ネカマ二人の奇妙な関係

Haseyan

ネカマ二人の奇妙な関係

 そこは村だった。それ以外に言い表しようがないほどに、村だった。平原の中央の土地を木の柵と濠で囲い、魔獣相手の簡易的な防壁とされている。一階建ての木造建築がほとんどを占めており、決して豊かでない生活を送っていることは想像に難くない。
 それでも家族のように接してきた村人たちは、その小さな集落で懸命に生きていた。

「お帰り二人とも! 今日もありがとうね」
「さすがだな。俺たちも負けてられねえよ!」
「この後、家で一緒に飲まんか!?」

 そんなどこにでもあるような村で、滅多にないような騒ぎが起きていた。日暮れ前の時間。一日の仕事を終え、本来ならばそれぞれの家に帰ろうとする時間帯に、村中の人々が外界との入口に集まっていたのだ。

「我々も衣食住を提供してもらっているからな。貸し借りっこなしだ」

 その人だかりの中心に立つのは二人の少女だった。凛と済ました表情で村人たちに言葉を返すのは、長身と腰にまで届く長い銀髪が印象的な女性。肌は透き通る様に白く、眼は何もかもを見通す碧眼だ。
 腰には白銀の長剣を。急所を守る様に白を基調とした軽鎧を身に着けていた。少女から女性へと移り変わる途上のその姿は、触れることさえ躊躇うほどに美しいという表現でも足りない。

 その右腕が狩られた直後の獣を引きずっていようと、それは変わらなかった。

「当てもないところを拾っていただいて、感謝するのはこちらですよ。私たちはこれしかできませんから」

 謙遜しながら口を開いたのは、長身の少女の側に寄り添うかのように歩くもう一人の少女だ。
 片割れと対を成すようにその少女は金色の絹のような髪を肩の辺りで切り揃えている。身長は低めで、銀髪の少女の胸の辺りまでしかない。純白のローブで頭まですっぽり覆っているにも関わらず、線の細さが一目に分かるほど小柄だった。
 しかし、真っ直ぐと正面を見据える紅色の瞳を見ていれば、程なくか弱いという印象はかき消される。それほどに芯の通った力強い意志を感じる瞳だった。

「そう言わないで……あなたたちが現れなければ、この村だって危なかったんだよ。男連中はだらしないからね」

「無茶言うなって! あんなでっかい魔獣を素人集団でどうにかしろってのか!?」

「年下の女の子が倒しちゃったんだから説得力無いわよ」

 二人の少女は、元々この村の住民では無かった。昨年より強力な魔獣が近くに住み着き、多くの被害者を出している中に突如として現れたのが二人だ。

 行く当てが無いと言い、魔獣の討伐を条件に住居を求めた二人に当時の村人たちは半信半疑の視線を向けていた。しかし、よそ者にまで気をかける余裕の無かった村人たちは、引き留めることも無く──本当に魔獣の死体を引きずってきたときには空いた口が塞がらなかったものだ。

 村という狭い世界で生きる村人たちにとって、たった二人で魔獣を圧倒して見せる姿は伝説に登場するような英雄と何も変わらない。それが見た目も美しく可愛らしい少女であるのならば、その人気も頷けるものだった。

 彼女らの働きによる利益を見て。あわよくば血筋を残してもらおうなど、純粋な憧れ以外にも様々な打算だって存在する。しかし、それでも村人たちにとって二人の少女が英雄であることに違いは無かった。

 ──だからこそ、真実は酷く残酷だ。

(ああ、どうしよう……バレてないよね? “僕”の情けない表情とか出てないよね?)

 銀髪の少女が内心ではビビりまくっていることを。

(笑顔だ……とにかく笑顔を絶やすな……っ! “俺”がどう見られてるか考えろ。常に優しい表情で本音を表に出すな)

 金髪の少女の中では打算塗れの思考が渦巻いていることを。

 そんなことを知ってはならない。知ったところで誰も得しない。そしてそれは、お互いの少女にも適用される出来事であった。

「 「 「英雄様万歳!!」 」 」

(“僕”はそんなに偉くないからぁ……)

(自然に振る舞え。そうだ、笑顔をキープだ)

 村人たちの賛辞に二人の歪んだ少女は内心で冷や汗をかき続けていた。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「外で血を流してくる。大丈夫だと思うが、戸締りはしっかりとな」

