人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

36  獣たちの葬列

 




 あえて死因をあげるとすれば、彼女には”甘さ”があったのだろう。
 そこに見事に付け込まれ、隙が出来てしまった。
 あるいは、自分に隙があることを理解した上で、それでも謝罪の言葉を聞きたいと思ったのか。
 『マーナとガルムさえ巻き込まれければ、最悪、自分が犠牲になっても構わない』と。

 馬車がある程度テームから離れた所で、僕と百合は荷台から降りる。
 ここまで離れれば町から探知されることもない、アニマを発現させて走った方が早いはずだ。
 先に降りた百合がイリテュムを呼び出す。
 遅れて僕もウルティオを呼び出そうとすると、エルレアが僕を止めた。

「ミサキ、私も連れて行ってくれませんか!」

 今から僕らは、テームの町を滅ぼすために走ろうとしている。
 それに連れて行けということは――僕の行為を許容することに他ならない。

「この目では見ることはできませんが、近くで確かめたいのです」
「何を確かめるの?」
「私の中にある、このひどく汚く、醜く、ドロドロとした感情の正体を」

 自覚している。
 まっ白で純粋な、綺麗な心を持っていた少女が、自らの心に生まれた負の感情を認めている。
 それは僕の勝利でもあるはずなのに……素直に喜べないのはどうしてかな。

「ウルティオッ!」

 僕はアニマを発現させると、屈んで、壊さぬよう慎重に荷台からエルレアの体をつまみあげた。
 そして手のひらに乗せる。

「乗り心地は保障できないよ」
「構いません、さあ行きましょう」
「ラビーは巻き込まれないよう、安全な場所で待機しておいて」
「わかりました、ご武運を祈っています」

 そう言うと、馬車は走り出し、僕の前を離れていった。

「ご武運ねえ」

 まさかラビーからそんな言葉が聞けるとは思ってなかった。
 馬車の中で大体の事情は説明したけど、だとしても町の全員を殺すことに同調してくれたのは――幾度となく、目の前で虐殺を見せてきた成果、だろうか。
 人の死に対する感覚が狂ってきている。
 それはエルレアに関しても同じこと。
 仮に僕と出会う前に、彼女が同じようにフリーシャと出会い、フリーシャを失っていたとしても、テームの町を滅ぼすことを善しとはしなかったはずだ。

 ウルティオがイリテュムを追って駆け出すと、「っく」と手のひらから苦しそうな声が漏れた。
 いくら気を使っても馬車のように快適な旅を保障することは出来ない。
 少し速度を緩めると、「気にしないでください」とエルレアは強がりながら笑った。

 道なき道を進み、一直線で山を駆け上っていく。
 ようやく視線の先にフリーシャの家が見えてきた時――

「グルオォオオオオッ!」
「グガアアアァァッ!」
「ウウゥゥゥゥゥッ……」

 無数の獣の声が聞こえてきた。
 前方に現れたのは、無数の魔物の群れ。
 その数は、見えていたフリーシャの家の敷地が全く見えなくなるほどだ。
 イリテュムがミセリコルデを構え、戦闘態勢を取る。
 僕はそんな彼女の腕に手を伸ばし、ミセリコルデを下げさせた。

「どうして止めるの?」
「敵じゃないからだよ。だよね、マーナ、ガルム」

 彼らの名前を呼ぶと、群れの先頭から2本の光の柱があがる。
 光が消えると、中から現れたのは見覚えのある、2体の魔物だった。

「ガウッ!」

 アニマを纏ったガルムが吠える。

「良かった、マーナとガルムは無事だったのですね」

 ウルティオの手のひらで、鳴き声を聞いたエルレアが安堵の声を漏らす。
 おそらくこの2匹のシルバーウルフは、周囲一帯の魔物を統べるボスだ。
 そのボスと家族だったフリーシャもまた、魔物たちにとっては尊敬すべき存在だったのだろう。
 だから、その仇を取るために、彼らはテームの町に攻め込もうとしていた。
 確かに、アニマが使えなくとも、これだけの数の猛獣が居れば町に打撃を与えることはできる。
 とは言え、その代償として多くの魔物たちが命を失うはずだ。
 それよりもっと効率的な方法がある、って伝えたいんだけど――いくらマーナとガルムの知能が優れているからって、言って伝わるものなのかな。
 とりあえず、単純な言葉を使って試してみよう。

「マーナとガルムに協力したいんだ」
「ワフッ!」

 マーナが返事をした。
 魔物たちを制して攻撃を辞めさせた時点で、協力の意志があることはわかる。
 なら次は――

「作戦がある、ついてきて欲しい」
「キャウンッ!」

 再びマーナの返事。
 どういう意味なのかはわからないけど……表情からして、通じてるってことなんだよね。

「岬、大丈夫なの?」
「やってみるしかない、行こう」

 彼らに背を向けて、あらかじめ目星をつけておいた狙撃位置・・・・まで移動を開始する。
 すると先頭の2匹を筆頭として、魔物たちは大人しくぞろぞろとついてきた。
 問題はなさそうだ。
 本当は彼らの待機位置も指定したいけど、そこまでの細かい指定はフリーシャでも無い限りは出来ないだろう。
 贅沢は言わない。
 町の連中が死滅してくれれば、それで十分だ。



