TS娘が親友を世界一嫌いになる話。

闇緒恣恣

プロローグ

 俺はオンナノコになった。キンタマが潰れたとか、イチモツがもげたとかそういう次元じゃなく。……いや、現象的には間違ってはいないんだけれども。

 ともあれ俺は女の子になった。染色体が変わり、外性器の形が変わり、骨格が変わり、内臓機能も変わり、そして腹の中に子供を寝かせつけるベッドが出来上がった。そう考えると何だか、感慨深いと思って仕舞わなくも無い。男だったけど、生命の神秘が腹の中に宿っているんだから。

 俺が女の子になってしまった、という大スクープ兼大事件はマスコミの人に伏せられた。と言うか似たような現象が起こってしまった患者に対し、マスコミが以前やらかしてしまったせいで大分規制されているのだ。担当の医者から言われたことをそのまま信じるのなら、症例がさらに増えると患者のプライバシー保護法案が国会で間違いなく挙がるだろう……と。

 現在、日本に俺と同じく突如として女の子になってしまう病気にかかったのは、確認されているだけで五人。うち初めの発症者である一人は過剰なマスコミの生活侵食、ヤラセ、脅迫、強姦未遂、虚偽の報道、ただでさえ生物学的にしっかりと証明されている「ホルモンバランスの異常」で精神が不安定だったのに、それらが波濤のように押し寄せて来て……その人は自殺してしまった。元七瀬信也ななせしんやである少女は、少女として法的に自殺者として処理された。

 マスコミが俺たちに対して強く出られないのはそういう事もあって、報道には半ば強引ではあるけれど規制がかかり、俺たちのプライバシーは病院に保護されている。今の俺たちの平和が保たれているのはユートピアなんかじゃあ決してなく、一人が徹底的に追い詰められ「生贄」となった先に出来上がったディストピアと言うのが正しい。

 俺だって、七瀬さんの遺族から話を聞いた時は驚いた。全国からこそりと俺を含めた四人の「患者」が集められて、一体何があったのかを知らせられた時には。

 誇張であってほしい、そう思わざるを得ない所業の数々だった。カネで雇った男たちに襲わせて、その瞬間の絵を写真に収めようとするなんて。隣にいた人の言葉を借りるならば「気色悪い」、意味不明だ。その上数少ない心を許せる友人とは「恋愛」なんて言う報道のされ方をして、二人はホモと笑われたらしい。

 俺が女の子になっただけで目まぐるしく変わっていく世界。いや世界は残酷なまで何も変わっていない、ただ俺の立場がコロコロと転がって行ってしまっただけ。それだけで今までユートピアだったこの世界が、ディストピアにしか見えなくなるんだから……恐ろしい。

 時々当たり障りのない報道をするメディアはこの事件の事を、「七瀬信也事件」とも言っているけれど、そのどれもが核心に至っていない。「痛ましい」、それくらい何が起こったのか聞けばわかる。女の子になってしまったと言う本人にとって天変地異の大事件を、ただ引っ掻き回すだけ引っ掻き回して自分たちの突いたものが肉塊になってしまった事を上手くはぐらかしているようにしか見えない。

 俺たちに物凄く関係はあるけれど、耳を塞ぎたくなるようなことばかりだ。

 俺たちは独自にネットワークを構築した。女の子になってしまった俺たちが情報交換をするついでに、愚痴を語り合うようなそんな感じの掲示板っぽいものを。元システムエンジニア、現女子小学生の子が作り上げたそれは、そんじょそこらのSNSで時々話題にされる「尾ひれ背びれの付いた俺たちの話」が見えなくなる分、中々に快適だった。

 自分たちがモチーフの人魚を眺めるのは恥ずかしくもあるし、勿論の事腹立たしくもある。見世物小屋で飼われている気分になってしまう。

『なあ、スカートに抵抗ある奴挙手』

 現女子小学生の子が話題を振り始めた。俺はベッドで横になり、寝る前と言う事もありブラを外しているから胸が若干押し広がっているのが気になって、仰向けになってからスマートフォンを再び操作した。

