人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

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66  感染拡大 - MINUS5

 




 スキャンディー運輸のパイロットたちは、数人が交代しながら休み無しで帝都へ向かって進み続ける。
 しかし、休み無しでの移動が40時間を越えようかと言う頃。
 帝都へ避難するために、共に移動していたエクロジーの住民たちの疲れはピークに達しようとしていた。
 トイレや食事のために止まることは多々あったし、カーゴの中で眠ることは不可能ではなかったが、さすがに揺れる閉鎖空間に長時間滞在していると、少しずつ疲労は蓄積してしまう。
 クリプトは、このままどこにも立ち寄らずに帝都に向かうつもりだったようだが、さすがそれは無理だと判断したのか、一旦道中の町に立ち寄ることにした。

 川沿いの町、フルーン。
 緑のあふれるこの町は、率直に言って田舎である。
 しかし帝都からそう遠くないということで、ある程度の宿泊施設は整っているようだ。
 それに、四将たるクリプトが話をつければ、町の施設を、エクロジーの住民たちが宿泊するために使うことも出来るだろう。

「少しの時間も惜しい状況なのだが、軟弱な一般市民に無理強いはできんか。スキャンディー運輸の連中の疲れも溜まっているようだしな」

 カーゴから降り、リラックスした様子のエクロジーの住民たちを見て、クリプトが言った。

「筋肉の塊みたいなやつと一緒にされる一般市民も大変だよねー」

 よほど反りが合わないのか、クリプトの独り言を聞いたフランは不満げに言った。
 百合は苦笑いを浮かべる。
 確かに、カーゴでの長時間の移動はかなり堪えた。
 腰は痛いし体は重い。

「ラビーさんは意外と平気そうですね」
「長時間の移動は慣れていますから、体力の問題じゃありませんよ」

 伊達に商人見習いをしていない、ということだろうか。
 ラビーとそんな会話をする、自分の腕に抱えられたエルレアを見ながら、百合は彼女にまったく同じ問いを投げかけたくなった。
 ”意外と平気そうだね”、と。
 彼女の様子はいつもと変わっていない、岬が居ないというのに、だ。
 すると、自分を見つめる百合の視線に気づいたのか、エルレアが上を見上げながら尋ねる。

「どうかしましたか、ユリ」
「ん? いや……岬のこと、平気なのかなって」
「平気ではありません。ですが、信じていますから。信じる以外の選択肢が私にはありません」

 おそらく、岬が死ねばエルレアは迷いなく自らの命を断つだろう。
 愛というよりは、同一視しているのだ。
 自らの存在価値は、岬のためだけにあるのだと。
 全くぶれないエルレアの言葉を聞いて、百合は再び痛感する。
 ”まだまだだな”、と。
 そんな彼女の気持ちを察してか、エルレアは優しく微笑みながら諭した。

「想いの形は人それぞれです、私は今の自分をまっとうだと思ったことはありません。どちらが正常かと言われればユリの方なのです」
「でも……」
「愛しているからこそ心配する、不安になる。それがまともなのではないでしょうか。私は私なりの愛し方をしているだけですから、比較などしないでください。ユリは自分の気持ちに胸を張るべきです」

 崇拝めいたエルレアの愛情。
 依存から始まった百合の愛情。
 形なんて人それぞれだ、ならば居なくなった岬をどう思うのか、それもまた人それぞれなのである。

「ありがと、エルレア」
「ふふふ、どういたしまして」

 少しだけ自信を取り戻した百合は、微かにだが笑みを浮かべた。

 クリプトはフルーンの町長の家に向かったようで、今日の宿泊先の交渉をしているらしい。
 残された他の面々は、彼が戻るまで時間を持て余している。

「クリプトが行ったんだし、わたしも行った方が良かったのかなー」
「やめておいた方がいいと思いますよ」
「えー、なんでー? わたしだって四将なんですけどー?」
「向いてないでしょう、かっとなって町長を殺されたら困るのは僕たちですから」
「ラビーってわたしのことバカにしてない? 言っておくけど、わたしだってそれぐらいの分別は付けてるんだからね! よっぽど失礼なこと言われない限りは殺したりしないんだから!」
「そこは絶対に殺さないって言ってくださいよ……」

 フランのラビーに対する扱いは雑だが、それなりに彼を気に入ってはいるようで、暇をしている間、2人は(おそらくは)楽しそうに会話をしていた。
 一方で百合は、ふととある事を思い出す。
 エクロジーから避難する際、岬はウルティオを発現する前に、自分の荷物が入った袋をその場に置いていたのだ。
 そして、その中に入っているのはもちろん――オラクルストーン。

