人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
98 そして復讐譚は幕を閉じる
地面から生み出される機械兵に取り囲まれ、僕たちは一見して絶体絶命のように思えた。
ただの人間だったら、ここで兵に殺されておしまいだろう。
「やはりこう来ましたか」
予測していたようにプラナスが言う。
僕にとっても、大体予想通りだった。
あれぐらいで水木が諦めるとは思えなかったから。
エリュシオンという単語すら知らない彩花は、不安そうに僕の腕に抱きついた。
「大丈夫だよ、彩花。あんなやつどうってことないから」
「ほ、本当に?」
「うん、すぐに脱出できるから辛抱してね」
頭を撫でてやると、目の端に涙を浮かべた彩花は安心して笑みを浮かべる。
「いいのですか百合、対抗しなくても」
「そういうエルレアだって」
彩花と触れ合う僕の背後で、百合とエルレアが何やら話している。
「今さら嫉妬するような仲でもありませんので」
「じゃあ私も一緒。岬は私のこともちゃーんと愛してくれてるもんねっ」
ほんと今さらだ、仮に彩花が隣に居たとしても、2人への気持ちが変わるわけじゃないのに。
あえて言う必要もないかと思ったけど、一応振り返って伝えておく。
「もちろんだよ、百合、エルレア」
すると、百合は白い歯を見せつけながらにかっと笑った。
エルレアも両頬に手を当てながら恥ずかしそうにしている。
「いちゃいちゃしている暇はありませんよ」
「どうするんだプラナス、脱出ルートはわかっているのか?」
「安心してくださいアイヴィ。脱出ルートなんて必要ありませんよ、こじ開けますから。それで行けますよね、シロツメさん?」
それも同じく、”もちろん”だ。
魔力回復している、気分も高まっている、いつにない全能感で溢れている。
今の僕になら、壊せない物は何も無いような気がしていた。
なら、この気分が続いているうちにことを終わらせなければ。
僕は手を天にかかげ、その名を呼んだ。
「ウルティオッ!」
光が僕を包み、熱にも似た力が内側から湧き上がる。
体内のグラティアが活性化、肉体を変質させ、黒き復讐者が最後にして最大の役目を終わらせるため、この世に顕現する。
「シヴァージー・マギア!」
まずは脱出口を切り開く、エリュシオンをぶっ壊すのはその後だ。
「っはあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
壁に向けて、両手の手甲剣を振るう。
ズウゥゥゥン……。
切り離された壁面が、重く低い音を立てながら地面に落ちる。
感触はちょっと硬いぐらいか、これならウルティオじゃなくても問題なく切り進めそうだ。
「では、私たちも行きますか。アイヴィは……アニマは使えないはずですよね。大丈夫です、私が守りますから」
「今度は私が守られる番か」
「今までのお返しですよ、思う存分受け取ってください――さ、行きましょうかレスレクティオ!」
プラナスがアニマを発現させる。
それに続いて、百合、エルレア、そして彩花もそれぞれのアニマを呼んだ。
「また岬と一緒に過ごせるなんて思ってもなかった。いじわるだよね、先に教えてくれれば良かったのに……ま、でも今は素直に喜んで、んで復活記念に大暴れしよっか、イリテュム!」
「全てを取り戻し、そしてミサキが隣に居る私に怖いものなどなにもありません! 彼と共に全てを壊し尽くしましょう、脱出して思う存分縛られましょうっ、テネリタス!」
「今もまだ信じられないけど……こうして生きられる、岬くんと一緒に居られる、これ以上に幸せなことなんてないよ。だから、私も隣で一緒に――マグス」
