人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

33  僕はまだ、ちっぽけな生き物だ

 




 突然茂みから現れた2機のアニマ。
 それぞれがソーサリーガンをこちらに向け、今にも放とうとしている。
 しかし、彼らの銃が火を噴くことはなかった。

「グルルゥゥゥゥッ!」
「ガウウゥゥアアアァッ!」

 背後から2体の魔物に襲われたからである。

「な、なんだこいつっ、やめろっ、離せえっ!」

 馬乗りになった魔物を暴れながら振りほどこうとするものの、魔物の出力は彼らのアニマを凌駕しているのかビクともしない。
 僕と百合がその光景を呆然と見ていると、僕たちの背後からも新手が現れた。

「そこのアニマ使い、あいつらはどうしたらいい?」

 微妙に片言めいた発音で、そう問いかけてくる茶色の、両腕に付いた鋭い爪が特徴的なアニマ。
 声からして、僕たちとそう年齢の変わらない少女のようだ。
 助けてくれたのか、見ず知らずの僕たちを。

 ……情けない話だよ、彼女が居なけりゃ死んでたかもしれないなんて。
 いくらサブティリタスを相手した後で余裕が無かったとは言え、反省しないと。
 もっと早く動いて、探知スキルを発動しておくべきだった。
 まず僕が最優先でやるべきは生き残ることだ、じゃないと殺すことも出来ないんだから。

「殺した方がいい? それとも逃した方がいい?」
「HP――障壁が無くなるまで攻撃してくれないかな、トドメは僕が刺すから」
「そか、わかった。マーナ、ガルム、死なない程度に遊んでいいぞ!」

 少女が2体の魔物に向かって呼びかける。

「ワフッ!」
「キャンッ!」

 彼女はおそらく、あの2体の魔物の主なのだろう。
 魔物たちは少女の命令に、甘えた声で返事をした。
 しかし、その声とは裏腹にやってることはえげつない。
 爪でしっかりアニマの体を固定しつつ、牙で確実にHPを削っていく。

「や、やだっ、このまま死にたくないっ……わたし、わたしはぁっ!」

 あの時さっさと逃げておけば、あと少しは生きていられたかもしれないのに。
 変に欲をかいて功を焦るからこうなるんだよ。
 因果応報、同情の余地は一切なし。
 三洗なら無様に救おうとしたかもしれない、桂なら間違いなく救ってみせただろう。
 けどここには、彼らを救う英雄も英雄気取りも、もう居ない。

 HPを削りきったマーナとガルムは、お利口に彼らの足を固定したまま、こちらに視線を向けた。
 魔物にお膳立てされたってのは微妙な心境だけど、据え膳喰わずはなんとやらだ。
 それにしても、しっかりしつけられてるな。
 まあ、魔物とはいえ元はただの獣なんだ、幼い頃から一緒に生きていれば、これぐらいできるのかもしれない。

 僕はHPが0になったアニマに近づき、スキルを発動する。
 捕食口が開き、不規則に並ぶ牙をが蠢いた。

「な、なによそれ……白詰、あんた化物じゃない……!」

 平気で人を虐げる化物には言われたくないな。
 僕は口を近づけ、がぶりと装甲に牙を食い込ませる。
 「ひ、ひぎっ、いぎゃああああっっ!」という断末魔の叫びを聞くと、つい恍惚としてしまう。
 マーナとガルムはそんな光景を、割と落ち着いた様子で見ていた。
 まあ、動物にとっては相手を喰らうことはそう珍しいことではないのだろう。
 魔物の主である少女も、驚くどころか「おおぉぉ、かっこいい!」と声をあげていた。
 どうやら彼女、なかなか歪んだ価値観の持ち主らしい。
 一方で、最後に残ったアニマからは、ひたすらに怯えた声だけが聞こえてくる。

「ぁ、あぁ、あああぁぁぁっ……!」

 首をふるふると振るアニマを前に、僕は一切躊躇をしない。
「嫌だっ、嫌だああああぁっ!」と叫ぶ彼を咀嚼し、噛み砕き、取り込んだ。
 その後、最初に仕留めた2機も捕食し、これで計4体。
 結局、サブティリタスは完全に結晶化した上で砕けてしまったので、原型を留めておらず、喰らうことができなかった。
 もっとも、仮に喰えたとしても、あんな得体の知れないオリハルコンなんて物質、体に取り込みたくはないけど。



 ◇◇◇



 曰く、アニマ使いの少女はこのあたりに住んでいるのだと言う。
 人里ではなくあえて山に住んでいると言うことは、きっと色々と訳ありなんだろう。
 僕と百合は少女を連れてエルレアとラビーの待つ馬車へと向かった。

