TS娘が親友を世界一嫌いになる話。

闇緒恣恣

3話。

『【朗報】女子小学生って良いかもしんない』

「そりゃ悲報だ」

 放課後。週末ではあるけれど、今日も今日とてクラブなる物に所属していない俺は真っ先に親友と共に帰路につき、そしてまっすぐ帰宅した。窮屈な制服を脱ぎ、流石にこの季節は服も考えないとなーと汗で若干湿るカッターシャツに眉を顰めつつ、掲示板を眺めた。

 一番上に表示されていた文字に思わず呟いてしまった。全く同じ言葉を他の誰もが呟いていた。

 キャーキャーわめく女子小学生も男女交じってワーワーと騒ぐ子もいるけれども、教室の隅っこにいるような控えめの女の子と思った以上に会話が弾んで目覚めてしまったらしい。……ナンダソレ。

 まあ脳ミソを空っぽにして遊べると言う所は良さそうだけれど、ヤマネはそこまで自分を捨てることは出来ないらしい。まあエンジニアをやっていたら理性的にはなりそうだ。

 大分前に過ぎ去った話題であるから今更コメントを付けようと宙で指がくるりと円を描くけれど、結局画面に表示されたキーボードに触れることは無かった。まあ、手遅れだと言う事は読めばわかる。せめてもの慰めとして、一言位つけておいてやるか。俺は改めてキーボード画面を開きなおして、小さな親指でピピピと打ち込んでいった。特に音はなっていない。

 うん、これでよし……と。俺が部屋で布団に寝転がりながら独りごちた現実にはなってしまった。ともあれ、純情に女子小学生に浄化されていくことを願って花の名前を送っておくことにした。花言葉は純潔、まあ元男の時点で純潔もくそも無いような気もするけど。まあ、こういうのは……そういうものな気がする。

 一応みんな処女の筈だし。

 自分で呟いて顔を赤くさせてしまったのはさておき、だ。別に張形とかこけしとかディルドと言う言葉が浮かんでしまったのも仕方がない。取り敢えずオンザベッドで起こるであろう血みどろの惨状から目を背ける為に、物理的にスマホから目を逸らした。

 自分からるつぼに飛び込んでしまうのはどうにかしたい。赤くなった顔を静めながら、同じく発熱し始めたスマホを手放して大きく欠伸をする。寝転がっているから欠伸が出るのであって寝不足とか、そんな不摂生な生活をしている訳が無い。ただでさえカウンセラーと俺とで云々とした結果、こうして歪ではあるけれど女子高生をやっているんだから。

 俺は起き上がり、服の上から胸を揉む。どうせならこの忌々しいブラジャーなる拘束具を早々に取り去りたい感じの感触が返って来る。胸を触れば女の子だと、鏡を見なくても髪を触らなくても服を脱がなくても解ってしまうんだからちょっとズルイ。正直言って服越しのブラ越しで良かったように思う。またいつかのように抓っていたかもしれない。

「そう言えば、前はすぐにブラ取ってたっけ」

 大きさのせいで軽く歩くだけで上の部分が突っ張って違和感が酷いのでもう止めてしまった。何やっているんだ俺……と、俺はバッと手を離してカバンから教科書とノートを取り出した。流石に勉強もしないと将来のことに憂鬱な気持ちになる事も出来やしない、面倒な勉強の開始だ。

 元は姉の一人暮らしの空間と言えど、もう姉も自立できるほどには大きくなっていてお金も稼いで自分で賃貸マンションを借りていた。俺はその部屋に居候させてもらっている訳だ。間借りとも言っているけれど俺の支払えるものと言えば体くらいで、家事全般を担当するとちゃんと言ってある。「体で支払う」と言った時に姉が顔を赤くしたのは、色々とヤバそうなので今でも突っ込まないでおく事にしている。

 果たしてどれくらいの時間が経ったのか。俺が勉強を中断して夕食を作っていると、スマホに着信が入る。確認すれば一誠の声が聞こえてきて、つい先日にやっとドギマギするのが解消された俺は涼しい顔で返した。

