人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

27  滅ぶべくして

 




「結局ゆっくり町を見ることもできなかったし、最悪だよぉ」

 ベッドに体を投げ出しながら百合が言った。
 僕はラビーの向かい側の椅子にエルレアを座らせたあと、百合の隣に腰掛ける。

 この宿には、困ったことにツインの部屋しか無い。
 なので自然と、僕と百合、ラビーとエルレアの組み合わせでそれぞれの部屋に宿泊することになった。
 そしてここはラビーとエルレアが宿泊する予定の部屋だ。
 他人の部屋のベッドに座ったり寝転がるどうなんだろうと思いつつも、柔らかな羽毛の魔力には抗えなかった。

「いきなり夜の相手をしろだとかさ、絶対にまともな頭してないって」
「誰かに指示されてたみたいだね、赤髪の背の大きな男があの町長と話してたし」
「町長って……あのセクハラおじさんが?」

 ぱっと見では権力者には見えなかったから、百合がそう言いたくなる理由もよくわかる。

「町長だったとしても、頭がどうかしてることに変わりはないけど!」
「そこまでしてご機嫌取りしないといけない理由があったってことだろうね」
「アニマ使いじゃないですかね、その男」
「やっぱラビーもそう思う?」

 騎士の戦線に送られたことによって治安が悪化、さらに魔物の増加も社会問題となっているレグナトリクス王国。
 景気の悪化の影響か山賊も増え、最近ではアニムスを使う山賊も居るらしいし、そんな連中から身を守るために、各町に1人ずつのアニマ使いは必須とも言える。
 プリムスでは見かけなかったけれど、たぶんあの町にもアニマ使いが居たんだろう。
 しかしアニマ使いの需要が増す一方で、王国に住むアニマ使いのほとんどは、高給取りで安定した職業である騎士になりたがるため、野良のアニマ使いはあまり多くはない。
 多少の無理をしてでも、貴重な野良のアニマ使いを町に引き止めなければならない理由がそこにはあった。

「ディンデに滞在する対価として、色んな女を毎日とっかえひっかえしてるわけか」
「信じられません、人の命を守るのに対価なんて必要ないはずなのに」

 珍しく不快感を露わにするエルレア。
 とは言え、その反応はちょっと潔癖すぎる。
 誰だって贅沢出来るだけの力があるのなら、贅沢したいに決まってるのに。

「去り際の町長の様子からして、あれで諦めるとは思えない。さすがに実力行使はしないと思うけど気をつけておこう」

 僕の言葉に、全員が頷いた。
 別にラビーは頷かなくてもいいと思うんだけど。



 ◇◇◇



 夕食を終え、僕は百合とエルレアのは風呂に入ることにした。
 僕の中身が男だと知ったエルレアは抵抗していたけど、結局は百合に押し切られる形で3人で入ることになった。
 風呂ではエルレアの体を洗うのに苦労したり、調子に乗った百合がエルレアにちょっかい出して睨まれたりと、主にエルレア絡みで色んな出来事が起きたのだけれど――どうにかこうにか無事あがることができ。
 そして現在、僕と百合は2人で部屋に戻るなりベッドに直行し、早々に抱き合っているというわけだ。

「本当はお風呂で色々したかったのに」
「エルレアが居るから仕方ないよ」
「あと一人女性メンバーを増やすことを提案します、エルレアのお風呂係として」
「考えとく、面白い子が居たらね」
「岬のお眼鏡にかなう子が……居て欲しいような、居ない方がいいような」

 どっちつかずの百合が面倒くさかったので、特に弱い耳たぶを唇でくすぐる。
「にゃぁんっ」と甘えた猫なで声を出す百合に僕の支配欲が満たされた。
 今日はこのまま、いっそ空が白むまで――そう思い唇に触れようと直前まで近づいた時、僕はぴたりと動きを止めた。
 さっきまで完全にその気になっていた百合の目からも情欲が消え失せる。
 聞こえてしまったのだ。
 大勢の人間が、こちらに近づいてくる足音が。