「もしかして、岬はプラナスさんとのやり取りを私たちに託したのかな」
「ヘイロスの一件も伝えておいた方がいいのかもしれませんね」

 エルレアの言葉に、百合は「うん」と頷くと、プラナスとの会話を試みた。
「もしもし」と石に向かって語りかけると、しばらくして返事がかえってくる。

『もしかして、アカバネさんですか?』
「はい、岬の代理です。彼女は偉月……じゃなくて桂を止めるために、1人でエクロジーに残りましたから」
『つまり、アカバネさんたちは避難しているというわけですか。そして彼女の生死は不明、と』

 プラナスは小さくため息をついた。

『ひょっとして、みなさんは帝都へ向かっているんですか?』
「ええ、クリプト……えっと、四将のうちの1人なんですけど、その人の案内で」
『それは知っています、彼に先導されているんですね。ならちょうど良かった、クリプトさんに変わってもらえませんか?』
「え、いいんですか? 岬はプラナスさんの存在を隠したがってたみたいですけど……」
『緊急事態なんです、防ぐことが出来るかどうかはさておき、帝都に向かっていると思われる戦力を先に伝えておけば、作戦を立てることもできるはずですから』
「つまり……王都を発った敵が居るってことですね」
『ええ、しかもばっちりオリハルコンをキメたアニマが3機も。アカバネさんならわかりますよね、鞍瀬くらせ嶺崎みねざき吉成よしなりの3名です』
「ああ、あの3人も汚染されたんですか」
『水木のせいでね。まあ、今のままだと時間の問題だったんでしょうけど』

 間違いない、一緒に召喚されたクラスメイトだ。
 そして、先日教会に捕まり、汚染させられてしまった3人の生徒でもある。

『あとは亡命希望者やら、王の目論見やら、色々と伝えておきたいことがあるんですよ』
「クリプトさん、今はちょっと立て込んでるみたいなんで、少し待ってもらってもいいですか?」
『アポイントメントも無しに話をお願いしているのはこちらの方ですから、いくらでも待ちますよ。どうせ私も暇ですし』

 百合は、クリプトが町長との話を終え建物から出て来るのを待つことにした。
 その間、他に伝えるべきことはないかと考えていると――エルレアが口を開く。

「ソレイユさんのこと、伝えないでいいのでしょうか」
「あっ、そっか。アニマで移動してるなら、そろそろ王都についててもおかしくない頃だよね」

 岬がソレイユに自分を恨ませたのは、彼女が復讐のために王都に向かうことを見越してのことだった。
 帝国に行った仇を追うには、軍を頼るのが一番早いだろうから。
 戦力が枯渇しつつある王国軍なら、アニマ使いと聞いただけですぐに飛びつくだろう。
 ただし、軍がまともだったら、の話だが。
 今は状況が状況だ、ソレイユに一番最初に接触するのはプラナス、あるいはアイヴィが好ましい。
 汚染される前に、どうにかして彼女を取り込んでもらう必要があった。

「プラナスさん、たぶんそろそろソレイユっていうアニマ使いが王都に到着すると思うんです」
『ソレイユ、ですか』
「モンスの町の生き残りで、岬を強く恨んでいるはずです。そして帝国に向かった岬を追うために、軍に接触しようとするはずなんです」

 聞き覚えのない名前に、わけの分からない経緯。
 プラナスの脳内には大量のハテナマークが浮かんでいた。

『何ですかそれ、どうしてそんなことを?』
「たぶん、プラナスさんたちの力になれば、と思ってやったんだと思います」
『確かに、今は猫の手も借りたいぐらい切羽詰った状況ですが……信用できるんですか、そのソレイユって人』
「いい人ですよ、少し騙されやすい部分がありますけど」

 でなければ、両親を殺した仇に何年も尽くしたりはしないだろう。

『なるほど、それは都合がいい人ですね。扱いやすそうです』

 そしてまた、ソレイユは利用されてしまう。
 とは言え、プラナスなら悪いようにはしないだろう。
 それに、今の王国では、下手に個人で動くよりは、利用されていたとしてもプラナスと一緒に行動する方がよほど安全だ。

『ではシロツメさんから贈り物、ありがたく使わせてもらうことにします』
「出来れば優しくしてあげてくださいね、岬もソレイユのことは気に入ってたみたいだから。……と、クリプトさん戻ってきたから変わりますね」
『はい、お願いします』

