TS娘が親友を世界一嫌いになる話。

闇緒恣恣

1話。

 突然ではあるけれど女子高生をやっている俺は、そこそこの見てくれを保っている。

 もっと簡潔に分かりやすく伝えるとするならば、「可愛い」。自分で言うと恥ずかしいので絶対に言わないけれど、誰かに言われたとしても恥ずかしいというのはさほど変わらない。そもそも俺が可愛いと思っているだけかもしれないので、決して誰かに言うこともない。

 ともあれ、毎朝俺は鏡を眺める。何もせずじっと、肩にかかる程度の髪や、こうしていると大きいけれどいつもは中途開きの目、整った顔のパーツを見て顔を赤く染め上げる。だって男子高校生だったんだもん。むしろ可愛い少女になった、というのならこれくらいした方が健全と言えるのではないだろうか。

 俺の間借り生活、居候生活は朝から大変だというのにこうするとやる気が起きるんだから、やはり生粋の男なんだろう。たとえまごうことなき「女子」を演じられたとしても、根っこは変わらないような気がする。

 俺の朝はまず、朝食と弁当作りから始まる。って五時きっかりに起床だ。「起床じゃー!」とばかりに気合いを入れておかないと、だらしない姉の世話や家事に追われて、俺さえ朝食が危うい。だからこうして目の保養も大事となる。

 俺が朝食を作り終え弁当を詰め込み終えた頃、豚がメス豚トリュフを探す時のように、鼻をならしながら起きてくる。化粧をすれば変身し、外に出ればできる女に進化するんだから、せめて人生の、女のセンパイとしてもう少し尊敬させて欲しい。

 ブラジャーを着ける姿を眺めながら、俺もあんな風に早くできるようにならないといけないのかなーとか考えてしまう。それがだいぶ女寄りの思考なのか、はたまたヘンタイチックの考えなのか、自分では判断は難しい。

「エッチ、変態」

 ……姉いわく、俺の思考は女子っぽいというよりもヘンタイらしい。エッチということは元男子高校生として否定できる事柄ではない。アレをしていたときは本当にアレだった、姉の姿でも興奮……出来たと言うか出来なかったと言うか。ともあれ、エッチであるということは否定できない。

 けれども姉ちゃんや、隠す気も更々ない女性がヘンタイと言ってもブーメランだぞ。俺は味噌汁を飲みながら、朝食を頂く姉を目を細めて眺めた。

 朝の家事をあらかた終わらせると、今のところ俺の一番嫌な時間がやって来る。それはこの時間でないともっと嫌ではあるけれど、これだけは止めることが出来ないのだから始末が悪い。

「……ちょっとユウキ、まだ目瞑ってしてンじゃ」

「姉ちゃん、放っといてってば!」

 目を閉じると聴覚が敏感になる、とは良く言ったものだけれど、まだ正しくはない。より正しく言うのならば、「嗅覚まで敏感になり、物凄く嫌な思いをする」。誰が好き好んでお小水の滴る音を聴いて、特有の臭いを嗅がなければいけないのだ。まあ、結局巡りめぐって俺が目を閉じているのが悪いんだろう。

 呼吸も止めるような俺は狭苦しいトイレの中、まさに窒息死するギリギリのところを生還する。その様子を見た姉は馬鹿を見るような目を寄越してくるけれど、この俺のいたたまれない気持ちを理解してくれなんて言わない。女の子の股を直に見るなんて、罪悪感と言うか……見てはいけないものを見てしまった気分になり、後味最悪なのだ。

 女になりたい奴、一度試してみると良い。ズボンを下ろし、股を見下ろした時に何も障害物なく水面が見えることに。股の隙間からお小水が滴る感覚を。恐らく、女になって二ヶ月ほど経った俺がこれなのだから、死にたくなる筈だ。

 ともあれ元男の俺に襲いかかる難関は、まだまだ尽きない。

 俺は壁にかけられた時計を確認しつつ、カッターシャツに手をかけた。ボタンを上から閉めるか下から閉めるか、そんなどうでも良いことに気を向けながら、俺はそそくさとカッターを着てスカートを履いてカーディガンを羽織る。女子の着替えなどと、罪悪感がマッハだ。

 特に俺の服は、もう色々な意味で「女子の服」と自分の中で定義し認識してしまっているから、他の皆よりもっと心地が悪い。いつかこの苦しみは、同じく学校の制服を着るヤマネと分かち合うことにしよう。そんなことを胸に秘めながら、俺は膨らむ胸を押さえ込んだ。