「分かりました。いってらっしゃい」

 狩ってきた獣を村人に引き渡した後。銀髪の少女──アイリスはそう一言残して立ち去ってしまった。そんな彼女を可愛らしい笑みを浮かべながら見送る。
 いつまでも声を投げかけ続ける村人たちに苦笑しつつ、金髪の少女──レシアは間借りしている住居の中へと足を踏み入れた。
 さすがに年頃の女性の私室へ突撃する者も、水浴びの場へ覗きを目論む者も、一度アイリスに斬られ掛けてから一人も存在しない。故に、室内に入れば人目に触れることも無かった。

「ふう……」

 玄関のドアを閉め、大きく息を吐くとその場で座り込む。ただそれだけの姿さえ、絵になるのだから彼女の容姿は恐ろしい。

「『沈黙領域サイレント・フィールド』」

 唐突にレシアの小さな口から、魔法の詠唱が零れる。魔力が解き放たれ、不可視の結界が住居を包み込み──彼女が豹変したのはその直後だった。

「ああぁぁぁぁぁああああああ!! ちくしょう疲れたああぁぁぁ! 何がいってらっしゃいだよ、クソが!?」

 いっそ天使と言われても納得するような神聖な佇まいも殴り捨て、癇癪を起こした子供のようにその場で転げまわる。純白のローブが汚れてしまっているが、別に構わない。どうせ後で浄化魔法を掛ければ一発で新品同様だ。

 音も視界も遮断され、一人きりになった空間で満足するまで暴れまわっていた。最後の理性で魔法の暴発だけは避けながら、ようやく追いついてきたレシアは続いて膝を抱えてその間に顔を押し込める。

「ただのネトゲだと思ってたから“レシア”なんて演技できたんだよ……。現実でやり続けるなんて無茶だろ……」

 彼女、否、彼は元々何の変哲もない大学生だった。ただちょっと、女性との遊びが過ぎるだけで、それ以外は至って普通の青年だった。
 彼は昔から何でもできた。中級以上上級未満の家庭に生まれ、一位は取れずとも勉強も運動も常にトップクラス。容姿もそれなりに整っており、持ち前のコミュニケーション能力があれば近づいてくる女性などいくらでもいた。

 間違いなく彼の人生は勝ち組と呼べるものである。そして、そんな彼がネカマプレイに興味をそそられたのは大学一年の時だ。

 最初は高校受験から解放され、余った時間に少しだけログインする程度だった。作成するキャラクターはもちろん女性。むさ苦しい男のケツなど見る価値も無い。
 そのまま女性キャラクターでプレイを始め──ふと彼の脳裏に魔が差した。

 この女性レシアの演技をしたらどうなるのだろうか。

 思い立ったら実行が彼の常。当時、ネカマという言葉さえ知らなかった彼は、良いのか悪いのか持ち前の会話術を生かし、そのまま行くところまで行ってしまった。

 簡潔に言えば、大量の男性プレイヤーを連れ回すことに成功したのである。ただログインするだけで貢がれるアイテムの数々。賛辞の雨。

 現実で女性を連れ回し、仮想ゲームでは馬鹿な男を思い通りにする。彼は調子に乗っていた。最早、自分が手に入れられないものなど無いのだと。有頂天のままに幸せな大学とゲーム生活を送り──天罰が下されたのは予定調和だったのだろうか。

『えっ……』

 いつも通り起動したランチャーに浮かび上がる大型アップデートの文字。光り輝くゲーム画面。彼の一人暮らしの部屋を満たすような極光が溢れ出して。

 目を覚ました時には何もない平原で、レシアの姿で倒れていた。
 不幸中の幸いだったのは、同じ境遇のプレイヤーであったアイリスと出会えたこと。ゲームの能力を引き継ぐ彼女らはそこらの魔獣を圧倒する実力を持っていたこと。そして、友好的な村を早期に発見できたことだ。

 現代日本と比べれば不便だが、それでも人間らしい生活を捨てずに済んだのだから幸運には違いないだろう。だが、彼は忘れていた。生きるかどうかの瀬戸際に立たされ、最も重要なことを忘却していた。今の彼、“レシア”は誰にでも優しいお嬢様のような存在であることを。

「最初に告白しておけば良かったんだ……アイリスとは初対面だったしあの時に言っておけば」

 アイリスと初めて会った時に、咄嗟に“レシア”として会話してしまったのがいけなかった。男の口調では無く、丁寧な言葉づかいで接しそのままズルズルと秘密にしたまま、既に三か月ほど経過してしまっている。

 今からでも正直に話すか。無理だ。同性同士だと思い込んでいるアイリスとは、何度も裸の付き合いだってしている。今更男だったなどとほざけば、一刀両断されるのは間違いない。