「どうした、ずっと黙って。何か用か?」

『……ああ、すまん。電話越しでその声聞くと一瞬誰か解らなくなった。佑樹、だよな』

 相手の顔が見えないだけでそういうものなのか。録音した自分の声を聞くのを想像して「確かに」と呟いた。まあ根本的には違うんだろうけど、気にしたってしょうがない。

 「可愛い声が云々」と聞かされても、どういう反応をしたら良いのかわからない。電話越しだと相手が俺という意識が薄くなるのか、どうも一誠は話しにくそうだ。ついつい俺は可愛くないのかと言いそうになってしまった。……突っ込んだらダメだ。

 それが一誠の誘導尋問なのかはさておき、いつも通りの会話が続く。始めに向こうが電話を掛けてきた分、いつもと違うのはその辺りだけ。後は微妙に俺との距離を掴みかねているという辺り。女子扱いしていることも、気になると言えば気になるけど。

『明日にさ、祭りあるだろ? 毎年行ってるやつ』

「あ、あぁそう言えばこの時期だっけ。ゴタゴタしすぎてすっかり忘れてたわ。今年も行こうなー」

 この辺りで祭りと言えばそこそこ大きな神社の、そこそこ盛大なお祭りだ。例大祭と呼ぶ人もいるけれど、本当に大きい神社の祭りには遠く及ばないので謙虚にいこうと言うわけである。ともあれ、俺たちはその祭りに毎年行っていた。

 そうか、もうそんな時期か。これが終わるともうすぐ期末テスト。そしてそれが終われば夏休み。夏休み中にも夏祭りがあるんだから、良くも悪くもイベントは目白押しだ。カレンダーを確認しながら、そんなことを思う。果たしてどれ程学生の矜持を保ったまま楽しめるんだろう。

 俺はニヤニヤとカレンダーを眺めながら、一誠の返事を待つ。まさか一誠の方から誘ってくれるとは思わなかったから、ちょっと嬉しい。もし誘ってくれなかったら、このまま忘れてしまいそうだったし。

『良いのか?』

「ん、何がさ」

『今までは男二人だったけど、今じゃお前女だし、知り合いに合ったら勘違いされるかも。まあ、俺も一人であの人混み歩くの好きじゃないから、行くってんなら嬉しいけど』

 あ、あああ。膨らんだ風船から張りつめた力と押し込んだ空気が抜けていく感じ。

 俺は崩れ落ちる、ため息をつく、そして唸る。落としたスマホを拾い再び耳の近くに構える。真っ赤になった耳から心音が向こうにまで聞こえてしまうのは何としても避けねばならない。

「いや、俺はその、行きたいけど……! はあ、女なんだった。面倒くさいよなーこういうの……」

 女になった宿命とでも言えば良いのか。あるいは、いつの世も人の口には戸を立てられないのか。

 ジェンダーというか、まさに女はこうあるべきだと社会にて既に「女の鋳型」が完成しているというか。そんな感じに俺たちでさえそんなイメージが出来上がってしまっている。いや、男女二人で祭りにいくけど別に付き合ってはいないという人達に失礼かもしれないけど。

 女の鋳型が俺に「そうあれ」と命令しているから今の俺は成立しているし、それを否定することはできない。けれどそれがなんとも面倒くさい。型に当てはまらない人間だっていくらでもいるのに、それが普通……基準なんだと思ってしまっている自分がいて。

「……一誠は、俺と一緒にいくのは嫌か?」

『嫌じゃないし、毎年楽しいよ。ちょっと財布の紐緩めてたら、中身奪われそうになるのは楽しくないけど』

「あれはお前が勝手に買ってくるんだろ。別に食う気ないのに、俺が眺めてるだけで露店の箸巻きとか買ってくるし」

 自分から財布の紐を緩めていることに気づいてほしい。露店は丁度良い感覚に食い物屋が並んでいて、一度食べると太るまで続きそうで怖いから買わないのに。結局色々食べてしまっている気がする。

「じゃあ、その、行く。絶対行くから」

『了解。宇季が明日の祭り、行くかどうか気になったんでな』

 二言ほど頷き合いが続いたあと、自然と通話は終了する。

 「恋人と間違われたらゴメン」とか言いたかったのに、何故だか言葉がでなかった。いや、俺が態度で恋人じゃないですよアピールをすれば良いんだ、別に言わなくても良いことなんだ。俺は深呼吸をして時計を確認して、調理の後片付けを始める。

