短編集その2

有刺鉄線

過ちはくりかえす



 朝のホームルームが始まり、先生が物々しい雰囲気である事を伝える。


 クラスの一人が、事故に遭い、病院に運ばれたと、しかも事態は一刻も争う状況だと。


 先生の話を終えると、一斉にざわめく。


「――もしかして、自殺じゃね」


 いろいろな言葉が飛び交う中、自殺という単語が胸を貫く。


 自殺……、だったらあいつは俺のせいで……。





「石村!」


 背後から呼ばれたので、振り返る。


「なんだ池上か、どうした?」


「三限、現文から日本史に変更だって」


「マジ!?」


「マジ」


「じゃあ、五限現文ってこと」


「そうそう」


「そっか、ありがと」


 俺は自分のロッカーから日本史の教科書を取り出す。


「あっ、そうだ、石村」


「ん? 何」


「放課後、みんなでカラオケ行くんだけどさ、石村もどうよ」


「……俺はいいよ、今月ピンチだし」


「ハハっ、ピンチじゃ、しょーがねえな」


 本当は、ただ行きたくないだけ。


 俺がいるクラスにはそれぞれグループがある。


 男子の場合は、三つぐらいに分けて、運動部系のグループと文化部系のグループ、そして俺がいる帰宅部のグループだ。


 たまに別のグループとくっつく事もあるが、基本的にこんな感じ。


 だが、俺はつかず離れず、少し遠くに距離を置く。


 友達とか、そういった深い関係にはなりなくない。


 あくまで知り合い程度、それぐらいが俺にとって丁度いい立ち位置だ。


 自分の席に戻り、ふと隣の席を見る。


 机の上に現文の教科書が置いてあった。


「市川、次日本史だよ」


「え、うそ」


「変更だって」


「と、取りに行かなきゃ」


 慌てて取りに行く市川、もうすぐ先生が来る。


 あの日本史の先生、授業は眠くなるぐらいつまんないし、くだらない事でうるさくいうし。


「なに、やっとるんだ」


「ごめんなさい」


 二人分の大きい声が、教室に響く。


 女子共のくすくす笑う声が、煩わしく感じる。


 市川は、クラスの女子共からあまり良く思われていない。


 最初、クラスの女子グループの一つにいたが、いつの間にか孤立するようになった。


 どうも他の女子とはそりが合わないらしい、だから市川をのけ者にし、市川が話しかけてもあからさまに無視している。


 軽くいじめだろ、どう考えても。





 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、やっと昼休みの時間がやってくる。


「石村、今日購買?」


「いや、弁当」


「あっそう」


「池上、購買寄るんだったら、いつものお茶買ってきて」


「ええ」


「じゃあ、オレもー」


「頼むー」


「ちょっ! お前らも」


「ということで、池上お願い」


「しょーがねえ、行ってくるわ」


 すまんな、池上そういう運命だ。


 さて、池上が購買行っている間に、みんなで机をくっつける。


「どうする、先食う」


「ああ」


 それぞれ弁当を用意する。


 不意に市川と目が合う。


 市川はまた今日も一人でメシを食うのか、と思っていら弁当片手にどっか行ってしまった。


 まあ、どうでもいいけど。


「待たせたな! お前ら」


 池上早……、誰もが思った。


 たった五分ぐらいしか経ってないぞ。


 この教室は四階、購買は一階にある、しかも昼休みだから結構混んでいるはず。


「石村どうした? もしかして五分で戻ってきたのが気になるのか」


「いや、べ……」


「ごめん、企業秘密」


 うぜーな、こいつ。


 もう、腹減ったな、やっと弁当にありつける。


「あっそういや、石村」


「なんだよ」


「担任が、メシ食ったら職員室来いって、何か話があるみたい」


「それを早く言え」


 俺は味わう暇なく、弁当を食い終わり、職員室へ急いだ。





