本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

5 レイカの“いい考え”

 土曜日、私、レイカ、ヤエ、ミサミサのいつものメンバーは、午前中から並んで、原宿にある人気のパンケーキ屋さんに来ていた。今日のランチは、クリーム盛りもりのパンケーキとオムレツを皆でシェアして食べることにしたんだ。

 トマトとチーズのオムレツと、ほうれん草とベーコンとチーズのオムレツは4人だとあっという間に胃袋に収まった。そして、皆お待ちかねのパンケーキがようやく届いた。いちごのと、バナナのと。どちらも山盛りのクリームがうずたかく盛られていて、何度見てもびっくりする。

 私たちはおのおのスマフォを出しては写真を撮ると、素早くインスタグラムにアップロードを済ませた。

 そして、それが終わると、きゃっきゃと騒いでいた空気が一転、フォークでクリームを掬いながら、評論家のようにしたり顔で話し出すのだった。

「まあねえ。男って、根に持つところあるからねえ。やっぱ、ワンチャン神崎の復讐説あるんじゃない?」

 ヤエがクリームをぱくりと口に放り込みながら言った。心なしかドヤ顔である。

「身内の女を使って、ナナに少しずつストレスを貯めて、ヤキモチを妬かせてボロボロに傷つけた末にフる、っていう作戦なのかも」

 ヤエは神崎くんが罰ゲームのことを許したのはフリで、その実裏では許すどころか罰ゲームで告白した私に復讐をしようと企んでいるという自説を根強く信奉しているらしい。

「だから! 神崎くんはそんなこと考えたりしないよ!」

 私が慌てて否定すると、レイカが一番美味しそうな大きないちごを遠慮なくフォークで突き刺して、それを私に突きつけて言い放った。

「ナナ、別れなさい。そんな変な女が周りにうろちょろしてる男なんて、面倒すぎるわ。私ならそんな女がいると分かった段階でそっこー別れる」

 いちごを口に運んでもぐもぐするレイカに、ミサミサとヤエは追従した。

「うんうん。確かに。ナナがいるのに、他の女の、それもファーストキスの相手の勉強の面倒見るなんて、頭おかしいよ。いくらお世話になって来て断りづらいからって有り得ない。不誠実だよ」

 ミサミサが言えば、ヤエも頷いた。

「だねー。ちゃんと問い詰めなきゃダメだよ。ナナ気弱すぎ。そんなんじゃ、そのヒロカにも神崎にも舐められたままだよ」

「だって。わかってはいるんだけど! でもでも、ただでさえ罰ゲームして神崎くんを傷つけたのを許してもらったばっかりでまた喧嘩するようなことしたくないんだもん! それに、神崎くんに悪気はなさそうなんだよ? ちゃんとヒロカちゃんにも私のこと彼女だって目の前で紹介してくれたし! それに、神崎くんがヒロカちゃんと私に二股かけてるようには見えないんだもん」

 私が必死に食い下がると、ミサミサが首を傾げた。

「なんで神崎が二股かけてないって言えるのよ」

「だって、まずヒロカちゃんの性格からして、自分が神崎くんと恋愛関係にあるんだったら、私みたいな彼女の存在を許さないと思うんだよね。独占欲すっごく強くて、私と神崎くんが少し喋っただけでも会話に割り込んで来るくらいなのに」

「なるほどね。確かに、一理あるね。ヒロカが神崎を好きなのは間違いないけど、それを神崎は鈍感だから気づいていないっていう可能性はあるかもしれない。だから、ヒロカはナナと二人きりの時を狙ってちょっかいかけて来たのかもね。ファーストキス云々も、ナナを牽制するための嘘かもしれないって訳ね」

 ヤエが頷いてくれたので、私はちょっと余裕を取り戻して、口を開いた。

「うん。それにね、神崎くんが二股できるような人だったら、私とっくの昔に手を出されてると思うの。けど、神崎くんって目も合わせてくれないようなシャイでしょ? 真面目な神崎くんに二股なんてチャラいこと絶対出来ないと思うの」

 すると、ミサミサとヤエとレイカは「ああー」と納得したのかため息をついた。

「確かに。あの童貞コミュ障にそんな芸当出来るはずがなかったわね」

「じゃあ、そのヒロカの片思いってことか。でも、ホントにまったくのでたらめでキスしたとか言うかな?」

「問題は結局そこだね。でも、ナナはまだ神崎を泳がせときたいんでしょ?」

 ヤエに言われて、私は答えにつまる。泳がせときたいって……そんなつもりじゃなかったけど、でも、結局そういうことになるのか。

 私は苦笑しながら頷いた。

「うん、まあ。問い詰めて喧嘩したら、夏休みだし仲直りのきっかけがなさそうだから」

「焦れったいからとっとと詰めちゃえば良いと思うけど、ナナの付き合いだから好きにすれば良いわ。けど、そのヒロカはウザ過ぎるから何とかしないとダメね」

 レイカはクリームをたっぷり乗せたパンケーキを頬張り、もぐもぐとしながら断言した。

「うん。私も、何にもしないとかは聞いてるこっちがストレスでやられそうだもん。でも、なにすれば良いの? 神崎はヒロカの勉強会をやめてくれそうにないし、ナナもやめさせる気はないんでしょ?」