 ……寸前で、ひとつ思いつき留まる。

「あ、そうだ」

 俺は通話履歴から一誠を取り出して、再びスマホに耳を当てた。一誠の声が聞こえてきて、ついつい咳払いをしてしまうけど、特に意味はない。

「あのさ、別に俺は浴衣とか着ていかないからな?」

『マジ、かぁ。それはちょっと残念』

 素直でよろしい。俺は笑いながら通話を切った。通話料が勿体ないとか言ってもしょうがない、流石に俺が浴衣を着ていったら誤解が更に深まるばかりだ。それだけは避けないといけないし……。

 あと、やっぱり恥ずかしいし。


 ●


 きたる祭り、きたれ親友。俺は一誠を待った。出来るだけ飾り気のない服を着て恋人と間違われないようにして。目の前の男の人は多分、俺じゃない人に話しかけているんだろう。閉じていた目をちらりと開けて確認するけれど、まだいる。

「あ、一誠」

 近くを通りすぎようとする親友の半袖を掴んで「俺はここだ」とアピールをすれば、目の前の男の人も相手を見つけたようで何処かへ行ってしまった。そんな現実逃避はさておき、互いに飾り気のない格好で学校よりも大分落ち着く。流石に家の外では、俺も普通に女子の格好だけども。

「お、おう。何かいつもと雰囲気違うな」

「それ言うなら一誠も。私服見たの久しぶりだな、最近遊ぶことも減ってたし」

 それもそうか、と呟く親友を眺めて、祭り囃子と共に活気を帯びるらしいナンパ師とのやり取りを記憶から抹消していく。一誠が現れて、一目散に何処かへ行ってしまったナンパ師のことを……って、いや待て!

「もう一誠が恋人だって思われてる……!?」

「そんな訳ないだろ、祭りつってもここまでダサい格好の奴が恋人同士に見えるはずがない」

 ふむ、胸元に戦士Warriorの文字のあるフッツーのTシャツに、ポケットの沢山ある、今年の流行色グリーンのカーゴパンツ。対して俺は、これから夜になるにつれ肌寒くなることを想定しての、濃い青のロングカーディガンに黒シャツ、そして白のスラックス。

「ダサくはない、俺はともかく一誠かっこいいと思うぞ」

「いやいや、宇季だって可愛いだろ」

 頭突いた。

 俺という女子に誉められたというのが想像以上の感想だったのか、俺と同じように、それでもデカい掌を使って赤く染まる顔を隠している一誠。何だかその様子も面白くて、ついつい何度も誉めてしまった。

 カッコいい。イケテる。こういうときに限って語彙力が低下するんだから、ちょっとばかし残念だ。

「あーもう、行くぞ。ドングリ飴買うから!」

「おうっ、ちょ、お前、髪の毛セットするん慣れてないから結構時間かかったんだぞ!」

 照れ隠しに髪の毛をかき回していった一誠に抗議するもその口角自体は上がっていってしまう。何だか一誠の反応がいつもと違って面白い。あまり離れすぎないよう背中の汗で滲みそうなシャツ掴んで、ドングリ飴の露店へついていった。

 流石祭り、流石露店だ。キラキラと星のように輝く屋台の明かりは道路も小路も等しく照らして、光の道と言えそう。おまけに箸巻きやらいか焼きやら、ベビーカステラやらの匂いが漂ってきて腹が空いてくる。

「ほい、ドングリ飴十個。味は適当だ」

「ブドウとコーラが入ってたら文句は言わない」

 小さなビニール袋に入ったピンポン玉より二回りほど小さい飴玉。そこから明かりに照らして確認した茶色のものを取り出して、口の中へ放り込む。……うん、間違いなくコーラ味。一誠は色からしてメロンかサイダーだろう。

 そこそこ大きく、口の端へと追いやれば頬がコブ取りじいさんのように膨らむ。祭り散策中に二つか三つ食べられたら良い方だろう。まあ多分、袋に入っているやつは殆ど家に帰ってから食べる。

 コロコロと転がすと顎が疲れるので放置しながら、ほふひふと言い合う。俺はせっかくセットしてみた髪を再現すべく前髪をチロチロと直しながら、一誠の後をアヒルの子のように着いていく。今度は俺の財布の紐を緩めて冷えたジュースを買った。

