人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
4 狩りの時間
目まぐるしく月日は過ぎ、気づけば2週間が経っていた。
朝、薄い布団の上で最近のことを思い返してみてもいまいち浮かんでこない。
空腹で頭が働いていないせいだろうか。
異世界に来ても、彼らの暴力や略奪は止まることは無かった。
むしろ生活を共にするようになったせいか激化していき、今では十分な食事すら与えられていない。
この体になった時よりも、手足が細くなったような気がする。
あれだけ訓練して体を動かしてるのに。
時折、彩花が気を使って僕に近づいてくるけど、折鶴の話を聞いてからは口もきいていない。
あの話を全て信じてるわけじゃない。
ただ、水木先生との関係については、どうにも嘘だとは思えなかったから。
汗ばんだ肌に、思えば首筋にキスマークらしき赤みあったような気がする。
思い出すだけで、今でも吐き気がするようだ。
今でもこの気持ちが恋だったのかはわからない。
でも、僕が彼女に特別な感情を抱いていたのは確かで。
悔しいとか悲しいとか色んな思いが胸の中で渦巻いているんだろうけど、それを考える余力はない。
今の僕に出来ることは、ひたすら無心で時間が過ぎ去ることを願うことだけ。
朝食をとるために食堂へ向かう。
本来は調理のおばちゃんから料理を受け取るわけだけど、僕の食事だけは優しい誰かが準備してくれている。
一皿一口で終わってしまうほどの少ない食事が。
相変わらず僕に拒否権は無い、これを拒めば暴力を振るわれるだけだから、大人しく席について準備された食事に手を伸ばす。
今日は虫が入っていないだけマシかもしれない。
食事を終えると、あのだだっ広い訓練場に向かう。
慣れない環境やホームシックで体調を崩し休む人もちらほら居たけれど、訓練自体は概ね順調に進んでいるらしい。
仮に体調を崩しても、この国で最高ランクのエリートである騎士が受ける医療と同等のケアを受けられるので、ほとんどの場合すぐに復帰できる。
王も急に異世界に召喚してしまったことに良心の呵責を感じているのか、僕たちに対するサポートは手厚すぎるほどだった。
こうして僕たちに訓練をしているアイヴィも、この国最高の騎士である騎士団長だ、なかなか手ほどきを受けられる相手じゃないらしい。
まあ、彼女にも見捨てられた僕には関係ない話だけど。
今日までの訓練が進む内に、次々とスキルの発動条件が明らかになり、武装の扱いにも慣れ、レベルも上がり能力も上がっていく。
みな、最初にアニマを発現させた時と比べて相当強くなっていた。
例えば、自慢げに周囲に見せびらかす折鶴のアニマの場合は――
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名称 ルゾール
武装 非実体剣:ソーサリーサーベル
腕部ソーサリーガン
頭部ソーサリーガン
スキル 親愛なる友
能力 Lv.10
HP 6800/6800
MP 6100/6100
出力 725
機動性 930
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と言った具合に。
もっとも、折鶴のアニマ”ルゾール”は他のアニマに比べると能力が低めで、武装も貧弱だ。
しかしその真価はスキルにある。
親愛なる友、それは一度交戦したことのある相手に変装するスキル。
戦闘能力が低くとも、そのスキルは唯一無二だとアイヴィが絶賛していた。
僕も一応訓練には参加しているので少しは強くなっているけれど、”アニマの能力の成長は、ほぼ初期値に比例する”。
つまり初期値が絶望的に低かった僕は、成長しても能力は上がらなかった。
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名称 ウルティオ
武装 なし
能力 Lv.4
HP 2300/2300
MP 2400/2400
出力 115
機動性 120
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そもそも武装が無いのだから、殴る以外で戦う方法が無く、レベルもなかなか上がらない。
