TS娘が親友を世界一嫌いになる話。

闇緒恣恣

5話。

 山口ヤマグチの司会で、黒板には佐々木ササキさんが書き込んでいく。

 文化祭のテーマが「縁日・ゲーム」と決まり、こうして詳細を練るロングホームルームの場面が出来上がる。俺は他人事のようにも自分事のようにも感じて不思議な感覚だ。

 カツ、と黒板をチョークで叩き小さい点を作りながらも場面を切り替える佐々木さん。対してソレをみながら説明していく山口。そんな姿をみていると、事前に作戦を考えてたのかもしれないけれど、凄く分担ができているなと思う。

「じゃあ、この……ボウリング、射的、ストラックアウト。スーパーボウル掬い、輪投げ、……こ、コイン落とし? 位の中から、三つくらいを教室でやろうと思ってます」

「水槽の中にある容器に、コイン落とす奴ね。……それで、アタシ的には水の使うスーパーボウル掬いとコイン落としは厳しいんじゃないかなーと思うんだけど」

 話題に上がり、水を得た魚のようにざわめき出す教室だけれども、進行の二人はなにも言わず、教室を出たり入ったりしている担任も指して注意はしていない。

 女子は女子と、男子は男子と。そして男女混合に話し合っている姿は先生の言葉を借りると「青春をしている」。縁日と言えば祭りであって、ついでにゲームだから店の屋台ということになる。俺が祭りでやったことが大半に入っているけど、確かに水のは難しいと思う。

 そんなことを考えていると、拍手をしながら注目を集めるよう言う二人。クラスを纏めるのが物凄く上手いと思うのは俺だけだろうか。

「すごいね二人とも。こんなにすんなり進んでるクラスって他にないんじゃないかな」

「一木さんもそう思う? どんだけ段取り組んでるんだろ……」

「山口くんは去年は学級代表だったし、そう言うのに慣れてるのかもね。あと真面目だから、効率的なこと考えてるのかも」

 一木さんとそんなことを話しているとどんどんと話が進んでいき、鶴の一声のような佐々木さんの発言で、色々と意見を出しあった上で多数決でない総意で決定する。……なんでも、去年の文化祭が多数決のせいで物凄く段取りが崩れたから、らしいけど。

 そう言えば、去年の俺のクラスは特に問題もなく、文化祭が二週間後に控えた頃から皆が本気を出して突貫工事にとりかかりギリギリ間に合ったんだっけ。そう考えてみると、こうしていることの方が面倒だけれど、後々苦労しなくて良いかもしれない。

 どんどんと話が進んでいくも、意見を汲み取っていくから時々流れが淀んだりもする。そうすると皆が騒がしくなったりして、まるで一つの生態系を眺めているみたいだ。その生態系に入り込めてないのが俺、というところだろうか。

「ねえ、白露さんはどう思う? ストラックアウトとか」

「あ、え? ストラックアウト……か、当たったら板が落ちるって奴ね」

 一木さんではない、今まで殆ど話したことのない隣に座っている女子から話しかけられて少し吃りつつも会話は続いた。佐伯先生の水は止めた方がいい、という本当の鶴の一声で、残りの物をどうするか話し合っている途中。

 ストラックアウトを入れるとなると、同じくらい場所をとるだろうボウリングは入れにくそうだ。俺はストラックアウトもいいけど、ボウリングも捨てがたいと答えておいた。前者は投げないといけない、後者は転がすだけでいい。そう考えると、地元の人……特に親につれられて小さな子供も来る文化祭にはボウリングの方がいいと思う。

「確かにそうだな。アタシらは普通に投げれるけど、小さい子はハンデになるし。……白露さんの意見に賛成の人ー?」

「まあ、ボウリングの方も距離でハンデをつけられるし、決定だな。後は二つ、とは言っても時間がもう無さそうだな」

 山口がそういった直後、チャイムが鳴った。

 レイアウトを企画書に書き出して提出するのは期末テストが始まるまで。もうこの段階でここまで行っていると企画書自体の心配は殆どない。

 進行には若干の不満もあったりするらしいクラスメイトの口もちらほらと聞こえてくるけれども、おおむね皆はさっさと終わったことに安堵していた。……隣のクラスから、時間を押して続けている音が聞こえていたのもあるのかもしれない。