「たぶん、あいつらだよね」
「あいつらだろうね」
「殺しちゃう?」
「いい加減それでもいい気がしてきたよ、けどまあ――ここで僕たちが直接手を下すまでも無い気はするんだけど」
「そうなの?」
「そこまで必死にアニマ使いを引き止めるってことは、町に置いてあるアニムスだけじゃ対処出来ない何かが頻繁に来てるってことでしょ? 魔物は町には入れないから、おおかたアニムスを所持した山賊ってところかな」
「でも、それを追い払うためにアニマ使いを雇ってるんだよね」
「そう、それを山賊も知っているはず。なのに何度も何度も、リスクを犯してまでこの町を狙うのはなんでなんだろうね」
「まさか……」
「たぶん百合が想像してる通りの茶番だと思う、だからそこを突付いてやれば、こんな町は一瞬でおしまいだ」
「……あー、そういうことか」

 これだけで理解してくれるなんて、さすが百合。

「とりあえず今来てる連中は適当にあしらおう、こっちがアニマ使いだと知ったら無茶はしてこないと思う」
「わかった、死なない程度にボコボコにしてやればいいんだね」

 百合がやる気に満ちている。
 二度にも渡って邪魔された分の恨みが積もりに積もってるみたいだ。
 まあ、完全に非は相手にあるんだし、1人か2人ぐらいなら殺したって問題はないと思うんだけどね。
 コンコン。
 扉がノックされる。
 蹴破って部屋に押しかけてこないのは、一応は話し合いを試みたという言い訳をするためか。
 僕は衣服を整え、ベッドから降りて扉に近づく。

「どなたですか?」
「昼間は失礼いたしました、あの時のお詫びをしたいと思って参りました。実はわたくし、この町の町長でして」
「ああ、昼間の変態おじさん」
「へ、へんた……っ!?」

 町長は扉の向こうでショックを受けているみたいだ。
 隣に移動してきた百合が、ぐっと親指を突き立てた。

「た、確かに、昼間のことはこちらが悪かったと思っています。ええ、それでお詫びをしたいと思い、ここに宿泊しているという話を聞いてやってきたのですが」
「へえ、ずいぶんと人情にあふれる町なんですね。一体何人でお礼を言いに来るつもりなんですか?」
「ぐっ……」
「それともまさか、まだあの男の夜の相手をしろだとか言い出すつもりじゃないでしょうね?」
「どうしても、無理でしょうか?」
「女装でもしてあなたが相手をしたらいいんじゃないですか」
「くっ……もういい、扉を破壊しろッ! 無理矢理にでも連れて行くんだ!」

 町長の言葉に続いて、男たちの「おおぉーっ!」という野太い声が扉の向こうから響いた。
 回りくどいな、最初からそうしてくれれば、変な茶番に付き合う必要だって無かったのに。
 僕と百合が扉から離れる。
 ドンッ、ドンッ!
 扉に誰かが体当たりをしている。
 思っていたより頑丈だったのか、2人がかりで5回ほど体当たりをしてようやく扉は破壊され、男たちが少女2人の部屋になだれ込んできた。

「言うことを聞かないお前たちが悪いんだからな」
「そうだ、俺は家内を何度も差し出してるんだぞ!?」
「うちはまだ成人もしていない娘だ! いくらよそ者とはいえ、金だって出すって言ってるのに拒否するのはおかしいじゃないか!」

 彼らの言い分を総括すると、町を守るために女が身を差し出すのは当然だ、お前たちはおかしい、と言うことらしい。
 きっと通じないから頭の中だけで言っておくけど――『おかしいのはお前たちの方だ』。
 我慢の限界だった。
 予定変更だ、多少面倒なことになったって構うものか。
 同じ空気を吸うだけでも不愉快なのに、ここまで不愉快な呪詛をばらまかれたんじゃ、生かしておく価値がない。
 僕の予想が正しければ、今夜のうちにこの町は終わる。
 なら先に殺そうが後で死のうが大差はない。
 僕は素早く袋からナイフを2本取り出すと、百合に投げ渡した。

「そうこなくっちゃ」

 妙に楽しそうに百合が言った。
 どうも最近の彼女は、人を殺すことに快感を覚えている節がある。
 いや、正確には人を殺すことで僕に近づこうとしている、か。
 つくづく思うよ。
 ――ああ、なんて素敵な恋人なんだろう、って。