 祭り囃子はどこからも聞こえて、常に川の水流のように、人混みが人混みであるために人の流れが出来上がっていた。逆らうにはそこそこの体力と、申し訳なさをはねのける胆力がいる。今の俺には胆力がないらしいので、仏頂面の親友の背中に隠れての行進だ。

 子供達も走り回っていて元気一杯、大抵射的屋やくじ引き屋の前で立ち止まって微笑ましい。たまたま空いたベンチにしゃがみこみ、先程買ったジュースを飲みながら、ふと疑問をぶつけた。

「そう言えば、今日俺が忘れてたら一誠一人で来たのか?」

「ドングリ飴買いに来てたかもしれない、くらい」

 両親と合流した子供達はくじ引き引きたいらしく、何回かやり取りをしたあと銀色の硬貨を屋台の人に手渡していた。俺たちも良くやった、あれは当たる店と当たらない店があること、案外穴場があったりすることを学ぶ良い機会だったと今では思う。

 累計千五百円くらいの捧げ物は、まあ水に流すことにしよう。

 そう言えば俺たちが徐々にくじ引き屋の正体に勘づき始めた頃、いわゆる穴場と呼ばれるくじ引き屋があったんだけれども、あれはどうなったんだろうか。親友と一緒に探してみたけれど見つかることはなく、まるで夏の夜の産み出した幻想みたいだ、と小洒落た事を言ってみた。

「一回五百円、参加賞エアガンのくじ引きは美味しかったんだけどなぁ」

 まあエアガン(中国製)かっこちゅうごくせいで、貰った初日にそのピストルの壊れる奴が続出したのは良い思い出だ。ストリングを大きく伸ばしてから嵌め込んで、そして撃ったらスライドが後方に弾け飛んで顔を強打した奴は誰だったっけ? ……俺か。

「何か祭りの屋台見てると、俺らもだんだん年取ってるって解るよな。ほら、いつもあの端に立ってたたい焼き屋がクレープショップになってる」

「そだな。女になって、余計に何かそういうのが解る気がする」

 俺たちがまだ小学生の頃はもっと男女が別れていた気がする。もしその時から俺が女になってしまっていたら、たい焼きかベビーカステラかで一誠と喧嘩することもなかっただろうし、親友どころか友達ですらなかったかもしれない。

 そう考えると巡り合わせに感謝だ。空き缶に斜めに凹みを入れて、捻りながら押し込める。男の時より力がないせいで志半ばで折れてしまうけれど、ひょいとでき損ないを持ち上げた一誠は続きとばかりにぐしゃりと潰した。

「やっぱり、違うよなぁ。まさに枝の腕だ、羨ましいよ」

「まあな、出来ないことは俺に……いや、男に頼れば良いさ。佑樹じゃなくて、今の宇季にしか出来ないこともあるだろうし」

「そんなもんかねぇ」

 手を切らないよう注意しながらゴミ箱に放り込んで、俺達は再び歩き出す。境内に入れば空気が変わり今にも神か霊かが降ってきそうな不思議な感じ、果たして俺に霊感があるかは不明だけど、それでも神社っぽいと言えばそれでだいたいが伝わってしまう。

 神社に行く機会は季節の祭りや二年参りくらいと滅多にない。……そんなことも無いのか? 何はともあれ、所々に目立たないようつけられたスピーカーから聞こえてくる和楽器たちの演奏を聞きながら、お土産としてお守りの選定。冗談で安産祈願を買おうと思ったけど、一誠の手前、嫌な噂を流させるわけにも行くまい。それにこの場合一誠が俺を孕ませたということに噂が落ち着いてしまいそうだ。人魚の妊娠。

 ……だから、自分からどうして金属がどろどろと溶けたるつぼの中へ飛び込んでしまうのか。ほら、売り子の巫女さんがキョトンとしているじゃないか。顔が溶けるように暑いけど、せめて交通安全のお守りを買うことにしよう。家内安全でも良いかもしれない。

