砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第六章 闇に染まりし王子の心

☆1☆
 ヴィーリビアのあるラセル大陸から続く砂の大海を渡ると、ユーレイト大陸に到達する。砂漠のラヴィアンの王宮は、小さなラティークの瞳には、楽しさが一杯詰まっている、玩具箱のように見えた。
「今日から、何でも一人でやるの。ラティーク、大丈夫ね?」
「あ、うん」ラヴィアンの正門の黄金の虎に見惚れているラティークに、母親の優しい手が触れた。
 砂に走る帆船、黄金の虎の彫刻、王子は次期王の教育のため、母と引き離されて育てられる。納得していたから、母と引き裂かれたところに不満の種は撒かれない。
 さらさらと砂が砂の上を滑り落ちる。小さなつむじ風は多分風の精霊。
 ラヴィアンの砂漠は、ラティークに美しさと雄大さを見せつけた。風がラティークの側を取り巻いた。何もしていないはずの腰布がふわふわと舞い上がった。
「あ、ぼくの腰布! 母さん、風が勝手に持って行こうとする!」
「ふふ、あなた、風の子にからかわれているの。駄目よ、怒ったりしたら。そう、貴方は風と相性がいいのね……」
 出戻りである母、アマルフィとラティークの会話の記憶はここで途切れている。
 ラヴィアンの第二宮殿には既に第二王子となるラティークのための準備がなされていて、何も不安にさせる理由はないはずだった。
☆★☆
 ある日、ラティークが風で遊んでいると、足音がした。
(母さんだ!)と期待満々で体を揺するラティークの前に、顔を覗かせたのは、ガネーシャと呼ばれる白い象神の仮面を被った少年だった。
「きみは風使いなんだね。僕は闇だ。よく眠れないんだ。こっちに来てもいいかな」
「顔が見えない」とラティークは唇を尖らせた。母が来るはずはないのに、期待した。
「この仮面は外してはならないんだよ。僕が落ち着くまでは」
 不思議な男の子は度々第二宮殿にやって来た。ふと、母親の安否が気がかりになってきたラティークは、ある日、少年に思い切って聞いた。
「母さんを知らない? キレイな巻き髪してて、よく僕に似てる。母さんに逢いたい」
「駄目だ。大人の憎しみの影響を受けないように、離されてる。僕も母を忘れるようにした。きみも忘れたほうがいい」
「一度でいいよ。母さんが幸せだって証拠が見たいんだ」
 少年は背中を向けた。「第一宮殿内の離宮のバルコニー……夜、ならいるよ」
 ラティークは同日夜、こっそり第二宮殿を抜けだした。
 子供の足では第一宮殿への道のりは遠かった。辿り着いて、バルコニーを見上げると、窓辺に母の綺麗な巻き髪が見えた。ほっとして、ラティークも背を向けた。
(良かった。母さん、キレイな服を着て、椅子に座ってた。あの子に御礼を)
 ――以降、象面の少年はぱったりと姿を見せなくなった。象神の面を被った少年が第一宮殿の王子、アル・ルシュディ・ラヴィアン、異母兄である事実はラティークには知らされなかった。

☆★☆

 ラティークが十五歳の夏、また別の少年が宮殿に上がってきた。
「今後、第二王子の教育をさせていただくアリザムと申します」
(要らないんだけどな)と思いつつ、三つ年上のアリザムと握手をした。
 アリザムは知的で、いつも書物を抱え、熱心に勉強していた。ラティークも一緒に参加したが、気付けば寝ていた。砂漠の風が心地良いせいだ。
 緩やかな時が過ぎていく。ラティークの脳裏では、以前の象神の少年の面影もより薄くなってゆく。母親、いつかの少年。父……大切だったはずなのに忘れていく。背は伸びるのに、哀しいくらいに小さな心は常にいっぱいいっぱいだ。
 やがて正式にラティークがラヴィアン王国の第二王子の地位を抱いた夜。
「ハレム? なんだ、それは」
 先に成人したアリザムは、すっかり事務官の顔になっていた。
「王子もお年頃です。次期王ではないにせよ、第二王子のお役目はしっかりと果たしていただきませんと。第一宮殿のルシュディ様も既にハレムをお持ちですので。貿易の裏交渉の場です。その美貌を生かさない手はないでしょう」
(また面倒な話をしてくるな。アリザムは)
「妻はいらないんだけどな」
「それは大昔のハレムです。ハレムとは外交の場です。ルシュディ様がラティーク様には素質があると王に進言されたのです。ルシュディ様も、日々王としての勉強をこなしている。それに比べて貴方の体たらく。どうせゴロゴロしているのでしょう」
(誰だ。覚えがない名前だが)面倒な説教をはぐらかして聞いてみた。
「幼少に貴方と逢ったことがあるとおっしゃっていましたよ。母に逢わせてやれず、済まなかった、と」
 ラティークはぼんやりと記憶を掘り返した。過去の彼方の仮面少年の顔は覚えているようで覚えていない。少年は象神の仮面を一度とて、外さなかったからだ。
 ルシュディの母が後宮で変死を遂げた時も、ラティークは第二宮殿に遠ざけられていた。ちらりと見たルシュディは、あの時と同じ純白の象神の仮面をつけていた。
(今思えば、象神の仮面の底で、兄は少しずつ、病んでいったのかも知れない。第一王子としての重さは、僕には分かりかねるが――……)

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