ルーズリアの王太子と、傾いた家を何とかしたいあたし

ノベルバユーザー173744

幕間……飛び立つ

 ドルフとチェーニャを追いかけ向かったのは、解体し終えた塔の跡。
 国王は、現場検証後、即座に解体を命じたらしい。
 そしてそこには静かに佇む長身の青年……。

「待ったかな?」
「いいえ、そんなに。父さんや母さんの方は?」
「任務は終了。次に行くよ。ルーベント領に向かうから」
「えぇ、じゃぁ……と言いたいんですが、この2人は?」

 カークは前に出る。

「私は……元近衛、カーク・ルーベントです」
「……デュアンを殺そうとした人間?」
「……はい」

 淡々としているものの、一瞬カークを見る目が凍りついた。
 カークは心臓を掴まれたような、恐怖心に襲われる。
 デュアンを襲うと決めた時も、恐ろしくて堪らなかったというのに、それ以上に……。
 しかし、眼差しはきついが、纏う空気が柔らかくなる。

「……ふーん、で、そちらは?」
「エオリア・サーライヴと申します」
「サーライヴ?後宮の?」

 カークの問いかけに、微妙な微笑みを浮かべる。

「元女官です」
「そうか……じゃぁ、行くよ」

 青年の体が、一瞬歪んだような気がした。
 ドルフに後ろに下がるようにという風に手をあげる。
 カークはエオリアを守るように下がると、青年のいたあたりから力の爆発を感じる。
 そして、大きく広がった力が、じわじわと形を変えた。

「……ドラゴン……?」

 カークは呟く。
 デュアンの連れている乗獣よりもはるかに大きい体に、大きな翼……。

「ヴァーロは、この地上で多分一番大きいドラゴンだよ。それに最も速い。乗りなさい」
「わーい!」
「あ、こらっ!チェーニャ!」

 彼女は溜めることもなく、尋常ではありえないジャンプ力でピョーンとドラゴンに飛び乗る。

『母さん。痛いです……』
「大丈夫!チェーニャ痛くない。重くないでしょ?」
『母さんは重くないですが、ファルシオンが、背中に……青あざになっていないと良いなぁ……』
「ヴァーロ青いもん、一緒一緒!」

 笑い飛ばす。
 その様子にため息をつきながら、

「チェーニャのような力はないのは解るから、まずはカーク、登りなさい。少し高いけど、ヴァーロの膝に足を乗せて、それから……」
「はい」

 ドラゴンには乗ったことはないが、一回、緊急任務でデュアンのナムグに乗せてもらったことがある。
 だが、ナムグに比べ、大きさは半端なく大きい。
 足を乗せた後、上に乗っているチェーニャに手首を掴まれ引っ張られた時に、唖然とする。
 巨大なファルシオンを操るとは言え、大の大人であるカークを片手で引っ張り上げる膂力……。
 どれだけの力を持つのだろうと……。
 そして、チェーニャの後ろに座る。
 エオリアは、ドルフに抱えられ、そのままドラゴンの背に登ると、

「ヴァーロ。頼んだよ」
『はい、父さん。母さん……上で暴れないでくださいね。落ちないようにしてますが、時々母さんは突拍子もないことをするから……』
「えー?するんなら、バンジージャンプ!」
「やめなさい。チェーニャ。アレクシアに言いつけるよ」

 ドルフの声に、頰を膨らませるが、頷く。

「……解ったもん。アレクシアに嫌いって言われるの嫌〜」
「だよね?」

 ドラゴンはゆっくりと浮かび上がると、方向を確認し飛び始めた。
 大きな体にふさわしい翼は、大きく羽ばたいた後、滑空するように広げ、しかしぐんぐんと速度は上がるように感じる。
 しかし、周囲は夜の闇、下を見ると、都の辺りは明かりが灯っていたが次第に遠くなっていくと言うのに、風が来ないし音も聞こえない。

「あの……風は……音は……」
「ヴァーロの術で遮断しているよ。ヴァーロは騎士であり術師でもあるドラゴンだから」
「……も、もしかして!」

 デュアンに聞いたことのあるドラゴンの正体に声をあげかけたカークだが、その前で、ヨジヨジと四つん這いで這っていくチェーニャ。

「ねぇ、ヴァーロ。頭の上行って良い?」
『ダメ。母さんは一回、そう言って、私の目を塞ごうとしたでしょ?今回は時間がないんですよ。大人しく背中に戻ってください』
「えー!今回はいい子にするからー!ね?」
「ダメだよ。チェーニャ。終わってからなら遊びなさい。今は本当に急いでいるから、大人しくね」
「むぅぅ……つまんない」

