鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-26 「揺れぬ瞳」
シャボン玉が割れ、空中に投げ出される。スカイダイビングをやる時のようにパラシュートは無く、命綱と呼ばれるものはない。徐々に空を裂く勢いが増していく。
「うわあああああああああああああああああああああああっ――!」
落下速度は時速百五十キロ以上。ものの数秒で地上に落ちるだろう。当然、そのまま落ちてしまえば助かる確率はゼロに等しい。
「ハジメさん!!」
「――くっ! 流石にあの距離からの人間を受け止めるのは不可能だ!」
「ンハハハハハハハハハハッ! いかがですか!? あなたも一度は幼い頃に“空を飛んでみたい”と思ったことはあるでしょう! それを今! 私が! 叶えて差し上げたのです! さあ、思う存分に! この場を赤い花に染め上げてください!」
その場にいた誰もが上を見上げる。
その落下は本人にも、見ている側も何も出来ない。仮に受け止めてしまえば、受け止める側の腕が、受け止められた側の身体がどうなるかは想像できる。つまり、何も出来ないのだ。やろうとしないのではなく、“出来ない”。
このまま落ちてしまえばハイドの言う通り、本当に白い花を赤く染め上げてしまう。それはイコール“死”を意味する。
(くそくそくそくそくそくそくそ! 何でなんだ! 何で僕はこんなにも“弱い”んだ!)
そんな事はとっくの前から分かっていた。高校入学して間もないただ普通の、一般的な高校生。帰宅部で友達は少数、何事も平均レベルだったが、それを不満には思わなかった。
だが、姉がいなくなった時は絶望した。今でもそれは引きずっている。そこでも思ったのだ。『僕に力があれば』と。
そして――その一年後に崩壊し始めた日常。
逃れられない運命。
それに抗う為には余りにも足りないものがある。
――もう、任せてしまおうか。疼いて仕方ないんだろう?
そう、創は心に問いかけた。それは創にしか知らない別の“何か”……。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
上空から咆哮が轟く。それは創であって創ではないような、創の声と何か別の声が混ざったような。獣にも似た声。
「ハ、ハジメさん――!」
「あれは……」
あの時、デュエルにおいてダートと戦った時と同じ、まるで――別人とすら捉えられる者。
それが今、戦場に再び舞い降りる。
「ソラッ!」
創の真下――そこに一体の鬼がいた。それへ目がけて剣を、投げた。
脳天目がけて投擲された剣は、丁度鬼の頭の中心を捉えた。
「グ――グウオアアアア!?」
人間なら確定で即死だが、その鬼はまだ悶えるだけの余裕があった。しかし、流石にその場に留まることは叶わず、地面に倒れる。
そこへ僅かに遅れて時速百五十キロを超えた速度で創が着地する。地雷でも踏んだかのような衝撃が走る。いくら鬼をクッション代わりに使ったとはいえ、そのまま着地すれば普通の人間なら間違いなくバラバラになるだろう。
「……ウゥ」
それでも当然のようにそこに立っていた。砂塵が舞い上がる中、黄金に変色した双眼がチラつくのが見える。今の創は並みの人間以上に頑丈になっているのか、下敷きになった鬼は血液が散らばり、原型が留めてない程ぐちゃぐちゃになっていた。
創が見据える先にいるのは勿論、ハイド・ヘッドバッド。
「……ク、ククク……ンハハハハハハッ! なる、ほど! それが本当のあなたという訳ですか! いいでしょう! これよりは凡人には理解できない遊び! 嬉嬉たる恐怖を、震撼する狼狽を! さあ、始めましょうか。最も遊びから遠く離れた素晴らしい遊びをッ!」
僅かな沈黙が訪れた。あれだけ暴れていた鬼たちも静まり返る。時が止まったのかと体が認識してしまうような静寂の一時。そよ風が吹き、草木が揺れる。舞乱れる木の葉の隙間から除く創の目は、ハイドから一切逸らしていなかった。
それは再び訪れる激しい――嵐の前の静けさ。
「……………………行クゾ」
静寂は断ち切られ、創の異質な声が響く。
そのたった一言が、再戦の合図だった。
コメント