本音を言えない私にダサ眼鏡の彼氏ができました。

みりん

5 神崎くん、熱を出す

 6月に入った。

 先週の体育祭では、クラス対抗全員リレーでうちのクラスが優勝したりして、かなり盛り上がった。ヤエの入ってるチア部と男子応援団の演技は迫力があってすごかったなあ。私は高校帰宅部だけど、チア部入ってたら楽しかったかも、と思ったけど、そうしたら、神崎くんと放課後勉強会が出来ないもんね。じゃあ、これで良かったのかな。

 そんな、お祭りの名残みたいな空気が漂う朝の教室で、私はレイカとミサミサと一緒にヤエの演技を褒めたりして過ごしていた。

 でも、今日は珍しくまだ神崎くんが来ていない。私はチラチラと横目で教室の出入り口を確認していたけど、いくら待っても神崎くんは現れなかった。

 そして、神崎くんが来ないままチャイムは鳴り、ショートホームルームで担任がやって来てしまった。

 担任は教卓につくと、いつものように名簿を読み上げて出欠を確認していく。私は『相田』だけど17番。中学まではいつも1番だったのに、このクラスでは1番から16番までは男子の出席順なのだ。いつもなら、密かに気に食わず、イラっとしているところだけど、今日はそれどころじゃない。

 神崎くんは3番。すぐに名前を呼ばれた。

「神崎! ――は、欠席だったな。熱が出たそうだ。プリントとか机の中に入れといてやってくれな! 次、木下!」

「はい」という、木下くんの気だるげな返事があり、次は木村くん、と出欠確認は続いていった。

 あら。神崎くん、風邪でお休みなのか。心配だな。

 先週、体育祭があって疲れてるのに、土日にも休まずバイト入れたんだろうなあ。神崎くん、何故かバイトの鬼なんだよね。無理が祟っちゃったのかな。

 でも、そっかあ。じゃあ、今日の放課後勉強会はなしってことだね。どうしよう。暇になっちゃったな。レイカはサッカー部のマネージャーで忙しいだろうし、ヤエはチア部だし、ミサミサは帰宅部だけどいつも彼氏と帰ってるから遊べないし。

 期末もまだ先だし、久しぶりに駅前のTSUTAYAで映画でも借りようかなあ。

 そんなことを考えているうちに、気づいたら一時間目の授業が始まっていた。

゜+o。。o+゜♡゜+o。。o+゜♡゜

 昼休み、いつものように机をくっつけて、レイカ、ヤエ、ミサミサと4人でお弁当を食べていた。お弁当のミニサンドウィッチを頬張りながら、レイカが聞いてきた。

「で? LINEは送ったんでしょ? 返事は?」

「あ、うん。1時間目終わりの休み時間に送ったけど、返事はまだ。熱で寝てるのかも」

 と私が返すと、レイカは自分で聞いてきたくせに、「ふうん」で済ませて、昨日の空Pが出てるドラマの話題に移ってしまった。ちなみに、このドラマは私も見ている。というか、強制的に見させられているというか。まあ、それなりに面白いから良いんだけど。

 それにしても空Pを語る時のレイカはキラキラしている。よっぽど好きなんだってことがひしひしと伝わって来るから、きっとあの雑誌、本当に大事にしてたんだなってことが分かるようになってきて、レイカが空Pの話題を始めると罪悪感でご飯の味がしなくなる。

 いつも通りの会話で盛り上がっていると、急に教室がざわめいた。気配を察して教室の入り口を振り返ると、隣のクラスの田辺ジローくんがうちのクラスを覗いていた。女子がたちまち浮き足立つ。田辺くんはサッカー部の新入生エースで、イケメンだから学年で1、2を争うほど女子からの人気がすごいのだ。

「あれ、ジローじゃん! どったの!?」

 レイカが、そんな田辺くんに手を振った。レイカ、サッカー部のマネージャーしてるから仲がいいのかな。田辺くんはレイカに気づくと、笑顔で私達がお弁当食べてる机に駆け寄ってきた。

「レイカ。お前、このクラスだったのか。ちょうどいいや。相田さんってどの子? ダイチの彼女の」

 え!? 私のこと!? ていうか、何で私が神崎くんと付き合ってるって知ってるの?