実践訓練中にスキルが見つかることもなかった。
どうしようもない僕を、教官であるアイヴィも持て余しているようだった。
今日は初めての、王都の外での実戦訓練。
アイヴィが指定したペアで外へと繰り出し、”魔物”を狩るというのが訓練内容だった。
”魔物”とは――アニマを発現させた獣や昆虫のこと。
アニマを発現させるのは何も人間だけじゃない、人間以外の動物も少数ながら発現させることができた。
魔物は決まって凶暴で、現れると周囲の人里に攻撃を加えることがある。
その魔物を狩ることも騎士の仕事の1つだった。
だが、インへリア帝国との戦争に騎士が駆り出されると、魔物を狩る者が減少し被害が増加してしまった。
被害が増えるほど、戦争やレグナトリクス王国自体に反感を抱く国民が増えてしまう。
今日の訓練は、どうやらそういった国民のガス抜きも兼ねているみたいだ。
訓練はアイヴィの指定したペアで行われる。
狩って死体を持ち帰った魔物の数に応じて報奨金が支払われるとあって、このペアのチョイスは非常に重要だったが、僕はよりによって折鶴と組まされることになった。
もちろん折鶴はアイヴィに抗議していたけれど、すぐに納得して戻ってくる。
断片的ながら、2人の会話は僕の耳にまで届いていた。
『お前が一番シロツメの扱いがうまいだろう? 安心しろ、別に手当は出す』
『マジで、手当出るの? ならいいや、どうせ戦闘は苦手だしさ』
うまく扱える、か。
僕はペットかなにかと勘違いされてるみたいだ。
アイヴィとの話を終えて近づいてきた折鶴は、おもむろに僕の前髪を掴んで笑顔で言った。
「今日はよろしくな、ミサキちゃん」
そして後ろに突き飛ばされ、僕は尻もちをついた。
その様子を見たクラスメイトたちは、僕を鼻で笑い、冷たい視線を向ける。
いつものことだ。
◇◇◇
この世界に召喚されてから、『王都カプト』の外に出るのは初めてだ。
外に出る必要性が無かったから、というのが一番大きな理由だろう。
カプト自体が城壁に囲まれた巨大な町で、産業も娯楽も中で全て完結してしまっているからだ。
「ま、ほどほどに狩って帰るか。ミサキちゃん、お前が先導しろ。どうせ役に立たないんだから囮ぐらいにはなってみせろよな」
機動力の差もある、ルゾールが先導するより僕のウルティオが前を進んだほうが良いのは事実だ。
カプトの前方に広がる広い『レグナトリクス平野』。
遮蔽物の無いこの当たりには、滅多に魔獣は姿を表さない。
魔物を探すのなら、東にある『イグニフェール山岳地帯』か、正面から西に広がる『シルヴァ森林』へ向かう必要があった。
僕は他のアニマが山岳地帯へ向かうのを見て、森へ向かうことを決めた。
アイヴィの説明によると山岳地帯の方が凶暴な魔物が現れる傾向にあるらしい。
強大な力を手に入れ、全能感に酔っているクラスメイトたちが山岳地帯に向かうのは当然のこと。
僕はそんな彼らに巻き込まれたくなかった。
ガシャン、ガシャン、と地面を踏みしめながら森へと駆けてゆく。
生身の体ならかなりの距離だけど、この大きさの体だとそう遠くにあるとは感じない。
僕程度の機動力でもこの感覚なんだ、僕より遥かに機動力が高いルゾールを駆る折鶴は、もっと近く感じているはず。
ほんの10分ほどで森まで到着した。
重い足音が森の木々を揺らすと、小鳥たちが一斉に空へと飛び立っていく。
「お、いきなりおでましじゃん」
折鶴の視線の先には、4mほどの、角の生えた茶色いアニマが立っていた。
4足歩行に、あの耳――ウサギの仲間か。
さっきまでそこにアニマなんて居なかったはず。
僕たちがやってきたことを察知して、自らの意志で発現させたんだろう。
つまり、魔物も普段は普通の動物と何ら変わりない姿をしているということ。
この世界じゃうかつに動物には近寄れないな。
「ほら、囮としての仕事を果たせよミサキちゃん」
「……わかった」
魔物はこちらを睨みつけたまま動かない。
僕は恐る恐る近づいていく。
1歩、動かない。
2歩、まだ動かない。
そして3歩。
僕が魔物の射程範囲内に入ってしまったのか、その瞬間に動き出す。
魔物の口部が開き、白い球体が放たれた。
とっさに両手をクロスさせて防ぐ。
ドウゥンッ!