 納得いかない様子のチェーニャに、カークは、

「あの、チェーニャさま。向こうでは何があるか解りません。私はチェーニャさまやヴァーロさまに敵いませんが、戦うつもりです。それで、実は、代々の当主である人間にしか伝わっていない隠し通路があるのです。もし、向こうが領民や弱い立場の者を盾にするようであれば、その道から奥に突き進みたいと思います。1つではなく2つあります。ヴァーロさまは見えないと思いますが、あとで、地図をお見せします。ドルフさま。宜しいでしょうか?」
「隠し通路?なぜ、三男のお前が知っているの?」
「元々、ルーベント家の一人娘が母で、父は婿養子です。母は、父と結婚したくはなかったそうです。でも、政略結婚で……長兄は、結婚する前に父が別の女性との間に生ませた子供で、母の血を継いでいるのは次兄と私です。母は分け隔てなく育ててくれましたが、私が生まれた頃には両親の仲は冷めていて、次兄は追い出されるように婿養子に。それで、私に母は、父にも長兄にも教えていない隠し通路を……」
「ふーん……でも、教えて、後にお前がどうなったとか考えないの?」
「……すでに、命を奪われても仕方のないことを犯した人間です。それに、愚かな行為をしている父や長兄を止めるのは私の役目だと思っています。でなければ……母は泣くでしょう」

 武器などは全て奪われていたものの、ただ、母の遺品であるロケットのみ身につけていたカークは、それを外し、ドルフに手渡す。

「これを、開けてもいいのかな?」
「はい」

 わずかな凹みに爪を入れ、開くと、ルーズリアの童謡が流れる。
 そして、ドルフの指から光が注ぎ込まれ、鏡のようにマップが姿を見せる。

「……これは……術?」
「昔、外交に訪れていた当時のマルムスティーン侯爵の弟君に、私の先祖が頂いたものです。確か、歯車公爵と呼ばれていた一族の特別な技術の粋が注ぎ込まれたものだそうです。私は術が使えませんので、デュアン隊長が一回動かしてくれました」

 マップの中では、小さな小人のような存在が隠し通路への道を示し、そしてその後どう動けばいいのか説明している。

「……ふーん……ヴィクターもそこそこやるね」
「ヴィクターさま……ご存知なのですか?この術を用いた方を」
「ヴィクターは現在のカズール伯爵の父で、国王アルドリーの曽祖父。ヴィクターの父のエリファス・レヴィの方が術の力は強いけれど、術をいくつも編み上げた秀才肌の術師。現在のマルムスティーン侯爵は、ヴィクター直々に術を習っていたよ。そしてジェディンスダード公爵は、当時は確かアルファーナ・リリーと言う女性が当主でね。孫娘が同じ名前だよ」
「そうでしたか……」
「まぁ、純粋な力は本当にこの遺品から感じ取れるよ。一番……お前の母の気持ちがね」

 カークは目を伏せる。

「母を……悲しませてしまいました。それに、デュアン隊長を裏切ってしまった……決してしてはいけないことだったのに……」
「……まぁ、今ので大体覚えたよ。お前は覚えているのかい?」
「はい」
「じゃぁ、これを返すよ。あぁ、一応、お前は何の武器を用いるの?」
「えっ……主に剣と弓弩、後は、いくつか仕込み武器を。でも全部渡しました」

 正直に答える。
 そう、普通なら、このロケットも取り上げられて当然である。
 しかし、国王の温情だったと思う。

「では、向こうで調達だね。ヴァーロ。町の手前で一旦降りて、向かおう」
『はい。武器が調達できるまでは、カークはエオリアを守るんだね。出来る?』
「はい!」
「まぁ、防具も一緒に調達するから」
『後、そんなに時間はかかりません。少しでも休息を取っておいてください、父さん、母さん。それに2人とも』

 ヴァーロの声に安堵する。

「ありがとうございます、ヴァーロさま」

 カークは、ドラゴンはにお礼を言い、まだ暗い中、故郷の方向を見据えた。
 もう揺るがない……自分に正直になろう……そう思ったのだった。

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