「ああ、こんな演技いつまで続ければいいんだよ……」

 さらに顔を膝の間に埋めていく。ローブの下で存在を主張する二つの丘が、膝に押しつぶされていくのが分かる。この感覚にだって未だ慣れない。何よりも、男性の魂は自分自身とアイリスを見て悶々とした欲求を高めているというのに、それを解消する機会が無い。
 いくら肉体が少女のものになろうとも、二十年間男性として生きていた“レシア”には今の状況は苦しくて仕方が無かった。

「もうすぐアイリスも戻ってくるか」

 慌てて立ち上がると、結界を解除し自分の体には浄化魔法をぶつける。そして、顔を両手で揉み表向きの表情を作り上げれば、それだけで彼女は聖女のような神々しい姿を取り戻す。

「はあ……」

 夕飯の支度をしなくてはならない。大きなため息を一つ残して、“レシア”の姿は家の奥へと消えていった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 村の端にある水場で、アイリスは生まれたままの姿になっていた。真っ白な肌にはどす黒い血が付着しており、それは魔獣との戦いで受けた返り血だ。
 僅かとは言え、不快感を醸し出すそれを清めるべくアイリスは水の中へ足を踏み入れていった。

「ひっ……」

 水温の低さに小さな悲鳴が漏れる。普段の凛とした姿からは想像できない少女じみた声に、アイリスを知るものは一瞬誰の口から発せられたのか、混乱するだろう。だが、こちらの方がアイリスの本性──否、それすらも偽物と言える。

「うぅ……やっぱり慣れないよ……」

 どこに剣を振る力があるのか見当もつかない、柔らかな女性らしい体を手でこすっていく。真っ赤な血が流れていき、その代わりに顔が紅潮していっているのは見間違いではなかった。

「本当の“僕”を知ったらレシアも失望するかな……」

 情けない声で少年のような一人称を零す。それこそがアイリスの真実だった。

 彼女、否、彼は内気な少年だった。小学生の時には虐めに合い、中学生で見事に引きこもりへ。そんな彼が家族以外で唯一まともにコミュニケーションを取れたのは、ネットゲームの中だけだった。

 ゲームは少年にとってもう一つの世界。それも現実なんかよりもよっぽど居心地の良い世界だ。内気で目を見てまともに話せない少年でも、文字を媒体とするチャットであれば人一倍に会話ができる。

 本当の自分を隠したい願望の表れか。性別は本来の逆である女性。男らしさを兼ね備えた頼れる女性という外見と言葉遣いのキャラクターを扱い、そして演じていた。
 ゲーム中なら本当の自分を隠し通せた。みんなから頼られる“アイリス”でいられる。だから、少年はどんどんゲームの世界へ飲まれていき──それが比喩で無くなってしまったことには驚きを隠せなかった。

 それでも、当初の少年は神へ感謝を述べる。もう内気で役立たずの“少年”はいない。本用の意味で“アイリス”として人生をやり直せる、そう思っていた。

「やっぱり、僕じゃこんなの無理だよぉ……」

 しかし、少年はどこまで行っても少年だった。最初は被っていた“アイリス”の皮も、それが一日中休みなく続けば負担になる。結局、理想の姿は理想でしかない。理想を現実にするには、努力という言葉を知らない少年には不可能だ。

 以前、覗きを働こうとした村人を思わず斬り掛けてしまったのだって、こうして一人で弱音を吐いている姿がバレてしまったのか怯えていたから。幸いにも、遠目から見ていただけの村人に聞かれてはいないようだったが。

「んっ……」

 この女性らしいアイリスの体だって、少年には手に余る。女性経験どころか対人経験さえ乏しい少年には自分の体を洗うことさえ、恥ずかしさで顔から火を噴きそうだ。そうやって意識してしまい、余計に敏感になる肌はアイリスに押し殺した声を誘発する。それがさらに内なる少年の羞恥心を膨れ上がらせた。

 負の連鎖だ。だからと言って、開き直り異性の体を探求する勇気だって少年にはない。最も、レシアと同棲している現状では可能なタイミングなど存在しなかった。

「……はぁ」

 冷たい水に浸かったのに、逆に熱くなってしまった体をできる限り意識の外に置きながら、体を拭くと持ってきていた着替えを身につける。既に慣れ始めている女性の着替えにため息を一つ残して、アイリスはレシアの待つ家へと歩いていった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 アイリスが玄関を潜ると、食欲をそそる良い匂いが鼻に付いた。それに誘われるように部屋の奥へと向かうと、レシアがキッチンの前で食材を調理していく姿が視界に入り込んでくる。

