TS娘が親友を世界一嫌いになる話。

闇緒恣恣

4話。

 地獄の始まりである。実際に言うと天国なんだろうけれど、それを味わう余裕は一切ない。

 これも慣れだけどもさ、やっぱり耐えがたい。焦熱地獄のような暑さでもあるけれど、それだけじゃないのが夏の季節だ。夏の季節で一番面倒なものと言えば暑さ、それに加えて体育のコーナーに毎年当然のように鎮座している「面倒」の代名詞のような授業課程。

 ……プールが、始まろうとしている。

 俺は不本意だけど、生理を理由にして休みたかった。当然姉が許してくれず、ふと洩らしてしまった声を聞きつけた友達にも宥められ、そして保健の先生にも厳重注意されると言う問題児具合を発揮してしまったのがちょこっと辛いけど。

「バレーも最後だな、次の選択科目って何だったっけ」

「私はバドミントンだよ、オイちゃんはテニスだっけ。ウキっちは?」

「ひゃん!? あ、ああ、えっとテニ、ス……です、はい」

 更衣室の端の方で縮まりながら着替えていたのに、丁度汗で湿った体操服を脱いだ瞬間に肩を叩かれて恐ろしい悲鳴を上げてしまう。何だ「ひゃん」って、女子じゃあるまいし……女子か。恨めしさを宮崎さんに向けないよう、それ以外の理由も込めて必死に下を向きながら答えた。

 三年の体育の実習科目は選択制だった。名目上佐々木さんの言うバレー、俺と宮崎さんで言うソフトボールが終わった後にプールが挟まるけれど、それが終われば次の選択実習……テニスが始まる。プールの事を特に気にしていない辺り、流石生粋の女子と言うかなんというか、或いは生粋の水泳部と言うか。ともあれ控えめな胸も相成って羨ましかった。

 ……何見てんのさ、と俺の無駄な脂肪を揉まれたのは省略しよう。

 俺だって体育の授業は頑張って休まず受けてきた。恥ずかしさを我慢して女子の着替えを観察したのも功を相したと言える。制服の下に体操服を着て、汗をかいてジメジメするのを我慢すると言う苦行を乗り越えた先での「何か芋っぽい」という宮崎さんの突込みは今でも恨んでいる。ただ、皆も下着を晒している所を見ると案外と俺みたいなことをしている方が目立つのかも知れない。

 どうせ、体育が終わった後は間違いなく脱ぐんだし。俺は溜息を吐きながらも、個人的にはタンクトップと解釈することで精神が汚染されないようにした肌着に着替えていく。目を閉じながら。

「やっぱり大勢の中着替えるの、慣れないみたいだね」

「そりゃあ、まあ。入院生活が長かったですし?」

 布擦れの音は殆ど聞こえず、女子たちのキンキンと高い声が聞こえてくるのでまだ目を閉じているだけでいくらかマシだ。それでも何か、女子特有の香りとかが漂ってくるのでかなり厳しいけれども。宮崎さんの香りが近くから漂ってきて、シャンプーの匂いなのか化粧の匂いなのか体臭の匂いなのか、判断が難しい。

 それにしても、と俺はキャミソッ……タンクトップの裾を降ろして安全圏を確保しつつ考える。肌が晒されていないだけ、いくらかマシだ。

 俺は今、女子更衣室に入っているのだ。女子更衣室、男子たる者女子を冠する場所に入られないのは確実なのに俺は入っていると言う事になる。そう考えてみると案外と興奮してきて、別の意味で顔が熱くなってきてしまう。花園というよりも、総合的に判断して桃園と言った方がいいかもしれない。

「あの、白露さん……だっけ」

「は、はい!?」

 女子の裸を妄想して顔どころか頭の中までピンク色に染まりかけていた俺を現実に戻したのは、聞きなれない声。少なくとも俺がいつも話している人ではなくて、目を開いてみるとそれはそれは大きいおっぱいが目の前にあってついつい「うげぇ」と呟いてしまう。失礼だと言う事に気づいたのはそれまで、口を押さえたとしても苦労しているだろうな……と言う感想がぬぐえず、憐みの視線を送ってしまう。

