魔獣の森のお嫁さん
それぞれの状況と思惑
かわいらしくポーズを取った、不思議な格好をした少女にエーミールは戸惑った。
「えっと、きみがあの魔女なの?」
「その通り、ジャンヌは西の森の魔女でーす。わざわざあなたたちを助けに来てあげたのよ。こんな風にねっ」
ジャンヌはそう言うと、小さな包みを取り出した。中には白い粉末状のものが入っていて、それを一息で吹き飛ばす。
白い粉はキラキラと輝きながら兵士たちを覆い、すぐに消えていった。それを浴びた兵士たちは、酸のブレスによる痛みが引いていることに気がついた。酸によって変色し始めていた武器防具も、変色がぴたりと止まった。
「す、すごい、まるで魔法みたいだ」
「みたいじゃなくて魔法なの。ちゃんと敬いなさいよ」
胸を張るジャンヌを、エーミールは憧れの視線で見る。
先ほどまで苦しんでいたアルノーも喉を焼く痛みが引いたようで、ジャンヌにむけて頭を下げた。
「ジャンヌ殿、あなたのおかげで助かりました。私はこの大狩猟祭の第一部隊を率いるアルノーという者です。お聞きしたいのですが、あのドラゴンを倒すのに何か有効な手段を知っていますか?」
「さあ?ジャンヌは何でも知ってるわけでもないし。首でも斬ればいいんじゃない?」
退屈そうに言われた言葉に、アルノーはニヤリと笑う。
「今の言葉を聞いたな!?首を落とせばドラゴンは死ぬ。魔女がそう保証したぞ!さあ兵士たちよ剣を取れ。我らであのドラゴンを倒すのだ!」
この言葉に兵士たちは気勢を盛り返し、落とした武器を拾い上げる。
「クロスボウが無事な者は、次の矢を射る準備を始めろ。それができない者は盾を構えて前列へ出ろ。奴にはクロスボウが効いている。ありったけ撃ち込んでやれ!」
再び飛び始めた太矢に対し、レッサードラゴンは嫌がりながらも前進する。咆哮で威嚇するが、やる気になっている兵士たちには効果が薄かった。
「ベルノルト班、クラウス班は横へ回り込め」
5人1班となった10人が、レッサードラゴンの左右に移動する。
「ベルノルト班、突撃!」
かけ声とともに、右側にいた5人が剣を構えて走り出す。邪魔な柵を壊していたドラゴンの腹や手足に、鉄製の剣が次々に振り下ろされた。
剣はレッサードラゴンの表皮を切り裂き、血を散らした。痛みにレッサードラゴンが振り返ると、ベルノルト班は号令を受けて一目散に離れていく。注意が逸れたところへ、クロスボウから放たれた数本の太矢が突き立った。
「なんだ、けっこうやるじゃない」
レッサードラゴンを翻弄する兵士たちを見て、ジャンヌが言った。
「どうです、すごいでしょう。これが領都の兵士の実力ですよ魔女様。僕らは毎日厳しい訓練に耐えて、実力を磨いているんです」
「ところであなたは?」
「初めまして。僕は領都軍所属の兵士、エーミールと申します」
「そう、エーミールさん。あなたは攻撃に参加しなくてもいいの?」
「ええと、僕の装備はキャンプ地に置いてきてしまったので、今は持ってないんですよ。あれば僕も参加して、クロスボウの腕前を披露できたのに、残念だなあ、ハハハ」
そこへ話を聞いていたジルバーが、荷物を持ってやってきた。
「ほらエーミール。これ、お前の仲間が持ってきてたそうだぞ。よかったな、これでお前の腕前が、ひろうできるぞ」
「……」
「頑張ってね、エーミールさんっ♪」
「はいっ!頑張りますぅ!」
エーミールは大きな声で応えて、ひったくるようにして荷物を受け取ると兵士の列に加わった。
「それで、オマエはどうするつもりなんだ?」
「んんー、なにが?ジャンヌわかんない」
レッサードラゴンと戦う兵士たちを見ながら、ジルバーが問いかけた。
「しらばっくれるな。あのドラゴンをここまで連れてきた理由があるだろ」
「それはもう終わっちゃったよ。兵士さんたちのピンチにかわいい魔女ジャンヌが颯爽と現れて、華麗にみんなを助けた。これってもう、人気者になれるじゃない?人間に信頼されれば魔女として認めるって、灰の魔女が言ってたのよ」
「ああそうか、お前はあの魔女の言葉をそう捉えたのか」
「ジルはダメだって言うの?だってこうでもしないと、ジャンヌは認められないじゃない」
「だとしても、これはいけないだろ」
ジルバーが示す先では、レッサードラゴンと兵士たちとの戦闘が続いていた。柵があり、防具で身を固めているとは言っても、相手は大きな魔獣である。振り回される手足や尻尾が当たるだけで、兵士たちは吹き飛ばされる。咆哮されると、それだけで動きが止まってしまう。
恐怖と暴力の象徴であるドラゴンによって、死人こそ出てないものの兵士たちはボロボロだった。
