僕の彼女は……です。後輩「何言ってるんですか?先輩?」幼馴染「彼女?彼女って何?」

片山樹

【ヒロインを後輩に設定しますか?】『YES / NO』 【『YES』を選択しました】

 
「センパイ〜、待ってくださいよ!」
 家を出て、十歩を歩かない内に後ろから聞き慣れた声がした。しかし、ここはあえて無視をしよう。

「せ、先輩! 待ってくださいよ!」
 僕の肩を必死に触ろうと背伸びしている影が地面に見える。

「んぅ〜。届かないよぉ〜」
 どんなに頑張っても肩に手を置けないのが分かった影は僕の背中に飛びついてきた。僕を振り返らせようとするが、僕は無視して歩く。
 勿論、彼女は僕を離してくれないのでズルズルと引っ張られている。駄々をこねた子供みたいだ。

「も、もう! 先輩! 聞こえてるんですよね!」
 後輩ちゃんは声を少し荒げていた。
そして手を離して、僕の目の前に立ち、通せんぼしてきた。
 両手を広げて、ここは通りたければ私に構えという顔をしている。
 そろそろ無視をするのも限界もあるし、可哀想だと思うので返事をしておこう。

「おはよう。後輩ちゃん」

「おはようございます。先輩! 今日もかっこいいですよ!」
 朝からかっこいいと言われるのは悪くはないが、何回も聞いていると嘘にしか聞こえない。
 俺をからかって楽しいのだろうか。

「それより……今日はどうして僕の家の近くに?
 後輩ちゃんの家って、僕の家とは反対だよね?」

「先輩、私の家を覚えていたんですか! うれしいです!」
 後輩ちゃんは後ろを向いて、ガッツポーズ。

「そりゃな。三日に一度はスタンガンを浴びて、起きたら手錠をはめられ、後輩ちゃんの家に監禁されているんだから流石に覚えるよ」

「へへっ。嬉しいなぁ〜。先輩が私の家を知ってるなんて」
 そんな問題じゃ無いと思うんだけどな。

「あ、それよりも僕の質問に答えてくれないか?」

「先輩の質問? なんですか? 任せてください!
 私はなんでも先輩の為ならしますよ!」

「だからね。どうして僕の家と正反対に住んでいる君が今日もこうして僕の家の近くにいるかって聞いているわけ」

「そ、それは……」

 後輩ちゃんはうぅ〜んと唸りながら、悩み始めた。
どうやら何も思いつきそうにないらしい。
 まぁ〜そりゃそうだ。毎日毎日電柱で待ち伏せしてるんだから。

「実はおばあちゃんの家に泊まっていたんです!」

「ん? おばあちゃんの家は僕の家の近くでは無かったよね? 先週、僕が家から少し離れたコンビニ行った時に偶然出会った時に……」

「そう、そのおばあちゃんです!」

「あれ? でもおばあちゃんの家から学校に行くとするならば、逆走になるこの道を通るはずは無いような……」

「えぇっ〜と。それはですね。それはおばあちゃんAであり、今回はおばあちゃんBだったんです!」

「おばあちゃんB? あれ? おばあちゃんBは北海道だったような……」

 北海道――その言葉を聞いただけで背筋が寒くなる。僕達が修学旅行に行った際に訪れたのが、北海道だったのだが、そこに彼女は居たのだ。それもトコトコと僕を追いかけて。後々、聞いた話によると僕と修学旅行を共に過ごしたかったらしい。
 可愛いと思う反面、恐怖を感じる。
というか、学校はどうしたんだろうね。
 もしかしたら行方不明届けが出ていたかもしれない。

「え、えっ〜とですね。おばあちゃんBは引っ越しをしたんです!」

「引っ越し? 北海道からわざわざだね。というか、そんな話近所で聞いたことないけどな……。
 それに引越し業者も見てないぞ」

「あ、あれです! おばあちゃんBは内気な方だから……そ、その! こっそりと引っ越ししたんです!」

 慌てて手をバタバタして、言い訳を考えている姿が微笑ましい。

「ふぅ〜ん。そうなんだぁー」
 ニヤけつつ、後輩ちゃんの反応を見る。
汗が額からポロポロ落ちてきそうな表情をしているのでそろそろやめておこう。可哀想になってきた。
 だけど可愛い子には旅をさせよというし、イジワルもするべきだよね。
 よしっ、もう少しからかってみるか。

「あ、そうでした。先輩!」
 相手から先手を取られてしまったが、まだ大丈夫だ。

「なんだ?」

「あのですね。来週……わたしと……その、そのですね」
 彼女がモジモジとし始めた。
これはチャンスか!

