鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-27 「悪魔に対抗する者」


 一歩。
 踏み出したその一歩は創をハイドの元へと運んだ。空を裂き、音をも裂くようなその速さでハイドの懐まで踏み込んでいた。

「――なっ……!?」

 反応が遅かった。いや、本来ならその反応の速さが通常なのだ。なんらおかしい事ではない。
 異常なのは、反応が出来ない程の速さで迫って来た黄金の瞳の少年の方だ。
 ハイドも数多の人間を殺して来た。多くの人間と出会い、その数と等しく殺してきたのだう。そんな猛者でも反応出来なかったのだ。寧ろ、今までの創の常人並みの速さに慣れてしまっていたのかもしれない。

 創はハイドのその一瞬の隙を見逃さなかった。狙うのは首。首を胴体から切り離す――確実な殺し方を選んだ。

「んぐっ――!」

 斜めに斬り上げられたその剣閃はハイドの首を取られることは出来なかった。間一髪のところで体を逸らし、そのままバク転で後ろに回避したのである。紙一重で躱したその身のこなしは熟練の技と言ってもいいだろう。その姿はまさにピエロそのものだった。

「んふうぅ、危ない危ない。もう少しで私の首が綺麗にちょんぱされるとこ――」

「ソラァ!」

 まだ終わっていなかった。斬り上げたその剣をそのまま斜め下に斬り下ろし、衝撃波を飛ばしてきたのだ。その衝撃波は落ちてきた木の葉を斬り、ハイドに向かって行く。
 しかし、そんなもので決着が付くほど、【蒼の階段】は甘くなかった。

「そんなもの――これならどうです!」

 それは“石蹴り”。先程よりも足を高く上げ、勢いよく石を蹴り飛ばす。鬼の頭を破壊した時よりも威力は上がっているようにも見えた。その石に触れようものなら、軽くその部分は吹き飛んでしまうだろう。
 その二つの衝突は、衝撃波と石を両方とも綺麗に二つに分断された。分断された衝撃波はハイドの頬を、石は創の頬を掠め、開かれた傷口から血が流れる。
 だが、その血を二人は神経の一パーセントも気に留めてはいない。互いに映る瞳には、その対象による殺意で埋め尽くされている。

「ハジメさん! 後ろです!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」

 創を狙っているのはハイドだけではない。生み出された鬼の全部が、創を抹殺対象としている。一人だけに集中は出来ないのだ。いくら剣帝とはいえ、全てを捌ききれる訳ではない。何せ、鬼たちは創しか・・・狙っていないのだから。

 襲い掛かるは鉄血の拳。元は人間とは言え、ハイドによって鬼へと変えられ人ならざる者へと成り果てた。そんなものが振るう拳はボクシング選手を軽く凌駕している。

 創は振り向きざまにそれを紙一重で躱す。そして返しの手で鬼の腕を切断した。
 その流れるような動作はまるで、幾つもの経験を積み、戦い方を理解している者のそれだった。

「グ――グオオオオオオオオオオ!?」

 人間ではなくても痛覚はあるのか、呻き声を漏らす。
 創はそれだけでは終わらなかった。鬼の心臓部分を貫くように剣を突き刺す。そして、上に向かって円を描くように剣を返していく。鬼はたちまち胸から上を斬られていった。飛び散る赤黒い血は剣筋をなぞるようにアーチ状になる。

「ンハハハハハッ! やりますねェ! 先程のあなたとは大違い――いえ、今のあなたは一体どちら・・・なのでしょうかねェ……」

「ハジメ……さん……」

 ただ見ていることしか出来ないキルキス。今の自分では助けに入ることは出来ない……わけではない。今の創だから助けに入ることが出来ないのだ。我を忘れている、そう言った言葉さえ何か違和感を感じるような感覚だった。

「ンハハハハハハハ!」

 ハイドはまた“かくれんぼ”により姿を消す。言葉だけが辺りに反響した。

『どんなことであれ、あなたでは私を捉えることは出来ない! 見えない恐怖を、理解できない真実の恐怖をあなたに痛感して頂きましょう!』 

 それは不可視な恐怖。消えたハイドを探知するには方法がない。あるとすれば、実体化した瞬間だけ。しかし、それからの反応だともう既に遅い。“遊び”を駆使した攻撃が創を襲う。今までは第三者――キルキスの手助けと反射神経の速さから致命傷を避けてきたが、それで乗り切れるほどハイドは甘くはないだろう。
 しかもそれだけではない。創には鬼たちからも狙われている。結果的にどちらにも警戒をしなければ生き残れないということになる。

「おい、お前!」

 ゼクトが創に呼びかける。

「………………」

 しかし創はその呼びかけには答えず、ただ一点だけを見つめている。その視線の先には何もなく、どんな意図があってそこを見つめているのかは本人にしか分からない。

「は、ハジメさん……?」

 すると今度は突然目を瞑った。それは傍から見ればまさに格好の的でしかなく、隙だらけと言っていいだろう。しかし熟練者たちの反応は違う。逆に全くと言っていいほど隙が無い・・・・のだ。
 目で見えないのならば音を、風を。耳から受け取れる情報に全ての神経を集中させている状態になっている。それは人が歩くための一歩目を踏み出した音さえも聞き逃さない程敏感になっている。

 もう一つ付け加えるなら、今まさに、創の脳天を“石蹴り”によって貫こうとするハイドの足音さえも。

 ――ドスッ!

 鈍い音が響く。まさに一瞬の出来事。その音の原因となった本人さえ、理解できるのに数秒かかった。今まさに、相手の脳天を貫こうとしていた自分が、逆に貫かれているのは思わない。
 ハイドの胸部を貫いたのは、創によって投擲された剣だった。

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