四ツ葉荘の管理人は知らない間にモテモテです
学校の女神との邂逅
おれ、四ツ葉 蒼太は、桜が規則正しく並んでいる大通りを歩いていた。あと少しで目的地だ。そう思ったとき、突然、強い風が吹く。せっかく綺麗に咲いている桜の花もこの強風のせいで、散ってしまうだろう。
残念に思いながらも、桜の近くにある四階建てのマンション「四ツ葉荘」を見る。これからおれが管理人をすることになるマンションだ。マンションという単語からおれが想像していたよりもずっと綺麗で、赤レンガ調のタイルがかわいらしい建物に思わずにんまりしてしまう。
頬の緩みを押さえきれないまま、桜の方に視線を戻すと、木の下に長い髪を風から守るように押さえている少女がいた。
おれと同じ高校の制服、学年を表すタイもおれと同じ来年度から二年生であることを示す赤色だ。もしかして知っている顔かもと思い、顔をよく見てみる。
「女神…」
そう、彼女は女神だ。花南高校、略して花高の生徒なら誰でも知っている。文武両道、才色兼備、学校中の憧れである花高の女神、桃園 春花がそこにいた。
女神がこちらに気付き、なぜかその美しい顔でふんわりと笑った。彼女の大きな瞳は柔らかく閉じられ、真っ赤な唇は弧を描く。
そして、そのまま倒れていく。
「えっ、えぇぇ!」
眩しい青空におれの叫び声は飲み込まれながらも、おれは桃園の元に駆け寄る。なんとか女神のように美しい顔が地面にぶつかる前に抱き止めることができた。彼女の高い鼻が低くなったら、完璧の調和が崩れてしまう。それを阻止できたおれの心臓は、バクバクと素早く鳴っている。
すると、桃園は目を閉じたまま、弱々しい声で呟いた。
「…おなか…すいた…」
な、なんとかしなくては! 第一発見者であるおれがなんとかしなくては!
おれは大慌てで、桃園を四ツ葉荘の二階にある管理人室におんぶで運んだ。腕に荷物が食い込むが、おれの痛みなど人命には変えられない。
なんでこの飽食の日本において空腹で倒れる人間がいるんだ、もしかして、モデルのようにすらりとしたスタイルは絶食によるものだったのか、というか軽すぎだろ女神、なんてつまらない思考がぐるぐる頭の中を星のように回っている。
そして姉から管理人を引き継ぐときにもらった管理人指南書を急いで鞄から取り出す。そう、なぜか書いてあったはずなのだ、空腹時の対処法が!
管理人になると決まってからもらった姉特製の指南書には何度も目を通している。そして、注意事項のインパクトの大きさから大体どこに何が書いてあるか覚えてしまっている。女神が倒れたという驚きからか先程から震えが止まらない手で、該当のページを開いた。
『大事!』と可愛らしい犬のイラストが指差し、強調している部分が現在の桃園の体調への対処法だ。
『極度の空腹時はお粥からならしていきましょう! いきなり濃い食事をすると体に悪いのでやめましょう。お粥の作り方は別冊「おいしいご飯」の「体調を崩した時」の特集にあります』
お粥! 別冊!
「姉ちゃんありがとう! こういう時の為だったんだな」
指南書をこんなはずじゃなかったと泣きながら渡してくれた姉ちゃんの姿を思い出しながら、感謝する。
おれはさっそく別冊を鞄から取りだし、指南書の指示通りにお粥を作ることにした。
緊急時用、と書いてある食料が入った戸棚からパックご飯を出し、レンジで温める。鍋で水を沸かしながら出汁を加え、十分に煮たった湯に温まったご飯を投入する。塩で味を調えたのち、買い置きしてあった卵をといて、回しながら鍋に入れる。あまり料理をしないおれにもわかりやすい別冊を読みながら、作っていく。
「あー、これは我ながら上手に出来てるんじゃないか? いい感じ!」
なかなかの出来に自画自賛しながらにやけていると、ベッドに寝かせている桃園の方から小さな声が聞こえた。
「いいにおい…緑ねぇ、おかえりなさい…」
姉ちゃんの名前を呼んだということは、もしかしてこの四ツ葉荘の住人なのだろうか、好奇心と桃園と二人きりの状況を思いだし、また心臓が大きな音をたてだした。
平常心、平常心と心の中で唱えながら、水と先ほど作ったお粥をお盆に載せ、桃園に近寄る。
学校では見たことのないふにゃふにゃと安心しきった顔に、おれは顔が真っ赤になるのを自覚した。可愛い。
「桃園、これおれが作ったお粥…初めて作ったにしては美味しいから安心して食べて」
とりあえずお粥とレンゲを渡す。まだ朦朧としている桃園はゆっくりと、そして美味しそうに食べ始めた。
「…おいしい…」
桃園はぼそっと、そう呟いた。よく見ると涙目になっている。
そんなにか、そんなに喜んでくれるのか、と不安に思う。しかし初めて作ったお粥にそんな反応をしてもらえて嬉しい気持ちが勝る。
桃園がきちんと完食したのを見計らって、改めて声をかける。
「おっ、おれは四ツ葉 蒼太。四ツ葉 緑の弟だよ」
恥ずかしい! 出だしから失敗してしまったことによる後悔で、声が震えた。そして、思い出したかのようにまた手も震え出した。
「桃園は知らないかも知れないけど、同じ花高生。それでもって、同級生」
それを聞いた桃園は目を大きく開き、ゆっくりとベッドに倒れていった。
食べ終わってすぐ寝転ぶと体に悪いぞ。なんて呑気な考えが頭に浮かぶ。
「花高生…! 緑ねぇの弟が? これからお世話になる管理人さんが?」
