人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

11  虐殺日和

 




 時刻は正午を回ったところ、僕は食事を終えて食堂の隅でゆっくりしていた。
 今日は夜間訓練を行うとかで、昼間は丸々休みだ。

 処刑から5日が経ち、宿舎の空気は表面上は平静を取り戻していた。
 食堂もある程度は騒がしさを取り戻したし、ちらほらと笑い声も聞こえてくる。
 そんな中、食堂の中央付近で桂や広瀬と食事を採っていた赤羽がこちらに近づいてきた。
 最近は僕と行動することが増えた赤羽だけど、それでも桂や広瀬がいれば彼らの方を優先してきた。
 けれど今の赤羽は、食堂を出て行く桂と広瀬はについて行かず、僕の方を優先しようとしている。
 さすがに幼馴染以上の信頼を得たつもりは無いんだけどな。

「赤羽さん、2人についていかなくてよかったの?」
「どうせ2人で訓練だから、私にはついて行けない世界だもん」

 そういうことか、確かにあの2人の訓練にはついて行け無さそうだ。
 不機嫌そうな顔をしながら、赤羽は僕の隣に座った。
 ……なぜ隣。

「何よ、その顔は」
「向かいの方が話しやすいんじゃないかと思って」
「いいのよこれで、私がそうしたいってだけだから」

 僕たちのそんなやり取りを、クラスメイトのうち数人が興味深そうに見ていた。
 なぜあの赤羽と白詰が。
 そんな疑問を抱いているのは明らかだ。
 赤羽と親しくし始めてから、僕に対する風当たりは急激に弱くなった。
 経験してみると、死んだ赤羽グループの連中が、なぜ赤羽に媚を売ってまで親しくしていたのかがよくわかる。

「アイヴィさんから聞いたんだけどさ、今夜の夜間訓練が終わったら、私たち戦争の最前線に行かされるんだって」
「そう……なんだ」
「あまり驚かないんだね」
「なんとなくそんな気がしてたから、ここ最近の訓練はやけに厳しかったし」
「確かに、アイヴィさんもかなり気合入ってたかも」

 おかげで全身筋肉痛だ。
 これで昼間も訓練、夜間も訓練って言われてたらさすがに音を上げていたかもしれない。
 せっかくの収穫期・・・なんだから、体調は万全にしておきたいよね。

「そういや団十郎も気合入ってたな、怖くて全然話できなかった」
「最後の訓練で気を張り詰めてるんだろうね、あんまり張り詰めすぎても体に毒だと思うけど」
「そう、それなんだよね。明らかに元気無くってさ、空回りしてるのかも」
「何か元気が出るような物を渡してみるとか?」
「元気が出るものか……」

 顎に手を当てて、「んー」と考え込む赤羽。
 脳裏に浮かぶのは、果たして誰との思い出か――

「そうだ、あれなら!」

 彼女は何か思いついたみたいだ。
 はて、この世界で即日入手可能せ、かつ元気が出るものなんて何があったっけ。

「ありがと白詰、おかげで良いプレゼント思いついちゃった」
「渡してみたら、って言っただけだけどね」
「それだけじゃないって、全部が白詰のおかげだから。じゃあ、私は準備があるから行くねっ」

 勢い良く立ち上がると、軽い足取りで出口へと向かう赤羽。
 僕はそんな彼女を手を振って見送った。
 可哀想に。
 自分が僕の思い通りに動いてることなんて、全然気づいてないんだろうな。





 その日の夜、王都南門に集合した僕たちは生身のまま、アイヴィからの説明を聞いていた。
 夜間訓練の必要性、普段とは違う物が見える視覚の扱い方、そして訓練完了の条件を。

「いいか、今日の夜間訓練はあくまで暗闇の中での視界に慣れるためのものだ。よって、種類サイズ問わず魔物を1体狩った時点で訓練完了とする。それ以上狩ってきても報奨金は出ないからな」

 アイヴィが念を押してそう言ったのは、これ以上犠牲者を出さないようにするためだろう。
 自分たちの命を狙う者が居ることを、まだ誰も疑っていない。
 注意さえしていれば無事でいられると思っている。
 おかげさまで、僕は自由に動けてるんだけど。

 出撃直前、南門付近で赤羽は広瀬と何やら話し込んでいた。
 赤羽の手には以前2人で一緒に飲んだジュースが握られている。
 どうやら、元気を出してもらうためのプレゼントとは、あの魚介入りの甘いジュースのことだったらしい。
 広瀬自身も特に甘いものが嫌いというわけでは無いようで、赤羽からのプレゼントを快く受け取っていた。
 貝嫌いの広瀬が拒まなかったってことは、赤羽は魚介が入っていることを話さなかったんだろう。
 僕は少し離れた場所で、そんな2人のやり取りを見ていた。

