鳥カゴからのゼロ通知

ノベルバユーザー202744

chapter1-16 「約束を誓った騎士たち」


 何故か、その対戦相手には恐怖が感じられなかった。一度あれだけ派手にやられたのに、今回は全然臆さない。それでもまたやられるだろう。これは気持ちの問題ではなく、単なる実力の差で劣っている。天地がひっくり返っても彼に勝つことは出来ないだろう。
 あんたたちが憎くて憎くて堪らなかった。それは今でも変わらない。今でも僕はあんたが憎い。

「――まさかこんなとこに出てるなんてな。あの時、自分の実力は分かっただろう。なのにこれはどういう風の吹き回しだ?」

「……………………」

 創はそれに対して何も返事はしなかった。会話なんてしたくもない。本当は顔を見るだけでも嫌だった。
 そう。この二人は言葉を交わすのではない。剣を交わすのだ。その前に無駄な会話など不要。それを感じ取ったのか、ダートは独り言のように呟く。

「……今回は、何回死ぬんだろうな」

 会場が静まり返る。さっきまであれ程盛大な歓声を上げていたのに、今は誰一人として声を発する者はいない。嵐の前の静かさが、今起こっている。
 キルキスはそんな会場の中心にいる創に心配そうな視線を送っていた。

 そしてついに始まる。余りにも力が違い過ぎる、二人の闘いが――。

『――それでは第二試合、ハジメ選手バーサス、ダート選手。どうやらこの二人はお互い顔見知りな様子。運命の天秤は、一体どちらに傾くのでしょうか!? それでは! レディ……ファイッッッ!』

 開戦の号砲と同時に、創がダートに向かって駆け出した。剣を両手で掲げながら走って行く様は本当に素人丸出しだった。その余りに無様な姿に客席から笑いの渦が巻き起こっている。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「……はぁ」

 振り上げられた創の剣がダートに向かって落ちて行く。何の工夫もないただの斬り下ろし。それでも、これが今の創に出来る精一杯の剣技だ。
 ダートはつまらなそうにため息を吐くとそれを難なく剣でいなした。単調でありながら全力を込めた創の一撃を退屈そうな目で対抗する。

「くっ! まだだ!」

 創はただがむしゃらに剣を振り続ける。上から下から横から斜めから。あらゆる角度から攻撃を当てようとするがどの一撃もダートには当たらない。両手で剣を振りかざす創に対してダートは片手でその攻撃をいなしていく。

「……やはりこの程度か。そろそろ一回目だな」

「――ッ!」

 ダートの眼光が鋭くなる。創もそれに気付いたのか、がむしゃらだが剣の速度を上げていく。

 ――瞬間、創の剣が大きく弾かれる。その衝撃で一瞬だけ目を瞑ってしまう。次に目を開けた時にはそこにダートの姿はなかった。姿がないのを認めた後、脇腹から血が噴き出した。痛みに気付いたのはその後だった。

「ぐ……ああああああああああああああああああああああああ!?」

 創の後ろにはいつも間にかダートが立っていた。剣を振り払い、創の血を地面に落とす。
 創は傷口を押え、その場にうずくまる。

 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。全然見えなかった。いつ移動した? いつ斬った? 何が起きたのかが分からない。ただ痛いという感覚しかない。

「立てよ。まだ試合は始まったばかりだぞ?」

「う……く……」

「……なら」

 ダートは創に横薙ぎの一撃を放つ。創も何とかそれに反応する。それでも勢いに負けてそのまま飛ばされてしまう。

「ぐああっ!」

「そら――まだまだ行くぞ!」

 先程とは打って変わって今度はダートが創に怒涛の攻撃を仕掛けて来た。
 創と同じく様々な角度から斬りつけてくる。ただ違うのが斬りつける剣の速度だ。創とは比べ物にならない程速く、的確に剣を振るってくる。素人ながらそれに創も対抗するが、見逃した斬撃が創の体を切り刻む。

「くっ――うっ――ぐあっ!」

 頬が腕が太ももが、ぱっくりと傷口が開く。それでもまだ止めずさらにその速度を上げて行く。

「お前みたいな素人が俺たちみたいな誓騎士相手に勝てるはずがないだろう! 俺たちはただ誓騎士を名乗っている訳ではない。平和を守りたいから、誰かを守りたいから、守りたかったから! みんなそれぞれ心の中で“約束を誓った者たち”が集まって出来た組織が【誓騎士連盟】なんだ!」

 本当はこんな気持ちになったって意味がない。相手はただの一般人で素人だ。本当だったら自分たちが守らなければいけない。それでも、自分たちをバカにしたような態度を取ってくるこいつだけは許せなかった。
 かつて同じ組織に所属していたあいつに似ているからこそこみ上げてくるものがある。あいつとそっくりなのに弱くて頼りがいがない。それなのに、同じように決意を宿しているその目が気に食わない。時々面影が重なる時があるから、余計に腹が立つ。

 二回半殺しにしたら、殺したことになるのだろうか……。

 ――剣を振りながら、ダートはそんなことを思っていた。

「……あ……あぁ……」

 気が付けば創は首を掴まれ、そのまま宙吊りになっていた。創の剣先からは腕から流れた血が剣を伝って地面に垂れていた。

「お前がどうあがこうとこの結果は覆らなかった。たかだか二、三日経っただけで俺に勝つことなど出来なかったんだ。俺が相手じゃなくてもお前はこうなる運命だった――それを分かれ」

 ダートは首を掴んでいた手を離す。落ちる創に合わせるように回し蹴りをお腹に放つ。

「――獅子閃ししせん

 鋭い一撃が創の腹部に突き刺さる。まともに命中した創の体はくの字に折れ曲がり、一瞬で会場の壁まで吹き飛ぶ。
 砂埃が舞い上がり、観客からは歓声が沸き起こる。

『……き、決まったぁーーーーー! ダート選手の獅子の如き一閃がハジメ選手を貫いたぁ! 第二試合勝者は――』

 誰もが勝利をダートだと確信した。確かめる必要などない。今目の前でダートの渾身の一撃が炸裂した。最初から勝負がついているようだった為、ただ一方的にやられる創の姿を楽しむ鑑賞会みたいになっていた。

 だから、こんなことは誰も予想出来なかっただろう。

「何!?」

 砂埃の向こう側から創の剣がダート目がけて飛んで来た。それを咄嗟に上に弾くとその瞬間にダートの周りに影が出来る。不思議に思って顔を上げると、今弾いた剣を掴んで斬り下ろしてくる創の姿があった。その両目の瞳の色は黄金に変わっていた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「ぐっ……!」

 何とか剣で防ぐが衝撃に耐えられず地面にひびが入る。さらに間髪入れずに下から剣を振り上げてくる。ダートも反射的に受け止めようとするが力負けして弾き飛ばされる。

「……一体、どうなっているんだ……!」

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