「スキル発動ブート独り歩きする嘘アフェクテーション!」

 スキルを発動させ、ナイフを持った少女が2人に増殖する。
 それを見て男たちはようやく気づいたみたいだ。

「アニマ使いだとぉっ!?」

 でも、もう遅い。
 僕と百合の3は生きる血肉袋の群れに同時に駆け出す。
 ザシュゥッ!
 最初の一太刀でそれぞれ1人ずつ、計3人の首を掻っ切った。
 首から赤い水を吹き出すという前衛的な水芸を披露しながら3人は倒れていく。
 人の死に慣れていない男たちは逃げることすらできず、吹き出す血液に怯え、見惚れていた。
 その隙に次々と、確実に、無駄なく首だけを狙ってナイフを振るう。

「う、うわああああぁぁぁぁぁあっ!」

 ようやく男たちが叫び出す。
 でも、何もかもがとっくに遅い。
 女々しく叫び、腰を抜かし、地を這うみじめな王国民どもを、一振り、二振りと次々に手にかけていく。

「死ねっ、死ねっ、死んじゃえぇっ!」

 百合が笑っていた、きっと僕も笑っていた。
 だって楽しいもん。
 商人の時もそうだったけど、目障りな連中が次々と死んでいく様は、見ているだけで心が躍る最高のエンターテイメントだ。

 部屋の中は一段落みなごろししたので、今度は狭い廊下で順番に男たちを屠っていく。
 このあたりになると逃げ出す野郎も出てきたけれど、僕は男たちの間を縫うように走り抜け、臆病者たちを背中から両断していった。
 その先頭――要は真っ先に逃げ出した男の姿が見て僕は驚いた。
 いつの間に部屋から抜け出していたのやら、なんとあの町長が真っ先に逃げていたのだ。
 脂で切れ味の落ちたナイフを投げ捨て、目の前の男の頭に腕を絡め、へし折る。
 ゴギィッ!
 鈍い感触と共に男は地面に崩れ落ちた。
 続けざまに町長との距離を詰め、僕は彼の足を払い転ばせる。

「ひいぃぃっ」

 転げながら少しでも僕と距離を取ろうと、四つん這いで逃げる町長。
 しかし彼の逃亡劇はものの数秒で終わりを告げ、すぐさま壁に追い詰められた。

「な、な、なんなんだお前らはあぁぁっ! 少し力を貸して欲しいと言っただけじゃあないかっ!」
「別に、最初からどうせ殺すつもりだったし。それがあまりに目障りが過ぎて早まっただけだよ」
「そんな身勝手な理由で人をころし……もがっ、むぐっ!」

 煩いので、僕は靴の先っぽを彼の口にねじ込んだ。
 汚いけど、どうせ宿の備え付けの靴だから気にしなくたっていい。
 服もそうだ、旅館で言う浴衣のような物が備え付けられていて、おかげで返り血を気にする必要も無い。
 そんなわけで、ぐりぐりと、容赦なく喉奥に向かって靴を突っ込んでいく。
 そして町長がえづき出した所で、嘔吐される前に足に力を込めた。
 ゴリ、ゴキィッ、という骨の剥離する感触。
 ブチブチィ、という肉のちぎれる感触。
 その2つの入り混じった独特の感覚をつま先に感じながら、町長の下顎を引きちぎる。
 彼は下顎をでろんと胸元に垂れ下げていた。
 もちろん、大量の血液を流しながら。

「は、はが……は、ぎ」

 そして声にならない声を漏らすと、どさっと横向きに倒れる。
 絶命はまだか。けれど時間の問題だ。
 ちょうど百合も始末を終えたところのようで、返り血で真っ赤に染まりながら、死体の中心で頬を紅潮させている。
 純粋に、そんな彼女を美しいと思った。

「随分と騒がしいけど一体何が起き……きゃああああああぁぁぁっ!」

 表の方から現れた宿の主であるおばさんが、惨状を見て叫ぶ。

「変な匂いがしますけど、一体何があった……うわああああぁぁぁぁぁっ!」

 部屋から現れたラビーが、死屍累々の現状を見てこれまた叫ぶ。
 両サイドがサラウンドでとてもうるさかった。
 僕はそんな2人に無視を決め込み、恍惚としている百合に近づく。
 艶かしい視線がこちらを向く。
 さっきはおあずけを食ってしまったから、我慢が出来ないのは僕も百合も一緒だった。
 ましてや、あんなに色っぽい百合を見せられたらなおさらに。
 彼女の頬に手を当てると、熱っぽい吐息が漏れる。
 僕らは自然と顔を寄せ合い、唇を重ねていた。
 血で濡れる体をぴたりと密着させ、互いの柔らかさと温かさを押し付け合いながら。

