人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

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93  生まれ変わったら何がしたい?

 




 ブースターから多量の魔力を噴射しながら、空中の敵へ向かって突撃していくアヴァリティア。
 イーラも並んで続いた。
 今までの通常・・のアニマとの戦いは、数では劣っていたものの、スペックでキシニアとクリプトが勝っていた。
 だが今度は違う。
 スペックも、数も、相手の方が上だ。
 2人が上回っているのは、技量と経験のみ。

「キシニア、離れるなよ!」
「相棒気取りかい、でもそれも悪くないねェッ!」

 前方から近づいてくるアニマに気づき、先頭の敵もこちらに接近してくる。
 先手を打ったのは王国側のアニマだ。
 刃幅の広い実体剣を引き抜くと、素早い動きで切り払う。
 キシニアとクリプトはそれを同時に回避し、敵アニマの背後に回り込んだ。

「もらったッ!」

 イーラが素早く背中を狙い大剣フロスを振るう。
 ガギィンッ!
 だが、敵はそれを察知していかのように振り向き受け止める。
 出力は向こうの方が上、イーラの剣は弾き飛ばされそうになるが――

「これも食らいなァッ!」

 ガゴンッ!
 アヴァリティアは、イーラの大剣のからパラシュラーマで追撃を加える。
 2機分のパワーを受けて、弾き飛ばされたのは敵の方だ。
 後方によろめき、生じた隙を百戦錬磨の将官は見逃さない。

「アペルティオー・フローリス!」
「はあああぁぁぁぁああッ!」

 渾身の一撃が、同時に炸裂する。
 パラシュラーマと4つに分身したフロスの刃は、ガードすらできなかった敵機の胴にめり込み、吹き飛ばし地面に叩きつけた。
 だが、まだ仕留めた手応えはない。
 確かに致命傷は追わせたはずだが、HPは残っているようだ。

 地表では、王国のアニマと、キシニアの部隊――無法地帯ローレスのアニマたちが交戦していた。
 2人に負けず劣らず、数の差を力量で埋め奮戦している。
 負けていられない、とキシニアが振り返ると、目の前に刃が迫っていた。

「くっ!」

 とっさに体を傾け回避する。
 イーラにも同様に敵が襲いかかり、そして同じように回避していた。

「キシニア、油断するなッ!」
「わーってるよ!」

 お行儀よく1機ずつ戦う理由など、相手には無いのだ。
 力においても有利、数においても有利、ならばその両方を利用するのは当然のこと。
 どうにか斬撃を回避した2人へ向かって、次は多数のソーサリーガンが迫る。
 これを前進しながら回避、すれ違いながら武器を振るう。

「ッチィ! これじゃ軽すぎるっ!」

 この程度の攻撃では、オリハルコンを纏ったアニマ相手には大したダメージにならない。
 だが、完全に不利な状況での戦闘を続ける彼女たちには、こうして確実にダメージを与えていく以外の手段は無いのだ。
 再び四方から弾丸が迫り、また回避、そして
 しかしすぐさま、それぞれ周囲を別の敵に囲まれ、逃げ場すら無い状況に追い込まれる。
 キシニアとクリプトはアイコンタクトを交わす。

「スキル発動ブート欲望は引力ホールドオンミーッ!」

 スキルによって、イーラを自分の近くへと引き寄せた。
 そして引き寄せられたイーラはすぐさま前方の敵に突進。
 義手のパワーで相手を押し出すと、続けて後方からキシニアが斧で追撃を加え、包囲網を崩す。
 複数体のアニマの攻撃が、キシニアが脱出に成功したことで空を切った。

「今だあァッ!」

 これを好機と見て攻撃を仕掛けようとするキシニアだが、

「無理をするな、一旦離れるぞ!」

 それをクリプトが静止する。
 以前の彼女なら聞かなかったであろうその言葉を、キシニアは素直に飲み込み、攻撃を止めた。
 それでも不満が無いわけではない。
 敵アニマとの距離を取りながら、キシニアはクリプトを問いただす。