 LHRと比べると遥かに小さい、先生を司会とするSHRは驚くほどの早さで終わり、気づくと俺は友人の女子三人に囲まれて廊下にいた。

「ねえねえ、あれからどうなった?」

 祭りでの話であるのには間違いない。縁日ゲームの話題から祭りの屋台の話に逸れて、俺と一誠のグループに遭遇エンカウントしたあの日の事がクローズアップされるだろうことは俺だって解っていた。

「どうもなってない! そもそも、基本無口だけどアイツ良い奴だから……その、モテる……ハズだし」

 どうして尻すぼみになったんだろう。

「嫉妬かな」

 違う、と言いきれないのが辛かった。

 イヤ、モテる云々の話のところは俺が言い寄られるのが今は男子になってしまったと言うことであって。女子である以上、美少女に言い寄られる可能性は皆無に等しくなってしまったと言う事に対してであって。別に俺はアイツの親友ポジションであるから、別に彼女ができたところで「取られた」と思ってしまう俺がどこかおかしいのであって。嫉妬ではまずないんだ。

 ……言うと多分、また変な言葉に言い換えてしまうので若干顔が熱くなってくるのを我慢しながら、ムッと口を閉じ続けた。呼吸を我慢しているように見えていただろう、きっと。どうしてにやにやと笑っているんだよ宮崎さん。

「ところでさ、駅前に新しいケーキ屋出来たよね。ずっと看板とか立たなかったけど、先週立ってるの見てさ」

「あー、あの空き地だったところか。駅の向こうの」

 話題が変わったことにほっとしつつ、俺たちは廊下の端の方に移動して話を続ける。ケーキ屋、その言葉に物凄く反応してしまった。自分でもどうしてそこまで耳の奥にこびりついてしまったのかは分からない。

「ケーキ、ケーキかぁ。そう言えば、ちょっと前まで病院食だったな。甘いの長いこと食べてないかも」

「じゃあ、今度行こうよ。外から見ただけだけど、ちゃんと食べるところもあったし!」

「太るんじゃないの? アタシは良いけどさ。アタシの場合は多分すぐ痩せるから、水泳で」

 ニヤリと笑う佐々木さんが絵になる恰好良さだったのは置いといて。こちら、隣に胸を押さえて「脂肪が」とぶつぶつと呟いている宮崎さんがいます。一木さんはソレをみて苦笑いだ。

「あんまり食べ過ぎたらダメだよ。ケーキとかってカロリー凄いんだから」

 カロリー、その言葉を聞くとあの地獄の病院食が蘇る。女子の体型はカロリーに直結するとも聞いたし、運動しない環境にあるのならなおさら重要視しなければいけない……とのこと。運動しなければ、太る。……俺は帰宅部である。

 自慢ではないけれど、今の俺は良い体型というものを出来るだけ柔らかく再現している形になる。特に胸以外の腰回りとかはあまり脂肪がついていないので、スレンダーという言い方が正しい。

 そこに、さらに太るとどうなるか。腰に尻に……胸に、更に脂肪が乗るということか!?

「太るのはダメだね、うん。大人しく帰ろう、非常に惜しいけど、太るのだけは勘弁したい。これ以上脂肪を乗せたくないし」

「まーそうだわな。後何でアタシの肩を掴むんだよ」

 佐々木さんの肩をつかんで、ぐいぐいと前の方に押していく。強制移動といった感じだけれども、何ともないらしい佐々木さんは流石体幹が据わっている。何て考えながらも、待ってくれていた一誠に目配せをする。

 相変わらず変に勘ぐってくる友人たちを、勢いのまま蹴散らして一誠の方へと歩き出す。特におかしなことを言われることもなく、普通に別れて片方は軽音部の活動場所である視聴覚室へ向かって、もう片方はプールの方へと向かっていくのを確認した。ので、俺は胸を撫で下ろす。一木さんは残っていたか。

「私はちょっと、保健室の方に用があるから」

「あ、そうなんだ。解った、じゃあまた明日」

 俺と一誠は一木さんを見送ってから、帰路に就いた。


 ⚫


 ピタリと足を止めた。真新しい建物から漂ってくる香りが鼻孔をくすぐり、バニラエッセンスの甘ったるい香りやらフルーツ特有の酸味の混じった甘い香りが俺の体を乗っ取り始める。

