~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実の愛を誓います。

簗瀬 美梨架

謚の待つ幸せへ――

***

 ――わたし、どんな顔でしたっけ? ティティは小さくなって、ぼんやりと〝考えて〟いた。


『ええと、もう一度言ってくれない? 婚約者と兄って何? 何がおかしいの。わたしは、もう一度説明を、と言っているの』


『いや、コブラがな……よくもゆっさゆっさ揺れるものだと。話もままならん』

(わたしの頭を笑う男は誰。〝コブラ頭〟失礼ね。そうそう、コブラは国の象徴。どこかの王女だったのかも……)

 記憶をぼんやり辿りながら、ティティは過去をやり直していた。

『王女。王女が無事であることをあんたの両親は望み、地を去った。自分たちの命は構わない。だから、ティティインカを助けてくれと。ラムセスはあんたを殺そうとはしていない。――俺と結婚することが、たった一つの生き延びる術だと理解しろ』

 ――これ、誰だっけ。

(ううん、容姿は覚えてる。肌は、小麦色で、ちょっと砂の匂い。でも、とても好き。貴方を好きな、わたしが好き。抱かれて、愛されるわたしが好き。だから、ちゃんと言うの、見ていなさい。ファラオの娘の覚悟)


〝ばかばかばか。無鉄砲の考えなし! 絶対離縁してやる! そもそもイザークがいけないんだ。そう、すべてイザークがいけない! 月が泣いてるのも、裁きなんて世界も! 夜が怖いのも、光が少ないのも、この変な気分もぜーんぶイザークのせい〟

 ――イザーク。そうだ、わたしは彼と一緒に生きた。


「ティティ、ずっと、これで一緒だ。もう理を探す必要もねえんだ」

 透き通ったティティの心に、呪力が満ちる。魂まで、全部が愛される奇蹟。


 わたしは知っている。愛が満ちる瞬間を。受け入れて、驚く体内の嬉しさも。ぽーんと魂が飛び去るほどの甘い快感も、愛情も。


 ――そう、わたしは愛されている。だから、悪諡なんかには負けないの。

『サアラさま、わたしたちの愛は、裁きなんかに負けない』

(イザークに辿り着くまで。だから、この想いは渡さないの! ぽつんと残ったわたしの心臓。これが、全て――今、行くわ、わたしが、こっちから飛び込むわよ。あたしわかった。好きな人の傍で、自分が在ることが何よりの幸せなのだと――)


***


 眩い光。ぱち。ティティは眼を開けた。四肢がだるい。炎が眩しくて、熱い! 


 唇の感触。眼の前にはイザークの優しい瞳。火影の中で、愛おしい姿が揺れた。


「ティティインカ! ティティ……俺の、妻……一緒に、生きてくれるな?」


 お互いしか眼に入らなかった。イザークの全てしか、ティティに飛び込まない。

「もちろんよ! わたし、もう離れない!」腕に飛び込んだ。言葉など、要らなかった。天秤が大きく揺れ、崩れた。「こっち」とマアティが二人の腕を引いた。

「もうすぐ、この業火の世界をマアトさまは破壊します。時間はないけれど、失敗すれば、帰れなくなりますぅ。……それでも? 今なら無事に帰れるのに」

 イザークがいつになく口調を強くする。大きな天秤が空中に浮いている。不思議。

「俺は確かに、マアト神に赦された。もう一つ天秤に量らせたい罪がある」

「わたし、記憶が……あの、天秤ってなに」

「記憶の剥離だ。戻ったら説明する。ティティ――ちょっと待ってろ。ちょっくら罪人海へ行って来る」

 ユラユラと揺れる悪諱の束が、ティティとイザークを狙っていた。

(うう、怖い。でも、わたしはもう王女じゃない。手車くらい押せないと!)

「わたしも、手伝うわ!」
「だから、王女に頼んでいいか、迷うだろ! ……これ、前も言ったな」
「荷物載せすぎの駱駝に逃げられた手車! ――思い出した……」

 イザークは破顔して振り向くと、強くティティの腕を掴んだ。

「よし、一緒に頼む。俺の弟をこの中から探し出して、助けてやりたい」

 火影がひとつ、揺らめいた。イザークの声に呼応している。そうだ、名前はクフ。

 ――テネヴェでイザークがいなくなった。憎しみ合いの日々がなかったら……。

「イザーク。諱を呼んであげて! きっと届くわ! この世界で嘘は駄目」

 イザークは頷くと、炎の海に飛び込んだ。ちりちりと熱で頬が焦げ始める。


「スウト、還ろう! もう逃げない。置いて行かない。父を殺したは、おまえが殺されるが嫌だったからだ。俺は兄として、おまえを大切にしたかった。一番に伝えていなかったな――」


 すいっと霊魂が炎に潜り込んだ。「往生際の悪い!」とイザークは唇を噛みしめ、手を突っ込もうとした。


 ――あんた、焼け焦げたいの? 見てられないわね。


 優しいアルトトーンの声。「ネフトさま!」炎の中、透けたネフトが見えた。ネフトは諱を剥がされた小さな霊魂アクを掬うと、ゆっくりと姿を現した。


「ネフトさま! ネフトさまだ……! ずっと、見ていてくれたの!」
 ネフトは頷くと、業火の世界を眺めた。



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