「なんで止たんだい!?」
「皇帝陛下の言葉を忘れたのか? 俺たちがやるべきは敵を殲滅することではない」

 リアトリスは襲撃前、エルレア、フランサス、キシニア、クリプトの4名を呼び出しとある命令を下していた。

「可能な限り倒せ、でも死ぬな、だろう? キッシシシ、笑うしか無いよ、そういうのを無茶振りって言うんだと思うけどねェ」
「まだ他にもあっただ――ろうッ!」

 敵アニマの槍による攻撃を剣で受け流し、すべるように脇腹にフロスを叩き込むイーラ。

「光が見えたら逃げろ、だったっけ?」
「勝利のための秘策があるのだ、皇帝陛下には。だがそのためには、俺たちが生き残らねばならない」
「つまり、あんたは生き残ることを優先するってことだねェ!」

 敵機の短剣による刺突を回避し、手首を蹴り飛ばし体勢を崩した所で、アヴァリティアはパラシュラーマで脳天を叩き割る。

「ああ、なるべく敵を引きつけながら、しかし最優先事項は連中を撃破することではない」
「なァクリプト」
「なんだ?」
「それも無茶ぶりだ」
「ハッハハハ、だろうな。だがそれを完遂してこその将ではないか!」
「キッシシシ、上等ォ! やってやろうじゃかないかねェ!」

 王国軍の繰り出す怒涛の攻撃は、しかし2人に届かない。
 当たれば致命打になることはわかっている、ならば避け続けるしか無いのだ。
 ブースターを使っての空中戦にも随分と慣れてきた、時間が経つほどに回避も容易になるだろう。
 だが一方で、ブースターによるMPの消耗もある。
 果たしてそれまでに、リアトリスの言う”光”が彼らを救ってくれるのか――今はそれを信じて、2人は生存のための戦いを続けるのだった。



 ◇◇◇



 一方で東側、エルレアとフランサスの戦況は――はっきり言って、最悪だった。
 確かにテネリタスは強い、様々な形状の武装を使う柔軟性もある。
 アーケディアだって強い、敵機に見えないと言うのはかなりのアドバンテージだ。
 だが、オリハルコンを纏ったアニマには器用なだけでは十分な傷は与えられないし、善悪の此岸インヴィジブルも通用しない。
 そして彼女たちを援護するはずだったアニムスの部隊は、王国のアニマに飲み込まれて壊滅しつつあった。
 無論、エルレアとフランにもリアトリスは”生き残れ”と命令を与えては居たが――それが可能なのは、キシニアとクリプトが超人だったから。
 ようやく数十機の傭兵部隊が援軍として到着しつつあったが、彼らも地上のアニマを殲滅するので精一杯。
 戦況は変わらず、エルレアとフランサスは孤軍奮闘を強いられていた。

「テンタクルス――レイッ!」

 両手の触手を束ね、1つの大型ソーサリーガンへと変形させて必殺の一撃を放つ。
 相手が通常のアニマなら、これを薙ぎ払うだけで数百機は落とせるであろう、文字通り”必殺”の武装だ。
 だが射線上に居た複数のアニマは高い機動性でそれを易々と避け、そして肩を掠めたアニマも、平然とそこに浮かんでいる。

「はぁ、はぁ、はぁ――」

 胃が握りつぶされるような緊張感。
 どうやったら勝てる? 何が有効打になる?
 そう必死に考えても、頭が真っ白になるばかりで正答は浮かんでこない。
 当然だ。
 そんなものは、どこにもないのだから。

「来た……避けないとっ!」

 仮に生存のための回避に専念したとしても。
 彼女たちには、全ての攻撃から逃げ切るほどの技量はない。
 正面から斬りかかってきたアニマの攻撃を横に躱すと、すぐさま回避地点にソーサリーガンの光が迫る。
 ブースターからの魔力の噴射をカット、重力による落下で一命を取り留めるも、さらに先読みされていたかのように、その先にも新たなアニマが現れ、鈍器のような武装を構えていた。
 私、死ぬのでしょうか――死を確信したエルレアの元に、少女の声が響いた。

「エルレア、こっち!」

 フランサスだ。
 手を伸ばすアーケディアの姿を見て、その手にスキュラーを伸ばし、絡みつけ機体を移動させる。
 ブォンッ!
 エルレアの命を奪おうとしていた鈍器は、しかしテネリタスを捉えることは無かった。