「これは……ミサキの方からでしょうか。血の匂いがしますが、大丈夫ですか?」

 腕から血を流す僕に気づき、エルレアが心配そうに声をあげた。
 意外だった、普段あれだけ嫌われてるなら心配もされないと思ってたんだけど。

「大丈夫、そこまで深い傷じゃないから」
「激しい戦闘だったようですね、ここまで音が聞こえてきました」
「色々想定外に想定外が重なってね、本当はもっと余裕で終わってたはずなんだけど」

 結局ヘイロスも仕留め損ねたし。
 まあ、当初の予定である4人は捕食出来たから良かったんだけど、三洗が死んだのが地味に痛いな。
 その代わりを桂が務めてくれるとも思えない。

「ところで、そっちの狼を連れた女の子は誰なんです?」

 ラビーが僕らの後ろに居る少女を見て言った。
 まず最初に紹介しておくべきだったか。

「あたしはフリーシャ・レフラクタ。んで、この子たちはマーナとガルム。あたしの小さい頃からずっと一緒に育ってきたシルバーウルフだ!」
「シルバーウルフが人間と一緒に……?」

 エルレアはそこに驚いてるみたいだ。

「もしかして、人間に懐かない動物だったりするの?」

 百合がエルレアに尋ねると、彼女は丁寧に説明を始めた。

「ええ、とても凶暴な動物で、体質からして魔力を帯びやすいのか、魔物になる確率がとても高いのです」
「多くの地域では駆除対象とされてるんですよ、ボクも人に懐いてるのを見るのは初めてだ」

 ラビーがさらに詳細な解説を加える。
 そんな人に懐かない凶暴な魔物と共に生きる少女が山の中で一人暮らし――事情はだいたい飲み込めてきた。
 大方、町の人たちから追い出されたって所かな。
 この先にある町はテーム、彼女の出身もおそらくそこだろう。

「そうだ、良かったら今日はうちに泊まらないか?」
「助けてもらった上に、そこまでしてもらうのはさすがに申し訳ないよ」
「申し訳ないと思うなら泊まってくれ。最近、誰とも会えてなくて刺激が足りないんだ」

 刺激ねえ……確かに個性的な面子は揃ってるかもしれないけど。

「良いのではないですか? 先ほど戦ったのは王都からの追っ手なのですよね、ならばすぐ次の追っ手が来るとは思えません」
「それはそうなんだけど」

 油断してたのを反省したばっかだからな。

「仮に誰かが攻めてきたとしても、あたしの家の近くなら一緒に戦ってやれるぞ?」

 別に次の追っ手を心配しているわけではなく、自分への戒めのつもりだったんだけど。
 まあ、万が一のことがあってもフリーシャが一緒に戦ってくれるなら問題無いか。
 彼女のアニマの性能はまだわからないけど、2匹の魔物の強さは折り紙付きみたいだし。

「わかった、じゃあ今日はお世話になろうかな」
「やったー!」

 フリーシャは両手を天にかかげて喜びをあらわにする。
 そんな主の姿を見て、マーナとガルムも「わふっ」と嬉しそうに鳴いた。



 ◇◇◇



 マーナの背に乗ったフリーシャの案内で、彼女の家へと向かう。
 話によると、森に引っ越したあと自力で作った家らしいのだが、果たして僕たちが眠れる場所は確保できるのか。
 いざとなればテントや荷車に寝るという手段もあるけれど、できれば今日は布団でぐっすり寝たいな。
 まだHPが回復しきっていないせいか、体が妙に重いのだ。

 フリーシャの家に向かう道中、僕は袋からオラクルストーンを取り出し、プラナスとの会話を試みた。
 彼女が四六時中暇でないことは理解している。
 こんな真っ昼間に話せるとは思ってない、つまりダメ元で試してみただけだったのだが、

『どうかしましたか、シロツメさん』

 意外にも、彼女はすぐさま反応してくれた。

「プラナスさん、意外と暇なのかもね」

 百合が隣でぼそりとつぶやく。
 僕も丁度同じことを考えていた所だった。

『シロツメさん、まさかイタズラじゃないですよね? 私だって暇ではないんですが』

 まるで心を読まれたかのような言葉。
 僕は慌てて返事をした。

「ごめん、少しプラナスに聞きたいことがあったんだ」
『私もちょうど聞こうと思っていた所です。こうして会話出来ていると言うことは、テスト部隊は無事に撃退できたんですね』
「無事にって言っていいかは微妙な所だけどね。6人中5人が死んだよ、たぶんそのうち桂だけカプトに戻ってくると思う」
『また派手にやりましたねえ。つまりシロツメさんを恨んでいたミタライさんも死んでしまったわけですね』
「死んだっていうか、まあ確かにトドメを刺したのは僕なんだけどさ」
『妙に言葉を濁しますね、何かあったんですか?』