「一誠は何買ったんだ……ぼっへ! お、おまっ」

「……買うの間違えた、いるか?」

「要らないよ! むしろ要る状況になりたくないわ!」

 一誠は渋々とズボンのポケットへお守りをしまい、改めて買おうと迷った挙げ句、家内安全のお守りを買っていた。五百円玉を浪費するなよ、と思うけれど大分意識がそれたので良しとする。

 祭りの喧騒と言う熱気に当てられムワムワとする境内からはそっと離れ、祭りの端の方へと移動する。適当に腹の膨らみそうな食べ物を買って、俺達はゆっくりとそれを食べ始める。相変わらず、生地にイカを練り込むタイプのイカ焼きは旨い。指に付いたソースを舐めながら、俺とは違い豪快にがっつく一誠に男らしさを感じつつ。

 口が小さくなっている分以前までと同じように食べるとリスのように頬が膨らむ。色々な人からマナーと言う名の鋳型に嵌るよう色々と言われているので、こういう時にも咄嗟にそんな行動が出てしまった事に苦笑いだ。……でもさ、何で見てるんだよ一誠。食べている最中の顔を見られるのはなんか恥ずかしかった。

「いや、こうしてみるとちゃんと女子してるんだな、と思って」

「この体で一生付き合っていかないといけないしな。やっぱり慣れていかねえと、いう訳だ」

 箸に付いた欠片やソースまで下品ではあるけれど無駄にはしたくないからと、丁寧に舐め取りながらそんな事を答える。

 さて、そろそろお開きにするか。一応恒例の射的と金魚すくい、スーパーボールすくいをして満足が言った俺たちはそういうムードになった。射的は別にたくさんお金を貢いだ訳でも無いし、惰性で続けていた賜物で幾つかのお菓子を手に入れたくらい。金魚すくいとかは一誠との獲得量対決だったので引き分けに終わった。金魚はやっぱりすくいにくい、スーパーボールじゃ未だ負けなしなんだけど。

 夕暮れ時から祭りに参加した俺たちが解散するのは勿論、夏の短夜に突入している頃だった。黄昏時もとっくに過ぎた薄暗い夜なんだから、当然祭りから離れれば薄暗い夜が待っている。女子なんだから家まで送る、と言い出す一誠は至極当然な訳ではあるのだけれど。

 そんな時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。だから俺はさっと一誠の背中に隠れた。

「あーやっぱりムック! ほら、私の言うとおりだったでしょ!」

「おいおいはしゃぐなって、転ぶぞ」

 両手に花の三人組がやってくる。花の名前は知っているけれど、それを持っている人は知らない。ただその花が厄介だった、多分棘か毒かを持っている。だから俺は隠れるけれど、それに気づいているのか気付いていないのか三人は寄って来て、そして話し始めた。できれば早めに去ってほしい。

「みやっちがムックの後をつけてこの駅の場所を知ったのだ。ゴメン」

「そこで私がこの祭りのチラシを見つけたのだ、えへん!」

「んで、俺が連れ出されたのだ……って感じで。どうも江口エグチっす」

 初めから順に佐々木さん、宮崎さん、そして自己紹介の通り江口さん。宮崎さんがこの祭りのチラシを取り出して見せびらかしてくるのは見えたし、取り敢えずストーカーだと言う事を理解しているのは当の本人以外らしい。流石に季節外れの祭りだけあってお花たちも浴衣を着たりして着飾ったりはしていないみたいだ。

「はあ、まあ俺を持ってくるのは理解できるけどさ。何でもう一人くらい男子誘わないんだよ」

「いや……別にいいじゃん、今日咄嗟に誘えるの翔太ショウタだけだったんだから。男避けに尽力してよ」

 男避け、そうか男避け。なるほど男避け。確かにあのナンパ師は一誠を俺が見つけてからはそそくさとたちさってしまったし、男にもそういう使い方があるのか。ならば開き直ってしまえば、そう考えて俺の行動が邪魔をする。隠れちゃってんじゃん、意味ないじゃん。墓穴を掘るとはまさにこう言う事、一誠の背中に穴を掘ってそこに埋まりたい気分だ。……どうせならなり替わってやろうか。