「なあジャンヌ。お前はなんでそんなに急いでいるんだ?魔女だって、もっとゆっくり時間をかけて信頼されてきたんだ。お前も今すぐには無理でも、少しづつ時間をかければいつか認めてもらえるだろ」
「……いつかじゃ遅いのよ。わたしは今すぐ、一人前の魔女になりたいの」
ジャンヌはそう言うと、それ以上の会話を拒絶するように三角帽子を深くかぶった。
レッサードラゴンとの戦闘は、佳境に入っていた。レッサードラゴンの体には太矢が何本も突き刺さり、かなりの部分が傷つけられている。しかし兵士たちもまた傷つき、疲れてきていた。
太矢もすでに尽きて、全ての兵士が剣と盾を持ってレッサードラゴンと対峙している。三方向から囲んではいるが、レッサードラゴンはその対応に慣れつつあった。
「ヤツの体力ももう少しのはずだ。もうひと押しで倒せるぞ!」
アルノーも剣を抜き、ひとつの班の先頭に立っているが、兵士たちの士気は落ちつつあった。
(体力がつきそうなのはこちらも同じか。せめてわずかでも隙があれば、一気に攻められるのだが)
歯噛みをするが、どうすることもできない。
ひとつの班が攻撃をしかけようとするが、それに気づいたレッサードラゴンがすぐに向き直る。近づこうとしても近づけないこう着状態になってしまっていた。
(このままではヤツに体力を回復され、逃げられてしまうかもしれない。どうする、被害覚悟で全員で突撃するか?いや、だがそれは危険が大きすぎる)
アルノーも疲労が溜まっていたのだろう。そうやって悩んでいたせいで、レッサードラゴンの動きを見逃してしまっていた。
「隊長!あいつ、またアレをやってくるつもりですよ。隊長、指示を!」
部下に間近で声をかけられハッとする。その時にはもう、レッサードラゴンはアルノーの方を向いて、口を大きく開けていた。
「全員、その場で集まり、盾を構えろ!盾で壁を作るんだ、急げ!」
指示を出しながらアルノーも盾を構えるが、内心ではすでに覚悟を決めていた。
(私の班はこれをまともに食らっては、これ以上の戦闘は難しいだろう。残りの2班でこいつを倒せるか?いや、こいつもブレスで体力を大きく使うはずだ。それに大きな隙もできる。そこを叩けば倒せるはずだ)
「ブレスが終わるとともに、動ける者は突撃をしかけろ!」
「隊長、そのブレスがこちらに来ます!隊長も急いで俺たちの後ろに来てください」
「そんな暇はない。来るぞ!」
アルノーが盾を正面に掲げる向こうで、レッサードラゴンの目線が彼らを見据えていた。
「えっと、きみがあの魔女なの?」
「その通り、ジャンヌは西の森の魔女でーす。わざわざあなたたちを助けに来てあげたのよ。こんな風にねっ」
ジャンヌはそう言うと、小さな包みを取り出した。中には白い粉末状のものが入っていて、それを一息で吹き飛ばす。
白い粉はキラキラと輝きながら兵士たちを覆い、すぐに消えていった。それを浴びた兵士たちは、酸のブレスによる痛みが引いていることに気がついた。酸によって変色し始めていた武器防具も、変色がぴたりと止まった。
「す、すごい、まるで魔法みたいだ」
「みたいじゃなくて魔法なの。ちゃんと敬いなさいよ」
胸を張るジャンヌを、エーミールは憧れの視線で見る。
先ほどまで苦しんでいたアルノーも喉を焼く痛みが引いたようで、ジャンヌにむけて頭を下げた。
「ジャンヌ殿、あなたのおかげで助かりました。私はこの大狩猟祭の第一部隊を率いるアルノーという者です。お聞きしたいのですが、あのドラゴンを倒すのに何か有効な手段を知っていますか?」
「さあ?ジャンヌは何でも知ってるわけでもないし。首でも斬ればいいんじゃない?」
退屈そうに言われた言葉に、アルノーはニヤリと笑う。
「今の言葉を聞いたな!?首を落とせばドラゴンは死ぬ。魔女がそう保証したぞ!さあ兵士たちよ剣を取れ。我らであのドラゴンを倒すのだ!」
この言葉に兵士たちは気勢を盛り返し、落とした武器を拾い上げる。
「クロスボウが無事な者は、次の矢を射る準備を始めろ。それができない者は盾を構えて前列へ出ろ。奴にはクロスボウが効いている。ありったけ撃ち込んでやれ!」
再び飛び始めた太矢に対し、レッサードラゴンは嫌がりながらも前進する。咆哮で威嚇するが、やる気になっている兵士たちには効果が薄かった。
「ベルノルト班、クラウス班は横へ回り込め」
5人1班となった10人が、レッサードラゴンの左右に移動する。
「ベルノルト班、突撃!」
かけ声とともに、右側にいた5人が剣を構えて走り出す。邪魔な柵を壊していたドラゴンの腹や手足に、鉄製の剣が次々に振り下ろされた。
剣はレッサードラゴンの表皮を切り裂き、血を散らした。痛みにレッサードラゴンが振り返ると、ベルノルト班は号令を受けて一目散に離れていく。注意が逸れたところへ、クロスボウから放たれた数本の太矢が突き立った。
