不憫にしか思えなくなった、そりゃ家出するだろ。
その間俺以外の三人はお茶を飲んでるだけだしよ。
特に姫さん、今日はあんたの為の仕事なんだが……。
流石に初めからこんなスピードの会話は厳しいか。
次の依頼で頑張ってもらおう。
「――よし、大体分かった。それじゃあ探してくるから、待っててくれ」
「ユードお兄ちゃん頑張って!」
「ラムちゃんをお願いしますね」
嵐のような親子から開放され俺達は家を出た。
何だかドッと疲れたが、まだ捜索は始まってすらいないんだな……。
既にもう今日は帰ってしまいたい気分だが、依頼を達成するためにも動かなければ。
家の前で、俺は姫さんへと振り返る。
「さて普段ならここから聞き込みだが、丁度あそこにキャッシーがいる。あいつに能力は使えるか?」
ティナの家の前の道端で毛づくろいをしているキャッシーという、立った耳と尻尾のついた動物を指差して問う。
この動物もよくペットとして飼われているが、キャッシー全体が自由奔放ということもありよくペット探しの対象になる。
このキャッシーがラムちゃんのことを見ている可能性はあるからな。
動物と話ができるなら早いタイミングで見つけられるかも。
「ええ、大丈夫よ。あの子なら私と意思疎通できそう」
「そんなのが分かるのか?」
「感覚でね、私に警戒している動物には使えないから」
そこは人と同じか。
警戒というか、嫌いな人とは意思疎通なんて厳しいだろうからな。
「なるほど。余り人の通らない道だから大丈夫だと思うが、アリルと俺で姫さんを隠すように警戒しておこう」
「……了解」
「私は私は?」
ミルねぇがとてもやる気を見せてくれている。
だが、ミルねぇは戦力外だからやる事はないだろうな。
それっぽい事を伝えとくか。
「姫さんの様子を見ておいてくれ、もしかしたらキャッシーが引っ掻いてくるかもしれない」
「分かった!」
「それじゃあ、やるわよ?」
「ああ、頼むぜ」
頷く俺達を見た姫さんはキャッシーへと向き直って膝をつき、キャッシーへと出来る限り目線を合わせた。
人と話す時も目を合わせないと失礼だからな、動物も同じなのかもしれない。
そして魔法を使うように、姫さんは詠唱を始めた。
「生有る者、止め処なく永きを、遷ろいの往く者達よ、道を纏める者が問う」
詠唱と共に、姫さんを中心に青白い光が生み出される。
地面に映りだす魔法陣のような光が姫さんとキャッシーを包み、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのような、幻想的な光景が俺達の目の前で起こりだした。
重力に逆らいだす姫さんの毛先と、粉のような魔力の雫がまるで空へと飛んでいく。
瞳を閉じて祈るように紡ぐその姿は、物語の中のお姫様のような。
実際お姫様だけど。
……フリーダと会ってから、初めてお姫様として彼女を見れた気がする。
そして、それはとても、綺麗だった。
「繋がりを、共に生きよう、我が名は動物奏者」
輝きの終焉と共に、姫さんは目を開けた。
俺達はその姿に見惚れていたが、ふと正気に戻ってこの光景が見られていないか確認する。
すると、先程出てきた家の二階の窓からこちらを覗く目が見えた。
その驚きに満ちた視線と俺の視線は、ぶつかってしまった。
「こいつは、……しまったな」
「にゃーにゃー。この辺りで首輪を付けたラムスターを見なかったにゃ?」
窓越しで目を合わせて固まる俺と依頼者の姉であるリィナ。
猫撫で声で何故かにゃーにゃー言いながらキャッシーに話しかける姫さん。
そしてその姿に両手を合わせてメロメロな視線を向けるミルねぇと、皆を見つめてボーっとしているアリル。
この瞬間、場は凍りつくように時間が止まった。
何故かスズもついてこようとしていたが、厨房から出てきたおやっさんの拳骨で仕事に戻っていった。
去り際に姫さんを再び睨んでいたが、一体姫さんの何がスズにそこまでさせるのか。
そんなこんなで俺達は、依頼書に書かれた住所へと向かっていた。
その道すがらも、俺は姫さんに様々なことを教えていく。
「それじゃあ一件目だ。何処かに逃げてしまったペットのラムスターを探すっていう依頼だな」
