本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

3 ヒロカちゃんとキス

 翌日、勉強会二日目。

 同じく11時に神崎くん家に集まって、教科書を広げた。相変わらず私はローテーブルで仲良く勉強する二人を横目に、勉強机に押しやられて一人寂しく宿題をしている。いつもだったら分からない問題があったら神崎くんにすぐ質問するんだけど、ヒロカちゃんの前だとなんとなく質問しづらい。やっぱり、バカだと思われたくないし。

 それに、ヒロカちゃん、そんなに成績悪くなさそうなんだよね。今の成績のままキープ出来てれば余裕だって神崎くんからお墨付きをもらってた。じゃあ、わざわざ神崎くんに家庭教師してもらわなくても良いじゃん! って思うんだけど、それは言ったら負けな気がする。勉強会二日目にして、ストレスで胃に穴が開きそうだよ。

 考えてみたら、今まで彼氏と仲良い女の子にヤキモチ妬いたことなんてなかったな。だって、告白してもらってたから、ナナが選ばれてるってことは分かってたし。疑いそうな事があったら、何にも聞いてないのにすごい必死に釈明されたから。それに、どちらかと言うと、それで女子と上手くいかないようなら、ためらいなく彼氏の方を切って来たからなあ。そのせいもあってか、元彼達とは長く続かなかった。

 それに比べたら今は、全然事情が違う。ヒロカちゃんとは学年も学校も違うから、他の女子とも関係ないし。初めて、男の子を取り合うんだ。

 でも私はちゃんと彼女だし、彼女だってヒロカちゃんにも紹介してもらってるし、ネックレスだって買ってくれたし、冷静に考えたら、不安にならなくても堂々としてれば良いんだって分かってるんだよ。

 だけど、不安だ。

 私の知らない神崎くんのことを、ヒロカちゃんは知ってる。

 そんなの仕方のないことなのに、なんでかそれがすごく重要なことのように思えて仕方ない。考えてもどうしようもないって分かってるのに、どうしても頭から離れない。

 さっきから同じ問題をずうっと見つめてて、一向に宿題が進まない。

 思わずため息をこぼしそうになって、慌てて飲み込んだ。

 しばらく経つとお昼ご飯を作りに神崎くんが立ち上がった。キッチンに立って大きなお鍋に水を入れた神崎くんは、ガスコンロの下にある扉を開いた。そこでふと、動きが止まる。

「悪い。パスタが切れてた。ちょっと買いに行って来るから、昼飯少し時間かかる」

 神崎くんはゴソゴソとカバンからお財布を出すと、履いてる黒のアンクルスキニーのお尻のポケットに無理やりそれを突っ込んで、バタバタと部屋を出て行った。

 ガチャン、と玄関扉が閉まる音が響いて、女二人だけが取り残される。

 お互いに何も喋らないから、シャーペンが文字を書く音だけが部屋に響いた。

 うう。空気が重いのは、気のせいじゃないよね。やだなあ。この子と二人きり。早く神崎くん帰って来ないかな。

 私はなんとか気持ちを切り替えて、数学の問題に集中しようと取り掛かる。重い沈黙が部屋中を支配したまま、数分が過ぎた。やっと問題に集中し始めた時だった。

 いきなり、ヒロカちゃんが口を開いた。

「認めないから」

「え?」

 思わず振り返ると、ヒロカちゃんは問題集を見つめたまま、でもはっきりと言葉を続けた。

「罰ゲームで告白するような人、ヒロカは絶対認めない。おばさんは彼女失格だよ。ダイチくんは優しいから許したみたいだけど、ヒロカは許せない。性格最悪だよ。調子に乗ってるみたいだから教えておいてあげるけど、ダイチくんはあんたのこと好きだから告白OKした訳じゃないからね。ダイチくんは、彼女が欲しかっただけで、相手は誰でもよかったんだよ」

「え?」

 衝撃が大きくて、思わず固まってしまう。

「それに、ダイチくんのファーストキスの相手はヒロカだから」

「え――それ、どういう」

 問い返そうとした時、ちょうどガチャリと玄関の扉が開いた。

「おかえり! ダイチくん」

「ああ、ただいま。悪い、遅くなった。すぐ作るから」

 玄関でサンダルを脱ぐ神崎くんに、ヒロカちゃんの甘えた声がねぎらう。

「ううん! 早くてびっくりした。外暑かったでしょ。気にしないで。涼んでからで良いよ」

「悪いな。じゃあ、先に水飲ませて」

 神崎くんは買って来たスーパーの袋から500mlのペットボトルを取り出すと一気に半分くらいあおった。一息つくと、手を洗ってからすぐにご飯の支度を始める。コンロに火をつけ、鍋に塩を入れ、沸騰するのを待つ。その間に、ニンニクとナス、ベーコンを切っていく。