「じゃ、以上だ」


「失礼します」


 まったく焦ったぜ、大した用事でもないじゃんかよ。


 そりゃ進路調査のアンケート適当に書いたのは悪いと思ったけどさ。


「あっ」


「おっと」


 職員室から出た瞬間、市川とぶつかりそうになる。


「ごめん、市川」


「こっちこそ、ごめんなさい」


 逃げるように、市川は職員室に入った。


 あいつも呼ばれたのかな、担任に。


 教室戻っても、やることないし、あいつらと無駄に喋ってるだけだしな。


「あれ、石村くん!?」


「ああ、市川か」


 職員室の前から一歩も動いてないもんな、そりゃ驚く。


「なんでまだいるの?」


「えーと、考え事してた。市川も担任に呼ばれたのか」


「うん、進路のことで」


 やっぱり俺と同じか。


「進路の事って、市川もアンケート適当に書いて出したのか?」


「そんな訳ないよ、白紙で出して注意された」


「へー」


「適当って、石村くんはなんて書いたの」


「上から順に、東大、早稲田、一橋。まあとーぜんいけるわけないし、いく気ないし」


「いくらなんでも、適当すぎるよ」


「だってさ、まだ高二だよ、進路なんてまだ遠いような気がするんだ」


「わかるかも」


 市川は少し微笑みながら頷いた。


 何だよ、笑うと普通に可愛いじゃん。


 とか思いつつ、俺は市川と教室に戻った。





 あれから数日経ち、俺は困っている。


 俺は他人とは付かず離れずの距離を維持し続けていた。


 しかし、あの時市川と会話を交わしたことで、崩壊しかけている。


「石村くん!」


「なっ、市川」


 市川は必要以上に俺に話しかけてくる。


 俺は市川にとって、友人と思っているらしい、困ったことに。


「ねえ、昨日ね……」


 まあ、とりあえず、聞き流すか。


 さて、市川に付きまとわれて、いろいろと気付いた事がある。


 そのうちの三つ。


 まず一つめ、市川は異様に距離感が近い。


 こっちが距離を取ろうとすれば、それ以上に近づいてくる。


 正直、鬱陶しい。


 二つめ、市川はかなり喋ってくる。


 黙っている事が嫌なのか、はたまた出来ないのか、休むことなく話しかける。


 あと早口で喋るせいか、途中何言ってるか分からないし、つっかえて噛む。


 そして、最後にむせる、大丈夫か。


 三つめ、市川は空気が読めない。


「石村、今度の日曜ラウワン行かね」


「ああ、ごめんその日用事ある」


「あれ? 日曜日でしょ、予定ないんじゃないの、石村くん」


 な……、しまった余計な事を。


「え、そうなん、だったら行こうぜ、たまにはいいだろ」


「池上くん、私も行っていい?」


「え……」


 池上は困った感じに、苦笑いし、どうしようか悩んでいるようだ。


「まあ、とりあえず、市川の事は考えておくわ、石村も当日参加OKだから考えといて」


「おう、わかった」


 多分、行かないけど。なんか隣にいる奴はウキウキして行く気満々だけど。


 なんか、女子たちが市川を遠ざけるわけが何となくわかったような気がする。


 正直、面倒くせえ、つーかもうつかれた。


 あと、すげえ、イライラする。





 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、やっと帰れる。


 さっさと帰ってゲームしよう、いや本屋でも寄ろうかな。


 なんて考えつつ、学校の外へ出た瞬間。


「おーい、石村くん」


 うわあ、最悪だ。


 走ってきたのか、少し息があがっている。


「もうやっと追い付いた、教室にもういないから」


 そりゃ、置いてきたからな。


「最近、付き合ってくれないね」


 相手にする気ゼロだからだよ。


「あっ、そうだ、日曜日楽しみだね」


 俺は行くって言ってないけどな、つーか少しは、空気読めよ。


「ねえ、どうしたの」


「あのさ」


