鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-21 「心の変革」


「……ふぅ」

 翌日の昼、創は裏世界に来ていた。コロッセオの前で目を覚まし、賑やかな街の雰囲気を肌で感じていた。皮肉なことにこの世界に躊躇いもなく来てしまっている。徐々にこの世界に慣れてきていることに少し不安を抱いている。

「ハジメさーん!!」

 声がした方へ振り返ってみると丁度キルキスがこちらに手を振りながら走って来たのが見える。その露出度の高い服のせいもあってか、彼女とすれ違う人の殆どの男性が彼女の容姿につい視線を追いかけてしまっていた。

「ルキスさん、もう用事は済んだのですか?」

「はい、私はバッチリです! ハジメさんは怪我の具合はどうですか?」

「まだ二日しか経っていないですけど痛みは大分引いてきましたよ。本当にルキスさんのおかげですよ」

「いえいえ、私は当然の事をしたまでですよ。でも、ハジメさんが一日でも早く完治するようこまめにお身体の検査をしないといけませんね」

 確かにまだ二日しか経っていないがあの怪我でここまで回復しているのはキルキスのおかげだろう。ただ、彼女のメディカルチェックを受けるとなるとどうしても性的な意味を覚えてしまうのは申し訳ないと思っていた。何で彼女が走り抜けるだけで数多の男性の心を掴んだのだ。こんな風に言われてしまったらそういう意識をしない方がおかしい。

「それで、これからどうします?」

「ルキスさんも一緒に来てくれるんですか?」

「当たり前じゃないですか! 私はハジメさんと一緒に旅をすると決めましたので。ハジメさんは何か少し危なっかしいですから。怪我をしてもいつでもサポート出来るようにしたいですし。何よりも、ハジメさんと一緒にいると楽しいですから!」

「あ、ありがとうございます! 何か僕も、ルキスさんが一緒でとても嬉しいです。頼りになりますし、安心もしますので」

 これが創がキルキスに言えた精一杯の感謝の言葉だった。いくつもの感謝の念が詰まった“ありがとう”。正直、一人でこの世界にいるのは危険すぎる。この世界の歴史、文明、秩序。何から何まで知らないことが多過ぎる。
 それに彼女は一度危ないところを助けてもらったお礼もある。出来ることは限られるかもしれないけど、何かしら彼女の力になりたいと思っていた。

「だから僕からも是非よろしくお願いします」

「――はい! よろしくお願い致します! ところで、ハジメさんはこの街を余り知らないんでしたっけ? なら一度街をぐるっと観光していきませんか? 私が案内致しますので!」

「そうですね、この街に来て嫌な思いしかしてないので観光がてら回りたいですね。じゃあルキスさん、案内お願いします」

「はい! かしこまりました!」


 ***


 それから創は『ホースメン』の街中をキルキスに案内され、観光を始めた。商店街や教会など、ありとあらゆるところに人は賑やかに溢れ、改めてこの街の活気が伝わってきた。

「――そしてここが、【誓騎士連盟】の本部になります」

 そこには一際大きな建物があった。屋根のてっぺんには旗が掲げられ、その旗の紋章には騎士が膝をついている。まるで何かに誓っているかのような光景を彷彿とさせる絵が描かれていた。

「ここが、【誓騎士連盟】の本部……」

 ここにあのダートが所属しているのだ。もし今ここに入ったら彼がいるかもしれない。しかしそんなことはしない。特に用事はないし、ここに入るのを心が拒否している。

 堂々とそこに聳え立ち、いかにもこの街を守っているかのような存在感があった。

「どうされます?」

「……他のところを見に行きましょう。ここには特別用事もありませんから」

 誓騎士がどうとか、創には正直どうでもよかった。“約束を誓った者たち”。コロッセオでのダートとの激闘の際、彼が口にしていた言葉だ。だとすれば彼も、何かを誓ってここに属しているのだろう。最も、それこそ創にとってはどうでもいい事だった。


 ***


「これは……」

 街の中央に位置する場所。そこには大きな女性の像があった。鎧を纏い、長い髪が腰のあたりまできている。その手には先が細く尖り、円錐型の巨大なランスのようなものが握られていた。

 騎士を象徴する武器の一つであり、ファンタジーゲームなどにもよく見られる。基本的には刃物はついておらず、通常の攻撃としては敵対者を突き刺して攻撃するのが最も効果的だ。

「これはこの街の伝承である【灰の聖女】です。遥か昔、この街及び王国に襲った災厄を灰の聖女たった一人によって救われたという伝説があります。絶望の淵の中、彼女がふらりと現れ災厄を沈めてそのまま何処かに消えてしまったそうです。言い伝えでは彼女を見た人はただ一言、「美しい」の一言だったそうです。これはその彼女に感謝の気持ちを込めて造られたそうです」

「灰の……聖女……」

 その表現は一番正しいのかもしれない。これはただの石造だが、まるで実際に見たかのように美しさが伝わってくる。美術館にある絵画の魅力が分からない創だったが、この石造だけは何かが違って見える。一度この女性を見たら一生頭から離れない――忘れないような、そんな印象。

「どうして、『灰』なんですか?」

「彼女が身に纏っていた鎧や槍が銀色ではなく、むしろ灰色に近かったとかで『灰の聖女』と呼ばれるようになったとか。すみません。私も詳しくは知らないもんですから……」

「いえ! むしろこの街の歴史が知れたので勉強になりました!」

「そうですか? それはよかったです!」

 創は灰の聖女のこと以外にも、この街を襲った『災厄』についても聞きたかった。この広い王国を絶望の淵に叩き落すほどの災厄、この世界にはそんなものが存在するのかと思うと改めてこの世界の恐ろしさを感じる。

 二人は暫くその石造を見て語り、その場を後にした。

 その後は観光名所を巡り、キルキスの買い物に付き合ったりもした。昨日の今日でいろいろ歩き回っていた為、創は体力の限界がきていた。キルキスはそれを察したのか、今夜は近くのホテルに泊まることになった。


 ***


「すみません。僕の分までお代を出してもらっちゃって」

「構いません。一緒に付いて行っている身、これくらいのことはさせて下さい」

 こちらの通貨など一文たりとも持ち合わせていなかった創はキルキスに二人分を出してもらっていた。一人部屋は既に埋まっており、異性ではあるがキルキスと同じ部屋で泊まることになった。そしてベッドは別々ではなく、ダブルベッドという始末だ。いきなり女の人と寝るのは少々気が引けるようだ。無論、キルキスはこの状況で逆に興奮していたが。

「それにしても、丸一日使っても街を全て回ることは出来ませんでしたね」

「仕方ないですよ。この街は大陸でもトップクラスの広さを誇りますから。全て回るには丸三日は必要でしょう。一体何回馬車に乗ればいいか分かりませんからね」

 確かにホースメンはかなり広かった。王国の城下町とはいえここまで広いのは流石に予想以上だった。長距離の移動となると定期的に運航している馬車が必須になってくる。お店を一軒一軒回っていたらキリがない。
 それに、【誓騎士連盟】の本部や【灰の聖女】のことを知れただけでも今日一日はとても有意義だっただろう。

 そして創は思っていた。これはもう、一人で進むことは無理なんじゃないかと。この世界での伝説や伝承、歴史など。知識としては余りに疎く、とても一人ではやっていけない。でも今は一緒に歩んでくれる人がいてくれる。ともなれば、自分の事情も話すべきなのかもしれない。

「……あの、ルキスさん」

「どうしました? ハジメさん」

「……聞いてもらってもいいですか? 僕の――僕たちのことを」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品