「話すの殆ど無かったけど、私は秋田菜穂アキタナホよ。ちょっと聞きたいんだけど……」

 じろじろと視線を寄越してくるのは秋田さんも同じだったようで、なんだか恥ずかしい。俺がごくりと唾を飲みながら、圧倒的質量から顔の方へと持ち上げていけば不覚にもドキリとしてしまった。

 息が聞こえてくるほどに近づいて、ただでさえ端っこで寂しく着替えていたのに、システムの隙間を狙って更衣室の角から外の空間に追い出そうとしているのか胸を押し付けてくる。顔も近い。

「……あの、言いにくいだろうけど、それ……何カップ?」

 胸をずいとよせて、胸にずいと指さす。それが自分の胸に対して言っていることと理解するのに、何回か瞬きする時間を要した。……カップ?

 はっはッは、一体なんのことやら。胸にマグカップでも装備するんだろうか。もしそれならゲームとかで何故か防具認定されるビキニアーマーよりも色物じみた装備になってしまう。第一、胸が小さければ装備することすら可哀想じゃないか。

 そんな現実逃避はさておき。

 ……この桃色空間というか、桃の空間を見て絶望しているらしい宮崎さんから寄せられる粘着質な視線は、果たして俺の残念な脳内を読んでの視線なのか、この胸の具合についての視線なのか。

「……い、Eカップです、一応は」

「い、Eかぁ……。でも、でかいことに良いことってあんまりないよね、重いし、痛いし」

 クラスのマドンナである秋田さんは胸を強調するように胸を抱き、そして俺はそのプレッシャーに潰れてケチャップをを飛び散らせてしまいそう。鼻先から伝っているのは、汗でも鼻水でもなくケチャップ……もとい、鼻血なのかもしれない。

 一応遺伝子的な疾患らしい俺ではあるけども、こうして女の子になってしまった俺は少し弱い体であると言うくらいで他に支障はない。それでも血を流すのは、この体によくはない。拭ってみるとただの汗だった。

「E。イーですって、オイちゃん」

「マジかよ……、そう言えば数値は知らなかった。アタシだってギリギリCカップ行くか行かないかなのに、あっヤベッ」

 一木さんはまるで俺の真似をするかのように奥の方の隅で着替えていて、片やこっちではコントが始まっている。そしてそんな俺もまともな観客ではない。ただ、Eカップってやっぱり大きいんだなー、とだけ。

「秋田……さん、は。えっと、私にこの事を聞きたかったから?」

「えーと、ごめんなさい。大きい声で言えないけど、こういう話できる子が、周りに居なくて……」

 握り飯か、握り固めた飯か。イメージ画像としてはとても汚いけど、言いたいことはわかった。俺も胸を撫で付けながら溜め息をつくと、秋田さんと重なった。話しにくいイメージがあったけど、何となく分かったような気がするのは、できれば気のせいでありたかった。

 苦労、してそうだ。

「また、こういう話をしても良いかな……?」

 着替える途中だった秋田さんは少し場所を移動しながらも俺に話しかけてきて、俺は少しどもりながらも了承した。本当は、即答で拒否したかったけど。どうしてクラスのマドンナと、こそこそ乳談義をせにゃならんのだ。勘違いするぞ。

 流石に詳しい内容は、少し固い握り飯の二人に伝えると「柔らかい握り飯」を「握り飯」らしく思い切り握られてしまいそうなので要所要所だけかい摘まんで話す。

 何故だかレズ疑惑、とやらにかけられてしまったけれど大した問題ではない。問題ではあるけど、思われたところで案外悪くないのかな、と思ってしまったり。もしそうなると、血は争えないという言葉の意味を実際に思い知らされるのかも。

 おお怖い怖い。こっちの話も誤魔化しながら、俺は来るべき水泳授業の方に思考回路を逸らせていた。

 ただし、時間は過ぎ去ってくれない。都合の良い時間は簡単に過ぎ去っていくのに。


 ●


 恥を忍んでスクール水着の着脱を練習し続けていた時も過ぎ、どれだけ早く着替えられるかのタイムアタックがそろそろ結果を生み出そうとする時。一番の障害はやはり胸だ、……じゃなくて。