「……ケーキ屋、か。ケーキなぁ、誕生日になれば、未だ或いは……」

「どしたゆ、宇季」

 俺が銅像のように足を止めて固まっている事に気づいたらしい一誠は二歩ほど先から戻って来て、俺の視線がくぎ付けになっている看板を確認していた。フランス語で「祝福」という意味の言葉がうねうねと看板に張り付いていて、俺たちはカタカナで読みが書いていなかったら読めなかっただろう。

 流石に涎を垂らすほどみっともない真似をしている訳ではないけれども、ついつい口を押えてしまう。それを見ていた一誠は何を考えていたのか。

 ともあれ俺は目をギュッと閉じて歩き出した。……その先に一誠の背中があって、思い切り突進してしまったのは本当に申し訳ないと思う。全ては甘い誘惑が悪いのだ。

「宇季って、甘いの好きだったか?」

「……知らん。何でこんなに甘いものが食べたいのか、自分でも解らないし」

 解らないからなのか、それとも甘いものを食べられなかった事への不満なのか。ちょっとばかし苛々しつつも、何事も無い帰路についていた。

 多分、それからだと思う。何かと甘いものが食べたくなった。

 翌日の放課後は一誠に無理を言って、途中で寄り道をした。コンビニに寄って甘いお菓子の買い食いだ。買い食いと寄り道にそこはかとなく罪悪感を感じているから、ちょっとばかしワルの街道を歩いているようでドキドキして、小学生くらいの頃二人で悪さヤンチャをしたことを思い出してドキドキしてしまったのは秘密だ。……まあ、一誠の横顔を見る限り少なからず同じ心境だったのには違いあるまいて。

 甘いものを食べると言うか、食べ過ぎるとニキビが出たり太ったりするらしい。その辺りは俺だってきちんと調べた。もう……お菓子の包み紙のカロリー計算を見て上限を考えるとか、何処の女子だよ、と自分でも思ってしまう位にはおかしい執着心だ。

 姉にばれるとくどくどと嫌味を言われるから、「ちゃんと考えて食べています」と言うアピールの為だったのかも知れないけど。

 帰りの電車でお菓子を頬張ったり、冗談交じりにお菓子を一誠に分けてからかったり。流石に直接口に放り込むのは視線が痛い上に物凄く恥ずかしかったので一度だけだったけども。

「甘いのって、お前そんなに好きだったっけ」

「何か無性に食べたくなっただけ。女子になったからかな」

 そしてついには例のケーキ屋さんにまで行ってしまった。欲求に負けてしまった哀れな俺である。それでも一人で行くのも何だかつらいので、一誠を誘った。

 祭りの時のお返しみたいなものだと思いながら、俺はイチゴのロールケーキを口に運ぶ。ジワリと体全体に糖分が広がる感じ、そして口いっぱいに広がるイチゴの香り。それがとても心地よくてついつい声を出してしまう。行儀が悪いのですぐにやめたけど。

 一誠もチョコケーキを頬張っている。なんだかんだで付き合ってくれるので気兼ねなく誘えるし、今回ばかりは以前のお返しという訳で俺が少し強気に出ている部分もある。ハグハグとチョコケーキをぎこちなく食べている一誠を微笑みながら眺めて、俺は俺としてフォークに付いたクリームを舐め取っていった。

 そう言えば、と。

 休日だから無いだろうけれども、学校の近くであるから知り合いともここで鉢合わせしてしまうかも知れない。俺は砂糖に漬かって浮かれてしまっている脳ミソでそんな事を考えながらも、フォークを駆使してケーキの続きを食べ始める。まあ、前の祭りみたいなことは早々起こらないだろう。

 そんなこんなで、ついにケーキまで完食してしまった。食べ終わった後にやってくる賢者タイムに似た冷静沈着な俺は、どうしてこんなにも甘いものが食べたくなるんだろう……と疑問に思った。それでも一日にほんの少しの量のクッキーだったりするだけだけれども、ほぼ毎日甘いものを食べていてよく飽きないな。自分でもそう思ってしまう。