「なに? ちょっと……、顔が怖いよ石村くん」


「いい加減にしろよ、別に俺はお前の友達じゃないし、お前自分が他人に迷惑かけてんの気づけよ、ったく正直鬱陶しい、面倒くさい、空気読め、つきまとうな、失せろ」


 最後に死ねって言いそうになったが、抑えた。


 俺は市川の事をこれでもかとぐらいに、睨んで去った。市川は俯いたまま固まっている。


 極力人の目を気にせず、急いだ。


 言いたい事を言ってスッキリした分、頭の血が引いていくごとに冷静になり、気づく。


 なんてことを口走ってしまったんだろう。


 俺はバカだ。これではあの時の二の舞じゃないか。


 





 翌日、教室に入ると市川はいなかった。


 いつもなら、俺より先に学校に来ているはず。


「石村、おはよ」


「ああ、池上か、おはよう」


 市川かと思った。


「お前さ、昨日市川にいろいろこと言ってたな、そりゃ市川の事は正直引くところもあったけど、あれ言いすぎじゃねえの、いくらなんでも」


 そんなこと分かってるよ、分かっている。


「お前と同じ中学だったからさ、前にいろいろあった事は知っているけど、あの様子じゃ、取り返しのつかない事になるぜ」


 取り返しのつかない事……、もしかして自殺。


「ちょっと、行ってくる」


「え、一限始まるぜ」





 学校出たのはいいけど、俺市川の連絡先知らねーんだよな。


 それこそ、どこに住んでるのかも知らない。


 とりあえず、駅まで行くか。


「あっ」


「おっと」


 テンパっているせいか、ぶつかりそうになる。しかもその相手は。


「市川! 良かった生きてた」


「えっ、どういうこと?」


 俺は市川の顔をじっと見る。


 目のあたりが腫れていた。


「市川、あの……」


「ごめんね、石村くん」


 声を荒げ、真っ直ぐに俺を捉える。


「私さ、石村くんとあんな風にお話しするの嬉しかったんだよね。周りに相手にされなかったから、尚更ね。だから舞い上がっちゃって、それで昨日石村くんにあの事言われて……、あれごめん、また涙が……、おっ、おかしいな、うっ……また止まらなくなった……」


 ぽろぽろと、市川の目から涙が溢れていく。


「市川……」


「石村くん、もう喋りかけないから、これだけは……、言わせて、ありがとう、楽しかったよ……、ごめんね」


「何、言ってんだよ」


 俺はやっと、言葉を口に出す。


「謝るのは俺の方だ、ごめん市川」


 頭を下げ、精一杯の誠意を伝える。


「俺、市川に昨日は言いすぎた、そのせいで傷つけた、本当にごめんなさい、また話しようぜ」


 今度は頭を上げ、市川に笑いかける。


 市川は、うれし涙を浮かべた。





 日曜日、市川と俺はラウワンに遊びに来ていた。


 もちろん池上たちといっしょだ。


「俺さ、中学ん時、ある一人の友達を不用意な言葉で傷つけたんだ、それでその友達は自ら命を断とうといた。かろうじて生きているけど、眠ったままの状態なんだ」


「そうだったんだ」


「だから、高校はなるべく他人に深くかかわらないようにしていた、けど結局市川の事、傷つけた」


「もう、大丈夫だよ、私ね昔、もっと素直に生きるべきだって教えられたの、私は純粋にその言葉をずっと受け入れてきたの、でも素直になればなるほど、周りから遠くなっていったの」


 だから、友人と呼べる人間がいないの、と最後に市川は言った。


「市川、他人と仲良くなるのは、すぐじゃなくていいんだよ、ゆっくりやっていこう」


「そうだね」


 ニコッと、市川は笑う、やっぱり笑うとかわいいな。


「お二人さん」


 池上が急に現れ、俺たちは驚く。


「二人だけの世界に入んないでよ、ほら次テニスしよ」


「分かったって、ほら行こう、市川」


「うん」


 俺は手をさしのべ、市川を連れていく          

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