しかし着弾と同時に僕の体は吹き飛ばされ、木々をなぎ倒しながら転がった。
現在ののHPは、1380/2300。
今の一発で、1000近く持ってかれたってことか。
HPが残っているおかげかウルティオに傷は無いし痛くも無い。
すぐに体勢を立て直そうとするも、魔物はすでに空中へ跳躍していた。
僕が見たのはぐるりと一回転して、スパイクのついた足をこちらへ叩きつけようとする魔物の姿で、あれをまともに食らったらHPはなくなってしまう。
けれど避けることもできない。
もう終わりか、と諦めようとしたその時――
パシュンッ!
ルゾールの腕部ソーサリーガンから放たれたビームが、魔物の脇腹に命中した。
「グギャアアァァッ!」
魔物は吹き飛ばされ、先ほどの僕と同じように森の上を転がっていく。
しかしすぐさま体勢を立て直し、ルゾールを睨みつけた。
「ミサキちゃんは囮としても役に立たねえのな」
戦闘中も僕への罵倒は忘れない。
そんなことを言っている間に、魔物は再び跳躍し、ルゾールへ向けて飛び蹴りを放つ。
折鶴は落ち着いた様子で右腕からソーサリーサーベルを展開。
ザシュウゥッ!
こちらへ飛んでくる魔物を切り払い、バランスを崩し地面に落ちた所を串刺しにした。
「いっちょあがり、っと。囮としては使えねえんだから、荷物ぐらい持てよな」
そう言って、ルゾールは魔物の死体を僕の方へと放り投げた。
魔物の死体は、『アニムス』の生産に使う貴重な資源だ。
アニムスとは、アニマ使い以外も戦闘に参加出来るよう、アニマを解析して作られた人工の量産型アニマ。
その性能はアニマに比べれば劣るものの、魔物の死体や”ミスリル”と呼ばれる魔力を帯びた鉱石を利用することで量産できたため、アニムスの数が戦いの勝敗を決めると言わているほどの重要な兵器になっているらしい。
荷物持ちとなった僕は、今度はルゾールを追う立場になった。
アイヴィの言っていた通り、森に現れる魔獣は比較的弱いものばかりで、戦闘が苦手だと言っていた折鶴でも簡単に狩ることができた。
他の連中が山に向かったおかげで、ライバルが少ないことも功を奏している。
「絶好調だな。これで赤羽とか、他の女とペアだったら最高だったんだけどさあ。いくら見た目が良くても中身が白詰じゃ抱く気にもなんねーな」
「……」
「あれから彩花ちゃんとはどうなん? 仲良くしてる? それとも他の男のをしゃぶった口とは話したくもない?」
「……」
「今日は機嫌いいから殴らねえけどさ、あんま調子乗んなよ? 黙ってりゃなんでも許されると思ってたら大間違いだからな」
「……」
「ちっ、ほんとつまんねえ奴」
時折一方的に折鶴から話しかけられながら、狩りは続いていく。
アイヴィに指定された時間が迫る中、僕たちは気づけば森の奥地にまで踏み込んでいた。
あまり王都から離れると時間に間に合わない、もうそろそろ戻った方がいいんじゃないかな。
そんなことを考えながら、僕はルゾールの背中を追い、森のさらに深い部分へと足を踏み入れていった。
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