「ふう、じゃあ食ったし。出るか」

 代金は全て俺持ち。心なしか懐が重たくなって軽くなった。

 あんまり食べ過ぎて太るなよ、とか。甘いもの食べ過ぎても良い事そんなにないぞ、とか。労わっているのか、気にしているのか、心配しているのか。その辺り物凄く気になるような発言を親友からいただくけれども、多分大丈夫だ。そもそも女子であって俺は女子では無い、胸が太るのは困るけどそれ以外が太ってもあまり変わらない。……それでも、元ガタイの良い男だったからには、太っているより脂肪を燃焼させる方が良いと思うけども。

 お腹をさすりながら「夢のない事を言うな」と親友にブーブーと不満を垂れ流し、一誠にちょっかいを掛ける。具体的には頬に指を突き刺したりだとか、脇腹に突き刺したりだとか。それに付き合ってくれる辺り、一誠も一誠だ。俺はニヤニヤとしながらも一誠を標的にし続ける。

 こうして遊びに行くことも高校に入ってからはあまり無かった。第一、一年の頃はクラスは一緒だったけれども余り約束事とかはしなかった。惰性で毎年やっている事を続けてきたと言うか、それでも楽しかったから二人とも、特に何も言わなかったんだろう。

 気を使ってくれているのか、それとも若干俺たちの距離感が変わってしまったのか。じーっと一誠の横顔を眺めていても解らないし、視線に気づいて振り返った一誠の正面顔を見ても特に解らなかった。

「どうした?」

「いや、俺が女になって……何か、変わったのかなってさ」

 ついついそう口からこぼしてしまったけれども、慌てて口を閉じることも言葉を口の中に吸い戻すことも無かった。何と無く、そんな事をしなくても良い相手だと自分が理解していた。そしてそういう関係性が俺と一誠の間柄と言えそうだ。

「正直言うと、目の保養になって良いな。今日も宇季、可愛いしさ」

「ふっ、何だよソレ! 俺を口説きに来てます?」

 突然の親友の言葉にケラケラ笑って答えてしまう。その返事は予想外だった。

 ひらりひらりと服の裾を持ち上げて、自分の容姿を確認してしまう。一誠に褒められるくらいにはおかしなコーディネイトでは無かったらしい、それは重畳。鼻高々にひらひらと服を動かして、親友に見せびらかしてそんな感想が飛び出していた。少し冷静になって思った、……いや、口説いてはいないな。

 一誠の口から飛び出た言葉にも十分驚いてしまったけど、自分の返事にもビックリだ。

「いや……十年は早い、俺の精神の方が」

 主に言わせてもらうと俺はまだ男である認識にとらわれているし、女子と言うもの女性と言うものに慣れて成れるには向こう十年くらい掛かってしまう。……いや、待て。何で親友が俺を口説いている前提の話になっているんだ。間違いなく、墓穴を掘っている。

「どうした、宇季」

「にゃ、にゃんでもないわい!?」

 待て、俺は容姿を褒められるだけでそこまで許してしまうほどにちょろい人間だったんだろうか? それどころか、男に褒められて煽てられて鼻が伸びていくほど可愛い性格をしていたんだろうか? ちょっと待って、自分でも今俺の顔がどれほど沸騰してしまっているのか解らない。摂氏温度で百度くらい言っている気がする。死ねそう。

「……あの、一つ聞きたいんだけど」

 顔のタンパク質が熱凝固でも起こしてしまったのか、驚くほど固まってしまった表情から零れ落ちる言葉。それには怒気が籠っているとも言えなくもないし、無感情であるようにも聞こえなくも無かった。ただ自分で出したとは思えないほど低く、それでいて何だかおかしな声のトーンだったような気がする。

 多分、波状攻撃のような感情の高鳴りは収まったと言う事だろう。それは良い事でもあるけど、同時に冷静になった俺がどうにかこうにか現実を直視しなければいけない時間でもある。冗談で済ませていい事とかも悪い事とかもあるだろうし、俺は切り込まなくてはならない。

 俺は深呼吸をしていた。無意識だったのかも知れない。だけれども自分では無く一誠が何かするのを抑えるように、手のひらを差し出して「待った」のポーズを取る俺。これ以上追い打ちをかけられたくなかったと言う事もあるにはあったんだろう。

「いいいいい一誠ってさ、おッ俺の事……男として見てる? 女として見てる?」

 俺は最低な奴だ。こんなことを聞かなくたって、一誠との友情と言うか関係が壊れる筈が無い。俺が変わり果てて女になってしまった今でも普通に付き合ってくれている一誠が、親友で無くて何と言う。だけども、一度疑問に感じてしまった事はどうしても我慢が出来ないらしい。……そうして、口から吐き出された言葉が、これだった訳だ。

