砂漠王子の愛は∞!~唇から風の魔法の溺愛アラヴィアン・ラブ~

簗瀬 美梨架

第三章 第一宮殿3

☆2★
(もうあんなに、月が高い。夜が来るの、早すぎるよ。砂漠なんか嫌いだよ……)
 とぼとぼと夜の宮殿を歩いていると、しっかりと瞼の裏に焼き付いたレシュの冷ややかな表情が浮かんでは消えた。
 アイラの不安を現すかの様に、ざわざわと椰子の木が揺れた。
 伸びたラティークの形の影がモソリと動いた。派手なサンダルの爪先が見えた。
「迎えに来た。ヴィーリビアの王女」
「まあ、ご丁寧にどうも。いいよ、奴隷扱いで」
「そういうわけには行かない。王女と知っているは僕だけだ。親友に逢えたかい」
 ラティークはレシュの事実を知っていた。だからアイラを第一宮殿のハレムに潜り込ませる計画を思いついたのだろう。
 出し抜かれたと思うと、頬にグーの怒りの鉄拳を飛ばしたくもなる。
「貴方はレシュが第一宮殿にいると知ってた。やっと見つけたのに! 親友だと思ってたの! ちらりともあたしを見なかったよ!」
 アイラに八つ当たりの拳を叩き込まれたラティークは、儚く笑った。
「僕にできることは、親友の捜索だけの様だ。無事が分かって安心してくれたらと思っただけだ。なぜ、親友なのに、そんな態度を取ったんだ?」
「……貴方とは、もう話したくない。どうせ、あんたはあたしの気持ちなんか分からないし、理解もしない。嘘と騙しばっかり!」
「じゃあ、きみは僕を理解しているのか?」
 ラティークの言葉は、吹きすさぶ嵐のようにアイラに襲いかかった。
「砂の大国の第二王子。傍目から見れば、恵まれているように見えるだろう。しかし、僕は実際は『災害』に怯え、砂で蠢くしかない王国の責任を負った人柱に過ぎない。それに、僕はやがて暗殺される運命だ。多分、王位継承を滞りなくするためにね」
「それ、この間も言ってたよね……いくらなんでも暗殺なんて」
「それが王族だ。僕が王冠を投げても、誰かが被らせようとする。権力は消去法だ」
 アイラは言葉を出せなかった。ラティークの双眸は僅かに潤んでいた。
「ラヴィアン王国は、暗殺を繰り返した暗黒時代を織り上げて続いている。幾度も他国の侵略に晒され、一歩出れば砂漠という過酷な自然の牢獄で死刑を受ける環境だ」
「自然に見張られているみたいね……自然も敵、他国も敵……あたし、耐えられない」
 ふっと笑うと、ラティークはゆっくりと歩き出した。サンダルの爪先で、時折風が悪戯をする。夜風がラティークの前髪をふわりと舞い上がらせて、去った。
「証拠はある。僕の前に、一人、王子がいたが消されている。だから、僕は来た奴隷すべてを僕の虜にさせたんだ」
 ラティークは短剣を抜いた。赤い石の填め込んだ大振りのギザギザの短剣。
 恐らく精霊道具の一種だ。振りかざして、ラティークは口調を強くした。
「僕は殺されるわけには行かない。精霊を無理矢理従えても、暗殺者を退けてでも」
(あたしを疑ってる! 奴隷として潜り込んだから?)
「ちょっと、剣下ろして……っ」
 ラティークは構わずにアイラの首に短剣を当てた。冷たい刃が、少し汗ばんだ皮膚を刺激する。刃先をアイラの喉に引く真似をして、ラティークは低く訊いた。
「慎ましいと評判のヴィーリビアの王女を騙り、僕を狙っている理由は何だ」
 アイラは目を瞠った。疑っている方向がまるで違う。
「評判と違ってごめんなさい。実は、ネコ被ってたの! あたし、正真正銘のヴィーリビアの王女ですっ」
 アイラは叫んだ。ラティークは短剣を下ろし、靜かにアイラを見下ろした。
「本当よ? 証明はないけど……信じて、ください」
 ぺこりと頭を下げると、ラティークは「本当に?」という表情をした後、悲しそうな笑顔を浮かべた。誰にも心を許さない自分が許せないような。戒めの笑顔。
(殺されるのが怖くて、全員を虜にしているなんて、ばかげている)
 でも、アイラの怒りは消え失せた。王子と王女の宿命。権力などいらないと思っていても、利用しようとするもの、取り入る者、騙すもの、取って代わろうとする者。常に王子と王女には策謀が渦巻く。
「あ、あたし、少し理解できる。外野がガチャガチャうるさいの。好きにさせろって怒鳴りたくなるんじゃない?」
 ラティークは「外野がガチャガチャか」と驚いた後、安堵の息を吐いた。
 ぎゅっと抱き締められて、ラティークの肩先でアイラは睫を揺らし続ける。
「あ、あの……」口をモゴモゴ動かすと、ちょうどラティークの鎖骨に当たる。
「良かった。きみが僕への暗殺者でなくて」
 ラティークはゆっくりと優しく告げ、アイラの髪を何度も撫でた。
(……なに、この状況。あたし、親友に冷たくされて凹んでいるのに……)
 おずおずと広い背中に腕を回した。砂漠は暑いから、互いの体温のほうが冷たかったりする。すっぽりアイラを囲った四肢は、しっとりとして心地良かった。
「実は、剣は偽物。確かめたかったから。驚かせて、済まない」
 ラティークはアイラから腕を解き、持っていた短剣をぐにっと曲げた。いたずらっ子の顔をして、済まなそうに双眸を伏せて見せた。また魔法の嵐が吹き荒れた。

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