「今日はペペロンチーノだね! もちろん、ピーマンは抜いてくれてるよね?」

「仕方ないからな」

「ありがとう! さすがダイチくん」

 けらけらと楽しそうに笑うヒロカちゃん。さっき私と話したのと同じ人の声とは思えない程の高くて可愛い声に呆然としてしまう。

 神崎くんは一口コンロで器用に手早くナスとベーコンのペペロンチーノを三人前完成させると、昨日と同じように紙皿についでローテーブルに配膳した。

「わーい! ダイチくんのペペロンチーノだー! ひっさびさだなー! いっただっきまーす!」

 ヒロカちゃんは嬉しそうにパスタを頬張ると、満面の笑みを浮かべた。

「うまいっ! さっすがダイチくん! 腕上がったんじゃない?」

「そんなことないよ」

「そんなことあるって! ヒロカ、ダイチくんみたいなお嫁さん欲しいもん」

「お嫁さんは勘弁してくれ」

 無表情の神崎くんに対して、上機嫌でけらけらと笑うヒロカちゃん。二人の息のあった会話を私は呆然と見守るしか出来なかった。

 一口大に切られたナス、ベーコン、そして輪切りの鷹の爪とオリーブオイルで揚げてチップになったニンニク。食欲をそそるいい匂いだ。

 私もパスタは大好きだから、ペペロンチーノはとても嬉しい。けど、胸が苦しくて食べる気がしなかった。

「相田さん、どうしたの? もしかして、ペペロンチーノは嫌いだった?」

 神崎くんが箸の進まない私に気付いて、声をかけてくれた。私は慌てて首を振る。

「ううん! 大好きだよ! でもちょっと朝食べ過ぎちゃって。お腹いっぱいなの」

「そうか。多くつぎ過ぎたな。残してくれたら俺が食べるから、気にしないで」

「ありがとう」

 私がへらりと笑うと、神崎くんもぎこちなく笑顔を返してくれた。その瞬間、ヒロカちゃんが急に大きな声で叫んだ。

「ああ! そういえば! ドラゴンファンタジー7の聖剣がどうしても抜けなくてジロ兄が困ってたよ! 聖剣の抜き方聞いて来いって頼まれてたんだった!」

「でかい声出すなよ。聞こえてるって」

 神崎くんにたしなめられると、ヒロカちゃんはいたずらっぽく笑って誤魔化して、

「で? 聖剣の抜き方! ジロ兄うるさいんだもん。お願い、教えて!」

 と神崎くんを拝み倒し始める。

 私と神崎くんが喋ってたのを邪魔するためには手段を選ばないらしい。ドラゴンファンタジーくらい私だって知っている。プレステの人気ゲームソフトのタイトルだ。自分ではやったことないけど、確かお兄ちゃんが持ってたはず。

「あいつ、攻略サイト自分で見ろよ」

「まあまあ、そう言わず。ジロ兄バカだからさ」

「7だろ? ええっと確か、洞窟の奥にある――」

 そこから神崎くんとヒロカちゃんのドラゴンファンタジー談義が始まってしまう。聞いていると、どうやら元々神崎くんが所有していたゲームソフトが、神崎くんの引越しを機にごっそり田辺くん家に引き取られたらしい。神崎くんの今の家にはテレビがないからね。ゲーム機だけ持っていても仕方ないということらしい。だから、そのやって来たゲームソフトを今田辺くんがプレイしていて、元々神崎くんの所有物だから神崎くんは攻略法に詳しいと。

 神崎くんがゲームに詳しいっていうのも意外だった。でも、言われてみれば、田辺くんは神崎くんとサッカーゲームをよくするって言ってたような気がする。

 また、神崎くんの新たな一面を知ってしまった。でも、ヒロカちゃんは当たり前に知ってて、二人で楽しそうに会話してる。私はその会話についていけない。ゲームなんて全然興味なかったから。ゲームする暇があったら、デコパージュするかカラオケで踊るダンスの練習していたい。

 考えてみたら、神崎くんと私って、共通の趣味とかって全然ないよね。付き合って日が浅いから共有する思い出の数も少ないし。共通の友達って呼べる人もいないかもしれない。レイカ達は私の友達ではあるけど、神崎くんの友達ではないし――。田辺くんとは、私があんまり親しくない。

 私と神崎くんの関係って、付き合ってるっていうだけで、実はすごく薄っぺらい関係だったのかな。

 それに――ヒロカちゃんがさっき言ってた、『ダイチくんはあんたのこと好きだから告白OKした訳じゃないからね。ダイチくんは、彼女が欲しかっただけで、相手は誰でもよかったんだよ』ってやつ、本当かな。

 でも、告白されて付き合う時なんて、最初はそんなもんだよね。うん。私にも身に覚えがある。小5の時は本当に興味本位でOKした。だからキスされそうになったら気持ち悪くなっちゃって、すぐに別れたんだった。

 私なんて、罰ゲームで告白したくらいだし、もし神崎くんが興味本位だったとしても文句は言えない。

 でもでも、そう言えば、神崎くんはナナにキスしたり触ってきたり一切しない。元彼達は皆すぐ触りたがったのに。今まで女慣れしてなくて、照れてて可愛いって思ってたけど、もしかして、ナナのことあんまり好きじゃないのかな。だから、キスしたり触りたいと思わないとか?

 ううん、そんなことない。好きじゃなかったらこんな高いネックレス買ってくれる訳ないもん。最初は興味本位で付き合ったんだとしても、きっと今は大丈夫だよ。大丈夫なのかな、神崎くんは、ナナのことどう思ってるんだろう?

 それに――、ヒロカちゃんとキスしたって、どういうことだろう。普通に仲良く見えるけど、元カノってこと? でも今は友達? だとしたら、神崎くん、なんでそんな子の勉強見たりするの? でも浮気なんだったら、わざわざナナと浮気相手を会わせようとするのもおかしいし。例えば、ヒロカちゃんが意地悪で嘘ついてるっていう可能性もある。

 問い詰めたい。でも過去にキスしたかどうかに関わらず、正直に勉強会に呼んでくれた神崎くんには悪気がある訳じゃないだろうし。それなのに、疑ったりしたら嫌われちゃうかも。ただでさえ、罰ゲームで告白したのを許してもらったばかりなのに。これ以上嫌われたら取り返しのつかないことにだってなりそう。それだけは絶対嫌だ。

 どうしよう、聞けない!

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