僕の彼女は……です。後輩「何言ってるんですか?先輩?」幼馴染「彼女?彼女って何?」

片山樹

【ヒロインを幼馴染に設定しますか?】『YES / NO』 【『NO』を選択しました】

 僕と後輩ちゃんが付き合い初めて早くも一ヶ月が経とうとしていた頃、僕の靴箱に一通の手紙がやってきた。

 それは『助けて』とノートに切れ端に書かれただけの単純な物だった。

 誰かが僕に助けを求めているとは思ったが誰がこんな手紙を書いているのか分からない以上、何もできなかった。

 後輩ちゃんにこの事を相談してみたけど、

「先輩をからかっているのかもしれませんね」というのだ。
 確かにその可能性は十分に有り得る。
だけどそんな『助けて』みたいな悪質な冗談を誰がするのだろうか。
 そんなことをする奴はこの学校に居るわけないと思うけど人は見かけによらずと言うし。
 あぁーもういいや。
 どんなに考えても答えは出ないし。
というか、これ幽霊からのメッセージだったりして。
 いや、なんてね。ハハッ、ハハッハ、ハハッハハハハハハハハ。いや、本気で笑えなくなってきた。
 僕は考えるといつも深く考え込んでしまうタイプなんだ。めちゃくちゃ怖くなってきた。
 忘れよ忘れよ。

 あ、そう言えば、後輩ちゃんは僕のことをまだ名前で呼ばず、『先輩』と呼ぶ。それは少し距離感があるように感じるけど、今はそれでいいのだ。ちょっとずつ慣れていけば。
 それに僕も後輩ちゃんを名前で呼ぶのは恥ずかしいからね。

 その一方。
 幼馴染と僕の仲は今はあまり良くなかい。それは今も現在進行形で続いている。
 僕と後輩ちゃんが付き合い始めてからというもの幼馴染は僕の家に来なくなった。いつもは来るはずなんだけどね。
 もう、どうしちゃったのかな。
それにあの日、僕が後輩ちゃんと付き合い始めた日に幼馴染に会った時は豆鉄砲を撃たれた様な顔をしていたっけ。
 幼馴染には今度会って、詳しく喋ってみるか。


 昼飯は後輩ちゃんが作ってくれた弁当を食べ、五時間目、六時間目と授業を受けて、自宅へと帰宅。
 そして妹と僕の二人分の夕飯を冷蔵庫にある物で適当に作り、彼女の部屋の前に夕飯を置く。
 一時間もしない内にピーマンだけを残した食器が部屋の前に返却される。僕はそれを持って、階段を降りながら、僕が残した物を食す。
 残すのは勿体無いからね。
 妹と僕は小学五年生以来、全く顔を合わせていない。
どうやら僕が学校に行ってる間に風呂に入ったり、ネット通販で頼んだ商品を受け取ったりしている。
 リビングに空になったダンボールが無造作に置かれているからすぐに分かる。
 妹の収入源は何かと言われると、それは全て父親だ。
 妹は父親に甘やかされているからお金を沢山貰っている。
 父親には今度言わなければならない。
『妹をニートにしたくないなら、甘やかすな!』と。
 だがそんなことを言ったとしても父親はヘラヘラしながら、『はいはい。分かったよ』と言うだけだ。
 甘やかす親と甘える娘。
これが負のサークルを生み出していることに気がついていない。
 母親はどちらかと言えば、きっちりしているタイプだけど、仕事が忙しいので僕達二人のことはあまり考えていない。家族よりも仕事優先という感じである。
 でも、まぁー仕方ないよね。
こんな立派な家に住んでいるわけだし。
 ローンとかも色々あるみたいだしさ。

 あぁーそれよりも風呂に入って身体を休めるとしよう。
 服を脱ぎ、洗濯物を洗濯機の中に放り込む。
風呂に入る前にスイッチを入れ、僕は風呂場のドアを開ける。

「あ……あ……あ、あ、あ」
 僕は開いた口が塞がらなかった。
僕の目の前に居たのは妹。
 ではなく、妹のパンツだった。
風呂場のつっぱり棒に人為的に干されたパンツ。
 何故こんな場所に……?