 俺は制服の下に着込んだソレをさらけ出し、着々と着替えを済ませて薄目だけを開けてさっさとプールの更衣室を出た。軽く見ただけでは、体育の時と違い俺と同じような人ばかりだったけれども、油断はいけない。体操着よりも肌の露出が多いから、今の方がのぼせてしまう。

 上下に別れたセパレーツタイプのスクール水着で本当に助かった。炎天下の中、プールの外から覗き混んでいる大木の陰へと隠れながらそんなことを考える。あのいわゆる下着ショーツの形に近い水着でなくて、本当によかった。

「ああ、オイちゃんが探してたよー。こんなところに居たんだ」

「やっぱり、人の着替えとか見たくなくて、さ」

 遅れて出てきたクラスメイトと他クラスの生徒。タイムアタックが功を奏したようで、あの桃源郷に居続けることは限りなく減りそうだ。俺は胸元の違和感を抑えながら、全員が出てくるのを待った。

 女子って色々苦労しているんだな、というのが正直な感想だ。準備体操と補強をしながらも、胸のトップが見えていないか不安になってチラチラと「パット」とか言う奴を触ってしまう。トップ、まあ濁さず言うと乳首が浮き出るのを隠す奴で、胸の部分についたポケットにクッションみたいなものを挟み込むのだ。

 姉に浮き出たポッチを指摘されるという恥ずかしさの極まった所業のは、新手のプレイかと思ってしまった。別売りと言うはた面倒なことをしてしまう業者さんを恨んだけど、まあその恨みはもう過ぎたこと。

 体操を終え、出来るだけ肌を見ないようにしながら教師の話に耳を傾ける。大体の目標メートルを教えてもらい、二五メートルだったり、五〇メートルだったりを指定の泳ぎ方で回るそうだ。視線を下げると女子の潰れたお尻だったり、晒け出た背中だったりが見えて毒である。

「それにしても、指定水着の子多いね」

「中学の引き継いでる子とか、水泳部の奴を着てる子もいるんだけどね。ダサいから新しいの買って貰ってるんじゃない?」

 男子のときもそんな感じだったか。カッコいい短パンみたいな水着が中学の水着だったりする人もいたし、小さくてダサいだけの水着の人もいた。……後者のような人の場合、気づけば学校指定の水着に変わっていたか。何はともあれ、肌の隠れる面積が大きいし、あまり体型とかを気にしなくて良いからこっちの方が良いかもしれない。

 そんなこんなで水泳が始まった。

 始まって思ったこと、その一。思っていたよりも心配していたようなことは起こらなかった。男子の時とさほど変わらず相変わらず限界ギリギリのハードメニューで進んでいき、プールサイドにいる時間が殆どなく、プールで泳ぎ続けている感じだ。足ががくがくして、肩が持ち上がらなくなっていく。

 ただ、胸の重さを感じにくいので、もう水中生活でも始めようかと思ってしまうくらいだった。そんなこんなで、気にしていた病的なまでに白い俺に注目が集まるとか、身体的特徴で弄られるとか、はたまたセクハラをされるような暇は存在しなかった。

「ぷへ、うへッ……! さ、佐々木さん、よく体力持つなぁ……」

「いやでも、病み上がりなのに高校のハードメニュー過ぎる水泳授業に追い付けるって凄いと思うよ」

 潰れたカエルが揺蕩うような無様な姿を晒してから這いつくばってプールサイドに上がっていると、一木さんがそういってくれる。病み上がりと言っても、もう大分、体育に授業で体力も回復しているけども。

 少し前傾姿勢になる一木さんの胸についつい視線がいけば、まだ俺がレズ疑惑から解放されていないのか、胸を隠された。そんな反応に咳き込みながらも、俺はペタペタとプールサイドに足跡をつけながら、コースのスタート地点へと戻っていった。

 始まって思ったこと、その二。想像以上に体力が消耗して辛い。これは予想していなかった、これじゃ別の意味で当初の予想通りになってしまう。みんなの笑い者だ、だからといって杖が欲しいですなんて言えるはずもない。