「最初はどうするの?」
「まずは依頼者に会って情報を聞き出そう。その後は周辺を聞き込んで、ペットの向かった場所を特定していく形だな」
「分かったわ」
道中では住所と街の歩き方を姫さんに教えていく。
商業区の大きな道には、比較的大きめの店が立ち並んでいることもあって分かりやすいが、区の切り替わりである門を抜けて住宅区に入ればどれも同じような建物ばかりで混乱し易い。
実際、姫さんを先頭で歩かせてみたら直ぐにどの道を行けば分からなくなって、面白い具合にテンパっていた。
笑うなってはたかれたけどな。
「や、やっと着いたわ」
「お疲れ。それじゃあ依頼者の……、ティナさんがいるか確認しよう」
俺は姫さんに持たせてある依頼書を覗き込んで、依頼者の名前を確認した。
初対面の相手だからな、名前を間違えないようにしなければ。
「うっ、ち、近いわよ!」
「ん? ああ、すまん」
箱入り娘だからか、ミルねぇやアリルと密着するのは問題ないが、異性である俺が近付くと緊張するみたいだ。
貴族が婚約するまで異性と触れ合わないっていうのは、本当なのかもしれないな。
……これもミルねぇの愛読書から知ったことだが。
俺が離れると落ち着いたのか姫さんは一つ咳払いをした後、依頼者であるフィナさんの家の扉へと近付く。
「えっと、扉を開ければいいの?」
「そんなことしたら不審者だって騒がれて、巡回中の騎士団に捕まるぞ? 王族の姫さんが騎士団に捕まるとか笑い草だが」
「そ、そんな目になんて遭わないわよ! じゃあ、どうすればいいの?」
ずっと王城で暮らしてきたと言うだけあって、本当に何も知らないんなんだな。
一体国王さんは何をやってるんだ。確り教育しといてもらわないと王国の未来が心配だぞ?
「まずは扉を三回ノックしろ、それでも反応が無かったら相手の名前を呼んだり、もう一度ノックしたりするんだ。もしも反応が無いならば、留守だということで時間を空けて来る他無い」
「そうなると面倒ね。とりあえずやってみるわ」
俺達が後ろで見守っている中、扉の前へと進んだ姫さんは控えめなノックをする。
だがこの街の建物はどれも木と金属で出来ているので、これくらいの強さでも中の人には届くだろう。
「はーい!」
ノックすると直ぐに返事が返ってきたので、扉の前に立ったままの姫さんを下がらせる。
そのままでいたら扉が開いて頭を打つことになりかねんからな。
頭を打って悶絶する姫さんは面白そうだし、見てみたいという気持ちがない訳ではないが、流石にお姫様に怪我させる訳にはいかないよな。
一応俺、護衛だし。
駆けてくる足音の後、その家から出てきたのは九歳くらいの小さな女の子だった。
よかったな姫さん、頭一個分くらいは身長勝ってるぞ。
倍の年齢くらい差があると思うけど。
そんな女の子に姫さんは声を掛ける。
「あ、あなたがこの依頼をした人かしら?」
「うんそうだよ! よかったぁ、優しそうな女の人で!」
「で、それで、えっと」
どうやら何を話せばいいか分からなくなってしまったようなので、俺が代わることにする。
相手が子供ということもあって、膝を着いて目線を合わせて話しかける。
姫さんの場合だとあまり身長が変わらないから、その必要はなかったようだが。
よく見ると将来が期待されそうな顔立ちだ。
緑色の短髪が所々跳ねてはいるが、大きめの瞳と高い鼻が将来は美人になるだろうと予想させる。
……何年か前にもこの子を見たことがあるかもしれない。
何処で見たのかは思い出せないが。
「すまんな、こいつはまだ慣れてないんだ。君がティナちゃんだね。居なくなってしまったペットについてお話を聞かせてくれるか?」
「うん! お兄ちゃんも仲間の冒険者さんなんだね! じゃあ中に入って! お母さんにお茶を用意してもらうから!」
なんだこの子、凄くグイグイくるな。
普段の依頼ではここまでする人はいないし、ぶっきらぼうな人なら一言話すだけで終わるときもある。
「いや、そこまでしなくても」
「おかーさーん! お茶ー!」
「……仕方ない。皆、入るぞ」
俺が拒否しようとしたら既にティナちゃんは家へと入ってしまった。