三本の光から現れるのは、桃、白、黒、3色のアニマ。
イリテュムは早速分身を生み出し、ミセリコルデで壁面の破壊にかかる。
テネリタスは久しぶりの手足に戸惑いながらも、新たに得た凶悪な鈍器の武装を振りかぶった。
マグスは可変ソーサリーガンを殲滅形態に変形させると、威力の高い銃弾をぶっ放す。
計5機のアニマが大暴れすることにより、演算室は瞬く間に破壊されてゆき、ある程度広くなった所で――
「メルクリウス!」
味方を巻き込まないことを確認すると、僕は最大威力の武装を放つ。
そして艦内に出来上がる、巨大な空洞。
世界を滅ぼすほどの力を持っているはずの戦艦に風穴が開くのは、もはや時間の問題だった。
◇◇◇
脱出口をぶち開けると、僕以外のメンバーは一足先にエリュシオンから脱出する。
艦内に1人残された僕は、徐々に高度を下げつつある艦を完全に破壊するため、そしてとある人物を救い出すために、艦橋に向かって壁を斬り進んでいた。
今さらどんな顔をして会えばいいのかわからないけど、モンスで僕が言っていた、”ソレイユのことを気に入っている”という言葉は嘘じゃない。
言ってしまえば、それは僕のエゴだ。
彼女から生きる気力を完全に奪ったのは僕の仕業で、だから言い逃れ出来るとは思っていないのだけれど――彼女にはどうしても、生き残って欲しいと思ったんだ。
嘘じゃない、思いつきでもない。
少なくとも、プラナスと出会ったことでオリハルコンの汚染から逃れたのは事実なんだから。
ウルティオの腕が艦橋付近の壁を突き抜けると、僕は部屋の中を覗き見た。
そこに、彼女は居た。
まるで人形のように手足を投げ出し、壁に寄りかかって座っている。
エリュシオンと共に死ぬつもりだったんだろう。
「ソレイユッ!」
手を差し伸べながら彼女の名を呼ぶと、その視線はゆっくりとこちらを向く。
浮かぶ表情は、”困惑”だった。
「ミサキ……なの?」
「そうだよ、ソレイユを迎えに来た」
「なんで、今さら。さんざんあたしを裏切ったくせに……」
「そんなつもりは無かった、って言っても信じてくれないんだろうね。自分で言ってて反吐が出そうだし」
彼女を利用したのは事実なんだから、僕はまずそれを認めなければならない。
認めた上で、それで自分のエゴを突き通す――って余計最悪だな。
「……信じてないわけじゃないよ」
けど意外な事に、ソレイユはそう言った。
ほんと、どこまでも善人なんだなこの人は。
「町を壊滅させた時、あんたらはあたしの両親を殺した犯人をもう知ってたんだろ? その上で、私だけを生かしたんだ」
「まあ、それはそうだけど……」
「あの時、もしも町が壊滅してなかったら、あたしも王国のみんなみたいにおかしくなってた。仮にならなかったとしても、エリュシオンの砲撃で死んでたんじゃないかな」
「そりゃ、うん……」
こうも素直に受け入れられると逆に困るな。
騙されたって変わらないんだね、ソレイユは。
「けどさ、あたしはもう良いんだよ。嘘だろうと事実だろうと、もう、どうでもいいんだ」
そう言って、ソレイユは再び視線を逸し、虚空を見た。
とっくに自分は死体なのだと、主張するように。
わかってたよ、こうなることぐらい。
資料を見せれば、確かにソレイユは寝返ってくれるだろう。
でもその代償として彼女の心は壊れてしまう。
理解した上で――利用した。
なら死を選ばせてやるのが優しさってもんだろうけど、今までだって僕に優しさなんてあっただろうか。
王国の人間を皆殺しにしてきた人間に、そんな物を期待する方が間違ってるんだ。
「や、やめろ……離せぇっ!」
僕はウルティオの手を艦橋に伸ばし、ソレイユの体を掴んだ。
