本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

11 バレた!

 あれから一週間経った。

 お昼休み、いつもと同じように教室でレイカ、ヤエ、ミサミサと一緒にお弁当を食べながら、報告会という名のおしゃべりをしていた。

 けど、話すことなんて何もない。

 思ったとおり、朝『おはよう』と言って、放課後、急いで帰る神崎くんに『バイバイ』と言う。会話はそれだけ。会話とも呼べないよね。これじゃただの挨拶だよね。

 だけど、休み時間は基本レイカ達といるし、下手に神崎くんとおしゃべりしようものなら、目立ってしょうがない。私は茶髪だし、レイカ達女子のボスのグループにいるだけあって、教室ではいつも注目されてしまうのだ。

 正直、神崎くんと一緒にいられないのは寂しい。

 けど、神崎くんからまた勉強会しようって言ってもらえないんだから、私にはどうすることも出来ない。

 私は溜息を吐いた。

 お弁当のミニハンバーグが重い。あんまり食べる気分じゃないから、余計にきついよ。

 ハンバーグをよけて、だからと言って、他の何を食べる気にもなれなくて、私はまた溜息をついた。

「ナナ、あんたさっきから溜息ばっか。鬱陶しいからやめてくれない?」

 レイカに言われて、私は力なく笑った。

「あはは。ごめん」

「ナナ最近元気ないねえ。そりゃそうだよね。ずっと神崎と付き合ってるんだもんね。嫌にもなるよね」

 心配そうに私を見ながら、ヤエがそう言った。

「え?」

 思わずヤエの顔を凝視してしまった。言われたことが私の気持ちとかけ離れ過ぎていて、うまく対応出来ない。

「あんた、もういいわよ。ダサ眼鏡と別れて」

 唐突に、レイカが言い放った。

「は?」

 思わず問い返すと、レイカはイライラしたように言葉を続けた。

「だから、神崎と別れて良いって言ったのよ。罰ゲームで告白しろって言った時、約束は夏休みまでって言ったけど、気がすんだからもういいわ。そんなに凹んだ顔でずっといられたら、こっちのテンションまで下がるから、早く別れてその湿っぽい態度どうにかしろって言ってんの」

 レイカが言うと、ミサミサも後を続けた。

「聞いたよー? 丸高くんから告白されたの、神崎と付き合ってるせいで断らなきゃダメだったんだよね。ナナが丸高くんを好きだとは気付かなかったよ。今ならきっとまだ間に合うよ。神崎はきっぱりふって、丸高くんに告白しなよ」

 励ますように微笑みかけられて、私は呆然とした。

 私が神崎くんをフる? 神崎くんと別れて、丸高くんと付き合う?

 考えるまでもなく、そんなの絶対嫌だった。なんでそんな勘違いが起きてるの? だけど、気持ちが沈みすぎていて、焦る気持ちも起きない。

 私は、思わず自嘲気味に笑った。

「そんなことしなくても、神崎くんと別れるのなんて、時間の問題だよ」

 そう言って顔を上げた時、目線の先に驚いた表情の神崎くんがいるのが見えた。

 え?

 だって、昼休みはいつも屋上で田辺くんとご飯食べてるはずじゃ?

 思ったけど、現実にいま目の前に神崎くんはいる。

 神崎くんは、何も言わず踵を返した。そのまま教室を出て行ってしまう。

「神崎くん! 待って!」

 立ち上がったら椅子が倒れたけど、直してる余裕なんてない。慌てて神崎くんを追って廊下に出た。

「待って! 違うの、説明するから!」

 叫ぶと、神崎くんは立ち止まった。私は追いついて、振り返ってくれない神崎くんの正面に回り込み、顔を覗き込んだ。いつも通りの無表情だけど、いつもと違って神崎くんの雰囲気が凍るように冷たくてよそよそしい。初めて見る顔だった。

「……どこから聞いてた?」

 私が首を傾げると、神崎くんは低く答えた。

「はじめから、全部。相田さん、丸高くんと付き合いたいの?」

「違う! 確かに、一週間前の放課後、丸高くんに告白されはしたけど。でも、ちゃんと断ったよ! さっきのはミサミサが勘違いしただけ! ナナ丸高くんのことなんて全然好きじゃない!」

「ふうん。用って告白だったのか」

「だって、それは、わざわざ心配かけたくなかったら黙ってただけで――」

「それより、澤田さん達に言われて、罰ゲームで俺に告白したっていうのは、本当?」

 確かめるように問うその目を前にして、私は答えにつまった。全部聞かれていたのに、今更誤魔化すことなんて出来ない。私は頷くしかなかった。

「確かに、罰ゲームで告白したけど、だけどそれは――」

「道理で。付き合ってくれとは言われたが、今まで一度も好きだとは言われていない。舞い上がってたのは俺だけだったって訳。本当はああやって女子同士で話して馬鹿にして笑ってたのか」

「違う! 確かにレイカ達に神崎くんのこと話したけど、でもそんなつもりじゃなくて――」

 でも、じゃあ、どんなつもりだったんだろう?

 私はぼっちになりたくなくて、だからレイカ達に言われるがままに無関係の神崎くんに告白して、起きたことをいちいちレイカ達に報告して来た。

 報告したら、レイカ達は神崎くんをバカにするだろうって分かってたのに。

 私が神崎くんのことをバカにする気はなかったとしても、それって、レイカ達と一緒にバカにしてたのと変わらないんじゃない?

 それもこれも、全部、自分の保身のため。

「……でも、そんなつもりじゃ、なくて――」

「口ではどうとでも言える」

 自嘲気味に笑う神崎くんの眉根が苦しそうに歪んでいた。

 ああ、最悪だ。神崎くんを、傷つけた。

 どうしよう。なんて言えば。言葉が見つからない。

 私の瞳にみるみる涙の粒が膨れ上がって、頬にこぼれた。

「ごめん。俺、行くわ。頭混乱してて、いまは冷静に話せそうもないから」

「あ……ごめ、なさ」

 神崎くんは私を擦りぬけるようにして、どこかに行ってしまった。あっちは、屋上のある方。教室とは逆の方。今から屋上に戻っても、すぐに5時間目の予鈴が鳴っちゃうよ。 だけど、私には引き止めることは出来なかった。

 最悪だ。神崎くんに、私が罰ゲームで告白したことが、バレた。

 もうダメだ。

 もう終わり。今度こそ、完全に嫌われた。

 最悪だ。

 でも、全部自分が招いたことだった。

 廊下の真ん中で止まらない涙を手で拭っていると、レイカ達が傍に来てくれた。私が必死に守って来た友達が来てくれた。それでも、心が苦しすぎて、泣き止むことは出来なかった。

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