なんというか、姫さん一発目から大変そうな依頼を引いちまったなぁ。
以前俺がとあるお婆さんのペット探しで訪問した時とか、小一時間くらい話を聞かされたこともあるし。
殆どペットの話じゃなかったし。
まぁ、ここで立ち竦んでいる訳にもいかないか。
人数が多くて迷惑かもしれないが全員でお邪魔することにしよう。
「失礼します」
「お、お邪魔しまーす」
「……失礼する」
「お邪魔いたします」
玄関から真っ直ぐ進めばリビングらしき部屋にティナと、ティナによく似た顔立ちで俺と同じ背丈くらいの女の人が立っていた。
ティナは俺達が来たことに大はしゃぎで、女の人の周りを回っている。
お母さんか誰かだろうか。
その姿は正にティナが成長した姿で女性にしては背が高いが美人だ。
しかし彼女の視線が俺を捉えると、そのまま俺を見つめて固まっていた。
「ティナちゃんが入ってしまわれたので、お邪魔させていただきました。ティナちゃんのお母さんでしょうか?」
「い、いいえ。わ、わたちっ、私は、ティナの、姉ででで、です」
「ん? 大丈夫か?」
何やら緊張しているみたいだな。
人見知りか何かだろうか?
「だだっだだだっ大丈夫です!」
「そう、か? ならいいんだが。それで今日は依頼の」
何故だか顔を真っ赤にしているティナの姉に疑問を抱きつつも、俺は彼女らに依頼の話を切り出しながら近付く。
「ちょ、待っ、きゅー……」
するとティナの姉はバタリと倒れてしまった。
あれ、俺何かしたか?
気絶する程の事は何もしてないと思うんだけどな……。
もしかして人見知りではなく、男嫌いだったとか?
もしもそうだったら悪い事をしたかもしれない。
そう思っていると、お茶を淹れて持ってきた女性が奥の扉から入ってきた。
因みにティナはその間、倒れたお姉さんを指で突いていた。
いや、もっと真剣に心配しろよ。
ティナの姉のスカートが短くて、下手すると見えてしまいそうだから是非とも隠してあげてほしい。
「あらら、リィナちゃんどうしたのー?」
「お姉ちゃん、変なのー!」
扉から出てきたこれまたティナにそっくりな女性は頬に手を当てて、まるで朝起きたら雨が降っていて困ったわぁくらいの調子で言った。
ティナちゃん、そろそろ突くのはやめなさい。
「……ユー、また犠牲者を」
「むぅ、ユーくんは本当に罪づくりなんだから!」
背後から聞こえる俺への非難。
俺のせいって決まった訳じゃないと思うんだが……。
もしかして俺の知らない内に何かやったのだろうか?
というか、倒れたんだから誰でもいいから心配してやれよ。
姫さんでもいいからさ。
「これが本で呼んだ、一目惚れ……ってやつね」
姫さん……。
流石にそれは物語の読みすぎだよ……。
リィナという名前らしい女性を、妹であるティナの先導でアリルによって当人の部屋に運んでもらった後、リビングでお茶を貰いながらやっと依頼の話を始めることができた。
俺の正面に座ったティナが、その隣りに座ったお母さんであるシィナの補足を受けながらも話してくれる。
「昨日、掃除の為に窓を開けていたの! 多分その間にラムちゃんが家出しちゃったの!」
「最後見たのは昨日の晩御飯を作る前かしらー? 昨日は忙しくてご飯も遅かったのよー」
「となると消えたのは昨日の夜か。ラムスターは小さいから見つけ辛いが、その分遠くへは行けていないだろう」
「あのね!ラムちゃんはね! とってもいい子なの! だからきっと家出した理由があるはずなの!」
「昨日のおやつの量を減らしたのが悪かったのかしらー?」
「それはラムちゃんじゃなくても怒るだろ」
「あとね!ラムちゃんには首輪も付けてるの! もしものことがあったらって、名前の書いたタグを付けてるの!」
「この前ラムちゃんの毛を切ったときに、バランスが悪かったのを怒ってるのかしらー?」
「シィナさん思った以上にラムちゃんにやらかしてるな!? ともあれ、名札が付いてるなら俺達が探さなくても、その内誰かが見つけて返してくれるかもしれねぇぞ」
「そんなに人を簡単に信じちゃ駄目だよユードお兄ちゃん!」
「お前が言うのかティナ」