「あの2人、やっぱ狂ってる……うえぇ……」

 ラビー、聞こえてるからね。
 唇を離すと、百合は名残惜しそうな表情を見せた。

「足りないとでも言いたそうな顔だ」
「満足はしてないけど、今日はこれで我慢しとく」

 それは僕も同じなので、埋め合わせはあとでするとして――

「ラビー、そろそろここ出るから馬車出して……」

 とラビーに声をかけた時。
 ズゥン、ズゥゥン。
 外から地面を揺らす重たい音が聞こえてくる。
 アニマか、あるいはアニムスかが町へ近づいてきている、その足音だ。
 いいタイミングで来てくれた。
 僕は改めて、壁に手を付きながら夕食を吐き出すラビーに声をかける。

「それ終わってからでもいいから、馬車を出して町の南から出といてよ」

 返事は無いけど、たぶん聞こえてるだろう。

「岬は今から食後のデザート?」
「うん、百合は念のためラビーとエルレアの護衛をお願い」
「一緒に連れてってくれないんだ」
「こんな田舎町に燻ってるようなアニマ使い、2人で相手するまでもないよ」

 そう言い残して、宿の外へと向かう。

 入り口の扉を蹴り開けて外へと勢い良く駆け出ると、僕は町の北側に視線を向ける。
 3体の巨人が、紅く目を光らせながらこちらを見下ろしていた。
 おそらく、山賊のアニムスだ。
 ただの山賊が3体ものアニムスを所持しているのは平時ではありえないことだ。
 しかも、山賊が持ち出したのは旧式のアニムス”プルムブム”じゃない。
 プルムブムに比べて細身のフォルム、あれはおそらく、現在進行形で軍で使用されている”アルジェント”。
 治安を維持する騎士の不在、そして戦場において大破したアニムスを回収し、修理し、販売する闇業者の存在がそれを可能にしているのだろう。
 町に置いてあるアニムスじゃ敵うわけがない。

 だが、この町にはアニマ使いが居る。
 例の男、女を要求する分、仕事はきっちりこなすようで――すぐさま3体のアルジェントの目の前に、赤いアニマが現れる。
 頭部の両サイドに付いたアンテナめいたパーツに、細身の胴体、脚部のゴツさ。
 僕がそのアニマに抱いた第一印象は”兎”だった。

 戦闘が始まる。
 見た目通りの機動性とジャンプ力を駆使してアルジェントの攻撃を巧みに交わしながら、確実にダメージを与えていく赤髪の男のアニマ。
 僕はその光景を見ながら、町の出口を目指して走っていた。
 そして、アニマの発現を阻害する”ゾウブ”の影響範囲外に出るとすぐさまアニマを呼び出す。

「ウルティオッ!」

 僕がアニマの名前を叫ぶと、周囲が光に包まれ、体が魔力に覆われていく。
 自分が巨大化している感覚とも違う、けれどその巨大な機体は紛れもなく自分自身で。
 包んでいた光が消える頃には、僕の視線はディンデの町並みを見下ろしていた。

「聞いてねえぞ、2機目のアニマだと!?」
「なっ、どうして!?」

 山賊は焦り、アニマ使いも何故か焦る。
 山賊はともかくとして、アニマの方は味方が現れたんだからもっと喜べばいいのに。
 それとも、喜べない事情でもあったんだろうか。

「ガーンデーヴァ、展開」

 僕は腕部のクロスボウを展開し、矢を補填する。
 発射準備は完了した。
 そして僕は右腕を持ち上げ、矢じりの先端をアニマ・・・に向けた。

「おい待てよ、敵は山賊だろ? なんでオレにそんなもの向けるんだよぉ!」

 白々しい。
 反吐が出る。
 話す価値もない。
 ああいう輩は――とっとと殺すに限る。

 僕は無言で矢を放った。





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コメント

  • ノベルバユーザー241871

    そっか、スキルは使えるのか。理解しました。

    5
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