とりあえず気づかないフリをするか。
 一緒に洗濯機の中に入れるか。
僕はそう思って、パンツに手を近づけ――思いとどまった。
 いつも妹のパンツなどは触っているのだから、なんとも思わないのが普通なのだが今回は違った。
 いや、なんでだろうか。めちゃくちゃ緊張する。
ただの妹のパンツなのに。なんでかな。
 後輩ちゃんがいつも転けてパンツ丸見えになるけどそのときはなんとも思わないのに。
 も、もしかして、僕って妹に欲情してるのか?
妹というシチュエーションに興奮してるのか?
 いやいやないない。確かに僕は妹教があるなら入りたい程に妹のことが好きで好きでたまらないけど違うんだよね。僕は妹を家族として、一人の妹として、見ているのだ。だからそんな浴場で欲情なんかできないのだ。
 よしっ、僕は決意したぞ。
これを洗濯機の中に入れておこう。
 そう思い、手をもう一度伸ばす。
あ、もしかしてこれって……。
 お父さんのパンツと一緒に洗いたくないっていうやつなのか? もしかして、今更反抗期かよ。
 後から色々と聞かせてやろう。
僕の反抗期黒歴史の話を。
 そしたら思いとどまってくれるはずだ。
ともあれ、そうだなぁー。
 これは無視するとしよう。
僕は妹のパンツに二回手を合わせ、身を清めた。

 風呂から上がり、コーヒー牛乳を飲みながら、階段をあがる。僕の妹に会うために。

トントン。二回ノックする。
 返事は無い。ただ、パソコンのタタタタタタタタタッという音が止んだ。どうやら音には気づいているみたいだ。
 僕は壁越しに言葉をかける。

「妹。僕と一緒にパンツを洗うのは嫌か?」

「………………………………」
 言葉は帰ってこなかった。
代わりに紙みたいなものが破り捨てられた音がした。

「そうだよな。僕と喋るのは嫌か。それもそうだよな。
 僕はお前にかまってなかったもんな。
 あの時、何か……。いや、もうやめとこう。
 なんか悪かったな、妹。じゃあー」
 僕は妹の部屋から立ち去る。

 僕と妹の仲は戻ることは無いだろう。
だけどいつか来ると思うんだ。
 僕達家族がもう一度やり直せるってさ。

翌日。僕は幼馴染の家へ向かった。
 相変わらず、大きい家だった。
昔もデカかったけど今でも大きい。
 でも仕方がないか。幼馴染の父親は銘菓の社長だったし。

 僕がインターホンを押すと、カメラが作動して、幼馴染の声が聞こえた。
 そのままちょっと待っててと言われ、僕は待った。
 一分ぐらいした後、玄関を開けられた。
 僕の顔を見るなり、驚いた顔をしたけど何か僕の顔にはついているのだろうか?
 とりあえず、家へ入ってと言われ、僕は幼馴染の部屋に入る。幼馴染の部屋は以前と同じく、女子力高すぎって感じの部屋だった。
 それにめちゃくちゃいい匂いがした。
何かお香でも炊いているのか。
 幼馴染がベットに座る。
僕は立ったままだったので適当に座ってと言われた。

 僕は可愛らしい猫の座布団の上に座る。
座った瞬間、猫の顔が変形したので可哀想に思ったね。

「あ、ちょっと待ってて。お茶持ってくるから」

 幼馴染に言われ、僕は分かったと答える。
幼馴染が部屋を出たので、僕は今から幼馴染のパンツチェックをしよう……ってことはなく、一人部屋に残されどうしようかとそわそわしていた。
 とりあえず、深呼吸を繰り返して幼馴染の匂いを吸収しまくった。携帯を取り出し、後輩ちゃんに断りの連絡を入れとくか迷ったけど、止めといた。
 嫉妬するかもしれないからね。

「またせたよね。ごめん」

 すぐに幼馴染がお盆の上にコップとオレンジジュースを置いて持ってきた。ちなみにクッキーらしきものもある。

 幼馴染がテーブルにお盆を置き、コップにジュースを注ぐ。コップには予め氷を入れておいたみたいだ。
 トクトクと音を立てながら、注がれていく。

「はいっ。僕君の」
 幼馴染にコップを渡され、一口飲んだ。
彼女も自分のコップにオレンジジュースを注ぎ、ベットの上には行かず、僕の横に寄り添う形で座ってきた。

 僕には後輩ちゃんがいる。
僕には後輩ちゃんがいる。僕には後輩ちゃんがいる。
 三回唱えてみたが、幼馴染を意識してしまった。

「あの……幼馴染さん。その、そのですね。
 できれば、寄り添うのはちょっと……」

「んぅ〜。なんで? 僕君?」
 こちらに顔を向け、何故寄り添ったら駄目か本気で分からない顔をされた。

「あの……僕には後輩ちゃんという彼女が居るわけで。
 その、あのですね……」

「なるほど。私は要らないってことだね」
 幼馴染が手をポンと叩いて、分かったよと小言した。

「要らないってわけじゃないよ。僕には幼馴染も必要だし。何より、今の僕が居るのは幼馴染のお陰だからさ」

「そ、そうなの?」
 幼馴染は訝しむ顔で僕に尋ねてくる。

僕はコクリと頷いた。
 すると幼馴染は言った。

「そ、そうなんだぁー。僕君も私と一緒だったんだね。
 私も……私も……僕君が居てくれたから、今の自分がいる」
 幼馴染は泣き始めた。
僕が何か悪いことを言ってしまったのか。
 それは分からない。
ただ、彼女は僕に抱きついて泣き始めた。

