鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-22 「決意の木霊」
それから創はキルキスに話を始めた。今までの事を事細かく嘘偽りはただの一片も無く、自分の身に起きた真実だけを語った。それは今まで誰にも言えなった事。親や友達、勿論、結衣やティアラにも打ち明けられなかった出来事。
話している内に心が軽くなっていくのがわかる。こんなにも自分が一方的に話しているのは初めてだと、創は思っていた。それでも次々に口から言葉が漏れる。
もう一つの世界から来たこと。そしていきなり死ぬ思いをしたこと。突然の友人の死、それが自分の大切な人の身にも起きてしまうのではないかと、そう思い込み慟哭したこと。
それをキルキスは一切笑うことなく真摯に受け止めていた。だから創は止まらなかった。やっと“理解者”になってくれる人がいたこと。それはもう僥倖以外の何物でもないことに。
「――とまあ、こんなところです。すみません、いきなりこんな話をしてしまって。でも、ルキスさんには話しておきたかったし、聞いてほしかったんです。それに、これから一緒に行動する上で僕に違和感があるかもしれない――」
そこまで言って創の言葉は途切れてしまった。理由はキルキスが創に抱き着いたからだ。
それなりに強く抱き着かれてはいるが、決して苦しいとは思わなかった。寧ろ温かく感じた。それは体温的な意味ではなく、優しい温もりと言ったところか。彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。
鼻をすする音が聞こえた。同時に抱きしめる力が強くなったのを感じる。だが苦しくはなく、より温もりが感じるようになった。
言葉を交わさない無音な時間が暫く続いた。出来ることならずっとこのままでいたいと思ってしまう。
「――あ……」
不意にキルキスが創の頭を撫でた。
まるで泣き止まない赤子を母親があやすようにそっと、優しく撫でる。
こんな風になるなんて思っていなかった。打ち明けてよかったと、心から思う。
心が軽くなったのを感じた。人から理解されるとういうのは、こんなにもいいものなのかと。
我慢していたものが目から零れてくる。安心したせいか、涙が止まらない。男が泣くなんて情けないと、そんなプライドさえも彼女の優しさによって脆く崩れ落ちてしまう。
「あ……ああ……」
もう止まらない、抑えられない。今、こんなに優しくされたらもう、抑えられない。
「あああああああああああああああああああぁっ!!」
傍から見たら高校一年生の男がこんな大声で泣いていたら確実に変だと思われるだろう。でもそんなことはどうでもよかった。ここにいるのは二人だけ。
だから――、
***
「――すみません、情けない姿を見せてしまって……」
創はさっきまでの自分を恥ずかしがっていた。
「いえいえ、全然気にしてませんよ。それに、ハジメさんのあんな姿を見れて少し得した気になりましたし、何より私に話してくれたのが嬉しかったので。ですから、これからも私を頼ってくれていいんですよ?」
そう言って微笑むキルキス。男なら確実にこの笑顔でやられてしまうだろう。よく見ると目元の下が少し赤くなっているのが分かる。恐らく先程創を抱擁していた時のことだろう。
「でもそれだと、ハジメさんは“表”と“裏”で行き来しなくてはいけない訳で、色々と不便なこともあるでしょうし」
「不便……ですか?」
「はい。ハジメさんの話だと、こちらとあちらとで時間の流れは同じ。というと、ハジメさんが“表”にいる時はこちらの状況が分からない訳ですし――そうだ! ハジメさん、ちょっと目を瞑っていただけますか?」
何か思いついたように声のボリュームを上げるキルキス。しかし目を瞑る、というのは何かいかがわしいことを想像してしまう。そんなことはないと分かっていながらも、頭からそれが離れてくれない。
「えと、こう……ですか?」
創は言われた通りに目を瞑った。やはり唇に意識が集中してしまう。頭ではありえないと思ってても本能的に意識してしまう。
「はい、それで大丈夫です。では……」
キルキスが創に近寄って行く。微かな鼻息が肌に触れるくらいに……。
「ん……」
「――!」
互いの唇と唇が触れ合う。
創の予想通りになってしまった。
キルキスは創の口の中に舌を入れ、キスからディープキスへと発展させていく。これはもう大人のキスと言うべきか。創はキルキスにリードされ、流されるままに流されていく。
「ん……んん……」
体が熱くなっていくのが分かる。ただそれは変な気持ちになぅているという訳ではない。体の内側から何かが沸き上がってくるような感じだ。
(な、長くない? 僕これ、初めてのキスなのに。凄く濃厚だな……)
「ん……んあ……。ふふ、こんなものでしょうか。すみません、いきなりこんなことをしてしまって。私は貴重な体験が出来ましたけど。今のこれで、私の魔力を少しハジメさんに流し込みました。“分けた”と言った方が正しいでしょう」
「ルキスさんの魔力が僕に……?」
確かに、腹の奥から沸々と沸き上がっている感覚があった。同時に少し頭がクラクラしている。熱でも出たかのように頭がガンガンする。
「多分これで大丈夫だと思います。一回試してみますね」
「え、試すって何を――」
『ハジメさん、聞こえますか?』
頭の中から声がした。それは間違いなくキルキスの声だった。
耳から直接聞いている時とはまた別に、音が頭の中で反響しているかのようだ。
「こ、これは……」
『ハジメさん、言葉を口には出さす、頭の中で言葉を思い浮かべてください。そうすれば私に聞こえるはずです』
「え、ああ、はい!」
創は言われた通りに言葉を頭に思い浮かべた。
『ふふ、はい。こんばんは、ハジメさん』
「え!?」
創は頭で「こんばんは」という言葉を思い浮かべた。力強く、念じるように。キルキスから言葉が返って来たということはちゃんと伝わったのだろう。だがイマイチ実感が湧かない。
「これも私の魔法、“木霊”です。私の魔力を通じて相手に言葉を伝える言語能力のようなものです。条件としては相手に“自分と同じ魔力が存在する”ことが前提ですが。今ので私の魔力をハジメさんに分けたので、それを可能にしました。恐らくこれでハジメさんが“表”にいても私の言葉が通じるかもしれません」
この世界には常識がないのかと思ったが、それは初めてここに来た時点でとうに分かりきっていることだった。
しかしそれでも、彼女の魔力を“分けた”ということは彼女自身が元から持っていた魔力を減らしてしまったのだろうか。ゲームで言えば、魔力の最大値を減らしてしまったということになる。
「……ふふ。私の魔力のことについてはどうかお気になさらないで下さい。私自身がそう“望んだ”のですから。後悔なんて何一つありません」
表情から心の中で思っていたことを読み取ったのかキルキスはそんなことを言って来た。
「ハジメさんの安全が私の魔力で補えるのなら、私は喜んでこれを使い果たしましょう。命と魔力、天秤に掛けなくてもどちらが大切かなんて言うまでもありません」
魔力という概念がそもそも存在しない創にとっては、“魔力”というものについて詳しくは知らない。知らなくてもそれが、生まれた時から当たり前のように備わっているそれを他人に分け与えるのがどれ程のものか、魔力を持たない人間でも分かる。
「……何から何まで、本当にありがとうございます」
創はキルキスに手を差し出した。
「頼りない僕ですが、いつかちゃんと、あなたに頼ってもらえる人間になろうと思います。だからどうか、改めて、よろしくお願いします」
その真っ直ぐな言葉と瞳をキルキスに向けた。固い決意によって固められたそれを。
キルキスもその手に応じた。
「はい! よろしくお願い致します!」
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