 少しの休憩兼、解説に入る。初回の授業だから泳ぎ方の解説はしっかりとしてくれるらしい。耳を澄ませるとどうにも水着を弄る音が聞こえてきて、妄想が肥大していってしまう。耳を塞ぐと先生に怒られた。

「佐々木ー、手本やって見せてくれ」

 佐々木さんは確かに疲れているようにも見えるけれど、解説と称して先生に泳がされたときはすいすいと二五メートルを泳ぎきってしまいそう。真似をしようにも体力の最大値が違いすぎて、俺だと途中で溺れてしまうだろうな。

 そういった苦闘もあって、終わる頃には漂白剤をまぶしたかのように真っ白に燃え尽きていた。

「う、うぅう……毎週二回あるとか、ヂゴクだこれ」

「アッハッハ、確かに慣れないとキツイかもなこのメニューは」

 そして何故楽しそうだオイちゃんさん。

 俺は今度こそ絶対に見ないよう角に頭を擦り付けながら、タオルを体に巻き付け水着を剥いていく。自分の裸でさえここまで恥ずかしいのだ。他人のソレをみたら恐らく失血死してしまう、比喩ではなく。

 だというのにこのお方たちは、いかんともしがたい。何とかしてタオルを剥こうとする、捲ろうとする。スカート捲りに命を懸ける小学生男子じゃないんだから、もっと有意義に時間を消費できないのか。じっと目を閉じて外敵が過ぎ去るまで丸まるアルマジロやダンゴムシの気持ちが分かったような気もする。

 啄まれる俺の体はタオル以外何も纏っていないので、取り敢えず動いたらタオルの下がバレる。取り敢えず流れ作業のように軽く水滴を拭き取って、下着を装着する。無難なものをだ。黒下着とか赤下着とか、透け透け下着とか猫ちゃんパンツとか。そういうのを持ってきてしまう奴はどうかしていると、若干女子の常識を知りつつある俺には思えている。

「あー、器用な」

「こうなれば意地でも。タオルの胸から上を揉んでやろうー」

 そりゃ逆だ。アツがナツいみたいなネタを披露する余裕がある宮崎さんに対して、俺は下の下着を装着しただけ。つまり絶体絶命である。俺は胸を死守するためにタオルの外に腕を出したりして応戦していると、マドンナとイチギンが仲裁してくれた。

 秋田さんと一木さん、すごく助かる。

「あー、一誠と一緒が良かったなぁ。男子と一緒の方が気が楽かも」

 そんなことを呟きながら上の下着も装着し肌着もつけ、カッターシャツのボタンを止めていると、周囲の空気が止まった。どうやら俺は時間停止の能力に目覚めてしまったようだ。もしかすると女になっただけではなく、超能力にも目覚めたのかもしれない。

「あの、女子ばっかの空間が耐えられないから、男子で中和してほしいというか……」

 俺がそんなことを言っているとぐいと佐々木さんが顔を寄せてきて必死の形相で何か言ってくる。それが多分この空間にいる女子の総意であることには間違いないと思う。遅れて自分の失言に気づいたときにはもう、何となく察していた。

「アタシらはもう大人の体で言わばレディなの! 男女で入るとか小学生とか中学生とかまでの話、絶対にあり得ないから!」

「え、えぇ……」

 みんなも頷いている。あり得ないと断言する辺り、レディとしての自覚はもう皆あるらしい。俺はどうだろうか、男子たちがいると女子だらけの空間も中和されるというもの。その辺りは俺には好都合だ。だけれども女子の肉壁を潜り抜けて俺の体に、俺の体型に視線が集中して……あまつさえ劣情を……!

