短編集その2

有刺鉄線

私と先輩

 私は透明な存在だ。


 教室で、話しかけられるどころか、授業では先生に名前で呼ばれたことがない。


 誰も私を気に留める者はいない。


 たぶんこの先もこうだろう。


 こんな私に果たして存在理由があるのだろうか、いっそ消えてなくなりたい。


 まあどうせ、消えても誰も気づかないだろう。


 ◇


 昼休み。


 誰もいないはずの中庭に男子が猫と戯れていた。


 多分学年は一つ上だろう。


 とても楽しそうなので、つい眺めてしまう。


 不意に先輩が私の方を向き、目と目が合った。


 ドキッとなり、私はうろたえる。


 先輩も目を大きくしながら、こちらを見る。


「こ……、こんにちわ」


「こ……、こちらこそ……はじめ……まして」


 ああ、なんてぎこちない挨拶。


 その後、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、私と先輩は固まっていた。


 ◇


 授業が終わり、図書室へ足を運ぶ。


「よお、元気か」


「会長そこ、当番以外立ち入り禁止です」


「いいじゃん」


 よくない。


 この方はわが校の生徒会長だが、なぜか生徒会の仕事せず最近はこの図書室に入り浸る。


 そして唯一、私に話しかける稀有な人だ。


「昼休みどーした」


「まさか、見てました」


「バッチリ」


 親指を立てて答える。


 私はそのことを思い出し、恥ずかしくて身体中が熱くなる。


「人見知り同士が出会うとああなるのか」


「知り合いですか」


「いや知らない、けど少しだけ調べた」


 そう言って訊いてもいないのにあの先輩について話す。


 いつも一人で、親しい友人などはいない。


 猫好きで、昼休みは専らあの猫と一緒にいる。


 以上。


「ようは、君と似た者同士ってことだな」


「そうみたいですね」


「その人と仲良くなれば、いい機会だからさ」


 無茶なことを……。


 私が誰かと仲良くなれるわけがない。


「そうだ、俺が間に入って何とかしようか」


「お断りします」


 ◇


 次の日。


 中庭に訪れると、先輩は昨日と同様猫と遊んでいる。


 そして何故かもう一人いた。


「会長さん、何をしているのですか」


「ご覧の通りさ」


 まあ、この方は無視して。


 先輩は楽しそうに笑みを浮かべながら猫の背を撫でる。


「猫の名前は、なんていうですか」


「ニャン太郎だよ」


「へえ、そうですか、可愛いですねこの子」


 しばし、静かな時が流れ続ける。


 どうしよう、会話しなきゃ……。


 話題を探るが、頭の中もう爆発寸前だ。


「たしか、怪我してたんだよな。良かったないい人に助けてもらえて」


 会長はそう言いながら、ニャン太郎の頭をさする。


「そうだったんですか」


「うん、だから元気になって良かった」


「ホント良かったな、ニャン次郎」


「会長、ニャン太郎です」


「そうだった、ゴメンな」


「って、何で私の頭を撫でるんですか」


「2人は仲が良いんですね」


「良くありません」


 こうして、会長を介しながら会話は弾んでいく。


 そしていつしか時間は過ぎていった。


 次の日もまた次の日も、私は先輩のところへ通い続けた。


 そこで猫と戯れたり、他愛もない会話をしたりする。


 時々、会長が邪魔しに来たりするが、楽しい日々は続いていく。


 そして、私はあることを伝えに先輩のところへ向かう。


「先輩」


「なんだい」


 いつものように微笑む先輩。


 私は意を決して思いのすべてを告白する。


 しかし、その後先輩は無言で逃げるように去った。


 ◇


 ぼくはいつも1人だった。


 周りと交わることなく、常に壁を作り他人を遠ざけた。


 きっかけは一匹の野良猫。


 中庭に迷い込んだその猫は、怪我をして苦しんでいた。


 素人ながら見よう見まねで何とか手当をし、何日か経って元気になり、ホッとする。


 その時、あの子と初めて出合う。


 最初は緊張した。


 だって、突然女の子と目があったから。


 何も言えず、情けない姿を晒してしまう。


 全くもって、恥ずかしかった。


 次の日、今度はなぜか生徒会長が訪れた。


 フレンドリーに接してくる感じに少々戸惑ったが、次第に楽しくと思えた。


 あの後、あの子がやってきて、それから三人で仲良くなっていく。


 久しぶりに、友人が出来てぼくは泣いた。


 最近ではあの子と二人で喋れるようにまでなった。


 このまま、あの子と良き友人として続いていくと僕は思った。


 だけど、あの子はそれ以上をの関係を望んでいた。


「私と付き合ってください」


 ストレートに言葉にするあの子。


 僕は逃げた。


「いや、逃げちゃだめでしょ」


「会長さん、そんな事言ったって……」


「本当、情けねえ」


 そういって、呆れたように肩を落とす。


 自分でも、分かってはいる。


 けど、人とまともに接したことがない人間が、女の子とお付き合いできるだろうか。


 いやできない。


 考えすぎて、脳内がパンクしそうになり、恥も外聞もなく叫ぶ。


「一応ここは図書室だ」


「すいません」


 ため息をつき、身を縮める。


「つーかさ、ここで賞味期限の切れたモヤシみたいになってる場合じゃねーだろ」


 賞味期限の切れたモヤシって……。


「多分、もう無理ですよ」


「いや、無理じゃないかもよ、もしかしたらいるかもよ」


「いや、ないです」


「いや、あるね」


 会長さんは、自信たっぷりに言い切る。


 僕は気圧されてしまう。


「あいつはさ、自分は透明人間みたいに思ってたんだ。でも、お前に会って変わった。良く笑うようになったんだ。お前だってそうだろ、壁消えたろ」


 ああ、そういえば、そうだ。


 もう目の前に壁は無い。


「ちょっと、用事思い出したので、行きます」


「おう、行ってこーい」


 ◇


 ぼくは再び、中庭へとやってくる。


 深く息を吸い、吐く。


 そうやって心を落ち着かせる。


 しかし、周りを見渡すがあの子の姿がない。


 やはり帰ったのかな。


 と思ったが、よーく捜すと隅っこの方にいた。


 しかも、小さくうずくまって震えている。


 ど、どうしよう。


 ぼくは恐る恐る近づく。


「ニャン五郎、かつお節おいしい」


 僕は大きくこけた。


 そりゃ、もうコントのオチのように。


 てか、五郎じゃなくて、太郎だから。


「あっ、先輩大丈夫ですか」


「うん……」


 どうして、こうなったんだろう。


「もう、待ってましたよ先輩」


「えっ、そうなのかい、そうだ君に言いたいことがあるんだ」


 気を取り直し、あの子の目を真っ直ぐに見つめる。


「なんですか」


「ぼくは、呆れるほど弱虫で、大事なところで逃げてしまう人間で、それにずっと1人ぼっちだったから、そのせいか人との付き合い方とか分からないから、傷つけてしまうかもしれないけど、こんなぼくとお付き合いしてくれますか」


「そんなのお互い様ですよ」


 あの子は笑いながら涙を流している。


 だからぼくは、そっとあの子を抱きしめる。


 ◇


「やっぱ、青春はこうでなくちゃ」


 そういって、二人の行く末を遠くで見守る。


「さーて、迷ってるやつ、困ってるやついないかなー」


「ここに1人おります。会長」


「げっ、副会長」


「さあ、生徒会の仕事が溜まりに溜まっておりますので、いきますよ」


 後ろの襟を掴み引っ張って、連行される。


「まあ、いいか」


「なにが」


「なにも……」



          

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