 全員一致、『ノ』の字。俺だって制服とは言えスカートを履くのは苦行そのものだ、男の時の感覚で言うならスカート履かされるようなもの。……同じか。

 他愛も無い話をすることもあれば、普通にそこらで生活している女子たちには何気ない事だとしても俺たちにとっては恐ろしく重要な事が話題に上がることだってある。女の子になってしまう時、一体どういう姿になってしまうのか。規則性は殆ど解っていないけれど、俺たちが一番危惧している事は……例えば、生理。

 話題に決して上げないけれど、皆総じて生理を恐れている。俺だってそうだ。細胞劣化具合から換算して肉体の年齢が小学生、と言われてしまった驚異の若返りを見せたシステムエンジニアは未だかも知れないものの、若干の身長低下と体重の減少はしたものの未だ「高校生」の分類に入る俺は明日にも起こるかもしれない。……いやもしかして、皆はもう起こっていて言いたくないだけなのかもしれない。

 ついつい、指が動いてしまった。

『生理、いやだな』

 その後、色んな意味で掲示板は阿鼻叫喚の嵐となってしまった。ただ文面を見る限りではまだ誰も生理に遭遇してしまったと言う事は無いみたいだ。そんな事を思っていると、俺宛に話題が振られてきていた。流石に五分もすれば落ち着くらしい、流石男子。

『そう言えば、ウキ。高校同じところだけど、大丈夫なの?』

『大丈夫大丈夫、口の堅い親友には言ってあるから。後、何人かの先生にも』

 今日こそこんなにこの場所が賑わっているのも、もうそろそろ自宅療養の時期が終了するからだ。皆が口々にそれ以降の不安を口にする、特に私立の女子小学生の『ヤマネ』と女子高校生である俺こと『ウキ』は制服と言う事もあり不安が爆発中だ。他二人は私服の大学だったり、社会人だったりしている。

 また明日から、静かになるんだろうな……。或いは、明日からは忙しくてこっちには行けそうにないな……。そんな事を考えながら、俺はスマートフォンの画面を切り、足元の方へと放り投げた。


 ●


「お早うございます。……これから宜しく頼む」

「おう。直ぐに素に戻ってるぞ」

「お前だから良いの、転校生だからもう少し口調は気を付けないと駄目ですね」

 俺が大きな背中を追いかけて、スカートを揺らして登校する。歩くたびに膝にスカートがすれてぞわぞわとするけれど、気にしては駄目だ。慣れないといけない。そんな事もあり、出来るだけ我慢して『親友』と話をした。

佑樹ユウキ……じゃなくなったんだっけ。宇季ウキ

「別にユウキで良いよ、白露宇季シラツユウキだから」

 白石佑樹シライシユウキという人間は多分、生物学的には存在しているだろうけれど、社会的にはもう存在しない。病死として処理され、戸籍上は白石家と全く関係のない白露家の人間として俺が存在していた。

 歩幅の小さい俺が親友に追い付くため走りだし、追い付けば道路の端に追いやられる。俺がむう、と頬を膨らませるけれど、それをちらりとだけ見た親友は相変わらず仏頂面で、小さく溜め息をついていた。俺もその後に続く。

 親友、六車一誠ムグルマイッセイとこの姿で会うのは一度や二度じゃない。初めこそどぎまぎしていたけれど、俺が自宅療養と言われる前……入院している時にも律儀に見舞いへ来てくれた。俺のこの姿にも慣れてきた、と言っていた。まあそれでも、無反応とは詰まらない。仏頂面を歪ませたい、というのは誰の心の中にもある邪心だろう。

「……何だよ。寝癖でもついてたか」

「いんや、相変わらず無表情だなと思って」

「ほっとけ」

 俺は今、自宅とは別の家に住んでいる。他の患者たちもそうだ。担当医の家だったり、自立した兄弟姉妹の家だったり、親戚……或いは知り合いの家を間借りしていたり、家族が新しく家を借りてくれたり。俺は自立した姉の部屋に住まわせてもらっている。

 幸い学校からはそんなに離れていないから、こうして同じく地元の高校を受験した親友と通学できるようにはなった。ただ、俺は「一緒に学校へ行こう」何て言ったことはなかったし、行くつもりもなかった。ただ、家を出ると姉が知らせていたのか、待ってくれていた。