「それでそれで、後ろにいる素敵コーディネイトしてる女の子さんは誰かな?」

 俺はじっと息をひそめる。多分制服じゃないから顔さえ見られなければ大丈夫だ。顔を一誠の背中に押し付けて、じっと耐える。ベンチに座った一誠の背中に隠れているので勿論俺は地面にしゃがみ込んでいて、ロングカーディガンが地面に擦れてしまうけれども、気にしたこっちゃない。こちとらこんな場面をクラスメイトに見られて一体どんな顔をしたらいいのやらてんで思いつかないのだ。

「……宇季っち、いい加減立ち上がったら? 服も汚れちゃうよ」

 ビクリ。自分の名前を呼ばれて肩を震わせてしまったせいで、もう向こうには確信らしい。みやっちこと宮崎さんが俺の肩にぽんと手を置いた。ゆっくりと恥ずかしさに赤く染め上げる顔を持ち上げてみれば、物凄く嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべていた。俺はそっとその顔を下げて再び一誠の背中へと押し付けた。

「ねえねえ、オイちゃん! 今の宇季っち超可愛いんですけど!」

「……もう止めたげなって、アタシだってその状況なら同じんなるだろーし」

「死にたい」

 俺が一誠の背中から引きずり出されてベンチに座らされて、もう真っ赤を通り越して青ざめて今にも死にそうな表情だからその言葉にも幾つかの信憑性も増していただろう。あ、ちょっと涙目にもなっていた。

 ムックの最寄り駅近くの祭りなんだからもしかしたらムックが来るかも、更には俺まで来るかもしれない。そんな事を思った宮崎さんはチラシを持ち帰って佐々木さんに相談したらしい。そして時間が時間なので男手で男避けでもある江口さんを招待したと言う事になる。そして幸運フコウな事に解散間際に俺たちを発見した、という訳で。

「アタシと翔太が幼馴染で、一応みやっち……宮崎とも顔見知りなんだよな翔太?」

 七分袖の紺のシャツを着た江口さんにぎろりと視線を向ける佐々木さんは何だか一般人に絡むヤンキーのようだった、と言う感想はぐっと飲み込むことにする。

「何でそんな睨んでくるんだよ……。まあ同じ軽音部だしな。んで、ムックさんか、改めてみるとでけえな、ラグビーでもやってそう」

「親の遺伝、多分」

 幼馴染と言うフレーズに何か引っかかったけれど、顔触れの紹介を始める男たち。俺だって男の空間に入りたいけれど間違いなく場違いだ、俺は女子に腕を掴んで一誠と江口さんから離されてしまう。

 そして詰問。余り男子と離れると絡まれるとは理解しているのかそれほど離れていない場所でぐいと上半身を寄せてくる、顔が近い、鼻息も荒い、そして目が爛々と輝いている。けっして街道に掛けられた提灯の明かりを照らしているだけじゃない、不気味な肉食獣のような目の輝きをしていた。俺、食われそう?

「祭りに誘ったの、宇季っち? 凄いね、凄い大胆……! もしかして告白とかしちゃうの!?」

 しないから! 俺が近い近いと手をアワアワさせて顔を赤くしていると、宮崎さんは呼吸を整えて次は佐々木さんが話しかけてきた。勢いに任せているようにしては気を使って言葉が被らないようにしてるんだよな、そう言えばこの二人。

「でも、二人で祭りかー。良いなーこういうの、アタシみたいな奴だとどうしても皆誘っちゃって、結局大人数になるからさ……。で、二人だとどんな感じだった!?」

 何も無いから! と言うかやっと解った、多分このお方……幼馴染である江口さんの事が好きなんだろう。多分。ちらちらと男陣営を見ながら喋っていたし、幼馴染と言うワードに並々ならぬ思い入れがあったし。流石に一誠を狙っているという訳じゃないだろう、一誠の親友として、そして佐々木さんの友人として狙っていたらちょっと妬ましいけど。

「いや、あの……ま、まあ良いんじゃないかな! 駅まで送っていくよ、一誠が!」

「「あ、逃げた」」

 どうしてそういう所は合わせて来るんだ。

 声を張り上げたり羞恥心でいっぱいになったせいで暑くなり、俺は羽織っていたロングカーディガンを脱ぐ。うっすらと汗が浮かんでいて、それが俺の肌を物凄くジューシーに照らしていた。男たちのところに戻り、改めて時間を確認すれば明日が休日だとしても学生には十分遅い時間帯だ。やっぱりもう解散した方が良いだろう。