「間に合ってよかったよっ」
「ありがとうございます、フランサスさん」
「いいのいいの、さっきはわたしが助けてもらったから」

 お互いに助け合い、辛うじて生き延びている2人。
 だが消耗の少ないフランサスに比べて、エルレアは体力的にも、精神的にも、そして魔力的にも――限界を迎えようとしていた。
 テネリタスの背中に生えている肉の翼は、確かにノイラが作ったブースターと性能的には遜色ない。
 しかし強引に形を模しただけのレプリカが、燃費で本物に勝るわけがないのである。
 もうじき、自分は身動きすら取れなくなる。
 MPの数値が目に見えているエルレアには、それがわかっていた。

「ちゃんと生き残らないとね、ミサキのためにもっ」

 そんなフランサスの励ましの言葉を聞いて、エルレアの脳裏に浮かんだのは、出撃前に彼女と交わした会話だった。

『僕は、今からエルレアにすごく残酷なことを言おうとしてる』

 苦しい、けれど言わないわけにはいかない。
 そう前置きして、岬はエルレアに言った。

『僕は、たぶんこの戦いで死ぬと思う。王国を倒して、それで終わりじゃないんだ。そんなに、甘い戦いじゃない』

 エルレアにだってそれぐらいわかっている。
 いや、彼女に限った話ではなく、この戦いに参加しているほぼ全ての人間が――生き残る可能性よりも、死ぬ可能性の方が高いことを覚悟しているはずだった。
 そんな自らの死を覚悟している岬に対して、エルレアが言うべき言葉は1つだけだ。
 彼女は岬の所有物。
 一心同体であり、本当は一瞬たりとも離れたくはない。
 あの世とこの世で遠距離恋愛なんて、耐えられっこない。

『――どうしてフランには話さなかったのかって? 僕も言うほど年上ってわけじゃないけどさ、まだフランは幼いから。命は大事にして欲しいって、そう思ったんだ。んで、エルレアは道連れにしたいと思った』

 本当に残酷ですね、とエルレアは笑った。

『ははは、そうだね。でも、それでも――エルレアは、ついてきてくれるんだよね?』

 悪びれもせずそう言い切る岬に向かって、彼女は笑ってこう返す。
 もちろんです、と。

「また来たっ!」

 ブースターを噴かし、高度を上げて被弾から免れる。
 攻撃はできそうだが――エルレアは、あえてテンタクルス・レイは使わなかった。
 それでも、少しでも長い間生き残るために。
 それを見てフランサスもどうやら、彼女のMPが尽きる間近だということに気づいたようだ。

「エルレア、逃げて。もう限界なんでしょ? 後退した方がいいよ!」
「お断りします」
「なんでっ!?」
「逃げてしまったら、フランサスさんを助けられないではないですか」
「大丈夫だよ、ほら、中央の敵を片付けたらミサキが来てくれるしっ!」
「来ませんよ」
「え……?」

 エルレアの視線の先には、中央の敵を殲滅し、そして北へと向かうウルティオの姿が微かに見えていた。
 フランサスもそれを確認し、愕然とする。

「どういうこと……? なんで?」
「まだ終わりではないのでしょう。私たちが向かい合うこの敵ですら、いわば前座なのです」

 フランサスの脳裏に、1つの言葉が浮かんだ。
 ――羽化。
 未だそれは姿を見せていないが、ウルティオが北へ向かったということは、おそらく間違いなく存在しているのだろう。
 オリハルコンを纏ったアニマよりもさらに圧倒的な強さを持つ敵と、岬は戦おうとしている。
 間違いなく、岬でなければ出来ないことだ。
 だがそれは、自分たちに救いの手は差し伸べられないという、残酷な事実でもあり――

『エルレアはさ、もし戦い……って言うか、僕の復讐が終わったら、何がしたい?』

 それは、帝都でのピロートークの一幕だ。
 岬に抱かれた後、夢のような気分になりながら、エルレアは夢を語った。

『そろそろ手足を取り戻して良いのではないかと思ってるんです』
『あれ、無い方がよかったんじゃないの?』
『実はですね、ユリに手足があっても、縛って貰うという方法があると教えて頂きまして!』
『……2人って普段どんな話してるの?』

 岬は苦笑いを浮かべた。
 念のため、エルレアは『いつもそんな話をしているわけではないですよ?』とフォローを入れる。

『あとは……触れてみたい、と思ったのです。ミサキを想う気持ちが強くなると、こういう気持ちも生まれるものなのですね』
『確かに……僕もエルレアに触れて欲しいかも。じゃあそのうち、手足を提供してくれそうな人を探さなくっちゃ』
『急がなくてもいいですよ』
『そうなの?』
『だって、戦いのあとなら、時間は沢山あるはずですから』
『ああ……そうだね。そっか、ゆっくりていいんだ』
『はい。ゆっくり、ゆっくり、少しずつ願いを叶えていきましょう――みんなで、一緒に』

