鳥カゴからのゼロ通知
chapter1-11 「それでも消えぬ灯」
創とダートはその後、教会の外に移動した。
ダートに誘導され、村の真ん中まで来た。
「――ここでやる」
「なっ。わざわざこんな、みんなに注目を集める形でやらなくても!」
そんな創を無視し、ダートは創から距離をとった。
「いい機会だからみんなに見てもらおうと思ってな。お前が俺に完膚なきまでに撃破されるところを」
「何で、そんなことを……!」
「今のこの村には隣村から避難した住民もいるからな。丁度いい見世物になるだろう」
そう言うとダートは腰に下げていた剣を取り出し、創に放り投げた。鞘に収まっている剣が創の足元に転がってくる。
「……これは……?」
「拾え。流石に武器を持っていないお前を一方的に痛めつけるのはフェアじゃない。まあ。別に素手で戦ってもいいけどな」
先程まで二人を素通りしていた村人たちだったが、何か様子がおかしいと思いその場に立ちどまる人が増えている。
いつの間にか二人の周りには、スポーツ観戦でもするかのようにギャラリーが集まっていた。
創は少し躊躇ったが、足元に転がって来た剣を手に取る。
その瞬間、周りに影ができ、創に光が当たらなくなった。不思議に思って顔を上げると、ダートが創に斬りかかっていた。
「ぐっ!」
創は咄嗟に剣を横にしてダートの攻撃を防いだ。それでも、ダートはその大剣で創を押しつぶそうとしている。
「ほう。良く反応世来たな。だが――」
「ぐはっ!」
大剣で押しつぶそうとしていたのを止め、代わりの足蹴りを創のお腹に放ち、そのまま後ろに飛ばされる。
「これがハイド相手だったら、今のでお前は既に一回は死んでるぞ。果たしてお前はこの戦いで、何回死ぬのだろうな」
「……う……くっ……」
何とか剣を地面に刺して支えながら起き上がるが、体内の空気が一気に吐き出され、呼吸するのが辛い状態だ。
――怖かった。あの時防いでいなかったら間違いなくやられていた。いや、死んでいたかもしれない。ダートは本気で、僕を殺しに来ている。
「ほら。休んでる暇はねぇぞ!」
またしてもダートは創に斬りかかってくる。創は初めて持った慣れない剣で何とか防ぐが、一方的にやられるだけでなかなか反撃が出来ない。
観戦している村の人々もいきなりの決闘にただただ見ていることしか出来なかった。
「――本当に、何でその程度でハイドに挑もうと思ったんだ?」
必死で抵抗する創にダートは質問した。
「そんなの――どうでも、いいだろっ!」
「……そうか。見たところ、剣の腕もまるで素人だな。もしかして、触ったのは初めてか?」
「それがどうしたっ!」
「……これで、二回目だ」
拳の一発。ダートの渾身の一撃が、創の顔面に放たれる。
「がっ!」
ダートは剣を地面に突き刺し、衝撃で後ろに飛ばされる創を胸倉を掴んで無理やり引き寄せる。
「三回目」
「ばああっ!」
創の顔面を殴る。そしてまた引き寄せる。
「四回目」
「ごはっ!」
今度はみぞおちに拳が入る。創の口から血が吐き出され、地面を赤で染める。ダートの拳も創の血で赤く染まっている。
顔を俯かせる創の頭を手で押さえ、膝蹴りを顔に打ち込む。
「ぐっ――あぁあぁぁっ!」
「五回目」
ダートが創の髪を掴んで顔を上げさせると、顔の擦り傷と鼻血、そして吐血で顔中が血だらけになっていた。
「……あ……あぁ……」
「ふん。無様な面だな。でもハイドだったらこんなのじゃ済まないぞ。……そら、六回目だっ!」
拳を力強く握り締める。ギチギチと、拳の鋼が擦れる音がする。
そして全力で、創の顎にアッパーカットを放った。
声を発することが出来ず、そのまま放物線を描いて地面に叩きつけられた。
「がはっ! ……く……あぐ……」
地面に叩きつけられ、意識が遠のいていく。ちらつく創の視界には、剣の切っ先を向けているダートの姿があった。
「……これで、七回目だな」
ダートはそれを、創の顔目がけて突き刺す……しかしそれは、創の顔のすぐ右隣に突き刺さっていた。
「あ……あぁ……?」
「これでお前を殺したら、俺は当然悪者扱いされるからな。これで分かっただろ。俺より弱い奴がハイドに挑むのは、それこそバカがやることだ。お前みたいなバカは、そうして地面に這いつくばってんのがお似合いなんだよ」
そうしてハイドは地面に突き刺さった剣を抜き、歩き出してしまう。
「ま……まて……まだ……」
ダートの背中を捕まえるように手を伸ばす創だったが、そこで意識が途絶えてしまう。
***
「――何で、あんなことしたんですか? あそこまでやる必要はなかったじゃないですかっ!」
レインはその場を去ろうとしたダートの前に立ち、理由を尋ねた。
「……あいつに似てたんだよ。でも、全然似てなどいなかった。ただあいつに似ているだけの雑魚だった。そんな奴がハイドに挑むなんて命知らずなことをするから教えてやったんだよ」
「だからって――」
「まあでもこれで、あのハジメって奴はハイドとは戦わないよ。良かったじゃんか、これで命が一つ救われたんだ。これも誓騎士の仕事の内ってな」
そのままダートはレインの横を通り過ぎ、後ろを振り向かず手を振った。
「……クロウさん……」
***
「――……う……うぅ……」
体がそこら中痛かった。僕はどうなったのか。あれからの記憶が全く無い。目を開けてみると、また、涙を浮かべている一人の女の子の姿があった。
その女の子の涙が僕の頬に一滴、また一滴と、雫が落ちて来た。
「……この……バカハジメ。何でこんな無茶なこと、しちゃうかなぁ……」
頭に柔らかい感触があった。僕は今、彼女に膝枕をされていた。綺麗な青い瞳を涙で濡らしている、ティアラに……。
「家に帰って来てみれば、お母さんが意識を失っているあんたを看病してるし。体中ボロボロだし、包帯いっぱい巻かれてるし。理由を聞いてみれば無茶なことだったし。……ホントに……バカだよぉ……バカハジメぇ……」
僕は何にも反論することが出来ず、ただ彼女の言葉を聞くことしか出来なかった。
「あんたみたいな普通の人間がさぁ、ハイドに勝てる訳ないよ。ハジメの気持ちは分かるよ。でもさぁ、無茶と無謀は……ちがうよぉ……」
……いや、君は僕の気持ちは分かってはいない。僕がどんな思いでハイドに挑もうとしていたかなんて、君にも、レインさんにも、ダート何かにも分かりはしない。これは僕の……僕たちの世界の人しか分からないんだ。
「……ごめんね」
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