 生憎ずっとポーカーフェイス染みた表情を一誠は保てているというのに、俺と言う奴は笑顔で有り難うと言うべきか頼んでいないと怒るべきか、百面相のようになっていたように思う。それでも気にせず、ゆっくり横に歩いてくれているのは、間違いなく嬉しかった。

 全く、何でお前はそうなんだ。

「……ありがとな。心配してくれて」

 俺は今朝、家を出た直後に親友の姿を見つけて姉に掴みかかった。姉の住所なんて親友は知らない、そもそも俺すら殆んど知らなかったのに。だから、「姉さんの差し金だろ」と。

『一誠くんから聞かれたの。心配してくれてンじゃない?』

 そう返ってきたんだから、恥ずかしい。幸いにもこの辺りは隠せているらしい、あからさまに顔を隠す自体にならなくて本当に良かった。俺は少し早めに歩いた。

 特に隣から返事は返ってこない。

 電車に乗って二駅のところに、高校がある。姉の家に行っても最寄り駅が変わらなかったのは、姉もこの辺りの利便性をしっかりと理解していたからなのかもしれない。ともあれ、俺は「六車一誠」と一緒に校門を潜っていた。

 ……視線を浴びていたのは、そのせいか。校門を潜ってろ過された周囲のおかげで、注目されている理由がはっきりと解った。

「話し合わせろよ。……じゃあムクルマ・・・・君、ありがとう……ね」

 俺は小さく一誠に耳打ちをして、ほんの少しだけ声色を持ち上げた「女子っぽい声」で、わざと間違えた苗字で一誠の名前を呼んだ。迷った末に、ほんの少し語尾を丸めた風にして続ける。仏頂面が崩れ、きょとんとしている親友の姿を目に納めた。

 ……敬語はもっと目立ってしまいそうだ。

「ムグルマだっての」

 親友の崩れた表情を見られただけでも良しとするか。そんなことを思いながら、案外すんなりと女っぽい声が出せた喉を労るように撫で、少し表情が崩れているのを理解しながら職員玄関の方へ向かった。

 一応上履きのスリッパは買ってあるけれど、下履きのしまう場所を教えてもらっていなかった。見知った教師から「転校生」として扱われる感じは中々に新鮮な体験で、楽しかったと言える。靴のしまうロッカーは余り物である端っこにちょこん、としまってくれと言われた。

 さて、俺の相変わらずな教室へ向かうかー。そんなことを考えながら、ふらふらと校舎の階段を上がっていると、一番よく知る先生とすれ違った。俺の事情を話してある、数少ない一人だ。

「お、ゆう……じゃない。宇季だったか、久しぶりだな。制服似合ってるぞ」

「からかわないで下さい。まだ一週間も経ってません」

 佐伯サエキ先生は俺の元担任で、現担任となるお方。俺の事情を知っていて欲しい最重要の大人だ。流石に「秘密をダシにエッチな要求をするかもしれんぞ?」と冗談混じりに言われたときは、どういう時もこんなノリなんだとドン引きしたけれど。

 ともあれ、見知らぬ生徒が見知った先生と話しているのは注目を浴びるようで、立ち止まって見る人もちらほらといる。

 俺が教室へ入ろうとするまでにもう数人くらい、他人行儀に「転校生です」と言ってしまった。そんなに目立つもんかね。皆人の顔を覚えすぎ、とも言える。

「私、一木綾乃イチギアヤノ。宜しくね」

 俺が席に座ると同時に、女子に話しかけられる。

 高校生ともなれば、朝に纏まって自己紹介をすると言うわけでもない。学校側でも、一人のために時間を消費するわけにもいかない。それが案外楽か、と聞かれればそうではないんだけど。

 一木さんは前の席。横と話せば良いものを、腰を捻り足を外に出してわざわざ後ろの俺に話しかけてくる。転校生がくる、ということは事前に知らせてあったらしい。変な視線は刺さるけど、「何だこいつ」みたいな目で見られていなかったからまだ数倍マシ。