信じられないと先ほどのふにゃふにゃ顔は一気にしかめ面になった。てか、お世話になるって決定してるのかよ。おれはその言葉に思わず心の中で突っ込んだ。
残念に思いながらも、桜の近くにある四階建てのマンション「四ツ葉荘」を見る。これからおれが管理人をすることになるマンションだ。マンションという単語からおれが想像していたよりもずっと綺麗で、赤レンガ調のタイルがかわいらしい建物に思わずにんまりしてしまう。
頬の緩みを押さえきれないまま、桜の方に視線を戻すと、木の下に長い髪を風から守るように押さえている少女がいた。
おれと同じ高校の制服、学年を表すタイもおれと同じ来年度から二年生であることを示す赤色だ。もしかして知っている顔かもと思い、顔をよく見てみる。
「女神…」
そう、彼女は女神だ。花南高校、略して花高の生徒なら誰でも知っている。文武両道、才色兼備、学校中の憧れである花高の女神、桃園 春花がそこにいた。
女神がこちらに気付き、なぜかその美しい顔でふんわりと笑った。彼女の大きな瞳は柔らかく閉じられ、真っ赤な唇は弧を描く。
そして、そのまま倒れていく。
「えっ、えぇぇ!」
眩しい青空におれの叫び声は飲み込まれながらも、おれは桃園の元に駆け寄る。なんとか女神のように美しい顔が地面にぶつかる前に抱き止めることができた。彼女の高い鼻が低くなったら、完璧の調和が崩れてしまう。それを阻止できたおれの心臓は、バクバクと素早く鳴っている。
すると、桃園は目を閉じたまま、弱々しい声で呟いた。
「…おなか…すいた…」
な、なんとかしなくては! 第一発見者であるおれがなんとかしなくては!
おれは大慌てで、桃園を四ツ葉荘の二階にある管理人室におんぶで運んだ。腕に荷物が食い込むが、おれの痛みなど人命には変えられない。
なんでこの飽食の日本において空腹で倒れる人間がいるんだ、もしかして、モデルのようにすらりとしたスタイルは絶食によるものだったのか、というか軽すぎだろ女神、なんてつまらない思考がぐるぐる頭の中を星のように回っている。
そして姉から管理人を引き継ぐときにもらった管理人指南書を急いで鞄から取り出す。そう、なぜか書いてあったはずなのだ、空腹時の対処法が!
管理人になると決まってからもらった姉特製の指南書には何度も目を通している。そして、注意事項のインパクトの大きさから大体どこに何が書いてあるか覚えてしまっている。女神が倒れたという驚きからか先程から震えが止まらない手で、該当のページを開いた。
『大事!』と可愛らしい犬のイラストが指差し、強調している部分が現在の桃園の体調への対処法だ。
『極度の空腹時はお粥からならしていきましょう! いきなり濃い食事をすると体に悪いのでやめましょう。お粥の作り方は別冊「おいしいご飯」の「体調を崩した時」の特集にあります』
お粥! 別冊!
「姉ちゃんありがとう! こういう時の為だったんだな」
指南書をこんなはずじゃなかったと泣きながら渡してくれた姉ちゃんの姿を思い出しながら、感謝する。
おれはさっそく別冊を鞄から取りだし、指南書の指示通りにお粥を作ることにした。
緊急時用、と書いてある食料が入った戸棚からパックご飯を出し、レンジで温める。鍋で水を沸かしながら出汁を加え、十分に煮たった湯に温まったご飯を投入する。塩で味を調えたのち、買い置きしてあった卵をといて、回しながら鍋に入れる。あまり料理をしないおれにもわかりやすい別冊を読みながら、作っていく。
「あー、これは我ながら上手に出来てるんじゃないか? いい感じ!」
なかなかの出来に自画自賛しながらにやけていると、ベッドに寝かせている桃園の方から小さな声が聞こえた。
「いいにおい…緑ねぇ、おかえりなさい…」
姉ちゃんの名前を呼んだということは、もしかしてこの四ツ葉荘の住人なのだろうか、好奇心と桃園と二人きりの状況を思いだし、また心臓が大きな音をたてだした。
平常心、平常心と心の中で唱えながら、水と先ほど作ったお粥をお盆に載せ、桃園に近寄る。
学校では見たことのないふにゃふにゃと安心しきった顔に、おれは顔が真っ赤になるのを自覚した。可愛い。
「桃園、これおれが作ったお粥…初めて作ったにしては美味しいから安心して食べて」
とりあえずお粥とレンゲを渡す。まだ朦朧としている桃園はゆっくりと、そして美味しそうに食べ始めた。
「…おいしい…」
桃園はぼそっと、そう呟いた。よく見ると涙目になっている。
そんなにか、そんなに喜んでくれるのか、と不安に思う。しかし初めて作ったお粥にそんな反応をしてもらえて嬉しい気持ちが勝る。
桃園がきちんと完食したのを見計らって、改めて声をかける。
「おっ、おれは四ツ葉 蒼太。四ツ葉 緑の弟だよ」
恥ずかしい! 出だしから失敗してしまったことによる後悔で、声が震えた。そして、思い出したかのようにまた手も震え出した。
「桃園は知らないかも知れないけど、同じ花高生。それでもって、同級生」
それを聞いた桃園は目を大きく開き、ゆっくりとベッドに倒れていった。
食べ終わってすぐ寝転ぶと体に悪いぞ。なんて呑気な考えが頭に浮かぶ。
「花高生…! 緑ねぇの弟が? これからお世話になる管理人さんが?」
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