-フォックス×フレンド-

ノベルバユーザー189431

「世話狐」前編



本編が始まる前に言わせてもらいたい。

 俺は中学一年生の妹と二人で一戸建て暮らしをしている。その妹の名前は風息玖美かざいきくみ。身長147cm、体重39kg、B69W51H71、の小柄でスレンダーな体型の持ち主で、瞳は茶色、背中まで流れる漆黒の髪をポニーテールで結い上げ、私服は健康的に焼けた肌を見せつけるかのように肩や腰、太ももを大胆に露出させる服を好む。試験を受ければすべて90点以上。悪くても80点は取る。先日玖美の通う中学校で行われた中間テストでは、見事一位に輝いたという。容姿端麗文武両道の超人。明るく元気で、アウトドア派の活発少女。そして、友達が多い。
 兄である俺、風息燕とは比べてはならない存在である。
 当然、そのような妹を持っている俺としては、自慢出来る以外他にない。崇め敬えの存在だ。何者にも変えられないただ一人の血の繋がった妹。小さい頃から「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と甘えたがりな妹。これは天使か何かか、と真面目に考えたこともある程だ。

しかしそれは表の顔。
 我が妹には裏の顔がある。
 表では愛想を振り撒いて優等生を演じているらしいが、俺の知っている妹、風息玖美とは別人だ。
 俺は現在、スリ犯と対峙した際に負った傷で入院中である。親がいない今、たった一人の家族である玖美は勿論お見舞いにやって来てくれる。「お兄ちゃん大丈夫?!」と心配してくれるだろう。だが、

 「燕兄ィ!横腹かっ切られたぐらいで入院とかへこたれてんじゃねーよ軟弱地味者おおぉぉお!!(ゴスッ)」
 「ぐおっふっ?!」

 現実は違った。
 誰が思うだろう。病室に入ってくるなりベッドで休養中の俺に1m一回転ジャンプからのライダーキックを腹部にクリティカルヒットさせる野蛮が、俺の実の妹であるということが。
 「傷口が割れるッ!何すんだ玖グホッ!」
 「うるさい燕兄。おまけに川に突き落とされて下流まで流れていったとかふざけてんの?(ゴスッゴスッ)」
 玖美はベッドに寝ている俺に馬乗りになり、顔面を殴打し始めた。
 「ふざけてないし、殴るの止めグハッ!」
 「どれだけ人様に迷惑かけたかわかってるの?あたしはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんっ(ゴスッゴスッ)」
 「俺だってお前を暴力的に育てた覚えはありませんっ!」
 「………まあ、一緒にいた人の分まで取り返してあげたんだっけ?それは立派だから、それに免じて許してあげる」
 唐突に拳の雨が止み、馬乗りになっていた妹がベッドから降りる。もう少しで第二の人生を歩むところだった………
「燕兄に第二の人生とかあるの?ないでしょ」
 「地の文を踏むな。メタいぞ」
 「そんなことより、ハイこれ」
 突然目の前に突き出されたのは、バスケットに入った色とりどりのフルーツたち。
 「………………は?」
 「………どうしたの、燕兄?」
 「いや、お見舞いの品とか我が妹がまさか持ってくるとは、思ってもなく………」
 「え、何言ってるの?これはあたしが食べるんだよ?」
 「お前は怪我人に考慮というものはないのか」
 普通は入院者が頂くものだろう。俺は兄だぞ。そこらへん遠慮してほしい。
 「燕兄がフルーツ切ってよ」
 「俺、怪我人だぞ?!」
 「あたしが包丁持ったら、怪我するよ?」
そういえば俺は妹に包丁を持たせたことがなかった。奇才の妹、玖美ならば何事も完璧にこなすことだろうが、怪我をしてもらっちゃ困る。
 「………わかったよ、やれば」
 「………燕兄が怪我するよ?」
 「俺がやってやるから、少し待ってろよ」
ベッドから上半身を起こしてフルーツを切り崩しにかかる俺。可愛い妹のためなら兄は頑張るよ畜生っ!
 俺がしぶしぶ林檎の皮を包丁で剥いていると、
 「そういえば、燕兄は誰と買い物してたの?友達いないのに」
 「今の言葉で俺の心は深く傷ついたよ」
 玖美は俺の学校生活とか知らないはずなのに、友達がいないと確定されてしまった。
 「いや、友達だよ。ウチのクラスに来た転校生と、三年の先輩」
 「え………………」
なぜ意外そうな顔をするのか。
 「だって………ねえ?燕兄のことだから、幻覚でも視ていたとか………」
 「………俺が友達の出来る幻覚を視ていたと言いたいのか」
 「え、違うの?!」
 目を大きく見開いてのぞける我が妹。泣きたくなってきた。
 「実在するから。北方狐音って転校生と、東御メイナっていう先輩だよ」
 「………………(ピクッ)」
 一瞬、玖美の眉が小さく動いた気がした。
 「へ、へえ。ホントに友達出来たんだ………ちなみに、転校生てのはどんな人?」
 「んー、そうだな………(髪が)ふわふわしてて………」
 「ふわふわ?!」
 「真っ白な(髪の)毛並みで」
 「毛並み?!」
 「小動物のようだった」
 「………………燕兄」
 玖美は声を低くし、俺から数歩距離をとり、
 「いくら人間の友達がいないからって、犬を友達って言うのは………」
 「待て、俺がいつ犬の話をしたんだ?」
 話が全く合わない。
 「人間に決まってるだろ」
 「………女の子?」
 「………そりゃ狐音って名前であまり男とは考えないだろ」
 「そ、うだよね………」
 玖美は何故か不機嫌そうに頬を膨らます。口に木の実を溜めたリスのようだ。
 「ほら、林檎剥き終えたぞ」
 「………(カチャカチャ)」
 「あ!ちょ、おま、一人で全部食うなっ!」
 「ふりゅさいっ!ふぁたしのきみょちもひはにゃいへ!(モグモグ)」
 「何いってんだ?!食い終わってから喋ろよ!」
 「………ッ!………ッ!(ガツガツ)」
 「だから全部食うなってー!」

