砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第五章 ヴィーリビア無敵艦隊4

「スメラギ!」駆け寄ろうとしたアイラをシェザードが片腕で制した。
「王女誘拐で水の刑に処す判決が出たのでね。水牢に放り込む」
「よ、よお」とスメラギが片手を挙げた。
「王女誘拐? スメラギは誘拐なんかしてない! あたしが勝手にしたことよ。証言出来る! それに、スメラギは絶対泥棒なんか……」
(してるかもしれない。コイヌールをしゃあしゃあと売り飛ばしたんだった)
「助けてやってもいいよ。私には、判決を覆す力がある。ただし、妹。条件を呑むならだ。条件を聞いても、反故にしないなら、きみにとって一番最高の結果を与えよう。それほど、スメラギの罪は大きい。すぐに水牢に放りこんで見せようか、妹」
 いつものやり方だ。理不尽な条件に違いない。それでも、兄をどこかで信じている。
「いいよ。その条件、呑む。スメラギの水の刑の書面を破棄して見せて」
「書面を」シェザードは従えた軍人から書面を受け取り、両手で裂いた。同時にスメラギの手錠も外して見せた。アイラは小さく頷いた。
「では、条件を言おうか。妹。水の精霊の監理権はやはり動かせない。まず、どの精霊もヴィーリビアの、私の元にいたいと願った。これは致し方ない」
「誰も思ってないと思うけど。お兄、水と相性悪すぎ」
 シェザードは咳払いをし、続けた。
「ラヴィアンと争っても意味はない。今やラヴィアンは第一王子のみが政治を行う異常事態。闇の力がここまで押し寄せる可能性がある我が国としては阻止したい。王も王妃も、私に一存すると言った」
「脅したんでしょ」シェザードはいちいち腰を折るアイラに構わず、告げた。
「第一王子から、おまえを所望する書面が届いた」
 話が見えない。アイラは首を傾げた。
「お兄。ちゃんと話してくれないと判らないんだけど」
「私とてこんな話は苦痛だ! だが、決定事項。民を帰す代わりに、おまえが第一宮殿の地下に行け。だから余計な行動をするなとあれほど言っただろう!」
(あたしが、皆の代わりに……?)
 ルシュディの策謀の恐ろしさを今更知った。簡単過ぎた。第一宮殿の地下に皆がいる事実をわざとアイラに教え、ラティークをも思い通りに追い出した。
 コイヌールを国から追い出し、闇を増やすためだろうか。なんだ、闇の一大帝国でも作ろうと言うのか。
(以前だったら、お兄を罵倒し、泣いて逃げた。しっかり行動しなきゃ。ラティークに負けられない)
「いいよ。要は地下に潜って、ルシュディの横っ面叩いて、全裸で幽閉でもなんでもされて、水の精霊叩き起こしゃいいんでしょ。サシャーもレシュも心配だし。ちょっと様子見てくるわ。さよならお兄。元気でね」
 アイラのぶっきらぼうかつ暴言の数々にシェザードがふらついた。
(しまった。お兄の前のネコ被り、し損なった)
 まずったと唇を噛むアイラに、兄シェザードは冷静を取り戻した口調で告げた。
「きみの勇気を湛え、我が艦隊の新しい戦隊司令官を護衛につけよう。元気で」
 この兄にして、この妹。負けず嫌いさは互角だとアイラは息を吐いた。
☆2☆
「あー、牢屋なんざ二度とゴメンだぜ! とっとと船出しようぜ。船出! 今出ないと、磁気嵐にやられるからな。おー、眩しいぜ~っ!」
 辿り着いた船着き場では、太陽が煌々と輝き、青い珊瑚が海面に揺らめいている。
 宝石で飾り付けた眼帯をスメラギが再び巻いた。
(そういえば、スメラギって何で左眼を隠しているの? ……どうでもいいか)
 スメラギは見ろ、と腕を上げた。空の向こうから雷雲が押し寄せている。恐ろしさに震えたアイラの肩を叩き、ニカッと頼れる従兄の表情になった。
「そんな顔、すんなって。あのさ、アイラ。俺も驚いたんだがよ……おまえ、あのラティークが好きだろ。んで、あっちもアイラが好きってかァ?」
 直球を食らって、アイラは瞬発でぶつけ返した。
「なんであんたに答えなきゃいけないの。操られてるだけかも知れないでしょうが!」
 んあ? とスメラギが首を傾げた。アイラはちょっとだけ唇を尖らせた。
「あんたが売りつけて逃げてった日にね、あたし、虜の魔法、かけられたの。そこは許せない! ちょっと、何? ウス気味悪い笑顔して!」
 スメラギは八の字眉でゆっくりと、ぽん、ぽん、とアイラの肩を二度ほど叩いた。
「おまえ、以外と可愛いんだなァ。ねんねちゃんじゃねェか」
 ――何が言いたいの。スメラギにからかわれると、本当、頭に来る。
「うっさい! このモテない腐れ海賊!」怒鳴ったところで、忍び笑いが聞こえた。
「僕は差し詰め〝モテすぎ腐れ王子!〟か、元気なヴィーリビア王女さま」
 スメラギの戦艦の上から、いるはずのないラティークがニヤニヤと二人のやり取りを見下ろしていた。間違いない。太陽に顔を顰めつつ、金色の瞳を輝かせている。絶対に、喪わない強い光は、アイラが大好きな輝きだ。
「呆れた話だよな。おまえが心配で、国にも戻らず、近くで活動していたっていうんだから。あれ?」
 スメラギのヨタ話なんぞどうでもいい。アイラは慌てて桟橋の渡り板まで走った。
 ラティークも同じく甲板を降り、渡り板を走って来た。
(なんで、なんでなんで? なんでいるの? ああもう、もっと早く走りたい……!)