 親友に男も女も、或いは性別がどうだろうと関係ないのかも知れない。その人本人を見られていると言う事が、親友の最低条件だったのかも知れない。……それでも。

「ゴメン……ちゃんと、解っておきたくて」

 嘘だ。俺は親友を拠り所にしてしまう。

 俺は女子になり切ろうとしている。だけれどもただ一人でも俺が「男として」振る舞えて、そして「男として」扱ってくれる誰かが欲しかったんだ。女子であることを「演技」だと自分に言い聞かせる為に。俺は親友を舞台道具の一つとして扱ってしまう。だけれども、そんな答えに期待してしまう……自分が居て。

「俺は女子になっても、親友だと思ってたけど」

 ……俺は答えを聞いた。

「……そういう意味じゃ、お前を女として見てるんだろうな」

 その後の記憶は曖昧だった。

 辛うじて覚えていたのは、それから帰宅するまで抜け殻のような感じだったこと。一誠の服を掴んだままずっと中途半端な距離を保っていたこと。そして、甘さに染まり切っていた口の中や喉の奥が深煎りコーヒーで洗い流されたかのように物凄く苦々しかったこと。

 気が付くと未だ昼間であるにも拘らず、布団を敷いて寝転がっていた。

 自分が泣いていたのかさえ定かではない。ただ「一誠」が心配して自宅まで送ってくれるくらいには酷い顔をしていたらしい。そんな事さえどうでも良くなって、ただただ今の自分の感情が負のもので塗り潰されて行ってしまう。

 ……俺は一体あの時、一誠になんて答えてもらいたかったんだろう。


 ●


 多分、八つ当たりだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか、それだけは解らない。恐らくは要因がいくつも重なって、曖昧模糊な元男としての俺の部分が表面に出てきてしまったんだ。俺はあの時、親友位には男として扱ってほしいと思ってしまった。我が儘であるし、他の女になってしまった人たちの中で一番良い環境にいるのに贅沢な奴だと今では思う。

「あー、死にたい。自己嫌悪で死にたいと思える日が来るとは思わなかった」

 夕飯を作る気力が無いので、姉に弁当を買ってきてもらったけれども申し訳ない。休日出勤があった訳でも無いけれど、それでも休日はしっかりと休んでいてもらいたかったと言うのもある。

 一誠は……親友は、俺を女の子として見ていると答えた。ちゃんと答えてくれていた。それなのに、俺がショックを受けてどうするんだ。ぐちぐちと女子として生きていかないといけない、何て言いながら親友の一人に面と向かって女子として扱われていると公言されたくらい、軽く流せるくらいじゃないとこの先やっていけやしない。

 でも、親友が……女子として。男子と女子であって。

 無粋にも邪推にも他ならない俺のよこしまな考えが頭の中から一切離れてくれなくて、そのたびに俺は赤面してしまう。女子として見られているのなら……もし、もしも。もし俺が一誠の前で全裸になってしまったりすると、一誠は興奮してしまったりするんだろうか?

 そんな感じのようなピンク色の想像ばかりがひっきりなしに繰り返して、俺にまともに考えさせる余地をどんどんと奪っていく。まかり間違って親友が俺を好きになってしまう可能性とか、そんなことまで考えてしまう俺は耳年増の霊でも取りついてしまったんだろうか。

 親友だからそうならないとは思うけれども、どうにも腑に落ちない。それとどうして親友をそんな目で、「異性」として捉えてしまう自分がいるんだろう。

「あー、分らん! 解らなすぎるよぉ……!」

 それが物凄く苛立ちを助長させる。これ以上八つ当たりしないようしっかり飲み込むけれども、どうしてこんなにも腹の中がどくどくと溶岩のように煮えたぎるんだろうか。そんな事をゴロゴロと寝返りを打ちながら考えていると、弁当と何やらついでの買い物を済ませてきたらしい姉が幾つかの袋をもって帰宅した。

 俺は弁当を口に運びながら、明日以降一誠とどういう風に顔向けしようかとずっと唸っていた。

 ……まあ、それ以前に大きな事件が起こるなんて、この時は考えもしなかった。

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