黒の枷

氷崎狐依

02


Cafe Marigoldから消えたフェイは、街の外れにある騎士団本部南棟4階にある部屋に来ていた。騎士団には複数の隊が存在し、その内の1つ、『スキア』という部隊の隊長を彼女が務めている。騎士団内で危険と判断される指令や今回の様に謎に包まれた案件を任される部隊だ。
フェイは先程のラフな服装から真っ黒な軍服に着替え、黒の長い外套を羽織る。
サイドバックに必要な物を詰め込むと、左手を前に伸ばした。

「来い、“鬼骨”。」

フェイが強い意志を持った言霊を発する。すると、太陽の光に当てられてできた彼女の影から 紅黒く塗られた刀が現れた。それを掴む事なく、呆れた声を出して刀に語りかける。

「ボクが呼んだのは、“鬼骨”だ。下がれ“緋影”。」
『……なんじゃ、わしに指図するのか?お主如きが。』

低い男の声が響きわたったかと思えば、彼女の目の前に、黒くゆらめく人影が現れた。それは形を成し、妖艶に笑う緋色の瞳の男へと変貌した。人というには恐ろしく肌が白く、黒よりも暗闇と表現できる短い髪を持っている。見る人が見れば恐怖に支配されるだろう。しかし、フェイは物怖じせずに目の前の男に向き合う。

「とっとと下がれ。時間が惜しい。」
『ならば儂でもよかろう?』
「……話は聞いていた筈だ。お前の為に、下がれと言っている。」
『話?何のことだ?』

薄っすらと笑みを浮かべ、フェイを嘲笑うように述べた。断固として戻るつもりはないという意思が見える。
フェイが再びため息をつくと、緋影は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

『なら、今回は儂が……』
『主人が下がれと言っているのだから、下がらぬか、阿呆め。』

また別の声が聞こえると、影の中から再び別の蒼黒い刀が一振り現れた。それと同時に黒い人影が現れ、黄色い瞳で青い髪の青年へと姿を変える。緋影よりも肌は色付いているものの、そこから放たれる雰囲気は緋影ほどではないものの、禍々しいものであった。

『申し訳ありません。此奴は、主人をからかう為だけに現れたのです。』

そう言うと、青の青年は緋影をキッと横目で睨みつける。その視先に知ってか知らずか、袖口で口を隠し、無邪気で、つまらなそうな声を出した。

『……何じゃ、つまらん。ネタバラししおって、若造が。』
『若造ではない。鬼骨だと何度言えば分かるこの耄碌ジジイめ。』
『おー、おー。吠えおる、吠えおるなぁ。』

兄弟喧嘩と言っていいのか、子犬が大型犬に吠えているようなやりとりにまたもフェイはため息をつく。そして、ずっとやりとりが続く中、鬼骨と呼ばれた刀を手にすると2人は消え緋影は影の中へと消えて言った。

「時間が惜しいと言ったろうが……。喧嘩は後でしてくれ。」

そう言いながら鬼骨を腰に差し、歩いてこの部屋を後にした。


そうして向かったのは、馬小屋である。
その一角に真っ黒な毛並みの馬と黒い鷹が並んでいた。フェイはまず鷹の側に寄った。

「イアン、エルガーの森付近の状況を確認して来てくれ。特に“入口”の部分を。それとラナとアイラの現在地も確認してほしい。両方が確認できたら、“ドルフィンの館”へ。そこで合流だ。」

その言葉を聞くや否や、イアンと呼ばれた鷹は馬小屋を出て空高く舞い上がり、2時の方角へ飛んでいった。
彼女が言った“ドルフィンの館”というのは、エルガーの森のすぐ側にある占い師の館のことである。何処の村、国にも属さず、あるのか無いのかも不明であると噂される館だ。それでもフェイはその場所があると確信しているらしい。
そしてすぐに黒馬に跨り、イアンの後を追いかけた。


エルガーの森はフェイたちの住む国、レヴァリオン王国の北西に存在する。オルリア大陸の3分の1の広さを占めていた。その中心部には立派な国があると言われているがそこへ行ったものはおらず、森の番人の許可なく足を踏み入れたものは森に喰われるらしい。1番速い馬を川沿いに走らせてだいたい3、4時間はかかる。

フェイは少し休憩を挟み、丁度出発してから3時間30分後に目的の地、エルガーの森付近へと着いた。そこには背丈の何倍もある木が並び、森という鉄壁を作り上げているようにも見える。
馬から降りたフェイは森へ入ろうと一歩踏み出したものの、見えない何かに跳ね返された。跳ね返された彼女は、後ろに倒れるのを免れ、なんとか持ちこたえたようである。しかし、痛みで顔を歪めていた。

「やっぱり無理……か。」

とりあえずこの森の境界に沿って、館まで向かうしかないな…。そうして馬を引いて歩きはじめた時、目の前に紅い少年が森の中から現れた。髪も瞳も燃えるような鮮やかな紅をまとっている。見た目は10代前半といったところか。

「お前、ドルフィンの客人か。」
「……あぁ。君は?」
「案内人ってやつさ。目、閉じてろ。ーーーΤο δάσος συνδέεται με τον προορισμό σαςーーー」

フェイが言われた通り目を閉じると、少年は呪文のような言葉を発していた。その声というより音に近いものは、森の木々に響かせ、共鳴しているようにも感じる。もしくは森と会話をしているのかもしれない。
ただその耳で感じるものをフェイは懐かしむように聞いていた。

「目、開けていいぞ。」

ゆっくり目を開けると、壁のように生い茂っていた木々は、馬と人が通るには丁度良い幅の道を作っていた。先の方は小さな光が差し込んでいる。

「道なりに進んでいけば着く。」
「ありがとう。……この道、通っていいんだね?」
「何言ってんだ?いいに決まってんだろ。」

少年が少し苛立っているのがみて解る。フェイの為に用意した道なのに、そう言われて不機嫌になるのは当たり前なのだろう。申し訳ないことをしたと、フェイは反省した。
しかし、彼女にとって許可を得るのは必要なことであったのだ。

「すまない。失礼なことを言った。」
「別にいーけど。」
「…じゃあリーア、行こう。」

リーアと呼ぶ黒馬を引き連れ、少年が作った道へと一歩踏み出した。先程、跳ね返された時とは打って変わってすんなりと森へ入れた。

「んじゃ、オレはこれで…」

少年がまた森の中へと入って行こうとした。その姿が、フェイには消えて行ってしまうような、存在そのものを森が喰らうようなそんな風に見えた。

「……“案内人”なのだろう?最後まで案内してくれないのか。」

少年はフェイの声に立ち止まり、彼女の方を向いた。こいつは何を言っているんだと言わんばかりの顔をしている。
少年を止めるための口実ではあるが、もう一つフェイには目的があった。むしろそちらの方が重要だろう。

「いや、だからこの道進んでけばって…」
「森がわざと出口を変えたら、どうする?気まぐれだから、そう言ったこともあるだろう。」

森は人を惑わす。敵とみなされていたら尚更だ。フェイはそれを危惧した。今でも味方と認められているなら安全に通れるはず。しかし彼がいれば確実性は増すと判断した。
少年はしばらく考え、1つため息をつき、フェイへと近づく。

「……案内する。」

一言そう言って、彼女の前を歩く。
フェイも彼の後を追うように、リーアを引いてゆっくり歩き始めた。


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