「離せっ、離してぇっ、あたしを死なせてよぉ!」
「ソレイユならきっと新しい居場所を見つけられる! こんな所で命を無駄にしたらいけない!」
「そんな綺麗事、今さら言われたってどうしようもないだろ!?」
全くもってごもっともだ、なら言い方を変えよう。
「じゃあ綺麗事はやめる。僕が嫌なんだ、僕が気分良く復讐を終えたいから、ソレイユには生き残ってもらわないと困る!」
「そんなのあんたの都合じゃないか!」
「だから何? これまでだって僕は自分のエゴを突き通してきたんだ、だったら最後までエゴは突き通す。ソレイユには生きてもらう、生きて幸せになってもらう!」
「離せええぇぇぇぇぇっ!」
ジタバタと暴れるソレイユだったが、その程度でアニマの握力をどうこう出来るわけがない。
大体、本当に逃げ出したいんだったらナグルファルを呼び出せばいいんだ。
そうしないってことは――と結論付けるのは、ちょっと都合が良すぎるだろうか。
まあ本気で逃げないんならそれでいい、このままエリュシオンを脱出しよう。
さすがに損傷箇所が多すぎるのか、艦体は徐々に地面に近づきつつある。
この巨体が落ちれば、周囲を巻き込んで大きな被害をもたらすだろう。
みんなはもう逃げたから大丈夫だとは思うけど、僕もある程度余裕を持って脱出しないと。
来た道を逆走しながら出口へ向かう。
時折、天井から落ちてきた瓦礫で道が塞がれていたけれど、問題なくシーヴァージーで切り払うことが出来た。
外は近い。
ついに青い空が見えてくると、ソレイユは放心状態で呟いた。
「ああ、また生き残ってしまうのか、私は……」
◇◇◇
墜ちる、墜ちてゆく。
愚かな男の下劣な願いを込めて飛んだ船が、欲望の果てに墜ちてゆく――
ゴゴゴゴゴゴ……ズウウゥゥゥゥウウウン――
僕は手のひらの上のソレイユと共に、そのさまを上空から見下ろしていた。
広範囲に暴風と砂埃を撒き散らしながら、ついにエリュシオンは地面に触れる。
巨大な船は無事着地――というわけには行かない。
自らの重さに耐えきれず、折れ、潰れ、砕けていく。
もはや現代の技術では、あの船を蘇らせることはできないだろう。
エリュシオンさえ消滅すれば、その力を手に入れるために作られたオリハルコンも役目を終える。
人類は――もう、同じ過ちを繰り返しはしないはずだ。
……そう、思いたい。
末路を見届けた僕は、地上の離れた場所からその様を観察していたプラナスたちと合流する。
こちらに向かって元気に手を振るテネリタス。
エルレアは、思う存分手足のある身体を満喫しているみたいだ。
「おかえり、岬」
「うん、ただいま。みんな無事みたいでよかった」
「こんな所で巻き込まれて死ぬわけにはいきませんからね」
プラナスの言葉に僕も頷く。
確かに、せっかく生き残ったのに情けない死に方だけは避けたいもんだ。
とは言え、さっきのエリュシオンの墜落はかなり洒落にならない規模だったし、うっかりってこともありえたのかもしれない。
「ねえ岬くん、その手に乗ってる人は、誰?」
「ああ、彼女は……」
彩花にはどう説明したものか。
ひとまず、僕はソレイユの身柄をプラナスに引き渡した。
「まさかソレイユさんまで救ってくるとは」
「……あたしは死にたいって言ったんだけどね」
「ミサキは、彼女のことを気に入っていましたからね」
「えっと……結局、どなたなの?」
「以前、ちょっとした縁があった相手でね。色々と恨まれてるんだよ、僕は」
具体的なことを話すには時間が足りない。
「恨まれてる?」と首を傾げる彩花には申し訳ないけど、僕にはまだやるべきことが残っていた。
