人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

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37  天空と奈落の狭間のグレー

 




 ラビーと合流し山を下り、テームに戻った頃には、全てが終わっていた。

 馬車を町の手前で止め、入り口に立ってかつて町が存在していた場所を眺める。
 町の豊かさを象徴するように、真新しい建物ばかりが並んでいた町並みは、無残に潰され、砕かれ、かつての姿を思い出すことすら難しい。
 所々に見える血と肉と内臓のペインティングが、余計に想起を困難にしていた。
 この破壊を行った張本人である魔物たちは、獣の姿に戻って各々で自由に行動している。
 僕たちの横を通り過ぎ森へ帰る者もいれば、町に残った食料や、屍を貪る者もいた。

 気づけばいつの間にか空は曇っている。
 湿った空気も相まって、筆舌に尽くしがたい死臭があたりに漂う。
 こんなの嗅いでたら、またラビーが嘔吐しそうだと心配して彼の顔を見ると、気分は悪そうだけど、そこまでじゃないみたいだ。
 百合は僕にぴたりとくっついて、エルレアは僕の腕に抱えられながら眉をひそめて、そして僕は無表情に惨劇を直視する。
 しばらく獣たちを目で追っていると、広場の方からひときわ大きな獣が2匹、こちらに近づいてきた。
 マーナとガルムだ。
 ガルムの背中には、フリーシャの死体が横たわった状態で載せられている。

「クウゥン……」

 近づいてきたマーナが、寂しそうに鼻を鳴らした。
 労おうと、頭に手を伸ばし、犬よりは少し硬めの毛を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細める。

「ラビー、また馬車を出してもらってもいいかな?」
「わかりました、行き先はフリーシャさんの家でいいんですよね」
「うん、みんなも一緒に載せていこう」

 僕がそう言うと、ガルムが「ガゥッ」と小さく吠える。
 いくらうまくバランスが取れているとは言え、背中に人を一人載せたまま山を登るのは難しいだろう。
 彼も、できれば一緒に行ってくれると助かる、と言っているのかもしれない。

「さ、フリーシャは私が連れてってあげるから、マーナとガルムは先に荷台に乗っててね」

 百合は真っ先にガルムの背中からフリーシャの遺体を抱き上げた。
 服が血で汚れることも厭わず、笑顔のままで。
 苦痛に歪む死に顔を見て一瞬だけ表情が曇るものの、すぐにまた優しく微笑む。
 荷台に彼女の体を横たえ、囲むように座ると、馬車は再びフリーシャの家へ向かって走り出した。



 ◇◇◇



 フリーシャの遺体は、彼女の両親の墓の下に埋めることになった。
 家からシャベルを持ち出し、深く穴を掘る。
 果たして人間風の弔い方がシルバーウルフである彼らに伝わるのか不安ではあったけれど、2匹はその様子を大人しく見守っていた。
 できれば棺も用意してあげたかったけれど、そんな時間は僕らには無い。
 かと言って遺体を放置しておくのも後味が悪く――言ってしまえば、ただの自己満足だ。

 彼女を掘った穴の底に落ち葉を敷き詰め、遺体を下ろす。
 そして穴のそこで眠る彼女の体に上に、近くで摘んだ赤い花を添えた。
 マーナとガルムは、惜しむように穴の中を覗き込む。

「フリーシャ、天国にいけるといいね」
「グラティア様はあらゆる場所に存在し、いつでも私たちを見守っています」
「グラティアって……神様なんだっけ?」
「ええ、彼女の人生だってきっと見ていたはずですから、天国に行かないわけがありません」

 そもそも神なんて本当に存在しているのなら――などと野暮なことは言わない。
 どんな神だって構いやしない。
 彼女が死後、両親と再会して、幸せに暮らせているのなら。
 あの世の存在を信じてるわけじゃない。
 それでも、今回ばかりは、ご都合主義だったとしてもそれぐらいの幸せはあっていいと思った。

 埋葬を終えた僕たちは、今度こそフリーシャの家に別れを告げる。
 マーナとガルムは、ここで彼女の思い出とともに生きていくようだ。
 周辺には、もう彼らの生活を邪魔する人間も居ない。
 失ったものはあまりに大きいけれど、きっと彼らは彼らなりに、うまくやっていくだろう。

 フリーシャの家を後にした馬車は、次の目的地へ向かって走り出す。
 2匹のシルバーウルフは、僕たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 次の町はトランシー、場所はテームの南。
 中継の町がすでに存在しないことを考えると、一晩は野宿が必要かもしれない。
 そしてトランシーを過ぎて西へ進むと、いよいよエルレアの故郷、イングラトゥスだ。