 寒気がした。体型を気にする女子の気持ちというのも若干わかってしまったのは死刑宣告にも等しいけれど、ソレ以上にその想像を続けるのは地獄だった。

「ごめんなさい、一誠なら大丈夫と思ったけど。他の男子もいるんだよね、ソレも大勢」

「羨ま……じゃなくて、ソレでも事実なの。アタシらだってもう女だからこんな体型も男子らに見られたくないんだよ」

「まあ……確かに、それに六組には江口さんいたよね、確か」

 睨まれた。視線で人を殺せるとはこういうことを言うのか。

 四、五、六組の合同体育の授業だけれども、四組が俺たちのクラスで、五組が一誠の、六組が佐々木さんの幼馴染み江口さんのクラスだ。そう考えてみると、男女別れている方が今みたいにならないから、佐々木さんの精神衛生上良いのかもしれない。

 ……いや、でも。

「一誠には、俺は別に見られても恥ずかしいとは思わないけど」

 黄色い声に桃色の空間が塗り替えられた。その発言が「異性として見ていないから」という意味で取ってくれたのは、苦笑いしている一木さんに誰かいたんだろうか。マドンナさんも、わかってくれていそうな気がするけど。


 ●


「ダメだよーちゃんと乾かさないと」

「体力がないのです。……くすぐったいのはわざと?」

 机に突っ伏していると、声曰く一木さんが肩にかけていたタオルを使ってグシグシと髪を拭いていってくれる。本当は櫛とかも欲しいけれど、用意が悪いことはもう知っているのか何も言わず黙々と。

 絶対に踏襲したくない定番、下着を忘れると言う事件に遭遇することもなく教室に帰って来て、教室中に女子の体に乗って来た塩素の臭いが部屋に充満する。男子は男子で泥臭さをにじみ出していた。確かに、男子と女子で入れ替わりのプール授業なので、男子は今は普通の課程なんだろうか。

「どーした、男子の方見て。まさか浮気?」

「浮気どころかまだ決まった相手もいませんー」

 まだ有り余っているらしい佐々木さんはてくてくと俺の席によってきて、そんなことを言いはじめる。言い合いながらも宮崎さんが軽音部の人と話しているのを眺めて、三人一緒に蚊帳の外。

 軽音部は文化祭に向けてもう練習の時期。一木さんも茶道部と文芸部の文化部掛け持ちだから忙しいのかもしれない。……と思ったけれど、聞いたところ文芸部は原稿の用意、茶道部はセットの用意だけでソレほど面倒ではないらしい。

「そうそう、クラスの出し物の話って聞いてる?」

「九月にあるってことくらいは」

 俺がそういうと同時にチャイムが鳴った。文化祭の話はまだ続くらしく佐々木さんは、「また後で」と言い自分の席に戻っていった。そして、次の授業を受ける。ただ、その授業で少し問題が起こってしまうんだけど。

 まあ、その。ぐっすりと寝てしまったわけだ。

 気を使ってくれたのか、あるいは窓際の席だったがために気付かなかったのか。ともあれ、次の休憩時間は一木さんのノートを借りるところから始まった。……変な寝言とか言ってなかったかな。

「で、文化祭の話だけどさ。アタシとグッチー……あ、山口ヤマグチクンのことね。グッチーとアタシが文化委員だから、中心でやってるんだ」

「……へえ、そうだったんだ」

 知らなかった素振りをして、俺は話を聞き続ける。流石に出し物を決めるときは入院中だったために知らないけど、文化委員やら文化祭実行委員やらはそれ以前に決まっている。ともあれ、何をするのかは気になる。

「それで、縁日の出し物になったんだけど」

 縁日。祭りの屋台みたいな感じのアレか。去年は喫茶店だったから、どっちが難しいとかはわからない。ただ何となく、的当てとか射的とか、その辺りがイメージされた。ただ佐々木さんは難しい表情をしている。

 去年のもそうだったけれども、しっかりと聞けば割りと禁止されていることが多くて中々うまく行かないらしい。安全面とか、天井に物を貼るの禁止とか、黒板にテープを貼るの禁止だとか。

「予算も、会計委員が色々やってるんだけどさぁ」

「取り敢えず、有志の段ボールはちょこちょこ集めてるよ」

「あ、グッチー。今宇季っちに文化祭の話してるの」

 俺の机になだれ込む佐々木さんは、グッチーの脇腹をつついて、対してグッチーは腰をくねらせて応戦していた。仲が良い、親友とまでは行かずとも、間違いなく戦友とは言えそうな感じである。まあ、面倒な仕事を一緒に引き受けているんだから、仕方がないとも言える。