「なんだ、けっこうやるじゃない」
レッサードラゴンを翻弄する兵士たちを見て、ジャンヌが言った。
「どうです、すごいでしょう。これが領都の兵士の実力ですよ魔女様。僕らは毎日厳しい訓練に耐えて、実力を磨いているんです」
「ところであなたは?」
「初めまして。僕は領都軍所属の兵士、エーミールと申します」
「そう、エーミールさん。あなたは攻撃に参加しなくてもいいの?」
「ええと、僕の装備はキャンプ地に置いてきてしまったので、今は持ってないんですよ。あれば僕も参加して、クロスボウの腕前を披露できたのに、残念だなあ、ハハハ」
そこへ話を聞いていたジルバーが、荷物を持ってやってきた。
「ほらエーミール。これ、お前の仲間が持ってきてたそうだぞ。よかったな、これでお前の腕前が、ひろうできるぞ」
「……」
「頑張ってね、エーミールさんっ♪」
「はいっ!頑張りますぅ!」
エーミールは大きな声で応えて、ひったくるようにして荷物を受け取ると兵士の列に加わった。
「それで、オマエはどうするつもりなんだ?」
「んんー、なにが?ジャンヌわかんない」
レッサードラゴンと戦う兵士たちを見ながら、ジルバーが問いかけた。
「しらばっくれるな。あのドラゴンをここまで連れてきた理由があるだろ」
「それはもう終わっちゃったよ。兵士さんたちのピンチにかわいい魔女ジャンヌが颯爽と現れて、華麗にみんなを助けた。これってもう、人気者になれるじゃない?人間に信頼されれば魔女として認めるって、灰の魔女が言ってたのよ」
「ああそうか、お前はあの魔女の言葉をそう捉えたのか」
「ジルはダメだって言うの?だってこうでもしないと、ジャンヌは認められないじゃない」
「だとしても、これはいけないだろ」
ジルバーが示す先では、レッサードラゴンと兵士たちとの戦闘が続いていた。柵があり、防具で身を固めているとは言っても、相手は大きな魔獣である。振り回される手足や尻尾が当たるだけで、兵士たちは吹き飛ばされる。咆哮されると、それだけで動きが止まってしまう。
恐怖と暴力の象徴であるドラゴンによって、死人こそ出てないものの兵士たちはボロボロだった。
「なあジャンヌ。お前はなんでそんなに急いでいるんだ?魔女だって、もっとゆっくり時間をかけて信頼されてきたんだ。お前も今すぐには無理でも、少しづつ時間をかければいつか認めてもらえるだろ」
「……いつかじゃ遅いのよ。わたしは今すぐ、一人前の魔女になりたいの」
ジャンヌはそう言うと、それ以上の会話を拒絶するように三角帽子を深くかぶった。
レッサードラゴンとの戦闘は、佳境に入っていた。レッサードラゴンの体には太矢が何本も突き刺さり、かなりの部分が傷つけられている。しかし兵士たちもまた傷つき、疲れてきていた。
太矢もすでに尽きて、全ての兵士が剣と盾を持ってレッサードラゴンと対峙している。三方向から囲んではいるが、レッサードラゴンはその対応に慣れつつあった。
「ヤツの体力ももう少しのはずだ。もうひと押しで倒せるぞ!」
アルノーも剣を抜き、ひとつの班の先頭に立っているが、兵士たちの士気は落ちつつあった。
(体力がつきそうなのはこちらも同じか。せめてわずかでも隙があれば、一気に攻められるのだが)
歯噛みをするが、どうすることもできない。
ひとつの班が攻撃をしかけようとするが、それに気づいたレッサードラゴンがすぐに向き直る。近づこうとしても近づけないこう着状態になってしまっていた。
(このままではヤツに体力を回復され、逃げられてしまうかもしれない。どうする、被害覚悟で全員で突撃するか?いや、だがそれは危険が大きすぎる)
アルノーも疲労が溜まっていたのだろう。そうやって悩んでいたせいで、レッサードラゴンの動きを見逃してしまっていた。
「隊長!あいつ、またアレをやってくるつもりですよ。隊長、指示を!」
部下に間近で声をかけられハッとする。その時にはもう、レッサードラゴンはアルノーの方を向いて、口を大きく開けていた。
「全員、その場で集まり、盾を構えろ!盾で壁を作るんだ、急げ!」
指示を出しながらアルノーも盾を構えるが、内心ではすでに覚悟を決めていた。
(私の班はこれをまともに食らっては、これ以上の戦闘は難しいだろう。残りの2班でこいつを倒せるか?いや、こいつもブレスで体力を大きく使うはずだ。それに大きな隙もできる。そこを叩けば倒せるはずだ)
「ブレスが終わるとともに、動ける者は突撃をしかけろ!」
「隊長、そのブレスがこちらに来ます!隊長も急いで俺たちの後ろに来てください」
「そんな暇はない。来るぞ!」
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