「ラムちゃん、どうかお母さんを許して……!」
「それはラムちゃんがいるときに言ってやってくれ」
といった感じで、非常に会話の速度が早い親子に一々ツッコミを入れながら情報を聞き出した。
殆どいらない情報ではあったが。
ただラムちゃんが不憫にしか思えなくなった、そりゃ家出するだろ。
その間俺以外の三人はお茶を飲んでるだけだしよ。
特に姫さん、今日はあんたの為の仕事なんだが……。
流石に初めからこんなスピードの会話は厳しいか。
次の依頼で頑張ってもらおう。
「――よし、大体分かった。それじゃあ探してくるから、待っててくれ」
「ユードお兄ちゃん頑張って!」
「ラムちゃんをお願いしますね」
嵐のような親子から開放され俺達は家を出た。
何だかドッと疲れたが、まだ捜索は始まってすらいないんだな……。
既にもう今日は帰ってしまいたい気分だが、依頼を達成するためにも動かなければ。
家の前で、俺は姫さんへと振り返る。
「さて普段ならここから聞き込みだが、丁度あそこにキャッシーがいる。あいつに能力は使えるか?」
ティナの家の前の道端で毛づくろいをしているキャッシーという、立った耳と尻尾のついた動物を指差して問う。
この動物もよくペットとして飼われているが、キャッシー全体が自由奔放ということもありよくペット探しの対象になる。
このキャッシーがラムちゃんのことを見ている可能性はあるからな。
動物と話ができるなら早いタイミングで見つけられるかも。
「ええ、大丈夫よ。あの子なら私と意思疎通できそう」
「そんなのが分かるのか?」
「感覚でね、私に警戒している動物には使えないから」
そこは人と同じか。
警戒というか、嫌いな人とは意思疎通なんて厳しいだろうからな。
「なるほど。余り人の通らない道だから大丈夫だと思うが、アリルと俺で姫さんを隠すように警戒しておこう」
「……了解」
「私は私は?」
ミルねぇがとてもやる気を見せてくれている。
だが、ミルねぇは戦力外だからやる事はないだろうな。
それっぽい事を伝えとくか。
「姫さんの様子を見ておいてくれ、もしかしたらキャッシーが引っ掻いてくるかもしれない」
「分かった!」
「それじゃあ、やるわよ?」
「ああ、頼むぜ」
頷く俺達を見た姫さんはキャッシーへと向き直って膝をつき、キャッシーへと出来る限り目線を合わせた。
人と話す時も目を合わせないと失礼だからな、動物も同じなのかもしれない。
そして魔法を使うように、姫さんは詠唱を始めた。
「生有る者、止め処なく永きを、遷ろいの往く者達よ、道を纏める者が問う」
詠唱と共に、姫さんを中心に青白い光が生み出される。
地面に映りだす魔法陣のような光が姫さんとキャッシーを包み、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのような、幻想的な光景が俺達の目の前で起こりだした。
重力に逆らいだす姫さんの毛先と、粉のような魔力の雫がまるで空へと飛んでいく。
瞳を閉じて祈るように紡ぐその姿は、物語の中のお姫様のような。
実際お姫様だけど。
……フリーダと会ってから、初めてお姫様として彼女を見れた気がする。
そして、それはとても、綺麗だった。
「繋がりを、共に生きよう、我が名は動物奏者」
輝きの終焉と共に、姫さんは目を開けた。
俺達はその姿に見惚れていたが、ふと正気に戻ってこの光景が見られていないか確認する。
すると、先程出てきた家の二階の窓からこちらを覗く目が見えた。
その驚きに満ちた視線と俺の視線は、ぶつかってしまった。
「こいつは、……しまったな」
「にゃーにゃー。この辺りで首輪を付けたラムスターを見なかったにゃ?」
窓越しで目を合わせて固まる俺と依頼者の姉であるリィナ。
猫撫で声で何故かにゃーにゃー言いながらキャッシーに話しかける姫さん。
そしてその姿に両手を合わせてメロメロな視線を向けるミルねぇと、皆を見つめてボーっとしているアリル。
この瞬間、場は凍りつくように時間が止まった。
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