 概略を聞き、グッチーの世辞をヒラリと避け、佐々木さんの愛撫に甘んじつつ、一体どうして俺の席にこんなに集まるんだろうと疑問に持つ。何となく、構ってくれているんだろうなぁと言う結論は出た。

 チャイムが鳴り、再び始まった授業は今度こそ眠ることはなく、しっかりと受ける。後から誰かのノートを借りて写すと言うのは面倒だし、何よりも申し訳ない。

 水泳のある日はこんなにも面倒なんだろうか。そんなことを考えながら、昼休憩を謳歌する。パクパクと弁当の中身を口の中へと放り込み、クラスの喧騒や放送部の放送を聞きながら騒がしいなと言う感想と一緒にゴクリと飲み込んだ。

「水泳かー、嫌だね。水泳も選択制だったら良かったのに」

「……それは本当に思う。特に水着着るの嫌だな、体型出るし」

「ああ、聞こえてたよ。確かにEカップなんだっけ」

「出来ればソレは言わないでほしかったな嬉しくないし」

 カップ数を漏らす一木さんに早口で捲し立てる俺だけれど、女はカップ数じゃないんだよ。俺は女になってわかった。胸が大きいほど女子は苦労する、だから別に大きいことを望む必要は一切ない。俺は溜め息をつきながら、肩を回して箸を置いた。

 胸のせいではなく、筋肉痛で腕が上がらない。その様子を見た一木さんが苦笑いをしていたけれども、そんな顔じゃ弁当も美味しく食べられない。俺はさっさと箸を動かすのに戻って、ふと考えた。

「そう言えば、一誠……」

 むぐりとご飯を放り込んで口を閉じる。独り言を言いそうになったけれども、キョトンとしている一木さんに続きを聞かせるわけにもいくまい。

 俺の手放してしまった筋肉は、一誠はまだ持っているんだろう。そうなると筋肉になのか一誠になのかは分からないけれども、途端に恋しくなってしまう。筋肉が好きと言うわけではないけれど、ずっと自分を含めて柔肉しか最近見ていない。

「また、一誠と海とか行きたいなー」

「海? ……な、夏休みの予定と考えてたの?」

「いやまあ、夏休みまで一ヶ月ないし、どうかなって」

 海までいくのには結構時間がかかるけれども、高校生の思いで作りには良いんじゃないだろうか。一誠と最近遊ぶこともなかったから、夏休みに沢山遊ぶ予定を入れて良いかもしれない。

 俺が少しばかり浮かれて、自分が今は女子であることとか、今が昼休憩であることとか、途中から口に出てたこととか、そういった辺りすっかりと忘れてしまっていた俺は、一木さんのデコピンで現実に帰ってきた。案外と痛かった。

「浮かれるのは良いよ。けど、さっきから気になってたんだけど」

 俺は弁当をしまいながら、一木さんの指が向いている方向に目をやるとプールバッグがかけられていた。そして、違和感に気づく。ヘラヘラと笑っていた口がキュッとしまり、首や心臓までがくっと締められた。

 俺は段々と明確にその違和感の正体に気づいて、みるみる内に死にたくなってくる。もう検死カルテに「死因:恥ずかしすぎて」と書かれてしまってもおかしくないかもしれない。

「あの、水着丸見えなんだけど」

「あぁぁああッ!?」

 気にすることではないのかもしれない。自意識過剰と笑ってくれても構わない。ただ、確かにその黒っぽいピチッとした布切れは俺の肌を直に覆っていたものであって、下着じゃないから恥ずかしくない……と開き直れるほど女子を出来ていない。だってアレだぞ、ショーツでありブラジャーでもあるんだぞ。この水着が。

 つまりは下着を入れたほぼ透明なバッグをクラスの中に放置していたことになる。俺はどんな特殊性癖の痴女なんだろう。

「……死にたい」

「んな大袈裟な」

 むしろ袈裟斬りで両断してほしい、逆袈裟斬りでも良い。俺は弁当をしまうと、プール後の時のように机に突っ伏してプールの時とは違い熱くなってくる顔を必死になって隠した。

 詰めが甘いとはまさにこういうことか。

 ……帰りにその事を一誠に話すと吹き出していた。

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