 ◇◇◇



 狙撃に適した場所と言っても、しょせんは山の上だ。
 しかもアニマの状態では、狙撃体勢になるために必要な場所も広くなる。
 少々窮屈さを感じながらも座射の体勢を取ったウルティオは、可変ソーサリーガンを構えた。

 エルレアは反動に巻き込まれ無いよう、百合にあずけてある。
 今頃はイリテュムの手のひらの上で、耳を澄ましていることだろう。
 これで心置きなく狙撃に集中できる。

「スキル発動ブート魔弾の射手イリーガルスナイパー

 スキルが発動すると同時に、全身の障壁が消失する。
 同時に、握りしめた黒い長銃――狙撃形態モードアンサラーに込められた魔力がさらに強くなるのを感じた。
 スコープを覗き込むような視界にも変化が生じる。
 視神経を魔力が強化し、さらに遠くまで、鮮明に見渡すことができるようになっていく。
 僕の視線の先には、テームにある、とある建築物が映っていた。

 テームに配備されていた2機のプルムブムは、1機は豊富な武装を備えているのに対し、もう1機はやけに武装が貧相だった。
 しかし代わりに、頭部の耳の部分から斜め後ろに伸びるアンテナが装備されている。
 あれはおそらく、探知スキルの代わりをするもの――要はレーダーなのだろう。
 ゾウブはあまり頑丈じゃない。
 元から地面に埋蔵していたのならともかく、外部から持ってきて格納しているような町は、ゾウブを破壊されてしまうと、アニムスどころかアニマ――ひいては魔物にも攻め込まれるようになる。
 致命的な弱点なんだ。
 したがって、ゾウブが破壊されないように守りを固めるのが定石。
 そのための、危険を事前に察知するためのレーダー。
 加えて、聞いた所によると、テームには少なくとも2人のアニマ使いがいるそうだ。
 相手が普通・・なら、盤石の守り、むしろ過剰防衛と言っても過言じゃない。

 そもそも、ほとんどの町の防備はアニマ使いが襲ってくることを想定していない。
 アニマ使いは将来の約束されたエリートだ、満たされた人間がなぜ犯罪に手を染める必要があるというのか。
 つまり、戦争に巻き込まれでもしない限り、アニマ使いに町が攻められることはない。
 したがって、アニマ使いは基本的に”守る側”なのである。
 仮に町を襲うアニマ使いが居たとしても、普通ならレーダーが先んじて探知し、町に到着する前にアニマ使いやアニムスが出撃し、町を守る。
 レーダーの外側から狙撃できるアニマなど滅多に居ない。
 あるいは、この世界でここまでの距離を狙撃できる武装をもっているのは、彩花だけかもしれない。
 だから、仮にここで遠距離からゾウブが狙撃され、破壊されたとしても、防備に問題があったわけじゃない。

「恨むなら――僕にこの力を与えた水木を恨むがいいさ」

 狙いを定め、引き金に指をかける。
 まず最初に打ち貫くのは、ゾウブを格納したあの建物ではない・・・・
 仮にゾウブが破壊できたとしても、アニマ使いが出てきて守られたんじゃ台無しだ、魔物に犠牲が出てしまう。
 つまり、最初に狙うのは、広場で死体を肴に祝宴をあげる下劣を擬人化したような肉人形ども。
 そこに混じる、2人のアニマ使い。
 指に力を込める。
 カチリとトリガーを引き込むと――
 ドウンッ!
 微かな反動と共に、銃口から多量の魔力を孕んだ殺意が放たれた。
 放たれた弾丸は、ほどなくして広場のアニマ使いの周辺に着弾。
 芝生の緑に包まれた広場に茶色の穴があき、周辺にいた住人が命と共にはじけ飛んだ。
 阿鼻叫喚の光景を、僕は特等席で眺める。

「あぁ……微かですが、人々の悲壮な叫びが聞こえます」

 着弾後、しばらくしてエルレアが言った。
 風に乗った微かな音を聞き取ったんだろう。
 しかしその声には、以前のように嫌悪感や怒りは含まれていない。

 それにしても、即死できた彼らはある意味では幸せだったのかもしれない。
 半端に吹き飛ばされた男は腕を失い、血を撒き散らしながら苦しみ、女は全身を焼かれながら痛みにのたうち回った。
 相応しい末路に、思わず笑みが溢れる。
 ……おっと、悦に浸ってる暇はない。
 次は素早くゾウブの格納庫にスコープと銃口を向け――放つ。
 何らかの金属で頑丈に作ってあったであろう格納庫も、狙撃形態モードアンサラーの威力の前には紙にも等しい。
 壁はぶち抜かれ、中のゾウブの結晶が砕け散る。