「その……そのですね。先輩。私と、もしよかったらなんですけど……暇があったらいいんですけど……」
 言葉が切れ切れだ。緊張してるのか顔も赤くなっている。照れているのか。

「一緒に映画を見に行ったり、パフェを食べたり、しませんか?」

 要するにデートをして下さいというわけか。
デートをして下さいと言えばいいものを恥ずかしがって、他の言い方にしているところが可愛らしい。
 でも彼女も頑張ったのだろう。
しかし、僕はイジワルだ。

「そうだなぁ〜。でも僕はその日、色々と忙しいんだよな」

「はぁー。そうですか。先輩。分かりました。
 では、先輩のお手伝いをさせてくれませんか?」

 えっ! この展開は考えてなかった。
ってか、この娘めちゃくちゃいい娘じゃん。
 だがここでお願いします、とは言えない。
だって、忙しいとか嘘だし。
 こんな女の子の純真な心に嘘をつくのはダメな気がする。
 というか、イジワルするのやめたいな。

「先輩、やっぱりダメですか?」
 彼女の表情が曇る。

 あぁ〜。どうしよう。
彼女が悲しむ姿は見たくない。
 ならば、本当に忙しいことにするか。
でも、どうやって?
 あ、そう思えば、部屋が少し汚かったよな。
だから片付けてもらうか。かといって、そんなことをさせたら、いつの間にかに盗聴器とかを取り付けられそうな気がするしな。

「せ、先輩……」
 後輩ちゃんの目に水滴が溜まっていた。

おぉっと、レディーを泣かすのは男として最低だな。

「実はな、後輩ちゃん。僕は家を掃除しなければ、ならないんだ。だから手伝ってくれれば嬉しいは嬉しいんだけど……盗聴器とな仕掛けないでね!」

「何言ってるんですか。先輩、私でも流石に盗聴器は仕掛けませんよぉ〜。もう、本当に先輩は困る人だなぁ〜」

 後輩ちゃん、意外とここは常識なのね。
少し安心したよ。だけど、まだ注意は必要だな。
 もしかしたら、良いアイディアを貰ったぜ、グヘヘとか思っているかもしれないからな。

「それは良かったよ。後輩ちゃん」

「はい! 先輩! 任せて下さい。先輩が盗聴器がなんとかかんとかとか言っている時は流石に驚きましたが、私は既に盗聴器を仕掛けているので、三個目の盗聴器を付けるというのはおこがましい気がしてやめておきますね。それと私以外の盗聴器が見つかったらすぐにその相手をぶち殺しに行くので安心してください!」

 って、おい!
もう、既に設置済みかよ!
 それにニコニコして言うなよ!

「あ、そう思えば、先輩! 今日、何の日か知っていますか?」

「ん? なんかあったっけ? 今日って」

 暫し、考える。
しかし何も思いつかなかった。

「あのさ……なんだっけ? 今日」

「ええっ〜! 先輩、酷いじゃないですか! 今日は私と先輩が初めて、キス・・をした日じゃないですか!」

「おいおい。キスって。俺等、そんなことをしてないよね。それに俺等出会ってからまだ一年も経ってないよね」

「今日するんですぅー! もうぉぉ〜」
 まだやってないのにした・・ってことにされるの困るなぁー。

「へぇ〜。そうなんだぁー」

「なんですか! 先輩! そのめんどくさそうな返事は!」

「いや、普通にめんどくさいと思ってな」

「うぅー。もう、こんな可愛い後輩ちゃんが居るというのに、めんどくさいなんて酷いです!」

「自分で可愛いとか言っちゃうの? 流石に自意識過剰じゃない?」

「自意識過剰十分ですよぉ〜だ!」
 色々と僕に言われ、顔を膨らませた。
そんな姿も一々可愛いから絵になる。

 確かに僕だって。
後輩ちゃんが可愛いということは分かってるよ。
 それに僕に尽くしてくれるし。
僕が後輩ちゃんに修学旅行のお土産をあげた時は飛び跳ねていた時は買ってきて本当に良かったと思うほどに嬉しかった。
 それに後輩ちゃんは僕にかまってくれる。
僕が辛いときにいつも一緒にいてくれる。
 正直何度かうざいとか思ってたけど、今は逆に清々しい。
 それに後輩ちゃんに出会って、僕も変われた気がしたんだ。

「後輩ちゃん……僕とキスしない?」
 後輩ちゃんがコクリと頷いた。
顔は真っ赤かだ。僕が悪いオオカミさんだったら、食べてるところだ。
 ゆっくりと近づき、後輩ちゃんの小さな肩に手を置く。ブルブルと肩が揺れているのが分かる。
 彼女も緊張しているのだろう。
 僕も初めてだから緊張する。
お互い、初めてなのだからゆっくり、慎重に。
 顔を徐々に近づけて……。