これが我が妹、風息玖美の『裏の顔』なのである。


◇◇◇◇◇◇

「―――――暇だ………」
 玖美が病室に来てから小一時間、「食べ物とか飲み物を買いにコンビニ行ってくる~」と梅雨が明けた空の下を、軽快な足取りで出ていった後の病室は、先ほどはうって変わって静かになっていた。まるで嵐のあとの静けさのような。
そのなかでしばらくぼーっとしていると、
 「失礼します。風息さん、体調はいかがですか?」
 病室の扉が開かれ、看護師が入ってきた。
 「あ、はい。今のところは問題ないです」
 「そうですか。短くてもあと3日は入院してもらいますので、しっかり休養してくださいね」
 「はい。ありがとうございます」
 「それでは失礼しました」ガラガラ………パタンッ
看護師が去っていくと、再び静けさが舞い戻ってくる。ベッドから降りられないのでとても退屈だ。
 「………………」
 少し学校のことを考えてみた。
しばらく入院していたら、その後授業についていけないのではないか。狐音はちゃんとクラスに馴染めているだろうか。東御先輩はまた要らないことをしているのではないか。
 「う………ん………」
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。


◇◇◇◇◇◇

薄暗い地下部屋には二人の男がいた。
 「………計画は?」
 「ええ、バッチリですよ。契約も結んできました」
 「………計画実行日は?」
 「約一ヶ月後の七月末です」
 「………契約金は?」
 「前払いで二億だと」
 「………ふっ。なんの問題もないな」
 「どのみち国が出してくれますよ」
 「………それはそうと、あの小娘の行方は掴めたのか?」
 「勿論。近くの高校に身を潜めているらしいです」
 「………そうか。計画実行日まで手出しは無用だ。わかったな?」
 「はっ」
 「………ふふふ。ああ、一ヶ月後が楽しみだ………フハハハハハハハッ!!」
 地下部屋では男の声が高らかに響いていた。


◇◇◇◇◇◇

目が覚めたのは眠りに落ちてからほんの数分後だった。何故起きたのかというと、

 「スリ犯と殺り合って見事撃退させたという勇者がいる病室はココかぁぁぁああ!!(ピシァァン)」
 「うわあっ!」

こんなセリフが飛んできたら飛び起きざるを得ないですよね。勇者とは何のことか。
 「だ、誰だッ!」
 明らかに玖美の声じゃないと感じた俺は、突然の闖入者に鋭い声を上げる。
しかし闖入者はものともせず、
 「おやおや、せっかく燕のお見舞いに来てやったというのに、その反応は無いんじゃないかい?」
と言いながらベッドに近付いてくる。
 俺はその声と口調で誰だかわかった。

 「なんだ、流弥か………」
 「なんだとは失礼な。やっぱり帰ってしまおうかな?」

その闖入者の名は、藍陽流弥あいようるみ。梁琳高校のクラスメイトだ。女子にしては175cmと背が高く、腰まで伸びたサラサラな茶髪、モデル並の体型を持った美人さん。一方、家は神社を経営(?)していて、彼女はその神社の巫女をしているのだ。今彼女は夏場を意識した薄着、ショートパンツを身に付けていて、妙に色気がある。
そして彼女は俺の『幼なじみ』なのである。
 幼なじみは友達に入るのだろうか?
 「え、友達じゃないのか?」
 「辞典によると、子供の頃に親しくしていた人のことをいうらしい」
 「へー、そーなのかー」
とその時、入り口から