 百合は建物から出てきたクリプトに駆け寄る。
 彼は近づいてきた百合を見て怪訝な顔をしたが、「はい」と見慣れぬ石を差し出されてさらに眉間に皺が寄る。

「なんだ、これは」
「王国のスパイと繋がっています、プラナスさんがクリプトさんと話したがっているんです」
「プラナスだと……? まさか、王国魔法師の!?」

 クリプトの食いつきっぷりを見て、百合はプラナスがどれだけ大物なのかを実感した。
 そんな人物がスパイをしているというのだから、さらに驚きだ。

「この石に話しかければいいのか?」
「はい、というかもう聞こえてると思います」
「そうか……ひとまず人気のない場所に行くぞ、第三者には聞かれたくない」

 クリプトは早足で建物の影になっている場所へと移動すると、緊張した面持ちでオラクルストーンに語りかける。

「帝国軍上将、クリプト・ザフォニカだ」
『ごきげんよう、”帝国の剣”ことクリプト閣下。プラナス・シカモアと申します』
「まさかこのような場所で王国史に残る天才と評される貴女と語らえるとはな。厄介事にも巻き込まれてみるものだ」
『お互い様に、私もアカバネさんたちを送り出した時は、まさか本当に四将と繋がることが出来るとは想像もしていませんでした』

 和やかな社交辞令はほどほどに、プラナスはすぐさま本題を切り出した。

『今日はクリプト閣下にお願いしたいことがあるのですが』
「閣下などと堅苦しい言葉を使ってくれるな。一兵卒相手ならともかく、プラナス殿のような大物の前でふんぞり返る神経の図太さは、あいにく持ち合わせていないものでね」
『それでは不躾ながらクリプトさん、と。そちらも気軽にプラナスっちとでも呼んでください』

 彼女の冗談に、クリプトが「はっはっは」と乾いた笑い声で返した。
 果たして、ジョークのつもりだったのか、はたまた本気だったのか。
 2人のやり取りを聞く百合には、どうにも後者のように思えてならなかった。

『さて、早速本題ですが。実は昨晩、王都から6名ほどアニマ使いが脱走しまして』
「それは大事だな、今の王国にとっては貴重な戦力だろう」
『ええ全くです、警備の穴なんて一体誰が作ったのでしょう。まあ、責任追及は後回しにするとして、彼らはどうやら帝国を目指しているようでして』
「亡命を希望しているということか」
『おそらくは。その6名というのは、私たち王国の都合で呼び出した、いわば被害者の少年少女。このまま野垂れ死なれると色々と後味が悪いんですよ』
「だから受け入れろ、と? 残念だが、見返りも無しに受け入れるほどお人好しではないぞ」

 そしてそれを用意していないプラナスでもない。
 だがあえて、ひょっとすると彼がとんでもないお人好しである可能性にかけて、プラナスは交渉を続けた。

『アニマ使い、というだけでも十分なメリットが帝国にあると考えます』
「6名の中にスパイが潜んでいる可能性は?」
『そのような余裕は現在の王国にはありません』
「なぜそう言い切れる、いくら王国魔法師とは言え、王国の全ての情報を把握しているわけでもあるまい」
『ですが、王国が終わっている・・・・・・ことぐらいは把握していますよ』
「……なんだと?」

 冷めた口調で言い切ったプラナス。
 それを聞いたクリプトは、眉を潜めた。
 王国最高峰の頭脳を誇ると言われているプラナス・シカモアが、自らの国を”終わった”と称している。
 何が終わったと言うのか、つい先日、クリプトたちは王国の放った手のつけられない化物と交戦したばかりなのだ。
 あれが複数体存在するのだとしたら、終わる帝国とオリネス王国の方だ。

『”汚染”という言葉に聞き覚えはありますか?』
「シロツメから説明は受けた、オリハルコンを体内に取り込むと精神に異常を来すのだと。それが汚染なのだろう?」
『はい、その汚染はすでに王国の上層部のほぼ全てを飲み込んでいまして。国防大臣も大司教も王ですらも、狂ったように毎日オリハルコンオリハルコンと楽しそうにしていますよ』
「つまり……王国はすでに、得体の知れない物質に支配されていると?」
『支配と呼ぶべきなのでしょうか。オリハルコン自体は、自分の存在を拡張すること以外は何も望みません。あれはあくまで、魔力を増幅させるという目的のためだけに動いている物質ですから。確かに他人にオリハルコンを勧めたり、乱暴になったりと人格に問題は発生しますが、その目的は変わっていないのです』
「帝国とオリネス王国の駆逐か……」
『ええ、汚染された彼らは、危険だと理解していてもオリハルコンを使うことを躊躇わないでしょう』

 現に、すでに3機のアニマが王都を発っている。
 その後も、準備が整い次第、次々と戦力が送り込まれるだろう。

『そんな中、亡命を希望する6名は汚染されていません。要するに、単純に逃げ場を求めているんですよ。そんな彼らがスパイをする必要性がありません』
「なるほど確かにな、戦後の安全さえ保証すれば、帝国のために戦う兵に出来るかも知れん。しかしだ、それは結果であって、差し出された対価ではない。”お願い”をするのなら、相応に何かを払ってほしいものだな」

