本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

7 神崎くん家へお見舞いに・2

 18時頃、神崎くんは目を覚ました。

「あ、起きた? おはよう。大丈夫?」

 半身を起こした神崎くんに声をかけると、神崎くんは少し驚いたように目を見開いた。

「相田さん? なんで?」

 滅多に表情を変えない神崎くんが驚いたのがおかしくて、私は思わず吹き出した。

「寝ぼけてる? お見舞いに来たじゃん」

「ああ。あれ、夢じゃなかったのか……」

 神崎くんはベッドのヘッドボードを手探りし、眼鏡を探し当てるとそれをかけた。あーかけちゃった。眼鏡なしの方が可愛いのに。

 視界が鮮明になった神崎くんは、目覚まし時計を見て時間を知ったらしい。

「18時――相田さん、もう暗くなるから早く帰った方がいい」

「平気平気っ! お兄ちゃんは心配してうるさいけど、うち基本的に門限ないから。それより、お腹減らない? お薬買いに行ったついでに、お粥買ってきたから、食べれそうなら食べなよ。お薬飲むのに食べなきゃだし。作ったげるからさ」

「――――ああ。悪い」

 逡巡した後、申し訳なさそうに返事をした神崎くんに笑顔を返し、私は立ち上がると、冷蔵庫を開けてレトルトのお粥と卵を取り出した。

 コンロに空の片手鍋があったから、それにお粥を入れて、温める。温まったら、最後に溶き卵を流し入れて、ひとまぜしたらすぐに火を止める。卵に火を通さないのが相田家流なのだ。

 流しの上に備え付けられている小さな食器棚に入っていたお茶碗に卵粥をついで、出来上がり。スプーンも無事見つけた。

「味足りなかったら、お醤油かければいいかな。確か、冷蔵庫にお醤油あったよね?」

「ああ。悪い」

 ベッドに座り直した神崎くんの横に、私も座る。スプーンでお粥を掬って、ふうふうした。

「はい、あーん」

 スプーンを神崎くんの口元に持っていったら、神崎くんは驚いて手の甲で口を隠してしまった。

「何やって!?」

「え? 病人なんだから、遠慮しないで♡」

 必殺ぶりっ子でにっこりと微笑みかけると、神崎くんは無表情で数秒固まった後、

「じゃあ、食べない」

 と言って、ベッドに戻ろうとしてしまった。

「わかった! ごめん! じゃあ、自分で食べて!」

 私は慌てて神崎くんにお茶碗とスプーンを手渡した。

 ちぇ。あーんしたら、レイカ達へ報告できると思ったのに。神崎くんにはぶりっ子スマイルが効かないからなあ。やっぱ無理かあ。高校生にもなって恥ずかし過ぎたかな。いいと思うんだけどなあ。あーん。バカップルぽくて。

 そっか。てことは、もしかして、神崎くん、無表情に見えて、実はいま、照れたの?

 私は改めて神崎くんをじっと見つめた。

 私が作ったお粥を黙って食べてくれている。顔が赤いのは、熱があるから? すると、スプーンを口に運ぶ動きが急に止まった。

「あの……見られてると、食べづらい」

「うん。大丈夫。気にしないで」

 神崎くんは、じっと見つめると、目をそらしてお粥だけを見つめて食べ始めた。あ、いま耳が、ぴくぴく、と動いた! やっぱり、照れてるんだ! なんだ、無表情だから分かりづらいけど、私のぶりっ子スマイル、全然効いてない訳じゃなかったんだ!

 な~んだ。

 私は、思わず顔がニヤけてしまう。

 そっかそっか。私、嫌われてる訳じゃなかったんだ。

 ますます頑なにお粥だけを見つめる神崎くんに悪いので、私は神崎くんを見つめるのをやめた。ベッドの横に並んで座り、一人ニヤける私を、神崎くんは怪しく思ったかもしれないけど、この大発見を前には、そんなこと全然気にならなかった。

゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜

 お粥を食べ終わり、お薬も飲んだ神崎くんが、汗がすごいので玄関横の収納に入ってるタオルと、部屋のクローゼットの中の収納から替えのTシャツを出してあげて渡す。例によって身体をふくことはさせてくれなかった。まあ、さすがにそれは私も恥ずかしい。後ろを向いててという厳命を守り、食器とお鍋を洗いながら神崎くんが自力で着替えるのを待った。

 汗で汚れた洗濯物は、ベランダの洗濯機の中に放り込んどくシステムになっているらしい。止める神崎くんから汚れたタオルとTシャツを奪って洗濯機に入れると、ベッドの中から恐縮した神崎くんからお礼の言葉をもらった。

「悪い。こんなことまでさせて」

「いいの。彼女だから、気にしないで」

 にっこり微笑むと、神崎くんからは無言が帰ってきた。目が合わないから、これはもしかして、照れてる? あ。耳がぴくぴくしてる! 照れてるんだ。自分で彼女って言ったんだけど、そこで照れられると、こっちまで照れてしまう。

 私は顔が熱くなるのを誤魔化そうと、話題を変えることにした。

「そう言えば、親御さんには連絡した? お母さんとか、きっと心配して来てくれるよ。私は帰らないといけないし、何より家族に来てもらった方が安心だし」

 早口でそう言うと、神崎くんは少し黙った後、口を開いた。

「――いや。母さんは俺が10歳の時に病気で死んだからいない。いや、去年親父が再婚したから、義母はいるんだが、あの人のこと、俺苦手で。それに、新婚家庭を邪魔したくなくて、我侭言って一人暮らしさせてもらっているから、迷惑はかけられない。あんまり心配かけたら、実家に連れ戻されかねないから、連絡はしたくないんだ」

 神崎くんの言葉に、私は驚いてしまった。数学の解法を教えてくれる以外で、こんなに長く神崎くんが喋るのを聞いたのは初めてだった。それに、話してくれた内容も、ショッキングだ。

 神崎くんが一人暮らししてることに、そんな秘密があったなんて。

 ああ、じゃあ、玄関にあった家族写真は、お母さんがまだ生きていた頃の写真だったんだ。それを大事に飾ってるってことは、神崎くんにとって大事な思い出の写真なのかな。急に切ない気持ちに襲われて、でも言葉が見つからなかった。

「――そうなんだ。そっか、じゃあ、仕方ないのかな? 一人にして帰るの心配だけど」

 思ったことは言葉に出せず、ただ無難なことを言って誤魔化す。

「気にするな。薬も飲んだし、俺は大丈夫だ」

 と神崎くんは言うけど、やっぱりしんどそうだし、心配は拭えない。

「私、明日もお見舞い行くね。あと、明日朝起きれるようだったら、病院行くんだよ」

「わかった」

 神崎くんが頷いたので、私は通学カバンを掴んだ。もう19時前だ。

 鍵をかけないといけないので、神崎くんは玄関まで見送ってくれた。

「何かあったら、連絡してね。飛んでいくから」

「――ありがとう。じゃあ」

「あ、うん! おやすみ……」

 扉が閉まる前、最後に神崎くんは、ぎこちなく微笑んだ気がした。

 完全に扉が閉まり、私は慌ててその場を立ち去る。

 なに、いまの顔……。神崎くんが笑うとこ、初めて見た! すごい、優しい顔。

 エレベーターまで走ったからか、心臓がバクバクと鳴っていた。

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