 そこで待ち受けているのは、度し難い、救いようのない事実なのか。
 あるいは、エルレアの抱く理想通りの、優しい現実なのか。
 天秤が、”結果など問うまでもない”と笑う。
 それでもエルレアは縋るだろう。
 どれだけ拒もうと、本心はこの世界が汚いものだと認めつつある。
 そんな彼女にとって、思い出に残る綺麗な故郷こそが、自分が自分であるための最後の砦なのだから。



 ◇◇◇



 道中の馬車の中はやけに静かだった。
 割と喋るはずの百合ですら、ずっと黙り込んでいる。
 灰色の陰鬱な空が、余計に重い空気を増長させているんだろう。
 暗い雰囲気に息苦しささえ感じた僕は、おもむろに立ち上がると、エルレアの体を抱き上げた。

「ひゃあっ!?」

 何も見えないエルレアは当然のように戸惑う。
 しかし僕は何も言わずに彼女の体を抱きしめたまま、また元に位置に戻り腰を下ろす。

「な、なんですか急に!?」
「なんとなく、落ち込んでるように見えたから」
「励まそうとでも言うのですか?」
「まあ、そんな感じ」
「もっと他にやりようがあるでしょうにっ」

 そう言いつつも、彼女も抵抗はしない。
 言葉で励ます方法も考えたけれど、この雰囲気じゃ気休めにしかならなそうだったから。

「ユリの視線が痛いのですが、恋人の前でこのようなことをしてもいいのですか?」
「別に私は岬を睨んでるわけじゃないから」
「あ……」

 僕には百合の言葉の意味はさっぱりだったけど、エルレアには心当たりがあったのか、それきり黙り込んでしまった。
 気まずい空間に、馬車の揺れる音だけが響く。
 時折車輪が石ころを巻き込んで大げさに揺れる時以外、まるで荷車の中の時間は止まったみたいだった。

「あのとき」

 口を開いたのはエルレアだ。

「ミサキにフリーシャの事情を話さなければ、ミサキがフリーシャを誘っていれば、違う結果になったのでしょうか」
「かもね」

 素っ気のない返事。
 けど僕に、それ以外の言葉は用意できなかった。
 ちょうど同じことを考えていたからだ。

「岬って、慰めるの下手だね。私の時はあんなに狡猾だったくせに」

 隣で百合が苦笑いを浮かべている。

「他に言いようがないから。誘ったら救えていたかもしれない、けどそうじゃないかもしれない。原因の根はもっと深くて、僕たちが行こうが行くまいが結果は変わらなかったのかもしれない。ほら、”かもしれない”ばっかで何も確かなことなんてないでしょ?」
「それでも、考えずにはいられません」
「だったら出来るだけ前向きに考えるしか無いね。僕たちが居たことでマーナとガルムは救われた。フリーシャを埋葬できた。未来は、少しだけマシになったんだ、って」
「前向きに……ですか。まさかミサキからそんな励ましを受けるとは思ってもみませんでした」

 僕も思ってもみなかったよ。
 エルレアがこんなにすんなりと、僕の言葉を受け入れてくれるなんて。

「ありがとうございます」

 彼女は体の力を抜き、背中を僕に預けた。
 ……それがテームの人々の死を容認していることに気づいていないんだろうか。
 まあ、気づいていても、いなかったとしても、これは僕のやってきたことの成果が実を結んでいるという証左だ。
 僕は思わず、エルレアを抱きしめる腕に少し力を込めた。
 この感情を愛おしさと呼んでいいものか。
 しかし、それ以外に相応しい形容を僕は知らない。
 そんな僕の様子を見てか、百合がわざとらしくこちらに体を寄せてきた。

「……嫉妬じゃないから」

 彼女はふくれっ面をしながらそう言った。
 いや、どう見ても嫉妬にしか見えないんだけど……多少の嫉妬で嫌うわけがないのに。
 僕たちの関係は、そんな薄っぺらいものじゃないんだから。

「百合、こっち向いて」
「ん?」

 振り向いた百合に、顔を寄せる。
 一瞬驚いた顔をするものの、すぐに「にひっ」と笑って彼女も僕に顔を近づけた。
 触れるだけのキスだったけど、割と彼女は満足してくれたようで。

