魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

遅れてきた応援

◇◆

小雨の降る森の中に、白いもやが充満している。それは雨によってわいた霧などではない。レッサードラゴンが死の間際に吐き出した、強烈な胃酸を含んだブレスだった。

目を刺激する酸っぱいニオイのそれから身を守りながら、兵隊長のアルノーは自分をかばってブレスを浴びたジルバーに駆け寄った。

「ジルバー君、無事か!?」
「……がはっ」
「息はある、だが安心してもいられないな」

ジルバーの背中を見てさらに表情を険しくする。酸のブレスの直撃を受けたことで、ジルバーが来ていた毛皮の服が溶け、その下の素肌がのぞいていた。

「誰か、動けるヤツはジルバー君を魔女の所へ運ぶんだ!急いで手当をしてやれ!」

直撃を免れた兵士が、3人がかりでジルバーを運んでいく。それを見送ってから、アルノーはゆっくりとふり返った。
そこではレッサードラゴンが、口を大きく広げたまま息絶えていた。
アルノーが突き刺した剣は致命傷だったはずだ。それなのにそこからブレスを吐くことまでやってのけたのは、ドラゴンという魔獣がすさまじい生命力もっていたからだろう。
ドラゴンの口の中ではアルノーの剣が強烈な酸にさらされ、すでに変色を始めていた。さらに喉の奥から、酸が身の内を焼いていることを示すもやが昇ってきている。

アルノーは部下からまともな剣を受け取ると、もう動かなくなったレッサードラゴンの首へと振り降ろした。





「ゆっくり、ゆっくりだよ。そっとここに降ろしてあげて。けが人なんだから、やさしく扱ってあげて」
「邪魔よ。どいて」
「あっ、はい」

ジルバーは兵士たちよって、ジャンヌの前まで運ばれた。それをすぐ横で見守っていたエーミールは押しのけられ、ジルバーは地面に横たえられた。

「レッサードラゴンのブレスが直撃したのにまだ形を保っているなんて、どんな材料で出来てるのかしらね、これ」
「ジャンヌ様、ジルバーは大丈夫なんですか?服がやぶけてこんなに肌が出てしまって、そのうち骨までとけちゃったりしないですよね?」
「そんなことありえないわよ。ここにいるジャンヌを誰だと思ってるの?こんな怪我、ジャンヌにかかればすぐに治るわよ」
「でも背中がこんなになっちゃって……て、わぁっ!指がめり込んだ!!」

エーミールがむき出しになったジルバーの背中をつつくと、肌色の皮膚が破けてその下へ指が入った。慌てて引き抜こうとするが、手甲の継ぎ目に皮膚が引っかかってさらに傷口を広げてしまった。

「ジルバーごめん!そんなつもりじゃなかったんだ!!ああ、これどうしよう。こんなことになるなんて思ってもなかったんだ。こんなに血が、って、出てない。あれ?これは何だ??」

傷口からは、灰色の何かが見えていた。

「これって毛皮……?」
「ああっとー!手がすべっちゃったわー!!」

エーミールの顔面に小さな袋が叩きつけられた。そこから白い粉が舞い上がって周囲に広がる。

「目が!目がー!」
「あーん、酸を中和する薬を取り出そうとしたら手がすべっちゃったわ。てへぺろ。ねぇ、そっちの兵士さんたち、同じ薬をあげるから、向こうの方にも撒いてきてよ。いますぐに。さあ、行って!」

ジャンヌは近くにいた兵士たちを追い払うと、ジルバーの横にしゃがみこむ。先ほどエーミールにぶつけた小さな袋から粉を取り出すと、ジルバーの全身へと厚く振りまいた。

「ジャンヌ様、ジルバーはどうなってるんですか?肌の下に毛があったように見えたんですけど」

エーミールは粉だらけの両目を押さえながら尋ねる。ジャンヌは両手の人さし指をこめかみに当てて、うんうん悩んだ。そして急に顔を明るくすると、重々しい口調で話しだした。

「実はジルバーはここに来る前に、すっごい死にそうだったの。川に落ちて、その上レッサードラゴンに襲われたんだから当然よね。それでもジルバーは貴方たちを助けたいって、ジャンヌに頼み込んできたのよ。だからジャンヌはすっごい力が出て元気モリモリになる薬をあげたの。でもそれには副作用があって、飲んだら毛がモジャモジャに生えてきちゃうのよ」
「なんだって!?ジルバー、キミが僕らのためにそんなことになっていたなんて知らなかったよ!ありがとう。そしてごめんね!君がそんなに僕らのためにそこまでしてくれていたなんて、気づきもしなかった!」

「……だからね、このことは他のみんなには内緒にしてあげて欲しいかなってジャンヌは思うんだ。だって人がいきなりモジャモジャになったら驚くでしょ?これはジャンヌと貴方だけの秘密、それでいいよね?」
「はい、まかせてください!ジルバーのためにも僕は誰にも言いません」

エーミールは両手を握りしめて宣言した。

「けっこうチョロイわね」

ジャンヌのつぶやきは、一人で感動しているエーミールには届いていなかった。




応援のハンターたちがその場所に到着した時には、ジルバーの治療は終わっていた。その全身は厚手の毛布でくるまれ、今は静かに眠っている。兵士たちはアルノーの指示の下、ジルバーを運ぶための担架を作っているところだった。
ハンターたちを連れてきたディールは、それにひどく驚いた。

「ジルバー、いったいどうしたんだ!?」
「落ち着きなさいディール君。ジルバー君はレッサードラゴンのブレスをまともに浴びてしまったが、魔女に治療をしてもらったから、もう大丈夫だ。彼はとても勇気ある、そして運のいいハンターだ」
「魔女様がいたんですね、それならよかった。でも、オレが間に合っていればこんな怪我をしなくても済んだかもしれないのに……」
「キミも頑張ってくれたのだろう、悔やむことはない。ジルバー君は私をかばって怪我を負ったのだ、キミのせいではない。彼の治療については、私が責任を持ってしかるべき者に任せるよ」
「ありがとうございます」

ディールは拳を握りしめて、横たわるレッサードラゴンを見た。
レッサードラゴンの周囲には、ハンターと兵士が群がっている。家ほどもある巨体をどうやって運ぶのかを検討しているのだ。
アルノーはその様子をいっしょにしばらく眺めなてから、改まった声で話しかけた。

「さてでは、これからのことについて話し合おう。大狩猟祭はまだ終わってないからな」
「そうですね。そのことについて、ハンター協会の会長からいくつかの提案を預かってきています」

ディールは懐から細かく書かれた指示書を取り出して、アルノーとともにこれからの予定を話し合った。

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