「おかえりなさい。もう少しかかるので待っていてくださいね」

「いつもあり……すまないな」

 アイリスは料理に関しては全くの素人だ。手伝えることは何も無い。それどころか邪魔になってしまうのは実証済みである。故に大人しくイスに腰かけのんびりとさせてもらう。

「そういえば『天使の法衣』のままでいいのか? 跳ねたりしたら汚れてしまうぞ」

 特にすることも無く、自然とレシアの後ろ姿を眺める。その姿は純白のローブ、ゲーム時代から引き継がれていた『天使の法衣』のままだった。

「そういえば、今日は遅くなって着替え忘れていましたね。別に汚れても魔法で綺麗にできますが……」

 そう言うと、レシアは一度鍋の中の様子を窺う。少し目を離しても問題無いと判断したのだろう。おもむろにローブを脱ぎ始めた。

「ぶっ……!?」

 レシアの陶器のような肌が外界に晒され、それが視界に飛び込んできたアイリスは反射的に顔を背ける。完全に不意打ちだった。普段は同性同士として表面上は気にせずに着替えていたのだが、あくまでそれは前もって覚悟があったからこそ。
 想定外の一撃を目の前で放たれれば、女性慣れしていないアイリスは動揺を隠しきれない。

「……どうかしました?」

「い、いやなんでも無い! 何でもないぞ! ああ……何でもないから……」

 明らかに顔が赤くなっているのが自分でも分かる。それを隠すように顔を再び逸らすが、バレていない訳がない。自分の言っていることに自信が無くなり、声尻が目に見えて小さくなっていた。

 普段は凛とした女剣士が、赤くした顔を必死に隠そうと背けている。その光景を目にしたレシアもまた、慌てた様子で背を向けて、

「……何だよギャップ萌えか? 落ち着け、後先考えずに性欲に突き動かされるな……」

 小声でレシアが何か呟いているが、内容まで聞き取ることは叶わない。大きく深呼吸をした後、レシアは虚空インベントリから無地のワンピースを取り出すと、頭から被り再び料理へと向かい合った。

「もう少し待ってくださいね」

 気づかなかったのか、敢えて無視したのか。どちらにせよ、突っ込んだ指摘はしてこないようだった。


 やがて夕飯が出来上がったのか、レシアは木製の器にスープと小さなパンをテーブルに運ぶと、アイリスと向かい側の席へ腰を下ろす。今夜のメニューは小さなパンと質粗はスープが一杯だけだった。

「食事だけは日本のものが恋しくなりますね」

「麦の質も悪いからな……このパンの堅さも慣れたものだが」

 ゲームの能力を引き継ぎ、この世界では超人である彼女らでも、戦闘以外のことに関しては無力。獣から取れるたんぱく質のおかげで、これでも二人が住み着く前よりかは食事事情もこれでマシになっているらしい。
 スープに浮かぶ僅かな肉さえ食べられないとは。とても想像したくない。

「下手をしたら無理で飢え死にでしたから、こうしてゆっくりと食べられるだけでも感謝しましょう」

 その言葉に同意を示し、固いパンをスープで柔らかくしながら口に入れる。こうやって食べれば、案外悪く無かったりする。少女になった影響か、胃が小さくなったこともプラスに働いていた。

「何か私の顔に付いているか?」

 ゆっくりと少ない食事を楽しんでいると、ふとレシアがジッと見つめてきていることに気が付く。空いている左手で顔を触ってみるが、特におかしなものは無いはずだ。まさか、正体がバレたのでは。内心に怯えの色が芽生え始めて、

「いえ、前々から綺麗な顔だと思ってましたが、こうしてみると可愛くもあるなぁって……大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。問題無い……っ!」

 喉に詰まり掛けたパンを慌ててスープで押し流す。それなりの時間を一緒に過ごしてきたというのに、これまでそんな言葉を向けてくることは無かった。
 いくらこの姿が作りものだとしても、そう真正面から褒められれば同様だってする。村人たちからいつも言われているだろうと突っ込まれそうだが、別の世界の人間だとやや距離を置いている彼らと、対等に話せ──少なくない好意を抱くレシアとでは意味がまるで違うのだ。

(でも体は女の子同士だから無理だよね……)

 正直言って、アイリスに元の世界へと戻ろうという欲求は限りなく少ない。レシアと一緒にこの世界で生きていけたら。しかし嘘を付き続け、肉体の性別も同じである以上、その願いは不可能に近いだろう。

 心の中に渦巻く悲しさを隠すのには、ひどく努力が必要だった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