「……ちっぱいなら、良かったのに」

 生物学的には俺が女になってしまったところで「両親から生まれた子」であると言うことは証明済みQ.E.D.。だから、もしかすると両親の元に生まれた娘は全員巨乳になってしまう運命なのかもしれない。

 ……つまり「白石佑樹と全く同じ遺伝子を持っている女子」の俺は、姉のように着実と育っていってしまうかも。それは嫌だ、男だった時からもう巨乳遺伝子を持っていたとか、逃げようがないじゃないか。……くそう、お母さんめ。

 母親に良くわからない八つ当たりをして、ぐっとついつい握りしめてしまったけれど、血肉及び痛覚の宿っているのが恨めしい。胸元から手を離すと俺は溜め息をついた。

「そろそろ、時間だなー」

 外を確認すると、忠犬のように親友がもう待っているみたい。俺はリュックを手に持ち、バタバタと駆けていく。待たせるのは悪いからな。


 ●


 俺は電車にガタンゴトンと揺さぶられながら、手持ち無沙汰な片手でスマートフォンを操作していた。あまり開く程の事はなかったけれど、一誠がぼうっとしているので、せめて瞑想の時間くらい放っておくことにする。

「おう、通知ひでえ」

 掲示板、もとい非公式のアプリケーション。これが入っているイコール俺たちと同類であることを示し、まるで将軍様の紋所のようにして扱えるのだ。「このアプリが目に入らぬか」みたいな感じで。まぁせいぜい、関係者程度にだけれど。

 赤く輝く通知マークが「64」と数字を強調していた。もしこれが値引きシールだったら半額以下、ということになってしまうすごい数字。俺は掲示板を開いて、いったい誰がここまで値引きしたんだろうと覗いてみることにする。

 もっぱら現社会人アオイの独断場だった。「疲れた」とか「もぅムリ」とか物凄く辛そうな発言で埋め尽くされている。最後の方に行くとどんどんと苛烈になっていき、社会を壊してしまっても構わんのだろう……と何処かで聞いたことのある死亡フラグさえ立て始める始末。申し訳ないけど、それが相手じゃ確実に圧死する。

 俺も流石にどうこうできるとは思わなかったけれど、「高校再デビュー失敗した」と慰めのような呟きをこちらでも呟いていた。

「何だそれ、掲示板か?」

「ああ、今は小学生のシステムエンジニアが作ってくれたアプリでさ。『TSコミュニティ』、性転換トランス・セクシュアルの頭文字をとった、俺みたいな奴たちの溜まり場みたいなもん」

「それは、また」

 マナーがどうのとは言うけれど、別に背の高さの関係上一誠に見えてしまうのは仕方がない、自明……という奴だ。そもそも俺だって一誠のスマートフォンの画面だって普通に見てしまうし、あまり俺たちが気にしていないと言うのも勿論ある。

 俺が腕を伸ばして吊り掛けにしがみついているのに、隣の親友は腕を曲げ楽に掴んでいて、それだけで身長差は歴然。運動部でもないのに無駄な身長だ、と笑っていたのに俺だけ気づけば仲間はずれ。

 少しばかり俺のちみっこさに顔をしかめていると、やっと続きの言葉を見つけたらしい一誠。

「女子小学生でシステムエンジニアってさ。……カネ取れそうだな」

「ぶあっ」

 俺は吹き出した。

 ……言ってやるまいとは常々思っていたのに、まさか一誠に指摘されるとは。

 カネを稼ぐ方法としてアイドル的なものを想像してしまったから余計に笑えて、学校の最寄り駅に到着するまで口を開くことが出来なかった。口を開いたら恐らく、目の前のスーツ姿の人に迷惑になっていただろう。

 学校に着いてからの空白の時間。流石に一日が過ぎ、俺がどういう人間か解ったらしいクラスメイトは初日よりかはフレンドリーに軟化して、積極的ではないにしろ話しかけてくるようにはなった。まあ確かに、ずっと入院気味だったのに授業に追いつけている、と言う点でも目を引いたのかも知れない。