「岬くん、少しいいかな」
「彩花、どうしたの?」

 いつの間にかすぐそこまで近づいていた彩花が僕に話しかけてくる。

「最近……赤羽さんと仲良いよね、今も見てたんでしょ?」
「うん、話してみると意外と相性が良くってさ。それがどうかしたの?」
「どう、っていうか。変わったな、と思って」
「異世界に来て環境が変わったんだから、そういうことだってあるよ」
「そう、かな」
「そうそう、いつまでも僕もやられてるだけの人間じゃないってこと。さ、出撃も近いからそろそろ行こう」

 さすがに彩花は違和感に気づくか。
 案外、一番警戒すべきは僕のことをよく知る彼女なのかもしれない。
 ボロを出す前に、僕はそそくさと彼女の前を離れ、門を出て外へと向かう。

 すでに数人が出撃し訓練を開始しており、その後を追うように次々とアニマが夜の平原へと駆けてゆく。
 僕は彼らの背中を見送りながら、ゆったりと空を見上げた。
 夜空には数え切れないほどの星が輝いている。
 そこに見知った星座は無いけれど、まず日本じゃ見られない美しい光景だ。
 今日の夜空空はまるで、収穫の日を祝福しているように思えた。

 クラスメイトたちが半分ほど出撃したころ、広瀬のアニマ”エクエス”が姿を表した。
 今日の訓練はペアの強制などは無く、チームを組むのも自由と言われている。
 しかし、広瀬の周囲に桂や赤羽のアニマの姿は周囲に無い。
 単独で出撃するつもりみたいだ。
 僕はエクエスが可視範囲から出たのを確認して、彼と同じ方向へと出撃した。
 王都カプトから離れ、周囲に他のアニマが居ないことを確認すると――

「スキル発動ブート卑劣なる俯瞰者ライフトーチャー

 あたりから奪ったスキルを発動させる。
 僕の視界に、いくつもの点が並んだ。
 全ての点は、この周辺に存在するアニマを示している。
 僕はその中からエクエスらしき点を見つけて、意識を集中させマーキングを行う。
 するとその点のみ色が赤色に変わった。
 これで追跡しやすくなるはず。

 僕はエクエスの後ろ姿を追いながら、訓練中に見たエクエスのステータスを思い出していた。



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 名称  エクエス
 武装  頭部ソーサリーガン
     実体手甲剣:シヴァージー
     胸部大出力ソーサリーガン:ヴァジュラ
 能力  Lv.32
     HP   17000/17000
     MP   13000/13000
     出力  2100
     機動性 2340

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 以前は勝てるとか言ってたけど、訓練でまたレベルが上がって離されちゃったんだよね。
 エクエスは近接戦闘用の両手に仕込まれた大型手甲剣に、ヴァジュラと呼ばれる胸部の大型ソーサリーガン、そして高い水準のステータスにと、隙の無いアニマだ。
 まだまだ武装が貧弱なウルティオじゃ、万が一にも勝つのは難しい。
 アイヴィがすぐにでも実戦投入できると言った理由がよくわかる。

 仮にウルティオとエクエスの能力が同等程度だったとしても、広瀬が自主訓練で学んできた経験の分だけ優位に立つだろう。
 まっとうに戦っても勝つのは難しい相手だ。
 しかも戦闘が長引けば、他のクラスメイトに見つかってしまう危険性もある。
 ならば奇襲を仕掛けるか――それもノーだ。
 奇襲で優位に立てるのは序盤だけ、それでエクエスのHPを削りきれるとは思えない。
 だから僕は、あえて真正面から彼とやりあうことにした。
 エクエスの周囲に他のアニマが存在しなくなったことを確認すると、僕はエクエスに接近を試みる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 広瀬の呼吸は荒い。
 体の動きもぎこちなく、移動速度も遅かったため、距離を詰めるのは容易かった。
 エクエスの機動力を考えると、本来の力の半分も出せていないのは明らかだ。
 これはラッキーだ、まさか偶然に、奇跡的に、こんな日に限って広瀬の体調が悪いだなんて。

「っく……なんで、こんな……くそッ……!」
「広瀬くん」
「白詰、てめえなんでこんな所に……」
「なんで、ってそりゃ――」

 ウルティオのソーサリーサーベルを展開し、告げる。

「広瀬くんを殺すため、としか言えないかな」

 武装を展開したことで親愛なる友スウィンドラーが解除され、ウルティオの真の姿があらわになる。
 何体かのアニマを捕食し取り込んだウルティオは、変色し黒に近い色合いへと変わっていた。
 その色に加え、意匠の異なる複数のパーツがツギハギのように組み合わさっているせいで、まるで異形の怪物のようにも見える。
 初期の真っ白なウルティオとはあまりにかけ離れた姿に、広瀬は困惑しているようだ。

「お前……本当に、白詰か?」
「そんなの決まってるじゃん。正真正銘、広瀬くんたちを心の底から憎んでいる、白詰 岬だよ」

 そう言って、僕はサーベルでエクエスへと斬りかかった。





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