 俺はまた変な話題が出そうだから一誠と江口さんに駅までの案内を任せ、独りで帰路に付こうと思ったのに誰もがそれを許してくれなかった。特に一誠、いや、俺にだって少しくらいは危機感ってものはあるんだけど、そこまで暑くならなくても……。

「そう言えばさ、宇季っちの服。あれだよね、夏のおすすめコーデ」

「何処かで見た事あると思えば。あーなんか意外だな、宇季っち余りお洒落に興味ないタイプだと思ってたから」

「な、何で知ってるのさ……」

 女性らしく振る舞えるようになるため女性向け雑誌とかファッション雑誌とか事務的に読むようにしている。自分で服考えるのが面倒臭くなって、雑誌に掲載されていた服をそのまま着たのがあだになったのか。そんな安直な事をしていると知られたら、何だか恥ずかしい。攻略サイト見てゲームクリアしたのがばれたような気分だ。

「祭りのデート向けのファッションとかも載ってなかったっけ、それ」

「デートじゃないから!!」

 一誠に視線を向けながら、俺は必死に抵抗する。一体どうしてここまで既成事実を作ろうとするんだ、この女子たちは。確かに一誠と一緒にいて楽しいから、世間一般的には「もうお前ら付き合っちゃえよー」的な帰結を果たすのはまだ理解できる。だけど俺は付き合っていないし付き合う気も無い。なのに、どうしてこの二人は……!

 俺が言葉を選びあうあうと口を動かしていて、思い出した言葉を口にする。

「そうだ、男避け! 祭り行きたかったから男避けに、な!」

 何で今思い付いたような言い方をするんだ、という表情を浮かべる江口さんだったけれど、先ほどの佐々木さんのように睨んでみればすっと顔を向こうへとやってくれた。一誠に同意を求めるけど、何で小首をかしげるんだ。

「成程、そういう言い方もできるのか」

「そういう言い方しかできねえよ。何で落ち着き始めた水面に一石投じるんだよ」

 一周回って落ち着いてしまう。そして誤解を解こうとしたのか誤解を深めようとしたのか、一誠の方から誘ったことを明かし、何やかんやまで話して女子のテンションは有頂天だ。佐々木さんのテンションが上がるたびに叩かれる江口さんの背中がみじめでならない。我慢している辺り、本当にいい人なんだろう。

 まあ、流石に酷かったのか頭にチョップを入れていた。更に反撃される江口さん、何か理不尽。そんな様子を眺めて、服の話を色々と教えてくれて、そして化粧の話にまで行きそうになった段階で駅に到着した。化粧はよく解らないから、姉に言われるまま化粧水とか乳液とかは使っているけど、ファンデーションとか眉毛が云々とか、ちんぷんかんぷんだ。

「何かすまんな、今日は。二人とも」

「いや、割と楽しかった」

 敬語モドキのいつの間にか外れていた江口さんと一誠が話す横で、何故か胸の大きさの話になる女子。こういう辺りも何か男女で壁があるように思う。互いが互いに角に干渉しないと言う辺り楽と言えば楽なんだけれども、その見えない障壁の間に阻まれる俺の気持ちにもなってほしい。

「胸は、小さい方が良いと思う」

「いや、別にアンタの事小さいって言ったわけじゃないんだけど。理想の胸はやっぱ宇季っちくらいだよね、それ以上大きくなると辛くなるかも」

「いや、これでも十分辛いよ」

 そんなやり取りをしつつ、クラスのマドンナの巨乳がどうのと言う話題に横スライドしそうになったところで、電車が来たのでお開きだ。ともあれ話を聞く限り、やっぱりデカけりゃいいってもんじゃない。デカい方が良いと思ってるのはやはり男子だけなのかもしれない、巨乳好きは取り敢えず宮崎さんに殺されると思う。

「じゃあ、また月曜日にねー。後、視聴覚で翔くんとかも時々ライブするから二人とも見に来てねー!」

「おーう」


 ●


 祭り囃子も遠くの方から聞こえてくる。汗でしっとりとした肌が夜風に触れて肌寒いので、再び着込む。駅からは何故だか会話も弾まず、何だか気まずい。多分主な原因はあの二人だ。デートデート喋ってたのが今更尾を引いている。