「神崎の彼女の相田ナナなら、あんたの目の前にいるけど」

 レイカが驚く私を指差すと、田辺くんは相好を崩した。

「良かったー! 見つかって! ちょっと頼みごとあって探してたんだよ。さすがレイカ様。頼りになるわー」

 田辺くんがそう言うと、レイカは冷めた調子で田辺くんに先を促した。

「で? ナナに何の用なのよ?」

「ああ、そうそう。知ってると思うけど、ダイチ、今日熱出して休んでるだろ? 心配だから放課後ちょっと様子見に行ってやってくんねえ?」

「ええ!? 神崎くんのおウチに!?」

「ああ。俺、さっきあいつに電話したら出たは出たけど途中で熱でぶっ倒れてさ。あいつ一人暮らしだろ? 心配でさ。だけど、俺はサッカー部の練習があるから様子見に行くにしても遅くなるし、それだったら、彼女に行ってもらった方が良いかと思って。野郎が行くより、彼女が来てくれた方があいつも嬉しいだろうしさ。な、頼むよ!」

 田辺くんに拝まれて、私は戸惑う。ていうか、神崎くんって一人暮らしだったの!? 知らなかった! 神崎くんって、自分のことほんと何も話してくれないからなあ。びっくりしたあ。

「えっと、でも私、行ったことないから、神崎くんのお家分かんないよ」

 私が申し訳ない気持ちで申告すると、田辺くんは破顔した。

「あ、それなら大丈夫。俺地図書くから。何か書くもんない?」

「ばか、ジロー。あんた画伯のくせに地図なんか書けるはずないでしょ。住所教えてくれたらスマフォのマップで辿り着けるから」

 レイカに鋭くツッコミを入れられ、田辺くんはガハハと笑った。賑やかな人だな。田辺くんはスマフォで確認しながら、私が渡したキティちゃんのメモ帳に住所を書いてくれた。お礼を言って受け取る。

「田辺くんは、神崎くんとは仲いいの?」

 思わず首を傾げると、田辺くんはあっけらかんと頷いた。

「まあ、小3からの付き合いだからなあ。昼は屋上で一緒に飯食ってるよ。あいつ運動音痴だから一緒にサッカー出来ないのが痛いけど、プレステのサッカーゲームは強くて、今201対493で俺の負けなんだよ。腹立つよなあ。知らないうちにこんな可愛い彼女まで作りやがって。まったく羨まけしからんヤツだぜ」

 うんうん、と頷く田辺くんに、レイカがみぞおちにパンチを食らわす。

「あんたが今彼女いないのは、あんたが浮気したからでしょうが。先輩超機嫌悪いの、なんとかしなさいよね」

「いやあ、襲われてつい。割り切ってる大人かと思ったんだけど、ちょっと失敗失敗。後でフォローしとくわ」

「え゛。先輩の話と違う。ああもう、ジロー、やっぱりいいわ。何もしないで。下手に手出されて泥沼になる未来が目に浮かぶから」

「ひどいなレイカ! 俺だって、やるときはやる男だぜ」

 レイカがまた田辺くんにパンチを入れているのを横目に見ながら、私はあの地味な神崎くんが、この派手な田辺くんと仲がいいことに驚いていた。

 というか、友達いたんだ。それも田辺くんみたいな派手な。私と付き合ってることとか田辺くんに話したのかな? じゃないと、田辺くんが知ってる訳ないよね。全然想像できないけど、男の子同士だったら神崎くんももっと饒舌に喋ったりするのかなあ。私のこと、なんて言って紹介したんだろう……。

 それにしても、だから、神崎くんは教室でいつも一人でいるのにいじめられてないのかあ。成績が良いのもあって、一目置かれる感じなんだね。でも無口、無表情だからとっつきにくくて遠巻きにされている? しかも、本人ぼっちなことを気にしてなさそうなんだよね。私なら考えられないよ。

 ううん、神崎くんってほんと意外な人だなあ。ただの地味眼鏡ではない、って思っちゃうのは、なりゆきとは言え付き合ってる欲目かな?

「んじゃ、ナナちゃん。ダイチのお見舞い頼むね!」

「あ、うん! 任せといて!」

 田辺くんは、ひらひらと手を振ると、レイカから逃げるように去って行った。

「まったく、あのチャラ男は」

 レイカがデザートのアメリカンチェリーを食べながら、ため息をついた。

「でも、神崎、一人暮らしなんでしょ? 家行ったりして、襲われないかな?」

 ミサミサが心配そうに聞いて来たが、レイカが鼻で笑った。

「いや、ないでしょ。熱あるらしいし。というか、今までの話を聞いてる限り、神崎は一生童貞だわ。ジローの金魚のふんのくせに、金魚を見習う気がないのよね。面白くない」

 うん。神崎くんには悪いけど、私も神崎くんは童貞だと思う……。草食過ぎるというか、ベジタリアンだ。まあ、言っても私も処女だし、おかげで助かってるんだけどね!

「期待はしないけど、なんか進展あったら報告しなさいよね」

 レイカが面白くなさそうに命じて来たので、私はうん、と頷いた。

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