説明は、積もり積もった話と合わせて後回し、ってことで。
「ミズキを殺しにいくのか?」
「ええ、おそらく逃げたはずですから。ちゃんと水木を殺さないと、僕の復讐は終わったとは言えません」
「気をつけてね、岬。あいつ、きっと汚い手を使ってくるはずだから」
「問題ないよ、今さら生身の水木に負けるほどヤワじゃないからさ」
でも、心配してくれる気持ちは嬉しい。
それに報いるためにも、徹底的に水木を打ちのめしてこないとね。
「じゃあ、行ってくるよ」
彼女たちに手を振り、僕は再びエリュシオンの上空へと飛び立つ。
どちらに逃げたかはわからない。
けれど、それはさしたる問題ではない。
地上を移動するしかない水木のアニマ”マリティア”と違い、こちらは空だって飛べる、探知スキルだってある。
北の森付近に逃げ込んだ彼の反応を見つけるまで、さほど時間はかからなかった。
◇◇◇
「ひっ」
空中から目の前に降ってきたウルティオを見て、水木は引きつった声をあげた。
同時にマリティアがびくっと震える。
女々しい反応に、僕は内心で大笑いしていた。
「しぶといよね、お互いに」
「白詰……追ってきたのか」
今さら取り繕っても無駄なのに、やけにカッコつけて向き合う水木。
「そりゃ追うよ、まだ死んでないのに。生かして逃がすわけがない」
「は、ははっ……」
「何で笑ってるの?」
「こっちも同じ気持ちだったからよ、まんまと引っかかりやがってぇッ!」
マリティアが右手に握りしめた短剣を、僕の顔目掛けて突き出した。
ガシッ!
しかし、不意打ちにしても質が低い。
すぐさま体が反応し、刃が障壁を傷つける前にその手首を握った。
その先端からは、透明な液体が滴っている。
毒か……そう言えば水木のアニマって、毒をメインに戦うんだったよね。
こいつらしいよ、ほんと。
「で、罠はそれだけ?」
「くっ、くそが、白詰のくせに……!」
疲れた腕に力を込めるも、びくともしない。
そりゃそうだ、あまりにアニマの性能差がありすぎる。
そしてきっとこれは、人間の姿になっても同じことだ。
もはや水木が、戦闘において僕に勝つことは万が一にもない。
それでも抵抗を続ける水木に対して、僕は鋭い爪のついた右腕を見せつけた。
「はっ、だがお前だって密着されたままじゃ攻撃できないは――」
「ヘリカル・クロー」
ガシュッ!
右手の爪が射出され、水木の頬を掠める。
外したのはわざとだ、たったこれだけで死なれちゃあ僕としても困るから。
「はひっ!? な、なんだよ、当たってねぇ……じゃ……」
「元から脆かったもんね、マリティアって。だから掠るぐらいでちょうどいいと思ったんだけど、どう?」
「……っ」
水木は無言だった。
でもわかる、HPがもう無くなったんでしょ?
爪がちょっと掠めただけで、もうマリティアを守る障壁はほぼ消失してしまったわけだ。
突きつけられた、あまりに大きな実力差に愕然とする水木。
僕は黙り込んでしまった彼に対し素早く足払いを繰り出すと、マリティアを地面に転がした。
「は――」
木々を押し倒しながら体が地面に近づいていく中、水木は恐怖からか声すら出せない。
僕の耳に届いたのは、微かな呼吸音だけ。
ガシャアァンッ!
彼がようやく声をあげたのは、完全に僕に押し倒されてからだった。
「ま、待てよ白詰……少しでいい、俺と話をしよう」
さすがに反撃の芽はないと気づいたんだろう、命乞いらしき言動を始めた。
「白詰は、楠を殺されたから俺を恨んでるんだろ? でもほら、生き返ったじゃないか! しかも俺のおかげで! だったら、もう殺さなくても――」
無言でマリティアの左肩に手を当て、ほんの少し力を込めた。
バギィッ!