「宇季っちてさ、髪の毛サラサラだよね。何かしてる? こういうシャンプー使ってるか、とか」

「あー、多分日光に当たってないからだと思う。紫外線で髪が日焼けしてないんじゃないかな、肌も白いし……自分でもちょっと不気味だと思う」

 ぶっちゃけて言うのなら、この髪は正に「生えてきてまだ間もないもの」であって、若返ったりボロボロになったり劣化したりしている体細胞と違って「一朝一夕に誕生したもの」と言う事らしい。初々しい感じ、まだ外で日に焼いていないから痛みようが無くて、そして何より髪の毛のセットは姉に任せていたから。そのうち、自分でもできるようにならなければならないかな。宮崎ミヤザキさんに髪の毛を触られながら、そんな事を考えた。

「そんなことないよ、何かお嬢様ーって感じがする。何て言うの、気品あると言うか下品じゃないと言うか、そんな感じで。ものすごく初心で、確かに初対面で『世間知らず』って言われたの解った気がする」

 まだ一日しか経っていないけど。そんな暖かそうなほわほわとした発言をする宮崎さん、どうせなら両手で髪の毛をワシャワシャしながら言うのだけは止めてほしかった。動物扱いのような気がしてならない、トリマーの気分なんだろうか。……俺はペットじゃない。

「だよねー。アタシも最初は『何だこいつ?』みたいに思ったけどさ、何かこういう子初めて見た。イチギンと似た感じかと思ったけど、そうでもないよな」

 海好きで毎年海へ行っているからなのか、塩素の匂い漂う水泳部だからなのか、はたまた脱色しているのかわからないけど、茶髪の佐々木ササキさんも砕けた口調で話しかけてくれる。相変わらずどうして頬をつつきながら喋るんだ、俺はオモチャじゃないんだけれども。「やわらけー」とか言っているから、先ほどの感想と同じ感じなんだろう。

 まあ、流石に頬がと言うより体全体が柔らかくなったと言うのは自分でも不思議だ。体重が減ったと言うのに、それに体脂肪率もそんなに高くないのに、どうしてこんなに女子はふわふわしているんだろう?

 だからと言って俺の頬は格闘ゲームのコントローラじゃない。俺の頭はペットじゃない。曰く「イチギン」の席に座り前から頬をタップしてくる佐々木さんの手、背後を取り髪を弄ってくる宮崎さんの手。その四つの手を振り払う。

「あーそう言えば、初日からだっけムックと登校してるの」

「私もそれ気になってた! あのムックとどんな関係なの!?」

 この切り替えの早さは流石女子と言うべきか。手をヒラヒラさせながらも無口のムック、会えば大抵忘れることはないだろう人のあだ名が出てきた。

「あーあれは、そのイッセ……ムクルマ君の方が」

「今、下の名前呼ぼうとしたよね! 何々、ただならぬ関係の予感……!」

「ほう……なら。アタシは小さい頃、結婚の約束をして離れ離れになった幼馴染と言うのに予想しよう」

 俺の馬鹿。いつか聞かれるだろうと思っていたのに、つい慌ててしまってボロを出してしまう。人の失言に盛り上がると言うのは何処でも一緒と言うらしい、そんな現実逃避をしながらも俺は羞恥心に顔を真っ赤にさせた。どうもそれが、どんどん加速させていってしまうらしい。黄色い声が再び手を俺の頭へいざなってしまう。

「それでそれで、結局はどうなの!?」

 ムック。無口ムクチ六車ムグルマのあだ名であり、果たしてそれがどうして赤い雪男の名前みたいになるのかは不明だけれど、発祥が女子だから深くは考えてないんだろう。そしてそんなマスコットじみたムックがどうして俺に一目惚れしたと言う話になっているんだろう、どうして俺が小さい頃ムックと結婚の約束をしたことになっているんだろう。

 秘めた設定、それを言わなければならないんだろうか。中二病と言う程では無いけれど、嘘を言うにはそれ相応の恥ずかしさが付きまとって、もし嘘を平然とつける奴がいるとしたらそれはどれほど顔の皮が厚いんだろう。俺は顔を真っ赤にさせながらも、深く悩んだ。

「そ、それは……」

 仕方ない、俺は深呼吸をした。パソコンがファンを回すのはきっとこんな心境なんだろう、さっさと熱を逃がしてしまいたい。何度か深く深呼吸した後、俺はまくしたてるようにその『設定』を言い切った。

「あの、白石佑樹シライシユウキっていう人がいて。その人が、その……私の入院していた病院と同じところに来て、お見舞いにその子の親友のムクルマ君も病院に来てたんだよ。それでわた、私のあだ名が『ユウキ』だったこともあってさ、間違えてムクルマ君の声に反応しちゃって。それから、知り合ったん……だけ、ど」

