~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実の愛を誓います。

簗瀬 美梨架

黒炎の聖刻文字に導かれた逢瀬

 一心に自らの妻を呼ぶサアラの横に、ティティも並んだ。怖ろしい怨念だ。手を向けただけで心を引き千切られそうな。諱は生きている。世界を繋ぐ生きた証。

(そうか、ここに眠った人たちの思念……それなら、どこかにイザークもいるはず)

「――イザーク、わたしの、愛する夫、いつも、大切な、わたしの恋人……」

 同じく呟いてみた。サアラがモノ言わぬまま、ティティを見る。

(違う、イザークなんて恥ずかしさで呼んでいては駄目。諱を今こそ呼ばなきゃ。諱は世界が生きて行くことを許した証。何より、大切にするべき霊魂アクの姿)

「イホメト……愛する人――……世界で、たった一人。一緒に生きて行きたい」

 オベリスクが揺れた。「続けろ」サアラに頷いて、ティティは名を呼び続けた。


 右眼が揺らぎ始めた。世界がゆらゆらと剥がれて遠ざかる。オベリスクは業火にくるまれていた。罪を焼くための業火。怖ろしい罪の炎だ。

「イホメト、イザ……イホメト、お願い、わたしの手を引いて、世界に連れて行って!」

 オベリスクの下部、傷つけられたイザークの諱が悪の聖刻文字になった。背筋がぞっとする。触れるも躊躇したティティにサアラがとうとう告げた。

「聖刻文字イホメトとは悪魔の意だ。イザークはヴァベラの悪の民。歴史の破壊者の運命を背負っていた。彼は役目を果たした。テネヴェの民に悪意を甦らせ、煽動した。そのため、マアト神は数年前に大規模な裁きを行った」

 ティティの眼の前で、悪の文字がユラユラと揺れては遠ざかった。

「我ら神は絶対に未来への汚点を残さない。だが、汝らが罪を背負ってくれるならば未来は変えられるのではないか。神と違って、人は生きて償えるのだと知ったばかりだ。だから我らは汝らを信じる判断をし、我が妻は汝の恋人の側に飛んだ! ティティインカ! ありったけの呪術を使いたまえ。身を滅す覚悟でだ。我が妻との繋がりを無駄にするなら、我は汝を許さない」

 イザークの命は炎の中で揺れていた。業火の檻がイザークの諱をしっかりと檻に閉じ込めている。隣にあったクフの諱も一緒に剥がれ、漆黒の悪の命になった。様々な諱がオベリスクから剥がれ堕ちては、業火に巻かれて消えて行く。

「イホメトの諱を、彼を、ううん。最愛の夫の命を返して!」

 喉が焼け付きそう。声帯が裂ける程、念を込めた呪声ヘカに見えぬ眼が反応する。

 ぼんやりと人影が炎になって揺れた。炎はイザークの容の火影になった。薄れた向こうに灼熱の空が見えた。


 ――ティティ? 


 炎が揺れた。ティティは赤く融けた光炎に頭を撫でられた。

「イザーク! ううん、イホメト! わたしを引き寄せて。そっちへ行きたいの」

(業火の中イザークが腕を伸ばしている。もう飛び込める近さ……逢いたかった)

「今、行く! そっちに、行きたい」絞り出した声の背後。心の奥底で声が響いた。

〝彼は、罪の逃げ場所にきみとの恋愛を選んだに過ぎない〟

〝本当に?〟〝愛している。真実マアートかどうか、測ろうか――……〟

 突如マアト神の声が炎を揺らした。ティティは小さく蹲った。

「わたし、行けない……だって、神さまが……わたしたちの愛を拒絶するの……」


 ティティは腕を伸ばせなかった。ほんの一瞬の緩みに、無数の翅が降ってきて、イザークとティティの間を遮断した。マアトの翅が、大きく膨らんで大気を埋め尽くす。


(マアト神の翅! イザーク、埋もれていく!)

「ティティ、ティティインカ――っ! 邪魔、すんな!」


 イザークは翅を掻き分け、ティティに千切れるほどの勢いで腕を伸ばした。ティティも手を伸ばした。(指先、触れる)業火が喉を鳴らすティティの頬を焼き、イザークの腕をも焼く。でも焼かれても構わない。サアラの牽制の腕が伸びてきた。

「ティティインカ、引け。マアトにはまだ敵わぬ!」
「いや!」
 ティティインカは涙目で腕を伸ばした。千切れてもいい。体が消し飛んでも構わない。
 イザークの指がティティインカに触れた。黒のアンクの黒煙が二人を取り巻き、轟音が口を開ける。

「うああああああああああああ……ティティ、もうちょっと、だ……。今更なんだ。神になど負けるか。俺は悪でいいさ! 良い子になって神に可愛がられるよりいい!」
「お願い、邪魔をしないで! お願い、あたしたちを認めて! マアト神!」

 イザークの二の腕が伸びてきた。
「――ッラァ!」
 勢いよく引き寄せられた。懐かしい感触。サアラの腕が消えた。
 炎に捲かれて、もう永遠に離れたくない――。


***


 炎の中で、良く知っている唇を涙ながら重ねた。もう口づけしか考えられなくて、強請るように腕を首に巻き付けた。ユラユラとぼやける業火の中、ティティは告げた。


(このまままた、一つになりたい、ここで、して)
(きっと炎が隠してくれるさ。神に反逆してやろうか)


 しかし、逢瀬は一瞬だった。
「きゃあ!」声と同時にティティは突如起こった磁気嵐で業火から引き剥がされた。


『無闇に世界を繋げられては困る。罪人アザエル、諱を利用するなどもってのほかだ』


(マアト神!)マアト神は無間の大地で、イザークを引き摺り堕ろすと、剣を向けた。

『永遠に、鳥籠へ。裏切り者と一緒に吊るし、永遠に滅す』


「いや! イザーク! イザーク――っ!」

 逢瀬は一瞬だった。イザークは叫び声を上げて、炎に落ちた――。

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