ただそれだけで、彼の肩は外れてしまう。
「お、ご、があぁぁぁぁぁぁァァァッ!」
聞いているだけで気分を害す、不愉快な叫びだ。
黙らせようと思って、力を失った左腕を掴むと、親指を千切り取った。
「は、ぎゃっ!?」
人差し指を引きちぎり、中指をねじり切り、薬指を引っこ抜き、小指を裂断すると、5本の指を手のひらに突き刺す。
「あっ、がひいいぃぃィィっ!」
これでも黙らない。
彼の上げる雄叫びは、ただただ僕の気分を逆撫でするばかりだ。
どうやら一定以上に相手が憎たらしいと、絶叫すらご褒美にならないらしい。
困ったものだ。
いっそ、早いところ殺してしまった方がいいのだろうか、と少し考え込んでいると――
組み敷いていたはずのマリティアが、突然姿を消した。
どうやらアニマを解除して、生身で逃げてしまったらしい。
僕は彼の意図を理解する。
どうやら――生身での決着をお望みみたいだ。
僕も彼を追ってアニマを解除すると、卑劣なる俯瞰者を発動させて彼を追った。
程なくして、手の先から血を垂れ流しながら、森の中を逃亡する水木を発見する。
彼も同時に背後から迫る僕の姿を認め、スピードを上げた。
「はっ、はぁっ、はぁっ!」
「そんな体で逃げるのも大変でしょ? そろそろ諦めてもいいんじゃない?」
時折、でこぼこの地面や木の根に足を取られて、転げそうにになっている。
見ているこっちが残念な気分になるぐらい、無様な姿だ。
「はひゅ、ひゅう、ふぅっ!」
「水木、これ以上生き残ってどうするつもりなの? エリュシオンはもうない、味方も誰も残ってない、傷を癒やすアテだって無いのに」
「ふうぅぅっ、はあぁぁぁっ!」
それでも足を止めない水木。
だが満身創痍の体では限界がある。
ただ歩いているだけでも距離は徐々に縮まっていき、ついに僕の手が彼に届く距離にまで接近する。
僕が彼の肩に触れようと手を伸ばすと――
「今度こそ死ねや白詰えぇぇェッ!」
シュッ!
その手を避けるように彼の体が傾くと、振り向きざまにナイフを突き出す。
僕は首を傾けてそれを回避した。
しかし、微かにその刃が僕の頬に触れる。
皮膚を切り裂き、じわりと赤い血液が滲む。
「へ、へへ、当たった。当たったぞ! 俺の勝ちだァ! はっひゃひゃははははははっ!」
ほんの少し掠っただけで、異様に喜ぶ水木。
「これぐらいで何?」
「毒だよ、毒! お前、まさかスキルはアニマを出してないと使えないとか思ってんの? 俺のスキル、鮮烈なる悪意は武装に毒を付与するんだ! 人間だったら1分もしないうちに死んじまうんだよォ!」
僕は改めて頬に触れ、指先についた血液を見た。
「ふーん」
正直、どうでもいい。
スキルがあろうと毒が付いていようと、水木が死ぬという事実に変わりはないからだ。
「な、なんでそんな平然としてんだよ……」
「沢山のアニマや魔物を捕食してきて、僕も色々とスキルを手に入れたんだ」
「だからどうした? とっとと苦しんで死ねや!」
ほどなくしてタイムリミットの1分はやってくる。
それでも全く様子が変わらない僕に、さすがの彼も違和感を抱いているようで。
答え合わせをするように、僕は言った。
「スキル、大いなる大自然の息吹。僕に毒は効かない」
敵にダメージを与える方法のほとんどを毒に頼っている彼にとっては、天敵のようなスキルだった。
「な……」
「ははっ、色々と手を考えてたみたいだけど、最初から無駄だったんだよ水木」
「くっそ、なら――直接刺し殺してやるよ!」
「馬鹿の覚えって言うんだよね、そういうの」
ナイフを突き出す彼の手を僕は右足で蹴り飛ばす。
手のひらを叩かれ、中に舞う毒を纏った銀色の刃。
それが地面に落ちてくる前に拳を水木の顔面に放つ。
ゴリュッ!