 幸福な記憶を想起すると、急に自分を迎えに来る死が恐ろしくなる。
 本当に天国なんてあるのだろうか。
 死後に岬と会える保障があるのだろうか。
 確かに、彼女が想い続けているアヤカ・クスノキという人間を見てみたいという気持ちはエルレアにもあったが――やはりどう割り切っても、人間というのは死の恐怖を忘れることは出来ないらしい。

「生き残れ、光が見えたら逃げろ――ですよ、フランサスさん」
「エルレア……」

 フランサスは、彼女が死を確信している事に気づいたらしく。

「……うん、わかった」

 言いたいことを全て飲み込んで、頷いた。
 その覚悟はフランサスが揺るがせられるものではない。
 同様に、この状況下で生き残るのは不可能だ、という現実も覆せない。

 会話を終えた2人は、再び戦闘に専念する。
 アーケディアは敵の攻撃が当たらないギリギリのラインを見極め、反撃する。
 一方でテネリタスは、回避を試みながらも、徐々に落ちていくブースターの出力のせいか、完全には避けきれないでいる。

「くぅぅっ……!」

 エルレアが苦悶の声を漏らした。
 終わりの時は近い。

「あ、ぐぅ……」

 斬撃、殴打、射撃。
 あらゆる方向から飛来するあらゆる攻撃に打ちのめされ、ボロボロになっていくテネリタス。
 敵もテネリタスの限界を察したのか、徐々にアーケディアの方に戦力を集中させはじめる。
 今までは余裕があったフランサスだったが、敵の数が増えるにつれて徐々に追い詰められつつあった。

「……フランサスさん」

 視界の端で、その光景を見ていたエルレアは、覚悟を決める。
 そして敵のサーベルがアーケディアを捉えようとしたその時――テネリタスは残り少ない魔力を肉の翼に使い、2機の間に割り込んだ。

 ザシュウッ!

 障壁を貫通し、テネリタスの装甲は深く断たれる。
 熱のような痛みがエルレアを襲った。

「あ、あああ……エルレアぁ……」

 泣きそうなフランサスの声を聞いて、なんとなくエルレアは誇らしい気分になった。
 彼女と出会って1ヶ月ほど、フランサスは岬や百合、エルレア、ラビーと過ごすたびに、少しずつ”子供らしさ”のような物を取り戻していたように感じる。
 そのほとんどは岬との交流によるものだったけれど、フランサスがエルレアの死を嘆いてくれると言うことは、エルレアが思っていた以上に懐いていてくれたということで。
 それが今、涙声によって証明された。

 ――良かった、私は満足です。
 ……。
 ふふ、嘘です。死ぬほど心残りはありますが――

 次の攻撃が、テネリタスを貫く。
 次も、次も、次も。
 少しずつ欠損していく自分の体を感じながら、エルレアは少しでもフランサスの生きる力になればと、残る全ての魔力を解放した。

「テンタクルス・レイ……オール、レンジ」

 グシャアアァァァッ!
 まるで肉が吹き出すかのように、テネリタスの全身から赤黒い触手が現れる。
 もはや機体は原型をとどめておらず、触手の根っこ付近に金属の破片がくっついているだけだ。
 触手は接近していた敵アニマを貫き、そして離れた機体には――全てのスキュラーの先端から光線を発し、攻撃を仕掛ける。
 それで落ちた敵の数は、1機か2機程度。
 やはり、力の差は歴然としている。
 それでも命を散らしたことは無意味ではなかった、少なくとも、彼女はそれで強い意志を得たのだから。
 フランサスは、自分を包み込むように一帯を覆った触手を見て、パニッシャーを握る手に力を込める。

「生き残らなきゃ、なんとしても」

 エルレアの命の灯火が消えると、触手は力を失い、灰となって地面に落ちていく。
 微かに残っていたテネリタスの装甲も、打ち捨てられるように落下した。
 再び無数のアニマに囲まれたアーケディア。

「うわあああぁぁぁぁぁあああああっ!」

 叫びながら、銃口を自分に向ける敵機に殴り掛かる。
 フランサスの、孤独な戦いが始まった。





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