「ストップ! ストップです! 先輩!
 心の準備が! 心の準備がまだですから!」
 ふぅーふぅーと胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
顔が膨らんだり、縮んだり変化が面白い。
 顔はもうタコさんよりも真っ赤かだ。
パタパタと手で顔を仰いでいる。
 後輩ちゃんらしくて、可愛いなぁー。

「もう、大丈夫?」

「だ、だ、だ、大丈夫です! 先輩!
 ドーンと来てください! ズキューンと来てください! 私は先輩を受け止める力を持っていますから!
どすこいですよ! 先輩」
 後輩ちゃんが目を閉じる。

「………………………………」

 僕は何もせずに歩いて後輩ちゃんを角から見てみることにした。

「せんぱぃー、まだですか?」

「せんぱぃぃー、まだ? ですか?」

「まだ……ですか?」

 少しずつ声が小さくなっていく。

 可哀想になってきたから声をかけてやろう。

「もう、目を開けていいぞ」

「やったぁー。センパィー、ってあれ?
 こんなはずでは……ってあれ? あれ?
 先輩がいない! もしや、これは隠れ身の術!」

「本当に居なくなってしまいました。
 もう……どうしよ……。今日も弁当作ってきたのに渡せずじまいになっちゃったよぉ〜」

 彼女は自分の鞄から弁当を取り出して、ガックリと肩を下ろしている。

 というか、今日もなんだよ。
 毎日作ってきているのか?
 言ってくれれば、良かったのに。
 って、あれか。僕が後輩ちゃんを避けてたから渡せなかったのか?
 あぁーなんか悪いことしっちゃったな。
 弁当だけ貰うか? いや、流石にそれだけじゃダメか。本当にキスするか?
 いやぁー、ダメだろ。ファーストキスだぞ。

 そんなことを思っていたら、後輩ちゃんが僕に気づいて怒ってきた。

「先輩のバァーカ! 今日のところはキスは勘弁してあげます! だけどこれ食べてください! 先輩!」

 後輩ちゃんが僕に弁当箱を渡してきた。
緑色の風呂敷に包まれているが箱の大きさからして、結構の量があると思われる。

「ではっ! 先輩! 私は先に行きますので!
 私と一緒に校門をくぐってしまうと先輩の迷惑になってしまうので……」
 後輩ちゃんは悲しそうな顔をして歩いていってしまった。
 これが僕とドジっ娘な後輩ちゃんの日常である。

 だが、今日は違った。
いつもは彼女がどうでもいいと思ってしまうのだが、今日は違った。後輩ちゃんが僕の前から居なくなってしまうかもしれない、という謎の感情が出ていた。
 本当に何故こんな感情が生まれたのかは分からない。
だけど今日の僕は一味違っていたのだ。

 僕は後輩ちゃんを追いかけた。

そして、後輩ちゃんを振り向かせ、僕は後輩ちゃんの唇を奪った。

 後輩ちゃんの顔は見る見る内に真っ赤になった。

「せ、先輩! す、好きです!」

 後輩ちゃんが僕を抱きしめた。
僕も後輩ちゃんを抱きしめ返す。

「僕も好きだよ。後輩ちゃん!」

 こうして、僕と後輩ちゃんは付き合い始めた。

 校門を渡る前にもう一度後輩ちゃんが尋ねてきた。

「本当に私と一緒でいいんですか? 先輩」

「うん、いいよ。寧ろ、後輩ちゃんじゃないと嫌だ」

「嬉しいです」と顔を隠した後輩ちゃんは可愛かった。

 校門の前には副生徒会長幼馴染が居た。

「あれ? ……君、そこの隣にいる。女の子は?」

「僕の彼女だよ。……」

「彼女? 彼女ってなに?」
 副生徒会長は意味が分からないという顔でこちらをまじまじと見てきた。

「僕の大切な人だよ」

「大切な人? それは私じゃ無かったの?
 ……君」

「確かに幼馴染には色々と助けてもらった。だけど、僕は後輩ちゃんが好きだ。後輩ちゃんのことが大好きなんだ」

「へぇ〜。そっか。……君の大切な人は私ではなかったのかぁー。私では……無かったのか……」

 彼女はその後ブツブツと何かを言っていたが、僕は気にせずに校門をくぐった。

 ちなみに後輩ちゃんの作った弁当に玉子焼きが入っていたのだが、塩と砂糖を間違えたらしく、辛かった。
 やはりドジっ娘後輩ちゃんは可愛い。


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 しかしこの時の僕はまだ気づいていなかったんだ。
これから先に起こる出来事を。
 僕が選ばなかった選択肢もう一人のヒロインの気持ちを。

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「なんで私が困っている時は助けに来てくれないよ……あの馬鹿」

 少女は誰も居ない生徒会室で一人ポツリとその言葉を吐いた。

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