 あったなんてもんじゃない。
 早速、本題――オリハルコンの暴走について彼女に問いただす。

「あの背部ブースターに使われていた素材、オリハルコンだけどさ。あれ本当にただの鉱石なの?」
『と言いますと?』
「三洗のブースターが暴走……って言うか、膨張して、サブティリタスに侵食して、最後には全身が結晶化したんだ」
『そんなことが!?』

 この驚きよう、やっぱり彼女は何も知らなかったのか。

『出処が怪しいとは思っていましたが、まさかそこまで露骨にアニマに影響を及ぼす代物とは』
「最初から疑わしい部分はあったわけだ」
『オリハルコンは、カプトの北、フォディーナという町の周辺の鉱山から採掘された、と言うのは昨晩話した通りです。ですがそれが不自然なんです、確かにフォディーナ周辺に鉱山は存在していました。ですがそれは過去形、すでに採掘可能なミスリルが枯渇して、閉山していたはずなんです』
「技術が進歩して、さらに奥まで掘れるようになったとか?」
『閉山されたのはほんの数年前のことですよ? そう簡単に技術革新なんて起きませんよ。それに、再び採掘が始まったのはつい数ヶ月前の話です、そこから偶然オリハルコンが発掘されたという話は、どうも出来すぎてると思いませんか?』

 確かに、それじゃまるで最初からそこにオリハルコンが埋まっていたことを知っていたかのようだ。

『オリハルコンの存在がテストの直前まで隠されていたのも妙な話です。新兵器の開発を進めているという噂は流れていましたが、それを他の大臣にまで隠す必要があるのでしょうか』
「何か後ろめたいことがありそうだと」
『元はただの勘に過ぎなかったのですが、シロツメさんの話を聞いて確信に変わりました。おそらく国防大臣は何かまずい物に手を出しています』
「となると、仮に桂がカプトに戻って、三洗に起きた現象を証言したとしても……」
『もみ消されるでしょうね』

 つくづく腐った国だ。
 どいつもこいつも身勝手で、だからこそ漬け込む隙があるんだろうけど。

『軍部とのコネは無いのですが、そうも言ってられませんね。まあ外部大臣や帝国のコネを使って、迂回しながら繋がりを作ってみます』
「あんまり無茶はしないようにね」
『おや……シロツメさんが私の心配なんて珍しいですね』
「死にかけた上に凡ミスやらかしたから、ナイーブになってるんだと思う」
『たまには殊勝なのも悪くはないですが、やはり普段のぶっ飛んでるシロツメさんの方が頼りがいがあります。元気だしてくださいね』

 それは励ましてるのか、馬鹿にしてるのか。
 ……ま、前者と思っておこう。

「あ、そうだ。念のため、サブティリタスを飲み込んだ結晶の一部を回収してるんだけどさ」
『それは賢い判断です。帝国に持っていけば解析もできるでしょうし、情報をもたらしたとして評価されるのではないでしょうか』
「なら良かった。正直、こんな欠片でも暴走するかもしれないと思ってビクビクしてるんだけどさ」

 小さな革袋に入った結晶は、今のところ膨張したり、光を放ったりはしていない。
 とは言え、三洗の時も突然暴走を始めたんだ、何がきっかけで何が起きるのかわかったもんじゃない。

「死んだみたいに動かないから、たぶん大丈夫だと思いたい」
『こちらも可能なら、王国に先んじて結晶の回収をしてみたいと思います。解析の結果が出たらいの一番にシロツメさんに伝えますね』
「よろしく頼むよ、できれば弱点もわかると助かる」

 あまり強くないサブティリタスですら強敵になった。
 しかも背部ブースターはまだ未完成、つまり完成形にはさらに多くのオリハルコンが使われるということになる。
 暴走したのがもし桂のヘイロスだったら――今頃、僕は塵すら残っていないに違いない。

 プラナスとの会話を終えた僕は、思わず大きくため息をついた。

「疲れてるね、しばらくゆっくりした方がいいよ」

 百合が優しい口調で言った。
 その声には、思わず甘えてしまいたくなる魔力がある。

「百合だって疲れてるでしょ?」
「岬ほどじゃないから。フリーシャの家についたら、膝貸してあげよっか」
「……じゃあ、お願いしようかな」
「ふふ、ならお願いされてあげよう」

 とは言え、心労が癒えた所で根本の問題が解決するわけじゃない。
 アイヴィやキシニアのような化物とさえ当たらなければ、と思っていたけれど、そこらの凡百のアニマ使いですら化物と化す可能性が出てきたんだ。
 もっと強くならなければ。
 もっと喰わなければ。
 理不尽と戦うには、僕の力はまだまだ小さすぎる。





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