 後輩ちゃんにこんな所を見られたら、僕は殺されると思ったけど、幼馴染は離してくれなかった。
 だから僕は彼女を抱きしめる代わりに頭を撫でてあげる。後輩ちゃんにも今度撫でてあげようと決心しながら。

「あのさ、幼馴染。何かあったんだろ?
 いつもは強い幼馴染がこんなことになるなんて……」

「僕君、私は全然強くなんかないよ。
ただ、僕君が居るから。ただ、僕君が側に居てくれるから。絶対に邪魔にならないように努力してるだけだから」

 それは――僕にとって衝撃だった。
彼女は確かに昔は泣き虫で引っ込み思案な普通の、どこにでもいるような女の子だった。
 だけどある日を境にそんな彼女は変わっていった。
学級委員をしたり、文化祭実行委員をしたりと。
 そんな女の子が今まで頑張ってきたのは。

全部――僕のためだったんだ。

 それなのに……僕は全くそんなことに気づかなくて。
幼馴染は強い人間だからと評価して頼ってばかりいた。
 自分は今まで何も幼馴染から頼られたことはなかったのに。頼って頼って、頼りまくっていた。
 本当なら幼馴染の気持ちに答えたい。
だけど――僕には後輩ちゃんという彼女ヒロインがいる。
 だから――僕は幼馴染に恩返しをしたい。

「幼馴染。僕は幼馴染のことが好きだ。
 こんなことを言うのはどうかと思うけど、別の世界があるんだったら僕は確実に君に恋をしていただろう」

 だけど僕は後輩ちゃんを選んだ。

「僕は君を世界で二番目に愛してる」

 彼女がバカバカと僕に言いながら、僕の胸をぽかぽかと殴ってくる。

 この世界に後輩ちゃんが居なければ、僕は幼馴染を確実に選んでいた。
 頭も良くて、スタイルも良くて、性格も良くて、スポーツもできて、おまけに副生徒会長な僕の幼馴染。
 そんな何でもできる僕の幼馴染。

「……なんで。なんで……選んでくれなかったの?」

 幼馴染は僕に尋ねてくる。

「正直、僕にも分からない。
 だけどこれは運命なんだと思う」

 どこかの神様が興味本位でいじくった結果生まれた世界。そんなものだと思う。
 まぁーそれは僕の勝手な推測だけどね。

「運命か……。じゃあ、その運命をぶち壊したら、私と付き合ってくれる?」
 幼馴染は目を丸くして、僕に尋ねてきた。

「それは無理だと思うよ。運命というものを壊れない。見えないんだよ。そういうのって。
 それに僕は後輩ちゃんを一生愛すと誓ってるんだ。
だからそれは絶対に有り得ない」

「本当に? 一緒? 絶対? 私がどんな手を使ってでも? どんなことをしても? 絶対に無理?」
 幼馴染が僕の目を見つめて、近寄ってくる。
僕は幼馴染に圧倒され、床に倒れ込んでしまった。
 そのまま幼馴染は倒れた僕に近寄って来て、僕の顔に自分の顔を近づけた。
 僕は幼馴染の肩を掴み、起き上がった。
 そして彼女に言う。

「うん。絶対無理だと思う。
 後輩ちゃんは僕にとって一番大切な人だから」

 幼馴染はそっかと呟いた。
その顔には涙の跡があったが、迷った顔は無かった。


 ✢✢✢
 それから数ヶ月後。

 幼馴染と生徒会長が付き合い始めた。
 学校では人気のある二人。
二人共美形だから仕方がない。
 ある日の朝。
生徒会長と幼馴染が楽しそうに歩いていた。
 二人で楽しく登校なんて羨ましいね。
そんなことを心の中で呟きながら僕も後輩ちゃんと共に学校へと登校。
 信号機で止まった。
生徒会長と幼馴染と一緒に僕と後輩ちゃんも立ち止まる。後輩ちゃんが生徒会長カップルに挨拶して、僕も会釈する。生徒会長はご満悦だった。
 僕は幼馴染に視線を移す。
だけど幼馴染は僕に何かを求める様な顔でこちらを見つめてきた。
 信号が変わり、生徒会長が幼馴染の手を握りしめて歩き出す。僕も後輩ちゃんの手を握って歩いた。

 なんか……幼馴染が変だったような。

 で、でも……そんなこと無いよね?

 僕はそう思ったが、何も気にせずに学校へと向かう。

 あれから一年後。
 僕と幼馴染は高校を卒業した。
卒業後、幼馴染は生徒会長と結婚するらしい。
 僕は大学へと進学して後輩ちゃんとの未来を夢見ている。

 それにしても……あの時見た幼馴染の表情が今でも忘れられない。

 何を彼女は僕に言おうとしていたのだろうか。

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