 ──ああ、ヤバイ。ここにきて可愛いアピールは反則だろ。

 現在のレシアの心情を短く言い表せばこうなる。今日のアイリスはどこかおかしかった。今までお互いの裸などいくらでも見てきたはずなのに、何故かレシアの着替えに顔を赤らめる。
 元の世界で女性を口説く癖で、ついつい可愛いなどと言ってしまえば、一体あの姿は何なのだ。普段の凛とした雰囲気からは想像もできない、初心な乙女のような反応を返してくる始末。

 これは色々とまずい。何がまずいかと言えば、レシアの理性がやばい。いくら体は少女のものになろうと、人一倍大きかった男としての欲望は魂に刻み込まれている。これ以上追撃されれば、レシアは何をしでかすのか自分でも信用できなかった。

「さすがに同意なしに襲うのは犯罪だ。俺もそこまで落ちぶれちゃいないっての」

 レシアは女の子が大好きだ。はっきりと言える。オープンスケベだ。
 それは元の世界での遊び方を見ればすぐに分かるだろうし、隠す気も無い。だが、こっちの世界ではそうもいかなかった。

 誠実で穢れの欠片も無い聖女。それがこの世界のレシアだ。そんな女性が同性を襲うなど、キャラ崩壊などという話では無い。それにアイリスは唯一所在の判明している同郷の人間である。そんな軽率な行動で関係を壊したくは無かった。無かったのだが、

「今日は疲れたしもう寝かせてもらうぞ」

「え、ええ。それじゃあ私も」

 表面上はあくまで微笑を浮かべながら、二人はベッドへ。同じベッドへ迷わず向かう。
 ここは元々一人暮らしの村人が住んでいた民家なのだ。イス程度なら他の家から余っているものを借りられたし、小柄な少女二人ならそこまで手狭では無い。

 だが、ベッドは一つしか配置されていなかった。同上の理由で、体格の小さなレシアとアイリスなら二人一緒に使えないことも無く、さすがにベッドが余っている家は無かったため夜を共にしていたのだ。
 もちろん、今のところ字面以上の意味は無い。実に健全な関係で、本当に仕方なく睡眠を共にしているだけである。

「どうしたんだ? 何かやり忘れたか?」

「いやちょっと……いえいえ何でもありません!」

 先にベッドへ潜ったアイリスが、何かすること訳でも無くベッドの脇に立つレシアへ首を傾げた。それでも動かないレシアへ、アイリスの表情が捨てられた子犬のようなものへ変わっていき、慌てて否定する。

「失礼しますね……」

 既に何度も繰り返してきた習慣だ。今更拒否したところで違和感しかないし、他に寝床も無い。覚悟を決めアイリスと同じ布団へと、小さな体を潜り込ませていった。
 少女が二人と言えど、アイリスの身長は百六十五前後とかなり高めであるうえ、ベッドは本来成人男性一人用の物。自然と体は密着する形となってしまう。

(あ、甘い香り……ってやめろ、呑まれるなっ!)

 アイリスの女性らしく発達した柔らかさや、甘い香りが鼻をくすぐり──慌てて理性を引き戻す。とっくに慣れているはずなのに、今日は変に意識してしまっているせいか体が熱くなっていくのを感じてしまった。

 本当に、まずい。長い間、処理をしていないのも背中を押して、色々と吹っ切れそうになる。

「ひゃっ!?」

 そのように悶々としている中、アイリスが後ろから抱きしめるように腕を回してきた。思わず可愛らしい悲鳴が漏れてしまい、それでもどうにか耐えて見せる。

(え、なにこれ。まさか向こうから来たのか?)

 レシアの歴戦の観察眼によれば、経験無し或いは皆無だと思っていたのだが。予想外の展開に恐る恐る肩越しにアイリスへ視線を向けて、

「すぅ……すぅ……」

「ね、寝てやがる……」

 幸せそうな顔で、夢の世界へ旅立っている銀髪の少女の顔がそこにあった。その力の抜け切った子供のような表情にレシアは毒気が抜かれる思いで──

「んっ……!? ってちょやめ……」

 偶然なのか、アイリスの細い指がレシアの胸を鷲掴みにする。こそばゆい感覚に再び小さく悲鳴が零れ落ちた。まさか寝たふりなのでは、と改めてアイリスの表情を睨み付けるが、他意は見当たらない。本当に、寝ているだけである。

「……何かあっても俺のせいじゃないぞ」

 ぎゅっとレシアの小さな体が抱きしめられ、背中に大きな二つの膨らみを感じるやら、甘い香りが鼻を刺激するやら、相変わらず細い指はレシアの胸を捉えているやらで、理性の終焉は決して遠くない。

 それでもギリギリまで耐えて見せようと、レシアは必死に目を瞑り睡魔を待つ。その日の夜はまだまだ終わりそうになかった。

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