 プラナスの言葉に丸め込まれるほど、クリプトは甘くない。
 彼女はオラクルストーンの向こう側で、誰にも聞こえないほど小さく「ちぇ」と言うと、観念してあらかじめ用意しておいた”対価”を伝えることにした。

『言葉だけで渡せる対価など、たかが知れています。それでも良いのなら』
「むしろ俺が望んでいるのはそれだ、情報を寄越せ。質によっては亡命を受け入れるよう皇帝に直訴しよう」
『質は保証します、なので話す前に亡命を受け入れると明言して頂かないと』
「敵国の人間の言葉を信用しろと?」
『正直、私も切羽詰まってるんですよ。本当はアイヴィと一緒に6人について行って、帝国に亡命したいぐらいです』
「アイヴィ・フェデラ――騎士団長、”王の城壁”か。はっ、受け入れられるわけがなかろう」
『言われなくともわかっていますよ、それでも……まあ、このまま王都に残って汚染されるよりは、処刑の方が人間らしく死ねる分マシなのかもしれませんが』

 プラナスは低い声で言った。
 多少は大げさに演出するための演技も混ざっていたのかもしれないが、8割は本音だ。
 人間以外の、自分以外の何者かになるぐらいなら、死んだ方がマシだと、プラナスは本気で思っている。
 クリプトも、その言葉から感じられた”本気”に、若干だが心を動かされていた。

「はぁ……処刑をマシと言うか。切羽詰まっているというのは本当のようだな。仕方ない、そこまで追い詰められているのなら明言しよう、亡命者は受け入れる。約束は違わない。これでいいか?」
『四将ともあろう者がうかつですねえ、お人好しで助かります』
「せめて礼を言え」
『あはは、素直になれないタチでして』

 プラナスの脳裏にアイヴィの姿が浮かぶ。
 素直になれていたら、今頃はとっくに――などと余計なことを考えつつ、彼女は情報を話し始めた。

『さて、それでは私が掴んでいる情報をお伝えしますね。今朝、オリハルコン製のパーツを纏った3機のアニマが王都を発ちました』
「行き先は帝都か?」
『いいえ。機密情報を様々な手段を使って掠め取った結果、3機のアニマが奇妙なルートを辿ることが判明しまして』
「もったいぶらずに早く言え」

 この期に及んで焦らすプラナスに、クリプトが若干のいらだちを見せる。
 さすがにプラナスと言えど、四将を怒らせるとさすがに怖い。
 彼女はすぐさま情報の核心を、手短に伝える。

『王国の各地を回っているんです』
「何のためだ?」
『オリハルコンには、魔力を増幅させる作用があります。それは人間が摂取した場合も同様で、体内に取り込んだ人間はやがてアニマ使いとなります』
「それが3機のアニマとどう繋がる」
『どうやら、彼らは王国の全ての町に、オリハルコンの粉末を配って回っているようです。空を飛べるので非常に効率が良く、ほんの3日ほどで任務は終了するらしいですよ』
「まさか……王国の目的は」

 ここまで言うと、さすがにクリプトでも気づく。
 何を目的で、王国の全ての町にオリハルコンを配っているのか。
 配った結果、どうなるのか。

『全王国民のアニマ使い化』

 聞いて、クリプトは凍りついた。
 アイヴィから、最初に作戦内容の情報を聞いた時はプラナスも全く同じ反応をしていたのを思い出していた。

「馬鹿な、そんなことが……!」
『無い、と私も思いたい所です。ですが、王国は本気でそれを成そうとしている。王が言うには、これはオリハルコンによる”魂の進化”だそうですが』
「ふざけるなっ! 帝国のアニマ使いは、野良を合わせても4桁行かないぐらいなのだぞ!? だというのに、全国民のアニマ使い化など――」

 声を荒げるクリプト。
 そんな彼に対し、プラナスは落ち着いた様子で答えた。

『ええ、1ヶ月もしないうちに、帝国には数万単位のアニマが押し寄せることになるでしょうね』

 クリプトは、全て夢だと思いたいたかった。
 帝国の圧勝で終わると思っていた戦争が、オリハルコンの登場で盤石が揺らぎ、そして数の暴力でひっくり返ろうとしている。
 3機のアニマならまだ戦いようがある。
 だが、数万のアニマなど――戦うことを考えるだけでも愚かなほどだ。

「馬鹿げている……こんな、馬鹿なことが……」

 突きつけられた現実に、彼はそう繰り返すことしかできなかった。





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