「嫉妬じゃないって言ったのに、もぅ」

 と言いつつも、緩む表情を隠せないでいた。

「仲がよろしいのは結構ですが、私の上でそういうことをするのはやめてもらえませんか……?」

 しかし、あちらが立てばこちらが立たず。
 今度はエルレアのご機嫌取りをする羽目になるのだった。



 ◇◇◇



 一晩の野宿を終え、トランシーの町へ。
 トランシーは、特産品や鉱山が近くにあるわけでもないのに、それなりの規模をもった町だった。
 魔物も多いわけではなく、山賊もおらず、ゾウブも地下に埋まっている。
 平和で恵まれいるのだ、だから自然と人が集まってくる。
 収入は他所から仕入れた素材を加工販売することで補っているらしく、町の外れには、いくつかの魔法製品やアニムスの製造工場が並んでいる。

 不思議なことに、いまだ町の往来を堂々と歩いても問題はない。
 カプトから脱走した上に、シルヴァ森林を炎上させ、商人を殺し、ディンデを潰した張本人。
 だと言うのに、似顔絵すらトランシーに伝わっていないのは、やはりカプトに続く運送ルートの中継点を2つ潰したおかげなんだろう。

「全体的に商品の値段が上がってますね、店主も商品が不足していると嘆いていました」

 不足した物資の補充に向かったラビーは、宿に戻ってくるなりそう嘆いた。
 現在、王国の北と南はシルヴァ森林の火災によって分断されている。
 物を運ぼうにも大きな迂回を強制され、時間も金もかかる。
 そのため、多くの商人は北側は北側だけで、南側は南側だけで商売をしているようで、一部の品物の流通が完全に停止していた。

「この様子だと、国境地帯にも物資は届いていないのかな」
「だと思います。ただでさえ王国は劣勢なのに、兵糧が不足するとなれば兵士の士気にも関わると思うんですが」
「帝国に辿り着く前に負けられると困るんだけどなあ」

 まあ、そのためのオリハルコンなんだろうけど。
 ここまで追い詰められているとなると、仮に桂がカプトに戻り三洗の件を報告したとしても、情報はもみ消され開発は続行する。
 あんな化物が量産されたら、僕も厳しいし帝国も厳しい。
 何より、オリハルコンの暴走で勝手に命を落とされるのは困る。
 ちゃんと僕の目がある場所で死んでもらわないと。

「あの、ミサキ」

 エルレアがおずおずと口を開いた。
 一度は元気を取り戻したものの、トランシーに到着してから再び落ち込んでしまった。
 その理由は大体察しがつく。

「どうしたの、エルレア」
「やはり……イングラトゥスに向かうのですか?」
「そりゃね、エルレアだって故郷に帰りたいでしょ?」
「それはそうですが……」
「心配しなくても、僕も百合も、今は全てを滅ぼそうと思ってるわけじゃない。家族にも危害を加えたりはしないから安心していい」
「そこは心配していません」

 してないんだ。
 じゃあ単純に、真実を知るのが怖くなってしまっただけってことか。
 家族のことを信じられないぐらい、心が揺らいでいると。
 僕は立ち上がると、椅子に座るエルレアに近づき、馬車の中と同じように抱き上げる。

「ま、またですかっ!?」
「さっきはこれで元気が出たみたいだから」

 彼女を抱いたままベッドに腰掛けると、隣の百合がぺたりと僕にひっついてきた。

「……また?」
「なんとなく、負けたくないと思って」

 何を張り合ってるんだか。
 と言うかこの状況、一番気まずいのは明らかにラビーだよね。

「ボクのことは気にしないでください、もう慣れたんで」

 僕の視線に気づいたラビーがそう言った。
 慣れるのもそれはそれで可哀想だ、かと言って男とひっついたって嬉しくともなんとも無いけども。

「ま、結局は行ってみないとわからないってことで。他人の本音なんて、心でも読めない限りは自白してもらうしか確かめる方法は無いんだから」

 言いながら、ぽんとエルレアの頭に手のひらを乗せる。
 彼女は拒まなかった。
 そう、もう彼女は僕を拒んだりしない。
 人殺しの腕に抱かれたって、嫌な素振りすら見せないわけだ。

 その日はトランシーの宿で一泊し、次の日の朝には町を発った。
 馬車は、西へ向かって進行する。
 向かう先は、もちろんイングラトゥス。

 昨晩は百合と一緒に3人で寝てまで励ました甲斐もあってか、エルレアはすっかり覚悟を決めた表情だ。
『私は結果が出るまで信じ続けます、家族が私の帰りを待っていることを』、と。
 今はそれでいい。
 落差が大きい方が、付け入る隙は大きい。
 あとは彼女の家族がいかに本性を見せてくれるのか、ただそれだけだ――





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