 俺が喋ってるうちにどんどんと表情が険しくなっていくことに気付いて、尻すぼみなったけれど俺がその理由に気付いた時にはもう手遅れだった。そう言えばこの設定は「どうして一誠と仲が良いのか」を聞かれた時に話す用であって、決して元顔見知りのクラスメイトに話す用じゃなかった。……失言のオンパレード。

「ユウキ、白石……。もしかしてユッキー、と同じ病院で」

「アタシ、その……ゴメン。変なこと聞いて」

 ……あ、地雷踏み抜いた。

 今度は自分で用意した地雷を、自分で踏み抜いてしまった。これじゃどうしようもない。間抜けと言うか、余りにもずっこけ過ぎている。地雷に自分で引っ掛かるどころか、用意していた自分さえ地雷だと知っていなかったんだから。

 二か月前のクラスメイトの奇妙な「病死」、それを思い出してしまった二人はとぼとぼと自分たちの席に戻っていって、窓際だからこそ吹いてくる冷たい風が俺の体を更に縮こまらせてしまう。二人の後ろ姿も少し寂しそうだったように思う。

「……どうして宇季ちゃん、そうなっちゃうの?」

「知らない。今、少し再起不能です……」

 クラブの用事で朝からすこし席を離れていたイチギンこと一木さん、クラスのムードメーカの何割かを占める二人の元気が無い事、俺が机に突っ伏している事から何かを察した一木さんは俺の話を改めて聞いて、溜息をついていた。俺も溜息をつきたかったけれど、色々な意味でそれどころでは無かった。何だか、言葉通り高校生活の再デビューと言う概念をコテンパンにやっつけてしまった気分だ。立ち直れる気がしない。

「いや、まあ、うん。話題が駄目なんだろうけどさ。宇季ちゃんが、その……このクラスに白石シライシさんがいたっていうのを少し忘れてて、ちょっと間が悪かったと言うか」

「どうせ、自分のせいなのは解ってるから」

 何か、話題作りが致命的に下手になってしまった。男子同士だと特に何も考えずに済むのに女子相手だからこそ、変に考えすぎてしまってどツボにはまってしまっているんだ、多分。元々話下手だった、とかでは無い筈。

 ただ、相手の方も気持ちを切り替えてくれようとしたのか。はたまた時間が解決してくれたのか。四つの教科をこなしている内に、気持ちが和らいだのか。ともあれ、俺の印象は回復したんだと思う。……そう思う事にした。

 流石にトイレに誘われる、というのはそういう事で良い筈だ。

 女子のコミュニケーションは何故か「女子トイレで始まる」と看護師さんにも聞いたし、母にも聞いたし姉にも聞いた。おまけにカウンセラーの人からもシツコク言われた。そういう物なんだと、男子で言うと一緒につるんでどうのこうのしたら妙な団結感が生まれると言った感じと同じなんだと、割り切ってしまう事にする。

 苛めでなければいいんだけど。

 出来るだけ個室の外にある空間を考えないよう用を足し外に出ると、お手洗という看板がトイレでは無くこれを指しているんだろうと言う場所に二人が集まっていた。成程、女子会みたいな感じか。

「あの、朝はゴメンね! ちょっとビックリして気持ちの整理がつかなかっただけだから」

「うん、アタシ達も気にしてないからさ。ムックと宇季っちは知り合いで、家が近くだから一緒に来てる……で良いんだよな?」

「あ、ありがとう。後、うん。家が近いというのもあるけど、心配してくれてるのかさ……いっつも待ってくれてるんだ。その辺りは助かってるかな、そのお陰か未だ痴漢とかにはあって無い」

 カウンセラーの人には痴漢の人は、女の子……女の人というだけで狙うと聞いている。もし俺が可愛かろうと可愛くなかろうと、悲鳴も上げられない気弱な奴だと思われただけで痴漢に狙われるそうだ。俺ももしかするとそう見えているのかも知れない、そうなると熊みたいなムック……もとい一誠が居て助かっているかもしれない。