「アオオォオオオオオオンッ!」
「グルオオオオオオォォォオッ!」

 その時、マーナとガルムがひときわ大きな鳴き声をあげた。
 特攻の合図である。
 ドドドドドッ!
 地面を揺らし、鳴らし、土煙をあげながら、魔物の群れが一気にテームへ向けて山を駆け下りていく。
 もはやテームを守るのは、型落ちした2機のプルムブムのみ。
 あるいは、プルムブムを動かせるパイロットも広場で絶命しているかもしれない。
 どちらにしろ、この速度で突っ込んでくる魔物に、今からアニムスに乗り込んで対応できるものか。

「今回も自分じゃ手は下さないんだ?」
「ディンデの時は、ゾウブの影響下だったからアニマじゃ立ち入れなかった。だから山賊にやらせた。今回は――ただ破壊するだけじゃない、彼らの後悔を少しでも減らす手助けをしたかったんだ」
「マーナとガルムは、これで救われるのでしょうか」

 エルレアが僕に問いかける。
 答えはノーだ、そんな単純な話じゃない。

「救われるもんか。大事な人を失った傷は一生消えない、守りきれなかった後悔を抱き続けて生きていくんだから」
「ならば、なぜ復讐するのですか?」
「それでも、楽になる心はある、晴れる気もある。崩れそうになる心を、”復讐を完遂した”という達成感が支えてくれる」
「そのために人を殺すなんて、利己的です」
「誰もが身勝手に生きてるんだ、じゃなきゃ彩花フリーシャだって死ななかった。なのに、どうして自分だけを戒める必要があるっていうんだろう。自分の身勝手を通して何が悪い、利己的で何が悪い!」

 結局、最後は身勝手を通したものの勝ちだ。
 遠慮したって、”いい人”って言う他人からの評価をもらえるだけ。
 それに一体どんな意味があるっていうんだ。
 仮に”いい人”な自分を誰かが慕ってくれたとしても、守って、救ってくれたとしても、そんなものはたったひとつの悪意で簡単に崩れてしまう。
 10の善意より1の悪意の方がずっと強い。
 勝者はいつだって正直者じゃない、裁かれないスレスレのラインを歩く卑怯者だ。
 つまりこの世は、いかに自分の悪意を通し、いかに他人の悪意を潰すか、ただそれだけの戦場。
 自分勝手は罪? それは違う。
 それは自分勝手に生きる方が得だってことを知りながら、突き通せなかった弱い人間が、他人の足を引っ張るために使う戯言じゃないか。

「……町は、滅びていますか?」
「うん、魔物に蹂躙されてるよ。建物もめちゃくちゃに壊されて、住人たちは残らず魔物に喰われてる。全滅するのも時間の問題だ」

 可変ソーサリーガンを手にしたままの僕は、テームが壊れていく様子を鮮明に見ることが出来た。
 マーナとガルムだけは、破壊に参加せずに、真っ先に広場に向かってフリーシャの遺体を回収したようだけど。
 彼らは吊られたフリーシャの体を地面に横たえると、アニマを解除して傍らに寄り添い、その頬を優しく舐めた。
 もちろん彼女は目を覚まさない。
 それでも、マーナとガルムは彼女の遺体を慈しみ続けた。

「少し前までの私なら、ミサキの言葉を全て否定できたのでしょう。利己的な理屈に嫌悪感を抱いたのでしょう」
「じゃあ、今は?」

 エルレアには滅びゆく町を見ることは出来ない。
 それでも、音は聞こえるし、匂いも嗅げる。
 ひょっとすると、視覚ばかりに頼る僕と百合よりずっと沢山のものを感じているのかもしれない。
 そんな彼女は、惨劇を感じて何を想うのか。

「テームが滅茶苦茶になっていると聞いて、とても晴れやかな気持ちになりました。こんな私に、あなたを否定することがどうして出来るでしょうか」

 エルレアは苦しそうに言った。
 テームの住人が死ぬのが悲しいのか。
 自分が変わり果ててしまったことが虚しいのか。
 はたまた、笑顔をこらえるのに必死なのか。
 声だけでは、エルレアの真意を知ることはできなかった。

 でも――滅びゆくテームの町を見て、彼女が僕と全く同じ感想を持ったという事実は、きっと喜ぶべきことなんだろう。

 そう、喜ぶべきことで。
 それでも……多少強引でも、あの時にフリーシャを誘っていれば違う未来もあったのではないかと、そう考えてしまう自分を止めることはできなかった。





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コメント

  • タッツー

    よくこんなことを思い付くなと、感心しました。

    4
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