「あのさ、もしこれがほんとにデートだったらどうする」

 ついつい、沈黙が何よりも痛かったので適当に口を開いた。原因が原因なだけあって話題まで物々しいものになってしまって、自分で溜息をついてしまう。苦笑いと言うか、苦い汁が未だ口の中に残っている感じ。

 デートとかは男女がするものだけじゃない、と言うのはセクシュアルマイノリティの理解が進んでいる今では何と無く社会に浸透していっている。でも前提の鋳型として男女がするもの、と言うイメージが付きまとっている。ならば、俺は一体どうなるんだろう。女子として、男子とデートするのか。

「俺はどうだろうな、自分で言っといてなんだけど。まあ……あれだ、女子としてデートするならアリだと思う。その辺りは変わって来てるみたいだ」

「まあ、可愛い女子とデートできるんなら俺も嬉しいけど。やっぱりお前と一緒にいるってのは元々楽しかったからな、その辺りはよく解らん」

「そう、か」

 いや、ちょっと待て。自分の発言も十分問題だったけれど、一誠も十分すぎるほどにアレだ。

 俺はその、今の自分の容姿で考えないといけないから自然とそういう答えが出来たんであって。例えば、俺が元の男のままで一誠とデートとなったら、それはもう確実にホモで同性愛という訳だ。だからと言って体が女子になっただけでホモにならないかと言ったら不思議な所だけれど、俺が「女子として」振る舞うのであればビジュアル的にも、倫理的にも、取り敢えず社会的には何にも問題ないような気がして。

「いやっいやいやいや! 何言ってんの一誠、ちょっとどういう事だよ!」

 思いっきり頭を振って考えを追い出す。一誠の言うデート相手の可愛い女子が自分に置き換わって考えてしまって、その置き換わった俺がとても楽しそうに動き出して自分で恥ずかしくなった。一誠と一緒に祭りを回るのは楽しいけれど、デートとして祭りを一緒に回るのは果たして楽しいのか。

 ああ、頭がパンクしてしまう。それもこれも全部佐々木さん宮崎さんのせいだ。

「女子として生きる、女子として振る舞う……かあ。難儀なもんだな、宇季も」

「そう。うん、そうなんだよ。女子として生きるんなら、デートも女子として付き合わないと行かないし、相手とも女子として付き合わないといけないし。相手が男女どっちだったとしても」

 個人的な事は政治的な事。ニュアンスとしては違うかも知れないけれど、俺の価値観も俺の女としての価値観も今の社会によって形成されていて、今の社会に生きていく以上俺の価値観はその形に段々なって行ってしまいそうで。むしろ、型に嵌ってしまった方が楽だと考えている自分が居て、それが自分を殺すことと同義なのかが疑問に思えて来て。

 果たして、俺と言う生き物は何処に生きているんだろう。少なくとも近くに親友の一誠がいてくれることが何よりも救いに感じている。

「俺が元々女だったら、一誠はどうなるんだろうな……」

「ん、何か言ったか?」

「何でも無し!」

 俺が男を本当の意味で好きになってしまう事は多分ない。何故なら俺は中身が男であるから、いわば性同一性障害者の端くれだ、過程は違うけど。性自認と恋愛対称の関係性何て、まだ知識の刻み込みの甘い俺の頭でははっきりとした答えは出せないけれど、俺が男だったと言う過去が消えない以上、完全に女子になることは無い。

 それが、どうしてこんなにも胸が痛むんだろう。別にどうとでも無い事の筈なのに。

「あのさ、俺って胸の大きい女の子が好きなんだ」

「知ってる、男ん時に聞いた」

 その後、一誠に家まで送られて帰宅した。ここから帰るとなると一誠が帰宅するのはもう少し遅くなりそうだ。

 家に帰って改めて確認した。胸の大きい俺の今の自分の体、裸になって姿見に映すと何だかエッチで、いかがわしい何かが今にも始まりそうな雰囲気だ。

「……まあ、当たり前と言えば当たり前か」

 恥ずかしさは感じられるけれど、特に今の体に何か特別な感情が芽生えることはなくて、それがなんとも寂しかった。

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