短編集その2

有刺鉄線

タイムスリップした私



「隣に座っていいかしら」


 そう尋ねられたので。


「いいですよ」


 と返答と同時にその人を見た瞬間驚いた。


 だって、私にそっくりな人だったから、正確には今の私に+10年足した感じ。


「まあ、普通ビックリするよね。10年後の自分を見たら」


 この人は何を言っているのか、意味が分からない。


「えっと、冗談ですよね」


「いいえ、私は10年後の未来から来た貴方よ」


 ずばっと、彼女は言い切った。


 さらに私の頭が混乱する。


「まあ、信じられないよね、普通」


 そう言って、彼女は店員が持ってきたコーヒーを一口すする。


「このコーヒー懐かしいな、好きだったんだよね。もう無くなっちゃったけど」


 どうしてだろう。


 この台詞で目の前の彼女が私だと確信した。


 その訳は、この喫茶店のコーヒーを頼むのは私しかいないからだ。


 私は好きだけど、どうも他の人は口に合わないらしい。


 現にお店はガラガラの状態だ。


「どうして、ここへ来たんですか」


「やっと、信じてくれた」


 目を輝かせて、見つめてくる。


「目的は二つあるんだけど、一つはここのコーヒーを飲みに来たこと。あともう一つは、昔の自分、つまり君に会うこと」


「それだけですか」


 もっと他に無かったのだろうか。


 彼女はコーヒーを全部飲み終えた後、店員にもう一杯頼む。


 そして、どこか悲しそうな表情に変わった。


「他にもう一つあるんだけどね。だめなんだ、未来から来た人間が過去を変えるような事は基本的にしちゃいけないんだ。この先未来で起こることも一切喋っちゃいけないんだ」


 なるほど、いろいろ制限があるのか。


 ふと、時計を見る。


 大事なことを思い出だした。


「やばい、もうこんな時間待ち合わせに遅刻しちゃう」


 彼女は微笑ましいそうに、笑っている。


「えっと、これで失礼します」


「デートかしら」


「あ、ハイ」


「じゃあ、いってらっしゃい」


 一礼したあと、私は急いで走る。


「待って最後に一言……後悔しないでね」


 その時の私は、どういうことか、分からなかった。


 しかし、後になって事件が起きてから、理解した。


 ◇


 2杯目のコーヒーを飲み干し、会計を済ませる。


 お店を出て、しばらく歩く。


 10年という時間は何もかも、変わっていた。


 この街が生きているのかと本気で思ってしまうほどだ。


 だけどその場、その時で起こった事件は変わらない。


 この年、この日、この時間に当時付き合っていた彼がいなくなる。


 だから私は伝えたかった。


 この先、後悔しないでねと……。


 涙がこぼれて滴り、やがて地面に落ちる。


 さあ、未来に帰ろう。          

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