 息を切らして、スメラギの海賊戦艦の大きさを憎らしく思いながら、ようやく辿り着いた。少し広げられた腕に心ごと飛び込んで、動きを止めた。
(ラティークの匂いだ……。薔薇水と、少しだけ砂の乾いた匂いと、果物の瑞々しい匂いと、安心させる男の体の匂い。この瞬間、好き。じわっと魔法が広がっていく)
「逢いたかった、アイラ。やっと、逢えたな」
 目を細めて告げたラティークはアイラの頬に手を添えた。お互いの潤んだ海の瞳に、金色に染まった太陽と、愛おしい姿だけが揺れている。
 でも、ここはヴィーリビア。兄の目がある。怯えるアイラを、ラティークは更に引き寄せた。
「シェザード殿は知ってる。そう怯える必要もないよ。事情は全部聞いているし」
「お兄、全部知ってたの? ねえ、なんでここにいるの? なんでウチの船に乗ってるのよ? スメラギも知ってたの? いつから? 精霊も知ってたの?」
 ラティークは矢継ぎ早に質問攻めの唇を人差し指で優しく押さえた。
「魔法」さっと一言で片付けて、また腕を回してきたところで、黒髪がぬっと割った。
「何が魔法ですか。人の実家に押しかけておいて」と低い呆れ声はアリザムだ。
「アリザムも! 久しぶり! 二人で、近くにいたの?」
 ラティークはゆっくりと頷いた。アリザムも少しだけ笑った。
「ああ。ユーレイト大陸を離れたはいい。その後、私の実家がヴィーリビアと同じ大陸にある事実を突き止められましてね。王子は人の実家を根城に、勝手に情報集めた挙げ句、無敵艦隊の司令長官に裏交渉を連日に渡り仕掛けるという暴挙を」
 ラティークは「あー……」と言い訳を考えていたが、それもどうでも良くなった。
 王子の恥も外聞もなく、ただ、アイラを求めてくれた行動が嬉しかった。
(どうしよう、あたし、嬉しい……! そうだ、あたしも伝えなきゃ。会いたかったって! 今度こそ言える気がする)
 アイラは咳払いを繰り返した。
「あ」「あ?」とスメラギのニヤニヤ声に再びむっとムカつきが沸き上がった。
「あんたも知ってたんでしょ! スメラギ!」
(ああああああ。ネコ被りをやめたのに、素直になれない!)
 言ったらラティークは喜ぶだろう。喜んで、また唇を奪いに来る。冷や汗が垂れた。
 アイラは涙目でラティークを見上げた。離れた時間は僅か二ヶ月。でも、ずっと逢えなかった気がする。それに、ラティークは隙あらば抱き締めようとアイラを狙っている。どういう理由だ。前はもっと冷静だったのに。
(頼むから! スメラギの前ではやめて)
(逢いたかったんだ。心配でたまらなかったから)
(ほ、ほら。船、出るよ。魔法、もう、いらないから!)
(アイラ、好きだよ。いつでも、どんな時でも、魔法をかけてみせる)
 ……視線すら勝てない。スメラギの船が海を割り始めた。
 良かった。船が、甘い雰囲気など吹き飛ばしてくれるだろう。
(ラティークには悪いけど、心の準備が要るの!)
 何のための準備? アイラは自問自答して、唇を押さえ、うずうずと体を揺らした。

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