鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-32 「伝えられない哀しさ」
「……とまあ、こんな感じかな。こんなことは普段他人には話さないんだけどな」
創にとって、それは余りにも衝撃な事実だった。飄々としていたこの人の影で、そのような過去があったことなんて思わなかった。一言一言聞き逃さず、悲劇として脳内にその時彼女が経験した出来事がドラマのように情景が浮かぶ。
タバコを吐く煙は、どこか弱々しく見えた。今彼女が見ているのは海ではなく、きっと忘れられない――忘れてはいけない遠い過去の自分なのだろう。
「……何で、それを僕に話したんですか……?」
浴衣の裾をぎゅっと掴む。歯を食いしばり、明日陽に疑問を投げつける。
「さぁな。でも、君は悩んでいるみたいだったからな。それを誰かに言いたくない気持ちも分かる。もしかしたら言えない事情でもあるんだろうさ。……だけどな、それでも、言わないままでいたら、誰にもわかってもらえないんだよ」
何故かその言葉が、胸の奥深くに鋭く突き刺さった。裾をんでいた手にさらに力がこもる。
「あの時の彼もそうだったんだ。言えない何かがあって、心のどこかに押し留めて、そして破綻してしまった。抱えているものは人それぞれ大きさが違うものだ。大きければ大きいほど、一人では抱えきれなくなる」
――それはわかっている。
「だから、人に頼ることはとても大事なことなんだ」
――だから僕はルキスさんに頼った。
「他人に自分の私情を押し付けたくない気持ちもわかる。だけどそれじゃあ……ダメなんだよ……」
――それもわかっている。さんざん悩んだ。聞いてほしかったから、助けてほしかったから。
「君は強いな。自分だけで抱え込もうとしている」
――違う、僕は強くなんてない。
「でもわかってしまうんだよ。私だけじゃない、みんなも気付いているだろうさ。君が悩んでいることに」
心の内を突くような言葉だった。何もかもが、他の人には見透かさている。
「……すまないな、折角の娯楽の時にこんな話をしてしまって」
「い、いえ。貴重な話を聞けてよかったです……」
「そうか」と、鼻で笑い、灰皿スタンドにタバコを捨てる。
「遅くなるとみんなも心配するから、君も早く戻ってくるんだぞ」
「そうですね」
手をひらひらさせながら、明日陽は部屋に戻って行った。
一人残された創には虚無感があった。心にポッカリ穴が開いたような、脱力感も感じる。背もたれに腰を預け、壁に頭を付け、大きくため息を吐いた。
「はぁ~……」
結局、明日陽は何故その話を創にしたのかを教えてはくれなかった。回らない頭で考えるが、納得のいく理由が思いつかない。
『言わないままでいたら、誰にもわかってもらえないんだよ』
その言葉が、頭の中でループされる。もしかしたらと、ふと思う節もあったが、それ以上は深く考えないことにした。
「……そろそろ戻るか」
重い腰を上げ、のっそりとした重い足取りで部屋に戻った。
*****************************
「……なぁ、創」
「どうした?」
「どうした? じゃねぇよ! 何で女と別々で、お前と寝てんだよ!」
振り向きざまに声を張り上げる蓮。その声の大きさに耳鳴りが起きた。
「いや、そりゃお前当たり前だろ。僕もはじめからそんなの期待してないし。第一、お前と一緒に寝る訳にもいかないだろう」
夜の十二時を回る時間。二人は用意された布団に入っていた。障子は閉めていなく、月の明かりが部屋を朧げに照らしている。
「くそー何でだよー! 女と寝れると思って楽しみにしてたのによ~……」
下心を微塵も隠そうとしない彼はまさに勇者と言えるだろう。そもそも、宿を予約していた段階で部屋は別々にすると決めていたのだ。今更それを覆すことは出来ない。それでも必死に懇願する連に対して、女性陣の反応は――、
『新井はキモイから一緒に寝るわけないじゃーん』
『はあ? 何で私たちがあなたとなんか寝なきゃならないの? 死んだ方がマシだわ』
『まぁ私も一応教師だからな~。こういうのを見過ごせるわけにもいかないのだよ』
『あ、あはは……ごめんね、新井君』
意見はみな同じく、大反対であった。崩れ落ち、本気で落ち込む蓮に対して世那と椿姫は侮蔑の視線を送った。彼女たちの部屋で憎まれ口を叩かれても否定はできない。創も女性側に賛成の意見を述べていた。
「はぁ~」
今もなおショックから立ち直れないその姿も、いい加減可哀想に思えてきている。
それから暫く蓮の愚痴を聞いていた。それから、学校のことや今日のこと。他愛のない、ただただとりとめのない話を続けた。気付いた頃には、蓮は元気を取り戻していた。薄暗く見える天井を眺めながら、あっという間に一時間は経っていた。
「んじゃあ、そろそろ寝るか。何だかんだ言いつつも話し込んじまったし、これはこれでアリだったかもな」
「そうだな~。男同士ってのも、案外悪くなかったね」
「ま、今回だけどな」と言いながら蓮は反対の方を向いた。照れ臭いのか、おやすみの言葉はなく、そこで会話が途切れた。それに創は軽く微笑み、蓮とは逆の方を向いた。
三十分くらい経っただろうか。なかなか寝付けないところに、枕元に置いた携帯が振動した。携帯を開くと眩しい画面の光が、暗さに慣れた目に飛び込んできた。目を細めて着信が入っていた内容を確認する。差出人は結衣からだった。
『夜遅くごめんね。まだ起きてるかな? もし起きてたら、少し散歩しない?』
そんな文面が書かれていた。寝付けなかった、という理由もあるが、何よりも断る申し訳なさの方が大きかった。
布団を剥がし、起き上がる。隣では蓮が口を開けていびきをかいていた。多少音を立てても問題はなさそうだが、念のために足音を殺して部屋を後にした。
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