 ただ俺がそんな事を言えば、ぱあっと表情を明るくさせる宮崎さん。そして佐々木さん。

「ん、んん~? もしや、私の予想は大当たりですかなオリちゃんさん! 宇季っちにムックは一目惚れかもしれないよ、これは期待出来そうですな!」

「いや、アタシの読みも未だ終わってないぞ。まだ、忘れてるだけでもしかしたら幼馴染だったって事も、まだ捨てられない……!」

 どうしてもそこに持っていきたいらしい、流石は恋愛脳。そんな訳が無いだろう、と俺は目の力が緩んでしまうけれど、その話はさっさと切り替えた。本当によく解らない。

「所でさ、トイレに結構手こずってたよね。もしかして、入院中は格好良い看護師さんに手伝ってもらってたとか?」

「お、おーオリちゃん。わざわざ病院ネタに突っ込んでいくとは、中々やるねぇ……」

「いや、私も特に病院の事とかは気にしてないし、聞いてくれると嬉しいかも知れない。あ、でも看護師さんは女の人だった。結構可愛かったよ、それに……」

 病院でのことを話に振ってくれる「オリちゃん」こと佐々木さん。俺としては女子女子した話題が引っ張り出せないのでうれしいけれど、何か病院関係のネタで俺が何度も自爆しているせいで宮崎さんは少し心配気味だ。いやまあ、俺もちょっと不安になってしまうからそういう振りはやめてほしい。

「それに?」

「あの、最初の頃はずっとカテーテルでさ。こう、奥まで突っ込んだら物凄く違和感あってさ、しかも差し込む瞬間がすげー痛いの! それだけならまだしも抜いた後の方がジンジン痛くなってきてさ、もうホント退院して一週間くらいはそれだけでもう死ぬかと思った!」

「ストップストップ! それなんか卑猥に聞こえるからストップ! しかもちょっと興奮しすぎ!」

 俺が発言した内容を思い返してると、確かにカテーテルの部分以外の話がトイレの外に漏れ出ていたら、卑猥な話に聞こえるかもしれない。いや、佐々木さんが止めると言う事は佐々木さんもその事に行きついた訳で……顔を見ると真っ赤にさせていた。宮崎さんも横で平然を装ってはいるけども、若干顔が赤い。

 俺もそれに気づいて顔が真っ赤だ。と言うよりもこんな場所で何でこんなことを力説しているんだ、全然会話じゃないだろこれ……と自分が惨めになった。もしかしたら、あまりの惨めさに嗚咽さえ漏れていたのかもしれない。何故か頭を撫でられていたから。

 その後俺は正式に、二人から「話下手」の称号を頂戴した。ぜんっぜん嬉しくない。でもまあ、友達らしい友達が出来たので良しとする。


 ●


 俺は特にクラブ見学に回ったり、色々放課後に残ってやることもないので退散する。ホームルームに長引いたりしなければ教室の都合上、階段で大抵の場合は一誠と合流する。しなければ大抵どちらかが待っている。それが極自然と、今の姿でも続いていた。

「じゃあ、また明日ね宇季ちゃん」

「ん、また」

 茶道部と文芸部の掛け持ちである一木さんは終礼後はそそくさと教室を出る、帰宅部である俺も割りと早めに出る。俺は下履き入れのロッカーへ向かうので、階段の手前でお別れだ。手をヒラヒラと振ってきたので、俺も遮断機のようなぎこちなさではあるけれど手を上げて応えた。

 階段の手前にある四角い柱にもたれていた一誠を見つけると、一木さんは一誠にも同じように手を振っていた。反応は俺と同じ、まあアイツだから仕方ないだろう。

「じゃあ、宇季ちゃん、宜しくね」

「おう」

 知り合いだったのだろうか? そんなことを考えながら、開いていたスマートフォン画面を消してポケットにしまい歩き出す一誠に続いた。ムックは無口ではあるけれど、そんなに気にすることじゃない。喋るときは喋るし、そしてそのタイミングが絶妙だったり、そのお陰で何かと目立っているのだ。

 どうせ、「卵かけご飯事件」に似た奴で一木さんとも知り合ったんだろう。授業中の静かな教室に、普段あまり喋らない奴の「卵かけご飯」という声が響き渡るという不思議な現象。あれで笑うな、と言う方がムリな相談だ。

「なあ、一誠。お……私今日、話下手って言われた」

 下校の時間だからついつい気が緩んでしまったけれど、周りにはまだ制服を着た女子や男子が歩いていて話を聞かれそうだ。まだ嘘に入る「一人称」に少し抵抗を感じながら、そんなことを言っていた。

「仲間だな」

「いやいや、仲間じゃないよ。私はただ、話題を振るのが致命的に下手って言うだけで……」

 あれ、そんなことがないような気もしてきたぞ。突っかかるように一誠の前に出て顔を見て、俺がそうやって威嚇するようにしていたけれど、どうも自信がなくなってくる。喋らない奴と喋れない奴、喋れてない時点で相違ない気がしてきた。