「お……私は、白露宇季、です。えーと、よろしく」

「涼しそうな名前だね、ウキって響きも何か好きかもー」

 ポニーテールを揺らしながらそんな感想をもらす一木さん。

 俺としては何とか「ユウキ」と呼ばれても問題ないように考えるのが精一杯だった。後で「宇季って変じゃね?」とか思ったけれど、皆があだ名でユウキと読んでくれればそれで良いかと高を括っていた。

 まさか、「ウキ」という名前が女子に受けるとは思わなかった。今でも呆然としている俺に話しかけてくれている一木さんは「宇季ちゃん」と連呼しているんだから、どうしたら良いだろう。

「……あ、の。宇季って変じゃないですか、ユウキで良いですよ?」

「あぁーなるほど、白露のユに宇季ちゃんのウキでユウキ」

 成程とは言ってくれても、なぜか変えてはくれなかった。まあいいけどさ。

 普通にまっとうに登校している俺や一誠は、授業開始のチャイムまでは二十分近くあり、授業が始まるまでに徐々に増えていくクラスメイトから次々に話しかけられた。自己紹介、来歴、何が好きなのか。初めから決定していた設定から絞りだしながらそれらに答えていくのは気が楽だったけれども。

 真面目な一木さん以外からはお堅いイメージを持たれてしまったようで、何故かあまり話しかけてこなくなった。昼休み頃になると、特に誰かが話しかけてくると言うようなことは無く、時々別クラスの子が「転校生?」と小さく聞いてくるくらいになった。

 自分の席で弁当を食べるタイプの俺は、同じタイプらしい一木さんと向かい合って食べることに。手作りだとまた味が変わって感じるんだから、料理は奥が深いな……と、女子に染まってしまいそうになる自分に恐怖を感じた。

「皆、飽きるの早いなー」

「いや、それは宇季ちゃんが『今まで入院ばっかで世間知らずだから』って言ったからじゃない?」

 パチ、パチクリ、と。俺は何度か瞬きをして、その自分の口から発した言葉と、全く同じ音なのに別のニュアンスに聞こえる一木さんの言葉を比べてみる。

 ……なるほど。俺は言葉に詰まりながらも、皆が話しかけてこない理由を理解した。俺としては「変な行動をするかもしれないけど、仲良くしてください」と言うつもりで言っただけなんだけど。皆に目を合わせようとすれば、男子はともかく女子まで不思議な表情を浮かべていた。

 どうしよう。

「……高校生活、再デビュー失敗したかも」

 いやまあ、確かにそれこそ「異星生命体」ならず「異性生命体」の女子として学生生活が始まるんだから、出来るだけ障害無く過ごしたいじゃないか。女子の苛めにも遭いたくないし、クラス包みの苛めにも遭いたくない。だからと言って孤高を極めて、ボッチになるのもご免な寂しがりだと自覚しているし。正直当たり障りのない、正に「普通」の一生徒として受け入れられたら良かったんだ。

「そんなことないんじゃないかな」

 一木さんとは以前から話していたけれど、一木さんほど優しい女子に今まであったことないように思えてくる。今でも優しく言葉を投げかけてくれるんだから。親友の一誠の場合、それが剛速球なもんだから思わず投げ返してしまうんだけど。

 女子になったから、男子にも戻れるんじゃないか。そう思っていた時期もあった。だけど細胞の経年劣化を主とした身体検査の結果により、『余地』の無くなった俺達に戻れると言う可能性は恐らくゼロだと言う結論が出た。だから、どんなに辛くともこの姿を受け入れるしかなく、そして俺は受け入れた。

 小学生となってしまった「ヤマネ」は女子になった以前に子供になったストレスで胃潰瘍になったと聞くし、元は俺と同い年位で今は社会人の「アオイ」は慣れない環境で不眠症になったと聞く。そう考えると俺や「サクラ」はまだマシな部類なのかもしれない、まだ。

 花の女子高生デビュー……ではなく、茨の女子高生デビューを果たしてしまったけれど、まだこれは初日だ。学生の本分で言い換えると、まだ以前の授業の復習段階、未だ単元すら進んでいない。

 俺は一体どうなってしまうんだろう。俺は教室の端の端で、こっそりと嘆いた。

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