「………燕お兄ちゃん」

 少女の控えめな声が聞こえた。振り向き見ると、

 「あ、莉魅ちゃん。久しぶり」
 「………うん。久しぶり」

そこに立っていたのは、藍陽流弥の妹、藍陽莉魅あいようりみちゃんだった。彼女は小さい頃から俺の妹の玖美と一緒に遊んでいたりしていた仲だ。流弥や玖美とは違い、大人しい性格でとても品がある。おっとりした瞳、肩までの整った茶髪、玖美と似たような体型だが、運動は苦手で、肌は透き通るように白い。今は純白の膝下ワンピースと頭に鍔の広い麦わら帽子を身に付けている。
 「その服、似合ってて可愛いよ。莉魅ちゃん」
 「………!あ、ありがとう………(シュウウウ)」
 俺が莉魅ちゃんコーデを褒めると、突然麦わら帽子を顔を隠すように伏せた。耳が赤くなっているように見えたが、日差しの暑さにやられたのだろうか?
そのようすを観ていた流弥が、横から入ってくる。
 「おや、アタシの服装にコメントはないのかい?」
 「ん、いいんじゃないか?というか夏場はいつもそんな感じだろ」
 俺が素直な感想を告げると、
 「む………確かにそうだが、もう少し別の言葉が欲しかったぞ………(ブツブツ)」
なんか流弥がブツブツ喋っているけど、聞こえなかった。
 「………それより、燕お兄ちゃん。怪我、大丈夫なの?」
 我が妹の玖美の時には言われなかったセリフを莉魅ちゃんが言ってくれた。なんて優しい子なのだろう。
 「ああ、大丈夫だよ。誰かさんにライダーキックかまされたけど」
 「………良かった。それと、これを」
そう言って取り出されたのは、両手に収まるほどの小袋。受けとると、袋の中から香ばしい香りがした。
 「これは………?」
 俺が首を傾げると、
 「アタシと莉魅でクッキーを焼いたのさ。結構たくさん焼いたから、お裾分けってことだよ。それがアタシ達からのお見舞いの品さ」
 流弥が説明してくれた。
 袋を開けてみると、色も形も綺麗なクッキーがたくさ入っていた。
 「はあ、そうなのか。ありがとう、二人とも………じゃあ早速一口ヒョイ
 藍陽姉妹に礼を言って、袋からクッキーを一枚取り出して口に頬張る。
と流弥が思い出したかのように
「あ、そうだ。いい忘れていたけど………」
 「ん?(モグモグ)」
 「中のクッキーの半分はアタシが作った特製ハバネロ入りクッキーだ」
 「お前はバカか?!」
かッらッ!の前に、痛いッ!口の中で何かが破裂したような感覚がッ!!
 「………!だ、大丈夫?燕お兄ちゃん(スッ)」
 莉魅ちゃんがすぐさまバックから水筒を取り出して渡してくれる。
 「ありがとっ(ゴクゴク)」
 俺が慌てながらも水筒のお茶を喉に流し込む。
 「―――あ………間接キス………っ(カァァァ)」
ようやく喉が落ち着いてきたところで、莉魅ちゃんが何かブツブツ言っていたが、声が小さくて聞こえなかった。
 「はっはっは!莉魅よ、思わぬハプニングでウマウマな展開になったなww」
 流弥が意味のわからないことを言ったが、
 「………お姉ちゃん」
 「なんだ?可愛い我が妹よ」
 「………ちょっと(表に)来てほしい」
 「ん?感謝の言葉か?ここで言えばいいのに」
 「………いいから(グイッ)」
 「お?(ズルズル)」
………よくわからないけど何故か莉魅ちゃんが背後に不吉なオーラを纏っていたような………

『………なんで勝手なことするの』
 『いやー、燕が元気出るかなと思ってww』
 『………お姉ちゃん』
 『ん、なんだ?』
 『………覚悟』

………今一瞬、流弥の断末魔が聞こえてきたような………気のせいだろうか?
ふと手元の小袋に目を向ける。よく見ると、色違いのクッキーがある。
 「………………(パクッサクサク………)」
うん。これは正解だ。香ばしい香りが口いっぱいに広がる。
 「(莉魅ちゃん………また腕を上げたな)」
うちの玖美はお菓子作りはするのだろうか?今度聞いてみよう。
 俺はそう思いながら、正クッキーと偽クッキーを分けて食べる。
サクサクもぐもぐサクサクもぐもぐウマウマ。

その日、藍陽姉妹が病室に戻ってくることはなかった。

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