 そんな時、俺が後ろ歩きに歩いていたせいか。いや、間違いなく俺のせいだろう。踵が持ち上がらず、俺は後ろに倒れ込むようにして体勢を崩した。

「危ないッ」

「ははっ、ビックリした。……ありがとな」

「俺がいなけりゃ転んでたぞ」

「い……いやっ、今のは一誠がいなかったら転ばなかった!」

 一誠がいなければ、俺が後ろ歩きすることはなかったし。また掴み掛かるようになってしまった。ともあれ転ばなかったことに感謝だ、転んで擦り傷でも出来たら貯まったもんじゃない。

 駅につき、定期券で電車に乗り、夕方だからこそ空いている座席に腰を下ろして、俺は面倒くささに顔をしかめる。リュックを股の間に置いて、尻の方から手をやってスカートを正す。じゃなければ中身が溢れてしまう。

 俺が一息ついて、隣に座った一誠を眺めればもう一誠はぼうっとしていた。肩を叩けば振り替えるし、話しかければ返事もする。なんと言うか、不思議な感じだ。何か考えているのか、何も考えていないのか。

 俺は今朝ほどではない値引きのアプリを開いて、今日一日の報告を簡潔に纏めて投下することにした。

『【悲報】話下手の称号を貰った。』

 その後、いくつかのコメント頂戴したが特に返事を必要としないものだったので、一誠と同じようにぼうっと眺めるだけに終わった。

 二駅、何かに集中していれば直ぐにでもやって来てしまう短いタイムリミット。だけれども一誠と同じようにこうしていると案外と長く感じられて、こうするのも悪くないな……とも思えてくる。

「あれ、そう言えば?」

「どうかしたか、宇季」

「……いや、何でもない。一誠も話上手になれよ」

「ほっとけ」

 ……一誠と話すときは特に何も考えなくて良い、そんな気がする。それほど相手の事を馬鹿にしているわけでもないけれど、どうしてか思考が空回りすることが少ないように思う。そう考えると、俺が話下手だと思わなかったと言うのにも理由がつく気がする。

 いや待て、それだけじゃ俺がちょっと可哀想過ぎやしないだろうか? 話下手だと気づかなかったと言うのならば、それは、一誠以外の誰とも話していないことになる。そんなことはない、前まではちゃんと喋れていた……筈。となれば、やはり女になってしまい、色々と考えるようになってしまっただろうか。

「なんだかなあ、一誠よ。俺はどうしたら良いだろうな」

「……何で頬をつつく?」

「いや、表情変わるかなと思ったのと、……昼間の八つ当たり」

「止めい」

 俺が場持たせ的に頬をついてみれば案外と柔らかい感触が返ってきて、そのツラは文字通り「仮面」なのか、はたまたその下に鉄板でもあるのかと思っていたから、なんだか拍子抜けだ。つつくだけでなく摘まんだりして確認したけれど、やはりそれらは確認できない。

「……気が済んだか」

「気が気じゃなくなった。そんなに仏頂面で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 俺と喋っているときは口数が多い気もするけれど、これは一誠も俺と話すのは楽しいのだろうか。あまり会話について深く考えなくても続いていく、一度途切れても極自然に復活する。もしかして一誠はもう気づいているのだろうか。

 俺と話しているときは気持ち、その硬い口角が若干上に持ち上がっていることに。

「どうした、急に顔隠して」

「いや、つ、あー……。何でもない」

 ……俺が恥ずかしくなってどうする。深呼吸をしてから平常心に戻り、雑談を繰り返す。変に気を使わなくて良い、というのはこういうことを言うのか?

 駅を降りてから、姉の家につくまでに三つある交差点のうち、二つ目で一誠と別れる。一誠は振り返りながら、手を振るか振らないかギリギリのラインをキープさせ、俺もその真似をする。

「じゃあ、明日」

「おう」

 まだ夕暮れ時、黄昏時。まだ奴の顔はうっすらとだけ確認できる。殆どが逆光と顔に出来た影で、顔のかたち以外を確認するのは難しそうだ。……これならまだ、大丈夫。

 理由不明の赤面を、アイツに見られずに済むから。

 顔の赤みがとれないと思ったら、風邪だった……と言うこともなく家に帰って夕飯の準備をしていると自然とその赤みは引いていった。

「なんだったんだろ……」


「TS娘が親友を世界一嫌いになる話。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く