命中、鼻骨と前歯を砕く感触を拳に感じる。
水木はよろめき、後退し、その背中が木の幹にぶつかる。
その時、ちょうど蹴り飛ばしたナイフが落ちてきた。
柄をキャッチ、切っ先を水木の方に向け、彼と向き合う。
「う、ぁ……ま、待て白詰、話し合えばわかる、俺にも色々事情があったんだよ、な?」
命乞いをする水木の言葉はもう無視だ。
僕は、彼にどうしても伝えたかった言葉があったことを思い出していた。
「今まで――僕は復讐のために、沢山のクラスメイトを殺してきた。みんな色んな死に様を見せてくれたよ、中にはもちろん命乞いをする奴も居た」
「ほ、本当はエリュシオンで世界を救うつもりだったんだ! 人を蘇らせることができるのも知っていたし、あのままにしておけば5人どころじゃない、もっと生き返ってたんだ! 本当だッ!」
話しながら、一歩一歩、彼に近づいていく。
「どいつもこいつも腐ってた。だからこそ、何度もその言葉を言おうと思ったんだ。けど、その度にちらつくのは水木の顔だった。ああ、その言葉はあいつのために取っておかなくちゃ、ってさ」
「し、信じろ、信じてくれ、信じてくださいいぃっ! 死にたくないんだ、俺にはまだやりたいことが、沢山、沢山――」
落ち葉を踏みしめる感触を、やけに鮮明に感じる。
一つ一つ記憶に刻み込みたいと、脳がそう望んでいるのかもしれない。
「ようやくその時が来たんだ。だから、今からお前に言ってやるよ、水木」
「近づくなっ、やめろ、く、来るなああぁぁぁぁぁぁぁああああッ!」
落ち葉が積もる地面を蹴り、残った距離を一瞬で詰める。
僕の体は風を切りながら、失禁してズボンを濡らしながら叫ぶ水木に迫る。
絶頂にも似た高揚感で全身を満たしながら、口を歪め、僕は――その言葉を、彼に告げた。
「――ざまあみろ」
ザシュッ!
みっともなく絶叫し、開かれた状態の彼の口目掛けてナイフを突き出す。
切っ先は喉の粘膜を切り裂き、肉を穿孔し、後頭部を貫通する。
血液と、唾液と、粘膜のねばついた生暖かい感覚が、手の甲にまとわりついた。
不愉快だが、彼の命が少しずつ失われていくのを教えてくれる。
そして、ビクビクと痙攣する水木の体を、ナイフを握る手に力を込めて持ち上げると、外に突き出したナイフの切っ先を木の幹に突き刺した。
ドスッ!
ナイフの刃は深く幹に突き刺さり、水木の体を固定する。
磔にしたのだ、彼の末路に相応しいように。
ずるりと手を口から抜き取ると、彼のズボンの後ろにあるポケットからハンカチを発見する。
拝借し、手を拭き取り、地面に投げ捨てた。
しばらくは痙攣を続けていた水木の体も、数十秒もすると動かなくなる。
だらん、と力なく四肢を投げ出した彼の死体を確認し……僕は、彼の亡骸に背中を向けた。
……こんな碌でなし、捕食する気も起きない。
じきに獣たちが喰らい、勝手に死体は消えてなくなるだろう。
それでいい。
見知らぬ土地で、誰にも悲しまれず、畜生に弔われる。
それがあいつにはお似合いだ。
そのまま森を進み続け、彼の血の匂いもしなくなり、死体も見えなくなった時、僕は実感した。
「ああ、ようやく、僕の復讐は終わったんだ」
枷から解き放たれ、僕の心はいつになく軽かった。
どこへでも行けそうな、何にでもなれそうな、そんな気がする。
けれど今、僕がやるべきことは1つ。
――帰ろう。
帰って、みんなと再会を喜んで、抱き合って、今度こそボロボロ涙を流そう。
エリュシオンの中じゃ、そんな時間も無かったから。
そして僕はようやく歩き始めるんだ。
誰にも邪魔されず、僕自身が、僕のために選ぶ――幸福な人生を。
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