 ミサミサがバナナに生クリームを乗っけてフォークを突き刺す。

「私にいい考えがあるわ。目には目を。歯には歯を。ヤキモチにはヤキモチを、よ」

 レイカがにやりと口角を持ち上げると、

「なになに!?」

「聞かせて聞かせて!」

 とたんに、期待に目を輝かせるヤエとミサミサ。人のことだと思って完全に面白がっている。だけど、私も何が飛び出してくるのかビクビクしながらも、レイカの『いい考え』に耳をすませざるを得なかった。

゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜

「ナナ、あんたダサ眼鏡の童貞奪っちゃいなさい!」

「えええええ!?」

「「きゃー!」」

 高らかに言い放ったレイカ。慌てふためく私をよそに、ヤエとミサミサはテンションマックスで歓声を上げる。私たちそれぞれの反応に満足そうに頷くと、レイカは鷹揚に先を続けた。

「生意気なガキにファーストキスの相手は自分だとマウント取られたからって何? 今のダサ眼鏡の彼女はナナなんだから、いくらでもキスの上書きが出来るんだってことを見せつけてやるのよ。キスどころか、一足飛びでやっちゃって、所有権が誰にあるかをキッチリと教えてあげなさい!」

 ビシっとフォークを突きつけられて、私はたじろぐしか出来ない。

 つまり、キスをしたと言われてヤキモチを妬かされたお返しに、キスどころか私はエッチまで済ませましたと見せつけて、ヒロカちゃんにヤキモチを妬かせて諦めさせる作戦という訳だ。

 そ、そこまでする!? 過激じゃない??

 でもでも、確かに効き目はありそうな気はしないでもない。私と神崎くんがラブラブなのが分かれば、ヒロカちゃんだって私たちの関係を認めざるを得ないし、そのうち諦めるしかないと分かるはずだ。

 そのために初エッチを使うのは、なんだかロマンチックさに欠けるけど、背に腹は変えられない。敵は幼馴染という強い武器を最大限に利用して神崎くんと強い絆を結んでいる。最近彼女になったばかりの私に出来ることなら、なんだってしてみないと、うかうかしてたら盗られちゃいそうだもん。後で後悔するのだけは絶対嫌だ。

 とは言え……、神崎くんとエッチなんて、ほんとに出来るのかな?

 だって、まだキスすらしてないのに。

「ううう。確かに効き目ありそうな作戦だけど、やっぱり無理だよ。どう想像しても神崎くんとエッチするとこまで想像出来ない。だって、最近まで目も合わなかったんだよ?」

 私が音を上げると、レイカは待ってましたとばかりに気の強そうな猫目を輝かせた。

「大丈夫。もちろん、そこまで分かって言ってるんだから」

「具体的な作戦があるの?」

 身を乗り出したミサミサとヤエを押しとどめるようにもったいつけた後、レイカはゆっくりと言い含めるように話し始めた。

「いい? あんたとダサ眼鏡は私とケイゴと一緒に海に行くの。一泊二日の小旅行よ。ビーチで水着姿を見せつけて、その夜ホテルの部屋で二人きりにしてあげる。ベッドの上で潤んだ瞳で見つめれば、いくら童貞のダサ眼鏡でもさすがに悩殺KOされて手を出さざるを得ないでしょ!」

 キャー! 神崎くんと一晩ホテルで二人きり!?

「何それ超面白そう!」

「いいなー! 私も海行きたい!」

 レイカの言葉が言い終わらないうちに興奮して手足を小さくバタつかせる私達に、レイカは得意げに頷いた。

「もちろんよ。まかせて。ヤエとミサミサの分も今日中にケイゴにホテルの部屋を抑えさせるから」

「ホントに!?」

「いいの!?」

 勢いづくヤエとミサミサに、レイカは悪い笑みを浮かべて頷いた。

「ケイゴが海に行こう海に行こうってうるさかったからちょうど良かったのよ。大学の後輩にホテル王の息子がいるらしくて、系列のホテルならどこでも融通を利かせられるってドヤ顔して来たから、ウザくて無視してたんだけど、そこまで言うならこの際利用させてもらおうじゃない」

 ケイゴさんはレイカの幼馴染で東大生の彼氏だ。東大生なだけでなく、そんなツテまで持っているなんて、さすがと言わざるを得ない。けど、もしかしてそれって、ケイゴさんレイカと二人で海に行きたかったんじゃ?

 疑問が顔に書いてあったんだと思う。レイカは私が問うのに先んじて口を開いた。

「いいのよ。ケイゴと二人で海に行っても退屈なだけだけど、あんた達と皆で行くなら楽しみだわ。あれだけしつこく誘って来たくらいだから、相当行きたいはずなのよ。なんとしても全員分きっちり手配してくれるはずよ。無理だったら、また別の方法を考えましょ。待って。さっそくケイゴに電話するわ」

 そう言うが早いか、レイカはスマフォを耳に押し当てた。待つこと数秒。電話は繋がり、ケイゴさんに部屋を抑えるように命じ始めたレイカ。レイカがケイゴさんに電話して、ケイゴさんが出なかったところを私は見たことがない。

 喜々として命じるレイカとは裏腹に、ケイゴさんは電話越しに多少ゴネている。そりゃ、もう8月に入っているというのに、私達女子4人と神崎くん、ケイゴさん、合わせて6人分の部屋を取れだなんて、結構な無茶ぶりだもんね。それに、レイカと二人きりの海デートも無しってことだから、なんだかちょっと可哀想みたい。

 とは思うものの、ケイゴさんに同情してる余裕は、私にはないんだった。電話を切って、もちろん妥協を許さず命令を押し通したレイカが、「できるだけ早く結果を報告するわ」と微笑んだので、私は縋るように頭を下げていた。

「うん! お願いします!」

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